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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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朝陽ちゃんと呼ばないで 3

「出来心だったんだ!許してくれ!」


 恐怖で腰が抜けて立てない俺はそう言って座ったままズリズリと後ろに下がって床に頭を擦り付けた。


「……頭を上げてください朱莉さん」


 ヒタヒタ


 ピチャピチャ


 そんな音とともに俺が頭を擦り付けている傍までやってきた柚那は優しい声色でそう囁き、俺は許してもらえたと安堵した。


「ほ、本当にごめんな、柚那。これからは―――」


 俺が謝りながら頭を上げると、ゴンという鈍い音の後、コロコロと視界の隅に何かが転がってきて、俺は反射的にそれを目で追った。


 追って、しまった。


「ヒィッ」


 コロコロと転がってきたもの、それは朝陽の首だった。

 何があったのかわからないという表情で固まっている朝陽と目が合った瞬間、俺は思わず悲鳴を上げる。


「大丈夫ですよ。もう私達の間を邪魔する女はいません。これでもう私達の関係は元通りで……永遠です。ふふふ…うふふふ…あーっはっはっはっは!」


 そう言って笑う柚那の手には巨大な鎌が握られていた。




「って、なんにも元通りじゃねえよっ!!」


 叫びながら目を覚ました俺が全身汗だくだったのは、朝陽に抱きしめられていたからか、それとも恐ろしい夢を見たからか。

 いや、うん、夢オチだなって途中からわかってたよ。

 流石に柚那だって、朝陽の首を切ったりなんてこと…しない…と…思う…信じよう。


「ん……」


 声を上げながら飛び起きて結構バタバタしたと思うのだが、朝陽は起きることもなく、寝返りをうったくらいで、隣でスゥスゥと安らかな寝息を立てている。

 微かに上下する胸と、切なげに閉じられた目。それに少しだけ開いた唇がなんとも言えないエロチシズムを醸し出していた。

 というか、パジャマ姿で寝ている女子ってなんでこんなエロいんだろうね。


「起きるか」


 時刻は6時少し前。関東寮なら起きている人はいないが、ここならもうエリスちゃんが起きているだろうから退屈はしないだろう。

 


 それにほら、二度寝してまた夢に柚那が出てきても嫌じゃん。





 怖い夢を見たし、もしかしてやっちゃったかなと思い、一応トイレで確認を済ませた後(尚、セーフだった模様)リビングへ行くと、予想通りエリスちゃんが小型の液晶テレビをキッチンカウンターにおいて録画した番組を見ながらお弁当を作っていた。


「おはようエリスちゃん」

「ああ、おはようジュリ…って、どうしたの!?雨漏りでもした?」


 振り向いたエリスちゃんはぎょっとした表情でそう言った。

 まあ、それはそうだろう。今の俺は土砂降りの中を走ってきたのかってくらいびしょびしょで前髪がおでこにベッタリとくっついているのだから。


「いやまあ…ちょっと怖い夢を見て汗かいちゃった」

「そっか、よしよし。怖かったね」


 そう言ってエリスちゃんは料理する手を止めて俺のそばに来ると、よしよしと頭をなでてくれた。


「うん、怖かった」


 マジで超怖かった。柚那の鎌って命を刈り取る形をしているんだもん。


「よしよし。じゃああたしが作ったエリスちゃん特製朝ごはんで元気を…出す前にシャワーいってきな。で、シャワーから出たら華絵起こして正宗呼んできて」

「了解」


 お腹がすいているので、できれば朝ごはんを食べて元気を出したいところなのだが、流石にこのビショビショ状態で、エリスちゃんが毎日掃除している家の中をあっちこっち触ったり、座ったりするのは申し訳ないので素直に従うことにした。


「出たらすぐ食べるでしょ?」

「うん。ごめんね、いつも任せっきりで」

「あはは、良いんだって。あたしはこれが生きがいだから」


 エリスちゃんはそう言ってキッチンへ戻っていった。



「どうしたんですの?朝から浮かない顔をされていましたけど」

「ん?ああ…まあ、色々ね。チェック」

「ぐぬぬ…これで5連敗ですわ。最初は私のほうが強かったですのに…」


 朝陽はそう言って悔しそうな顔で、二人がでかけてからずっと遊んでいたチェスの駒を片付け始める。


「おや、もう諦めるのか?」

「というか、そろそろお昼ですし、片付けてお弁当をいただきましょう」

「お、もうそんな時間か」


 朝陽に言われて時計を見ると時刻は11:30。いつもの自堕落な関東寮の朝ごはんと違い、エリスちゃんたちと一緒に食べたので、ボチボチ小腹もすいてきていた。

 この部屋で朝陽と二人では放課後まで時間を持て余すかと思っていたのだが、残りは2、3時間。

 エリスちゃんが用意してくれた弁当を食べ、汗でびっしょりにしてしまった布団と、洗濯したシーツを取り込んで、おまけでお世話になっているお礼に軽く掃除をして出かければちょうど良さそうな感じだ。


「そういえば朱莉さん」

「んー?」

「和希の悩みってなんでしょうね」


 戸棚からお弁当を持ってきた朝陽がそう言いながら俺の分の弁当を俺の前に置き、手早く自分のお弁当の包みを開ける。


「なんとなく予想はつくけどな」

「もったいつけないで教えて下さいよ。というか、予想がついているのなら昨日の作戦会議の時に教えてくださってもよかったのに」

「あくまで予想だからな。無責任なことはあんまりいうべきじゃないだろう」

「それでも知りたいですわ」

「……まあ、考えるまでもなくわかると思うんだけど、今のあいつは相当幸せだと思うんだ。同じ建物に恋人がいて、仲の良い友達がいて、学校の成績はまあ、ちょっと悪いけど、クラスにも後輩にも仲のいいやつがいる。はっきり言ってかなりのリア充さんだ。そんな今の和希に悩みなんて無いだろうし、あってもそんなに深刻なことじゃないと思う。だから、和希が周りを巻き込んで何かで落ち込んでいるとすれば、過去のことだろうと思う」


 未来の不安という可能性も無きにしもあらずだが、あいつは将来を悲観して落ち込むタイプじゃない。


「まあ、昨日言わなかったのは、『田村ジュリ』は平泉和希の両親の事故は知らないからだよ」

「……なるほど」

「ただ、そういう話だろうっていうのが予想できるだけに、昨日の夜はああ言ったものの、朝陽に任せていいものかどうか、正直迷っている」


 朝陽も過去に妹と母親を事故でなくしている。

 とはいえ、最近はその事故を引きずって創りだされた妹の人格「優陽」もめっきりでてこなくなったし、数年間諍いが絶えなかった父親との関係もうまく行っていて、ちょくちょく実家に帰ってお泊りして帰ってくるようになっている。

 それに今の朝陽は出会った頃のように自分が自分がというのではなく、人を慈しんだり思いやったりということができるようになってきているとも思う。

 顕著なところでは、色欲の夏緒さんの使い魔だった咬牙の件の時なんかがそうだ。

 朝陽は出会ったばかりの咬牙の話を聞いて同情し、涙して命を救うために尽力したし、決戦の後「蛇になってしまったのはともかく、実は夏緒さんのことは好き」だという咬牙を、笑って夏緒さんのところに送り出したりもした。

 多分去年の朝陽だったら、咬牙に同情などしなかっただろうし、同情したとしても一度使い魔にした咬牙を夏緒さんに返さないと言って駄々をこねたと思う。

 そういう意味では朝陽はこの一年で立派に大人になったと思うし、家族の死を乗り越えた先輩として和希と向き合って導くことができるかもしれない。

 だけど、大人になったと思っていても、やっぱり俺はどこかで朝陽のことを妹、娘のように見ていてる部分があるので、万が一和希に引きずられて、朝陽まで落ちていってしまったらと考えると心配でならない。

 もちろんそれは朝陽と和希を秤にかけて朝陽のほうが大事とい言っているわけではないし、和希が朝陽に悪影響を与えると考ええているわけでもないのだが、万が一のことを考えれば、俺が和希を引っ張りあげてしまったほうが二人にとっても安全だと思う。


「なぜ私では不安なんですか?」

「これは決して朝陽のことを信頼していないわけじゃないんだが、正直な俺の気持ちとしては、お前と和希を向きあわせて、朝陽がせっかく乗り越えた妹子とお母さんの死にまた引っ張られてしまうんじゃないかと思っている」


 下手なごまかしをしても朝陽に変な不信感をもたせるだけ。そう思った俺は全部包み隠さず話した。

 俺が不意打ちのような形で本音をぶつけたせいだろうか、朝陽が少し驚いたような、ムッとしたような顔をして、一つ、大きな息を吐いた。


「朱莉さん」

「ごめん。朝陽を信頼していないわけじゃないんだ。でも朝陽は最近やっと過去を乗り越えて自分の人生を見つめ始めたところだろ?」


 朝陽はついこの間、めでたく大検に受かった。

 彼女は機転が利かないところはあるけど、勉強ができないわけじゃないので、やろうと思えば今から始めても今度の受験で大学に入ることも難しくないはずだ。

 そういう、朝陽の未来を今回の件がきっかけになって過去が足を引っ張って邪魔をしたら。そう思うとできれば朝陽には前だけ向いていてほしいと思う。


「いえ、まずお母様と妹子…優陽の件なんですけどね。結局乗り越えられはしなかったんですよ。私だけじゃなくて、お父様も、執事長も、メイド長も」


 朝陽はそう言って、一旦箸をおいて俺の顔を見た。


「俺の屍を越えて行けなんていう言葉がありますけど、そんなの無理ですわ。だって、心の中のこととはいえ…むしろ心のなかだからこそ、優陽もお母様も変わらぬ姿でずっとそこにいるのですから。だから、私たちは背負うことにしたんです。私一人で、お父様一人で、使用人達一人一人で二人は背負えなくても、みんなでなら二人と一緒に未来に向かって歩いていけるかなと…ちょっと気障な話かもしれませんけど、そういう考え方で、最近実家では、ちょっと前までタブーだった二人の話を積極的にするようにしているんですよ」


 そう言って、朝陽はすごく嬉しそうに笑う。


「私達と同じ方法で和希が立ち直れるかはわかりませんが、それでも精一杯やらせていただきたいと思っていますわ」


 本当にこの一年で朝陽は大人になったと思う。

 少し抜けていて、ドジなところもあるし、そのせいで相変わらずいじられキャラだけど、それでも朝陽はちゃんと成長している。

 多分、今の朝陽になら和希を任せても大丈夫だ。


「……わかった。朝陽にお願いするよ」

「ええ、お任せください」


 そう言って朝陽は自信満々に、誇らしげに胸を叩いてみせた。


夏だからホラーでも書こうと思ったらただのグロになってしまったでござる。

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