東北事変 2
「私らのなかで一番強いのは私じゃないよ」
ある日、何気なく話題に登った知り合いの中で一番強いのは誰だろうねっていう話の最中。聖はそう言って、お気に入りのカップアイスを口に運んだ。
「知っての通り私の魔法は右から左へ受け流すだけだからね。基本的にはこっちから何かして相手を倒すみたいなことには全く向かないわけよ」
そう言って聖は口に加えたアイスのスプーンのピコピコと上下に動かした。
「じゃあ誰が一番強いんだ?」
「うーん…単純な攻撃力なら、えりじゃないかな。で、防御なら多分静香。二人に比べると有栖と涼花は一段落ちるね。わたしは基本攻撃も防御もしないから計測不能」
回避能力マックスで全く攻撃が当たらないし、すべての魔法がワームホールのフルカウンターで返ってくるんだから、それ以上の攻撃も防御もないだろうって気がするけどな。
「里穂は?」
「あの子は一番弱いよ。だから狂華と戦った時に私のそばに居て一緒に封印されてたわけだし」
「あとは……夏緒さんか」
「ああ…夏緒、夏緒ねえ…あいつは強いとか弱いとかじゃないんだよね」
そう言って聖はスプーンで、カップに残っていたアイスをこそげ落として口に運ぶ。
「夏緒のことを現すなら……酷い、かな。あの子の本気の魔法は周辺を地獄に変えるよ」
「地獄?だって、あの人の魔法って、触れた相手を自分の思うとおりに操る魔法だろ?」
まあ、仲間割れっていうのはある意味地獄のような光景ではあるけど。
「左手はね」
「右手は違うのか?」
「違うよ。夏緒の右手はね―――」
「やっぱり柚那が悪いわ」
「いや、朱莉がわがままなんじゃない?」
結局夏緒さんと精華さんはそのまま俺達のお茶会に加わり、俺の愚痴を聞いてくれたのだが、ものの見事に意見が別れた。
ちなみに俺派は夏緒さんで柚那派が精華さんだ。
「もうどっちでも良いですから、解散しましょうよ」
そして、一人だけもう帰りたがっているのが彩夏ちゃん。
先輩で一応上司の精華さんの手前、部屋に帰るに帰れないらしく、ふたりが参戦してからずっとこんな感じだ。
「というかね、朱莉」
「なんすか夏緒さん」
「別に子供がいるわけじゃないんだし、嫌なら別れて別の子と付き合えば良いんじゃないの?」
「ん…んー……それはちょっと違うんだよなあ俺は別に柚那が嫌いなわけじゃないんで」
「じゃあ別れずによそに囲う。朱莉、お金はあるんだしそういうのもいいんじゃないの?」
「いやいや、それじゃあ俺が最低な奴みたいじゃないですか」
「そう?この間お昼のワイドショーで、セックスレスの夫婦がいい関係を保つために外注して発散するみたいな話を見たわよ」
「いや、その外注先はプロでしょ。っていうか、多分それ旦那のほうが性欲強くてのっぴきならない状態になって仕方なしにってパターンじゃないんですか?」
逆はあんまり聞いたことがない。というか色々リスクが高すぎる気がする。
「でも、まさに今の朱莉と同じシチュエーションじゃない?」
「いや、まあ…そうだけど…」
ああ、言われてみればそうじゃん。俺はイチャイチャしたい、柚那はイチャイチャしたくない。程度の差はあれ、旦那のほうがやる気まんまんで、奥さんがそれほどでもない夫婦と構図は似ている。
「だからイチャイチャ要員を外注したら良いんじゃないかしら」
「うーん…でもなあ…」
「愛しあう二人にとって大事なのは、お互いのために譲り合って許しあうことだと思うわ」
そうか?そうなのか?そうすれば全部解決なのか?
まあ、たしかにそんな気もしないではない。いや、別に他の子とイチャイチャしたいわけじゃなくてね。
「ちょっとちょっと、そいつの口車にのるのやめなさいよ。知ったような口を利いてるけど、そいつ処女なんだからね!」
「……え?」
ちょっと精華さんが何を言っているのかわからない。
色欲の~なんて付いている、お色気たっぷりな雰囲気と見た目の夏緒さんが処女?そんなわけないじゃないか。
そんなことを思いながら夏緒さんのほうを見ると、顔が赤い。
いやいや、そんなまさか。
「……精華だってついこの間まで処女だったでしょうが!」
「残念でしたー、ついこの間だけど、喪失しましたー」
やめて!そういう話するのやめて!夢が壊れる!別に精華さんに夢見てないけど、それでもやめて!
っていうかなに?口喧嘩のレベルが低いけど君たち小学生なの?
「私はタチ専門なの!愛の伝道師なの!」
「はいはい、伝道師伝道師()で?一体何を伝導してくれるの?経験ないことを伝えられるのかしらー?」
「く…」
珍しく口喧嘩は精華さんが優勢で、夏緒さんは悔しそうに唇を噛みつつプルプルと震えていた。
「ああ、デンドウって、電動ってことだったの?確かにいまプルプル震えている夏緒の姿はそれっぽいわねえ!」
精華さん、それ以上はさすがの俺も引く。っていうか、面倒くさいことになる気しかしないから煽るのやめなさいって。
「良いぞ、もっとやれ」
「朱莉さん、心の声が口に出てます」
「ありゃ、失礼」
「というか、なんかニヤニヤしてる顔と本音が気持ち悪いんで、柚那さんに通報していいですか?」
「やめてください!死んでしまいます!」
くそう、この間の真白ちゃんといい、みんなちょっとしたことですぐに通報通報って言いやがる。まったく暮らしにくい世の中だ。
俺と彩夏ちゃんのしょうもないやり取りの最中も絶好調の精華さんは夏緒さんに口撃を仕掛け続け、最初はそんな精華さんの猛攻に耐えていた夏緒さんであったが、徐々に身体の震えが大きくなっていき、5分ほどしたところで突然切れた。
「だったら教えたらー!これが、愛を伝導するってことだあああ!」
肉眼でも魔力を帯びているのがわかる夏緒さんの拳が、非常に納得の行く理由しかない暴力が精華さんの左頬を襲う!
「どう!?」
「どうって、別に……うっ!?」
ペチリと音がしただけで、貧弱な精華さんすら転倒させることができなかった夏緒さんのパンチだったが、目視できるほどの魔力をまとっていただけあって、後追いで効果がでたらしい。
息が荒くなり、顔は上気し、熱に浮かされているかのようにトロンとした目をして、精華さんはその場に崩れ落ちた。
「精華さん!」
「あ…朱莉…私……私……ね…」
俺が駆け寄ると、精華さんは胸が苦しいのか、ブラウスのボタンを幾つか引きちぎって胸元を大きく開けた。
そして。
「……すごくエッチがしたい…」
「え?」
「この際あんたでもいいから……ううん、なんか無性にあんたとエッチしたいの……」
「ちょ、ちょっと待って、おかしいですって」
「嫌?私じゃ…ダメ?」
そんなトロンとした目と、切なそうな声で言われたら思わずOKしちゃいそうになるじゃないか。
って、いかんいかん。俺には柚那がいるんだ、柚那が。理性、頑張れ理性!
「だ、ダメです。今の精華さんは夏緒さんの魔法で…そうだ!夏緒さんの魔法だこれ!彩夏ちゃん!彼女の右手に気をつけろ!」
そう言いながら振り返ると、ちょうど彩夏ちゃんが夏緒さんに触れられそうになっているところだった。
「よけろぉぉぉっ!」
「うえぇぇっ!?」
俺はたまたま手に持っていた物体を思い切り夏緒さんに向けて投げつける。
そして、投げてから、今投げたのが精華さんだと気がついた。
だが、それが、精華さんにとってはともかく、俺と彩夏ちゃんにとってはいい方向に働いた。流石に夏緒さんは身体が弛緩しきった状態で投げつけられた精華さんを払いのけたりかわしたりすることなく、受け止め、彩夏ちゃんはギリギリのところで難を逃れることに成功した。
「体制を立て直すぞ、走れ彩夏ちゃん!」
そう声をかけながら俺が走りだすと、彩夏ちゃんが後を追ってくる気配がした。しかしそのすぐ後ろには夏緒さんの気配もある。
(一旦逃げ切って、あとは味方を増やして包囲戦だ)
そんなことを考えながら廊下の角を曲がると、寿ちゃんとぶつかりそうになった。
「ちょっと朱莉。あんた廊下は走るなって学校で教わらなか…って、ちょっと!何すんのよ!」
「ごめん、理由は後で話すから、とりあえず走って」
「はあ!?何言って――」
「そぉい!」
俺が手を掴んで走らせようとしていた寿ちゃんは、非常な妹によって夏緒さんに投げつけられ、生け贄として捧げられてしまった。
「なにすんのよ彩夏!…あっ……ん…はぁ…まってぇ、朱莉ぃ」
ある意味での寿ちゃんの断末魔が後ろから聞こえてくる。
「酷い妹だな君は」
「守ったら負けます。攻めないと」
どこの08小隊長だ君は。しかも別に攻めてもいないし。
まあ、あの調子だと普通にお説教始まりそうだったし、しかたないか…許せ、寿ちゃん。
俺は寿ちゃんを偲んで心のなかで合掌をしてから走りだし、薄情にもお姉さまを犠牲にして俺の横を走り抜けていった彩夏ちゃんに追いついた。
「で、なんなんです、あの魔法。私達あんなの見たことないですよ」
「ああ、あれな。俺も聖から聞いてただけで、見たのは初めてなんだけど、指向性のある催淫効果がある魔法らしい。多分、今はその指向性が俺に向いてるんだろうな。ちなみに名前は……」
「名前は?」
「ごめん…とても口に出せない。ネームレスとでも呼ぼう」
「いやいや、今更何を。私と朱莉さんの仲じゃないですか」
「いやいや。ごめん、ムリ」
マジで口にだすのもはばかられるレベルの隠語というか淫語とキザなセリフの羅列なのだ。
「まあ、しょうがないですね。で、どうしましょう。前の戦闘で夏緒さんの腕を消した精華さんは発情中、同じようなことができる寿さんも尊い犠牲となってしまいましたが」
「彩夏ちゃんってほんといい性格してるよね」
「朱莉さんほどじゃないですよ」
「はははははは」
「ふふふふふふ」
「…本当にどうしような。二人を犠牲にしちゃったことで橙子ちゃんは協力してくれなさそうだし」
「まあ、最近では寿さんとこまちさんだけじゃなくて、美味しい御飯を作る精華さんにも懐いてましたからねえ…」
「な。飼い主のうち二人を生贄に捧げたなんて知れたら俺達が食われちゃうし」
「何が食われちゃうの?」
「いや、寿ちゃんと精華さんを…」
いつの間にか橙子ちゃんが俺達と並走していた。
「寿と精華さんを?」
「いや…なんでもない」
ちらりと彩夏ちゃんを見ると、彩夏ちゃんはニッコリとわらって頷きながら、首をかき切るようなジェスチャーをしてみせた。
お主も悪よのう…
「よし、橙子ちゃん。ちょっと役立つ魔法を教えてあげよう」
「え?何いきなり」
「いいからいいから。ちょっと俺と彩夏ちゃんの間に入ってくれる?」
「?いいけど」
首を傾げながらもいうこと聞いてくれる橙子ちゃんが好きだよ。
「で、次は俺と彩夏ちゃんと手をつなぐ」
「はいはい」
「で、ジャンプ」
「え?いいの?あたしだけ楽しちゃう感じにならない?」
「いいからいいから」
「はい、橙子さんジャーンプ」
「ジャーンプ…」
「そりゃああっ!」
「どっせぇぇぃっ!」
俺と彩夏ちゃんは、橙子ちゃんがジャンプしたタイミングで走りながら思い切り腕を振って彼女を後ろに投げた。
「ちょ、ふたりともなにすん…はにゃぁぁん…」
くっ、生け贄も三人目ともなると、慣れてきてたいして時間稼ぎにもならんか。というか、今、魔法が発動するまででの時間が短かったな。立ち止まらないで正解だったぜ。
こころなしか、後ろから俺達を追ってくる足音が増えている気がしながら廊下を走ること30秒。次に現れたのは桃花ちゃんだ。
俺は彩夏ちゃんと目配せもせずに、単独で加速してジャンプ。桃花ちゃんの後ろに回りこんだ。
「え?何?何?」
「今までよくも色々やってくれたな!」
「え?え?」
「哭け!叫べ!そして乱れろ!」
「なんですかそれ――」
桃花ちゃんが言い終わらないうちに俺は桃花ちゃんを肩に担ぎあげ、そのまま水平に夏緒さんと寿ちゃんと精華さんと橙子ちゃんに投げつけた。
「なんなんですかーーーーーああああああああ゛っあ゛っあ゛っい゛っい゛っ―――」
「堕ちたか」
「いや、堕としたんですよ、朱莉さんが」
「ついカッとなってやった。後悔はしてないけど、今まで桃花ちゃんが俺にしてきた所業を鑑みて情状酌量を求めたい」
「弄ばれてましたもんねえ…」
男性魔法少女(以下略)の会長の件以降、桃花ちゃんには煮え湯を飲まされてきたのだ。これくらいの憂さ晴らしは許してほしい。
「今日って東北寮にはあと何人いるんだ?」
「ええと、こてっちゃんは今琢磨くんと外出しているはずですし、みずきちは北海道、こまちさんとセナは柚那さんと一緒にお出かけで…他のご当地は東京で研修のはずです」
「じゃあ…」
「他に人はいませんっ!」
「OK、じゃあ俺達以外で動く奴は全員敵だ!」
「イエッサー!」
四面楚歌と言われればその通りだが、他の子が夏緒さんの手の内なんじゃないかと気を使いながら逃げたり、接したりする必要がないのはありがたい。
………まあ、最悪皆投げつける気だったというのは置いておいても気が楽だ。
「とりあえず私についてきてください。多少の魔法は防げる部屋があるんでそこで一旦休憩して、窓から外に逃げましょう!」
「おう、任せた!」
俺の返事を聞いた彩夏ちゃんは少し悪そうな、優越感に浸っているような表情で笑ってからスピードを上げた




