朝陽ちゃんと呼ばないで 2
JKの二人に会うということでジュリに扮した(決して趣味になっているわけではない)俺が朝陽と並んで校門のところで待っていると、しばらくしてエリスちゃんがクラスの派手なグループのギャルギャルしい二人と一緒にやってきた。
それを見た朝陽は「ヒッ」と小さな悲鳴を上げて俺の後ろに隠れる。
……まあね、俺も最初はビビりまくってたけど、これで意外とふたりとも良い子なのよ。
「おおぅ!ジュリじゃん!」
「ジュリだジュリ」
「マジジュリじゃん!」
「久しぶりー」
俺達とは距離感が違うんで未だに戸惑うけど、こうして女子高生にもみくちゃにされるのは嫌いじゃないしね!
「なになに?戻ってくんの?」
「また転校してくんの?」
「そうじゃなくて、ちょっとエリスちゃんと華絵ちゃんに相談したいことがあってさ」
「おー、何だ男?ついに男できた?」
「避妊はちゃんとしなよー」
「あ…あはは、そっち方面じゃなくて」
「あー、まあそっち方面だったらエリスとハナには相談しないか」
「だ、だよねー。あたしもハナもそっちは全然だから」
あ、エリスちゃんが涙目になりながら顔をひきつらせてる!
「いや、まあ万が一そんなことになったらもちろん相談するけどね!親友だから!」
「だよね!?」
俺のフォローが効いたのか、そう言って満面の笑顔になるエリスちゃん。
本当、こういうところがかわいいんだよなあ、エリスちゃんは。
「それはさておき、華絵ちゃんは?あとついでに正宗」
ついでっていうか、今日は正宗に話を聞くっていうのが本命なんだけど、そんなこと言ったら面倒なことになるのが目に見えているので言わない。
「なんか二人ででかけるって言ってたよね?」
「そうそう。んで、めずらしくエリスが放課後暇だっていうんでこれからどっかでダベろうかって話してたんだけど。あ、ジュリも来る?そっちの………あれ?その子もしかして朝陽ちゃんじゃね?」
「うお、マジだ。ガチ芸能人じゃん!ジュリすげえな。確か近くの中学のJCとも知り合いっしょ?」
いや、朝陽もJCもガチ芸能人かどうかはよくわからんが。
「別にすごくないよ。エリスちゃんと華絵ちゃんも知り合いだし」
「ねえねえ、今度サインとかもらって来てもらえる?」
「朝陽ちゃんと同じ番組に出ている人で、二人の分だけなら大丈夫だよ。ただ、友だちの分とかはちょっと勘弁してね」
「おー、ジュリってば朝陽ちゃんのマネージャーみたいじゃん」
「まあ、近いものはあるかも」
上司、管理職としてのマネージャーだけど。
とはいえ、ここでも朝陽は“朝陽ちゃん“なんだな。やっぱりもうこれ無理なんじゃないだろうか。
「で、マネージャーの私としては、ちょっと仕事の話があるからエリスちゃんを貸して欲しいんだけど」
「オッケーオッケー。あたしらはいつでもエリスと話せるからね。貸したげる」
「その代わりあたし狂華ちゃんのサインお願いね」
「了解~」
「あたしは東北のこまちちゃん。時々あの子超イケメンな事言うじゃん?結構好きなんだよね~」
そう言って笑った後、彼女は「あの子とならあたしレズってもいいかも」などと不穏当な事を言った。
「死ぬ気か!?」
「え?どうしたのジュリ」
「…ごめん、なんでもない」
「そ、そう…?」
こまちちゃんとレズってもいいとか何考えているんだ。そんな女子高生がいると知ったらこまちちゃんはサインだけでは飽きたらず、直接食いに来かねないし、それを察知した華絵ちゃんが黙っているとも思えない。あと、セナも多分なんかやる。
「サインだけね」
「あはは、流石に会わせろとかそんな無茶は言わないから大丈夫だよ。じゃあエリス、また明日ね。ジュリもまた今度遊ぼうねー」
「じゃーねー」
そう言って軽く手を振ると、二人は校門を出て歩き去った。
「なんかごめんね。騒がしくて。朝陽さんもごめんなさい」
「ッ!ッ!」
さん付けが嬉しいのはわかるけど、そんな顔を紅潮させて、すごく嬉しそうな顔で小さくモンキーダンスみたいなことするのやめなさいよ。
「ちょっと落ち着いて話をしたいから、とりあえず二人の部屋に行っていいかな?」
「うん、散らかってるけど、それでよければ」
「もちろん全然かまわないよ」
エリスちゃんの散らかっているは朝陽や愛純の散らかっているとは違うから安心だ。
「じゃあコンビニでお菓子とか買い込んでウチいこっか」
そう言ってエリスちゃんはJK寮のほうへと歩き出した。
「なるほど」
「なるほどなあ」
「なるほどねえ」
企画趣旨を説明したあとの三人の表情はそれぞれ「じゃあ対策を考えようか」「なるほどよくわからん」「なるほどそれはそれとして今日の晩ごはんどうしようかな。ジュリと朝陽さんがいるから腕をふるっちゃうぞ!」という感じで三者三様だった。まあ、誰が誰かは言わなくてもわかるだろう。
「とりあえずは和希くんの話を正宗に聞きたいっていうことでいいの?」
「うん。そんな感じ。最近和希……くんは、どう?何かはまってることとか、尊敬している人ができたとかそういうこと変化みたいなのある?」
なんだかんだで、忙しくてほったらかしだったので、最近和希とはそういう深い話をしていない。俺が保護者なんだから本当はそういう話もしなきゃいけないんだけどね。
「んー……あいつの場合、最近ちょっとそれどころじゃないっていうのがあるみたいなんだよなあ。千鶴もみつきもなんかそんなこと言ってたし、真白はなんにも言ってこないけど、ちょっと疲れている感じするし」
「最近っていつくらいから?」
「えっと……ほら、お前らのところの幹部が琢磨を捕まえにいったあたり」
「一週間弱くらいね。わかった。その前は何か言ってた?」
「いや聞いてないけど」
「そう…」
「でもさ、それってチャンスだよね」
「チャンスってどういうことよエリス」
「だってさ、朝陽ちゃ…さんが、和希くんの悩みを解決してあげれば自然とさん付けになるんじゃないのかな」
その前にエリスちゃんの中で朝陽が”さん”から”ちゃん”へ降格のピンチに陥っているようにも思えるんだが、まあとりあえずいいや。
「朝陽さんはどうです?エリスちゃんの言うように和希君の悩みを解決するっていうのは自信あります?」
「ど、どうでしょう……私あまりそういう、人の相談に乗ったり、悩みを解決したことって、ほとんど経験なくて」
友達少ないもんな、朝陽も。
「でもやらないとうまくならないよ!」
「でも、自信が…」
弱気な朝陽の言葉を打ち消すかのように、バン!とテーブルを叩いてエリスちゃんが立ち上がる。
「私とハナもついでに正宗も手伝うから、一緒にがんばろう!大丈夫だよ!朝陽ちゃん!」
「はい!エリスさん!」
エリスちゃんからの激励に嬉しそうに頷く朝陽の後ろで、なんとなくレベルが下がったっぽいような、デバフ食らったような音が聞こえたのだが、おそらく空耳だろう。
「……朝陽さんはアレで良いのかしら」
「…な。俺も思った」
あ、華絵ちゃんと正宗にも聞こえていたっぽい。
みんなで夕食の買い出しに行った時に、朝陽が突然年上ぶって「お世話になる間の生活費は全部私が持ちますわ!」などとはっちゃけ、突然カニ鍋になったり、食後にみんなでゲームをやっていたら全然勝てないエリスちゃんが正宗に八つ当たりしたり、まあ色々とすったもんだあったものの、全ては明日からということで、今日は就寝という流れになった。
ちなみに早寝早起きいい子のエリスちゃんはゲームの途中で眠くなって既に夢の中だ。
「さて、じゃあ私はエリスの部屋で寝るから、ジュリと朝陽さんは私の部屋使ってね。クイーンサイズのベッドだし、二人で寝ても余裕だから」
「………え?何?どういうこと華絵ちゃん。私と朝陽さんは私が使っていた部屋で寝るよ?」
「いや、あんたの部屋は倉庫になってるわよ。JCとか私達とか、あと正宗のものもあるわね」
「………な…」
なんですとー!?
「足の踏み場もないという程じゃないけど、今日あそこで寝るのはちょっと無理だと思うわよ。ベッドも立てて壁に立てかけてあるし、そのベッドをちゃんと置けるスペースもないしね」
「あ、そうなんだじゃあまあしょうがないか……」
そう返事をしてから朝陽を見ると、朝陽は頬を赤く染めてうつむいていた。
だからそういう顔するのやめて!?
意識しちゃうから!
なんだかんだいって朝陽もすごく可愛いんだから!
「あ…まあ、別に私がジュリと寝てもいいけど?」
そう言って華絵ちゃんが髪の毛をクルクルと指で弄ぶ。
って、そっちもなんで顔が赤いの!?やめて!万が一、俺がそんな顔した華絵ちゃんと一緒に寝たなんて事がこまちちゃんに知れたら、生きたまま生皮剥がれた上に塩を塗りこまれちゃう!
かといって朝陽と一緒に寝て柚那に疑われるリスクを負うというのも…だがしかし、ここで俺がたとえば実家に寝に行ってしまったりしたらそれはそれで怪しいし。
「あ、朝陽ちゃんと寝るから。ほら、彼女人見知りだからさ」
「そう?私たちにはだいぶなれてくれたのかなと思ってたんだけど」
「まだまだ!全然慣れてないから!なれたらもっと可愛いから!」
「そんな、可愛いだなんて……」
「一回ジュリと一緒に寝てみたかったのになあ…」
ああもう、なにこの前門の朝陽後門の華絵ちゃん状態!
「じゃ、じゃあ私達もう寝るから。また明日ね!」
俺は華絵ちゃんにそう言って、朝陽の手をとってリビングを出た。
「じゃあ、俺は床で寝るから」
俺はそう言ってゴロンと部屋のカーペットに横になる。
まあ、エアコンかけておけばこのまま寝ても風邪は引かないだろう。
「いえ、でしたら私も一緒に床で寝ますわ」
「いや、流石に女の子にそんなことさせられないでしょうが」
「朱…ジュリちゃんも女の子じゃないですか」
まあ、肉体的にはそうなんだけどね。
「というか、私と一緒に寝るのが嫌でなければ一緒に寝ませんか?」
「………嫌じゃない。嫌ではないのだが」
柚那様のことを考えると、後々怖い目に合いそうなことはしたくないのだ。
「あ、も、もちろんそういう意味ではなくて」
俺がはっきり答えないのを勘違いしたのか、朝陽が慌てた様子でそう言った。
「それはもちろんそんなつもりはないんだけど…柚那に言わない?」
「ああ、それをお気になさっていたんですのね。もちろん言いませんわよ。私だって命は惜しいですから」
ですよねー。
「じゃあお言葉に甘えてお邪魔します」
「はいはい、どうぞ」
朝陽はそう答えて布団をめくって自分のすぐ隣をポンポンと叩く。
「いや、流石にその距離は近くない?」
「大丈夫ですわよ」
「いや、端っこの方を間借りさせてもらえればいいから」
「それで風邪を引いてしまっては意味がないではないですか。それに、私、抱枕がないとちょっと寝付きが悪いんですの」
ああ…そういう風に言われてみれば、この間決戦前に四人で寝た時、終始朝陽に抱きつかれ続けていた愛純が一晩中うなされていたっけ。
「ん?ってことは……抱きつくの?」
「できれば…」
「そんなことされたら変な気起こすかもよ」
万が一抱きつかれてもあたらない愛純さんと違い、朝陽さんはご立派なモノお持ちなわけだし。いや、何がとは言わないが。
言ったら愛純にフルボッコにされるし。
「朱莉さんはそんなことしませんわ。最初の夜だって私に手を出したりせずにぐっすりだったじゃないですか」
朝陽はニッコリ笑いながらそう言ってもう一度自分の横をポンポンと叩いた。
そういえば、朝陽を捕まえた最初の夜はベッドは別だったものの、一緒に寝たんだったな。
「まあ、私のほうが変な気を起こすかもしれませんけれど」
「床で寝ます」
「冗談、冗談ですわー」
「信用できん!」
「大丈夫ですってば」
そう言って朝陽は思い切り俺の腕を引っ張って布団に引きずり込む。
そして―
「んふふ~今日は朱莉さんを独り占めですわ~。ほどよくお肉がついていて抱き心地も…バツ…グ…ですわ…」
―朝陽はあっと言う間に夢の世界に旅立ってしまった。




