東北事変 4
「アッーーーーーーー!」
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あれ?なんともない。というか、目をつむったまま待てど暮らせど、いや、待っても暮らしてもいないけど彩夏ちゃんのナニが俺の中に入ってくる気配はない。
恐る恐る目を開けてみるが、先程まで今にも俺の上にのしかかり、中に押し入ってきそうだった彩夏ちゃんの姿がない。
「さ、彩夏ちゃん?」
「へ…へへへ…朱莉さん。なんとか抑えこみましたよ」
俺が身体を起こすと、裸のままベッドの下にうずくまっていた彩夏ちゃんはそう言って脂汗をかきながらこっちを見て笑った。
「私はレズじゃないですからね。こんな魔法くらいなんとでも…」
「彩夏ちゃん…君ってやつは…」
そこまで女同士が嫌か。
いや、俺も別に彩夏ちゃんや、柚那以外の他の子とどうにかなりたいわけではないけどね。
「こ、こっち来ないでくださいね。かなりギリギリなんで、裸の朱莉さんがこっち来たら抑える自信はないです」
「す、すまん、なるたけ離れる」
俺はなんとか身をよじってベッドの横に転がり落ちて彩夏ちゃんと距離を取り、ついでに足でベッドのシーツを引っ張りおろしてその中に埋もれた。
俺はそこでひと心地ついたが、ベッドの陰からは彩夏ちゃんの苦しそうな呼吸とも、喘ぎ声とも言えるような声が聞こえてくる。
「彩夏ちゃん、大丈夫?おっぱい揉む?」
「ふざけてるとマジで犯しますよ!?」
「すみません悪ふざけが過ぎました」
場を和ませようとしたら怒られちゃったでござる。
「ああもうっ!むちゃくちゃヤリたいけどヤりたくない!つーかなんなんですか?誘ってんすか!?誘い受けですか!?無防備受けですか!?」
俺を無防備な状態にしたのは君だがな。
「とりあえず手錠の鍵どこ?魔力が戻ればなんとかできるかもしれない。というか、最悪俺だけでもこの部屋から出て行く事もできるから少しはマシになると思うんだけど」
「………部屋の中にはないです」
「え!?」
「だってここ、夏緒さんを軟禁するところですもん、鍵が置いてあったら意味ないじゃないですか」
「そりゃあそうだな」
じゃあ打つ手なしか。
とりあえず這ってトイレにでも逃げ込んで鍵をかけておくのがいいような気はするんだけど、トイレらしきドアへは彩夏ちゃんの前を通らないといけそうにない。バスルームも同様。俺の方にあるのは外へ続くドアだけだが、後ろ手に手錠をされている今の状態ではドアとその外にある金庫の扉のような分厚い扉を開けることはできないし、そもそもこんな格好で外に出たら精華さんと寿ちゃんと橙子ちゃんと桃花ちゃんに犯される。
……いや、ここはあの夏緒さんを軟禁するための施設だ、そんな施設にあの寿ちゃんがバックアップを置かないなんていうことがあるのだろうか。
もちろんここで言うバックアップとは鍵ではない、手錠だ。
「彩夏ちゃん、手錠のバックアップはないの!?」
「え?」
「もしあれば、君がそれをすることで君が今ぶら下げているアホみたいな大きさのものは消える。そうすれば最悪の事態だけはなんとか避けられるんじゃないのか!?」
「なるほど!じゃあちょっとバスルームに行ってきます」
……まあ、そんなこんなで最悪の事態は避けられた。避けられたのだが。
「朱莉さーん…」
後ろ手に手錠を嵌めて這いずって近寄ってくる彩夏ちゃんがめっちゃ怖い。
バスルームに行った彩夏ちゃんは正気を失った後にできるだけ自分の行動を制限しようとしてくれたのだろう、両手を後ろ手にして手錠をかけるだけではなく、両足にも手錠をかけてバスルームからでてきた。
そして、バスルームから出てきた彩夏ちゃんは俺と目が合うとすぐに正気を失い、足をもつれさせて転んだ。しかし転んだくらいでは夏緒さんの魔法が解けることはなく、彩夏ちゃんはそのままイモムシのように俺の方へと這いずってきたのだ。
正直言って怖い。正直に言わなくても怖い以外の感想がない。
だっていい感じの距離になると背筋で上半身を起こして俺にかぶさってこようとするんだぜ!?
なんかもうそういうちょっとしたクリーチャーみたいだよ。
まあ、同じような格好で逃げているから俺も似たようなもんだけど。
「逃げないでくださいよぅ。痛くしませんからぁ」
「耳年増のおぼこ娘にそんなこと言われても説得力ねえよ!」
「最初は誰だって初心者なんですよ!経験者が教えてくれなきゃ初心者のままじゃないですか!」
一見まともなことを言っているように聞こえるが、彩夏ちゃんの瞳の色は普段の薄茶色ではなく、うさぎのように真っ赤だ。そして虹彩も心なしかぐるぐる巻きになっているような気がする。
言うなればクレイジーサイコレズ特有の瞳とでも言うのだろうか。いや、単純に催淫状態なだけだろうけど。
「落ち着け彩夏ちゃん。今ここで俺との間になにか起こったら君は絶対後悔する」
「お乳つけ!?胸を攻めろってことですね!?わっかりましたぁ!」
「違っげえ!」
何その超読解力、問題文が全く読めてないよ!?
というか何そのテンション。なんか愛純が悪ふざけしている時みたいだよ!?
そんなやり取りしながら追いかけっこをすること5分。
俺はついに彩夏ちゃんに抑えこまれてしまった。
「つーかーまーえーたっ………と、ただいま朱莉さん」
「……おかえり彩夏ちゃん」
間一髪セーフ。本当にあと紙一重でキスするというところで彩夏ちゃんは正気に戻った。
「危なかったな」
「危なかったですね」
まあ、裸で向かい合って重なり合っている時点で、友人という関係において危ないラインはすでに超えている気がするが、既成事実はないので平気平気。
あとはこの状況をどうするかだ。
誰かが来る前にどうするか。だ。
想像してごらん。例えば正気に戻った寿ちゃんが最初に入ってきたとしたら。
「……何やってんのあんた達」
「違うんですよ寿ちゃん」
「違うんですよ寿さん」
もうなんか本気で凍えるような瞳で俺達を見下ろす寿ちゃんが目に浮かぶだろう?
これが柚那だったら俺と彩夏ちゃんは折り重なったままどっちがどっちかわからなくなるくらいにメッタ斬りにされた後、チアキさん愛用のミンサーにかけられてミンチにされた上、ハンバーグにされちゃうかもしれない……いや流石にそれはない…無いよな、柚那。信じてるぞ。
ただ、これは寿ちゃんや柚那に限った話ではなく、入ってくるのが虎徹だろうが、精華さんだろうが、橙子ちゃんだろうが誰であろうが良い未来は想像できない。だからこそ俺達は自力でこの状態をなんとかして、服を着ている必要がある。最悪脱衣所にあったガウンでもいいから何かしら着て離れている必要があるのだ。
「なあ、彩夏ちゃん。マジで鍵ないの?」
「無いですって…うわぁ…ほんとどうしよう…ドアの前には寿さん達がいるし、踏み込まれるのも時間の問題ですよね」
彩夏ちゃんは俺の上からゴロリと転がり落ちながらそう言って身体を縮ませた。多分頭を抱えたいんだと思う。
まあ、寿ちゃんに見られる分には彼女の中での俺の評価がどうなるかはさておき、黙っていてくれそうだけど、精華さんと橙子ちゃんそれに桃花ちゃんにこの現場を見られるのはよろしくない。寿ちゃん以外は悪意があるかないかはともかく、うっかり柚那に漏らしそうだ。
「とりあえず言い訳しやすいように離れておくか」
俺がそう言って移動を始めようとした時だった。
ベッドの下から何かが這い出してきて、こっちを見た。
「こ、咬牙!?」
「なんかバタバタしていると思ったら朱莉か…って、お前なんていう格好しているんだよ」
ベッドの下から出てきたのは、夏緒さんの使い魔になった元地球人、咬牙だった。
「いや、お前のご主人様の魔法で色々あってな。まあ、犯されかけたけど貞操は守り切ったって感じかな。お前はなんでこんなところに?」
「前にご主人様が閉じ込められた時に居眠りしてたら置いて行かれた」
「おいおい、お前長時間魔力の供給がないと死んじゃうんだろ?大丈夫か?おっぱ……」
「おっぱ?」
「いや、なんでもない…けど大丈夫か?」
「ああ…まあ、ご主人様一日に二回はこの部屋に来るしな、全然平気だぞ」
どんだけ問題起こしてるのあの人。
「ところで咬牙、この手錠を切れる刃物とか取ってこれないか?もしくは変身するとか」
「ああ、それか。外せるぞ」
「え?外せるの?」
「この部屋に入れられる度にご主人様が外して外してうるさいから、しっぽを針金に変えて解錠する技術をマスターした」
それじゃまったく手錠の意味が無いじゃん。
「……聞かなかったことにするんで外してください」
俺の後ろで彩夏ちゃんがそう言って起き上がる。
「ああ、あんた確かここの隊長の…」
「ええ。お姉さまには言いませんしそのことは不問にしますから早く手錠を外してください。色々面倒なことになる前に」
「面倒なこと?」
「ああ、例えば俺の恋人に、密室で俺と彩夏ちゃんがこんな状況でいるのを見られたりすると俺と彩夏ちゃんは仲良く人肉ハンバーグにされてしまうんだ」
「ヒエッ!?」
「なにそれ怖いんですけど!?」
「いや、俺の妄想だけどさ。そのくらい面倒なことになるし、この場に居合わせたってだけで咬牙も蒲焼きにされるかもしれん」
「わ、わかった、任せろ!」
咬牙はそう言って蛇はかかないはずの汗をかきながら、急いで解錠してくれた。




