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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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関東チームの休日

「また面倒事を抱えて帰ってくる……」

 夕食時、俺が都さんから頼まれたことを伝えると、柚那はそう言ってため息をついた。

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」

「前から思っていたんですけど、どこかの子役みたいな表情と声色で言うのやめてください。ムカつくんで」

 なんと、ひなたさんと都さんお墨付きの持ちネタを真っ向から否定されてしまった。

「というか、前から思ってたんだったら早く言ってくれって」

「だって、朱莉さんがなにかやった時に「面白くない」みたいなこというとすぐ拗ねるじゃないですか」

……まあ、心当たりがないでもないけど。

「でもそれで柚那が我慢してちゃ意味ないだろ。俺は柚那に楽しんでもらいたくてやってるんだからさ」

「はいはい」

 今日の柚那さんはドライでいらっしゃる。

 戦いの後、帰ってきた俺に抱きついて、胸で泣きじゃくっていた子と同一人物とは思えないほどだ。

「で、どうするんですか?その琢磨くんの里親探し」

「まあ、色々あったから東北とか関西とかにあいさつしにいかないわけにいかないし、近々琢磨を連れて東北から関西まで顔出してみようかなって思ってる。柚那も来るだろ?」

「行きますけど、でも車だとちょっと手狭ですよね」

「え?」

 俺と柚那と琢磨だったら十分だろうって感じだけど。

「だってあの車って定員四人ですよね?」

「だから俺と柚那と琢磨だろ」

「これから先は恋が補佐でついてくるんじゃないんですか?」

「あ、そういえばそうだった。でも恋を入れても四人だぞ」

「朝陽と愛純の二人だって試合も事件も頑張ったんだから、どうせなら慰安旅行って感じでみんなで温泉めぐりみたいな感じで行きましょうよ。確か関東の予算まだ残っていますよね?」

 まあ、まだ生放送抽選後のバトルは残っているけど、泣いても笑ってもあと1試合。もう打ち上げの準備をしてもいいころだろうし、とりあえず虎徹たちの脅威もなくなったので常に本部に詰めている必要もない。

 とはいえで、そういう趣旨で行くんだったらそこはもう一人いるだろうっていう話だ。

「まあ予算は残っているけど、深谷さんハブるのやめてやれよ」

 試合の成績もそれほどではないし、あの人は結局公安なのか都さん派なのかイマイチよくわからない立場だけど、ハブるほど悪い人じゃないと思う。

「あ、もちろん夏樹ちゃんもですけど」

「でもまあ、あれじゃん。愛純は朝陽のドマーニで一緒に来ればいいし、深谷さんもくるなら深谷さんのビートルに恋をお願いしてもいいし、逆に恋の車に深谷さんと愛純と朝陽を乗せるとかでもいいし」

「せっかくならみんなでワイワイいきたいじゃないですか」

「……一応言っておくけど、俺はバスの運転はできないからな」

 3月の旅行の時から俺のバス運転技術はたいして伸びていないので、とてもみんなで全国回る時のバスの運転手なんてできない。

「いや、またおしっこ漏らされても困るんで、それは良いんですけど」

「おい、誤解を招く言い方すんな」

「おむつっていう手もありますけど、ずっと朱莉さんに運転お願いするのも悪いですし」

 それだとなんか俺がバスに乗ると嬉ションする乗り物大好きな赤子みたいじゃないか。

「まあ、高速道路を運転するのって、体力的にどうというよりは、精神的にくるからな」

 同じ道、平坦な道、どこまでも見通せる道、さらに道にはずっと同じ車線のラインが引いてある。そういう単調な風景というのはかなり眠気を催すし、それを我慢していると精神にくる。

「その点、ワンボックスならみんなで乗れて普通免許でいけるっていうわけです」

「つまり?」

「みんなで乗る用の実用的な車買いましょうよ。うちのチーム…というか、関東寮共用の」

「社用車みたいなもんか…」

「そうです」

 まあ、実はそのくらいしてもお釣りが来るくらいに予算は潤沢にあったりするので、それは別にいいんだけど。

「深谷さんミニバン持ってなかった?」

「………」

 あ、柚那の顔が変わった。なんか地雷踏んだか。

「朱莉さん」

「はい」

「私はネギの痛車になんか乗りたくないんです。あと、あの人は普段JCチームです」

「ですよね」

 そこは俺も同意だ。

 緑と白のペイントとカッティングシートでラッピングされているあの車は、「魔法少女っていうかお前らネギ屋だろ」っていうような仕上がりになっているので、あれがチームの車って言われるのはちょっと抵抗がある。JCからも不評だし。

「よし、じゃあ明日車買いに行くか」

 新車でも展示車の現車販売とか、もしくは中古車なら手続をこっちでやるって言えば、すぐに引き渡してもらえるだろうし、思い立ったが吉日と都さんも言ってたし。

 どうせ戦技研自前のナビがあるからディーラーオプションのナビとかつかわないし、メーカー純正の快適装備とかがあっても、それをかるく超える装備をうちのメカニックが作ってくれそうだからあんまりグレードの高いクルマじゃなくても大丈夫だしな。

「あ、じゃあついでに色々買い物もしたいです」

「うーんじゃあどこ行こうかな……あ、うちの実家の方のショッピングモールでいいか?チアキさんにもちょっと話があるし、そっち行けば帰りに寄れるからさ」

「あのアホみたいに細長いとこですね?良いですよ。でもショッピングモールに車も売ってるんですか?」

「あ、大丈夫。中にディーラーも入ってるから」

「じゃあそこにしましょう」

 柚那はそう言って笑うと、「デート、デート」と嬉しそうに鼻歌を歌いながら、食器を片付け始めた。




「……デートって言ったじゃないですか」

 デートの気分を出したいからと駐車場で待ち合あわせたのが裏目に出て、おしゃれをした柚那がやってきた時には俺達の外出に気がついた愛純と朝陽が後部座席に乗り込んだ後だった。

「あいすみません」

 俺は柚那の機嫌取りのために一応謝ったが、待ち合わせ時間はもう15分ほど過ぎていて、二人がやってきたのは10分前。

つまり柚那が時間通りに来ていれば柚那の希望通りふたりきりのデートになったはずであろうことを一応付け加えたい。

「いやいや、邪魔はしないんで大丈夫ですよ」

「そうですわ。私は後学のためにお二人のデートを見学させていただきたいなと思っているだけですし、現地についたら勝手に見て回りますから」

「そういうことじゃなくて…」

 あ、柚那がキレそう。

「ま、まあまあ柚那。今は朝陽のドマーニがメンテ中らしくて、ふたりとも足がないんだし、しょうがないじゃないか」

「愛純は柿崎さん呼んで送ってもらえばいいじゃないですか」

「柿崎くんは、今日は都さんと一緒に出張中」

 都さんも、その護衛の柿崎くんもなにげに忙しいのである。

「それに買いに行くのは寮の車なんだから、愛純と朝陽の意見も聞かないとまずいだろ」

「……それはまあ、そうですね」

 お、ちょっと軟化してきたぞ。

「あとほら、別行動の時は柚那の買い物にも荷物持ちで付き合うから機嫌直してくれよ」

「そんなこと言ってどうせスマホいじりながらこっちも見ずに「おー」とか「あー」とか言うだけなんでしょ」

 おっと、これは間違った選択肢だったか?

「あーわかる…」

「なんか目に浮かびますわ…」

 なぜか愛純と朝陽にまで白い目で見られた。

 ……いや、しませんよそんなこと。今までしていなかったとは言わないけど。

「そういうことしないで、ちゃんと付き合ってくれるなら機嫌を直します」

「りょ、了解。善処します」



 まあ、善処しますで直れば、謝罪も賠償も世の中には必要ないわけで。

 無意識にうっかりやらかして完全に柚那の機嫌を損ねてしまった俺は、フードコートで愛純と朝陽にチクチクやられていた

「あーあ、朱莉さんのせいで柚那さん家出しちゃったー」

「……」

 別に家出ではなく、『実家に帰らせていただきます。』というメールを残してなぜか俺の実家に帰っただけの話なんだが。

 というか、深谷さんの件といい、うちの両親も姉貴もいくらなんでも寛容すぎやしないだろうか。

「というか、何なんですかねー。朱莉さんってそういうところ本当ダメですよね。その点柿崎さんは――」

 あー、あー、聞こえないー。

「……」

 ちなみに、朝陽が先ほどから一言も発しないのは別に無言で睨んで俺にプレッシャーをかけようとしているとかそういうことではなく、普通にご飯を食べていて口の中がいっぱいなだけだ。

「まあ、今回は俺が悪かったなーとは思う。朝約束したばっかりだったんだし、デート中は電源切るくらいしておくべきだったよ」

 しかも、約束を破ってスマホをいじっただけではなくそのいじった理由が、柚那から「最近仲良すぎじゃないですか?」と軽く釘を刺されていて、ちょっと柚那の中での雲行きが怪しくなっていたJKとのグループトークでニヤニヤしてたという最悪の展開だ。

「ふぁあ、ふぁふぁり……まあ、朱莉さんにそもそもそういうことを期待するのが間違いだとはおもいますけど」

 もぐもぐしていたナンを飲み込んで、ラッシーを一口飲んだ朝陽がそう言って首を振る。

「それはそうだけど、柿崎さんができるんだから、朱莉さんにだってできるはずでしょ」

「朱莉さんには無理です」

「私もそう思うけどさ」

「おい、さすがに失礼だぞ、君たち」

 っていうか、愛純の熱い手のひら返しがすごいな。

「なあ、どうしたら良いかな。柚那に許してもらわんと、実家にも帰れないんだが」

 その相談料ということで、こうして愛純にはパンケーキとアイスクリームを、朝陽にはカレーとステーキと牛カツとラーメンを奢っているわけだし。

「んー……」

 俺の質問を聞いた愛純が、小さく唸って、アイスを食べる手を止める。

「朱莉さんは実家に帰れないから柚那さんと仲直りしたいんですか?」

「いや、別にそういうわけじゃないけどさ」

「無意識にそういう風に言っちゃうってことはそう思ってるのかもしれないですよ。で、それを柚那さんに見抜かれた」

 そう言って愛純はアイスに付いているミニスプーンでピッと俺を差す。

「う……」

「まあ、朱莉さんの場合は、柚那さんをないがしろにしているというわけではないのでしょうけど。そうですね…朱莉さんって、外面がいいですし、その分家族にはちょっと負担をかけてしまったりするのでは?例えば時間に遅れて迷惑かけちゃいそうだから駅まで送ってとか、友達に頼まれたから、あのお店にいくなら買い物ついでにあれ買ってきてとか」

「ん…まあ、あるかな。でもそれって割と普通のコトじゃない?」

 ついでにとか、ちょっとお願いとか。

「私もお父様とか妹子、それにお母様とかじいや、メイド長に対して、結構そういうところがありましたからわかるんですけど、それって家族だからOKなんだとおもいますよ」

「いや、でもさ。もう俺たち出会って二年位たつし、もはや家族みたいなものじゃん。俺がこんな身体だから結婚こそしてないけど、内縁の夫婦関係くらいは認められると思うよ」

「はあ…」

「はあ…」

 同時にため息をつかれたでござる。

「こんなこと言いたくないですけれど、柚那さんは普通の家庭では育ってません」

「………ああ!」

 今ストンと腹落ちしたぞ。すごいぞ朝陽。

「しかもそんな境遇でも、色々トップを取ってきた人なんですよ。TKOでもセンターで人気はトップ。TKOの生みの親の小崎Pからの信頼も一番、内容はともあれその小崎Pからプロポーズまで受けてるんですから、そりゃあ二番手以下みたいな扱いされたらプライドが傷つきますよ。それにどうせ、その「家族だから」みたいな話、柚那さんにしてないでしょう」

 愛純に指摘されて、俺はギクっとした。

「昨日の夜、不満はその場で言えみたいに言ったって話でしたけど、それこそ朱莉さんが柚那さんをどう思っているかっていうことをその場その場でしっかり伝えないといけないんじゃないですか?なんか照れ隠しみたいにしてはぐらかしていることが多い気がしますけど」

「確かに」

「まあ、私達も強引について来ちゃいましたからあんまり強くは言えませんけど、柚那さんってこう、私にとってのバイクみたいなものだと思うんですよね。しっかりメンテしてあげないと、すぐへそを曲げて動かなくなったり、エンジンがかからなくなったり。色々面倒くさいなって思うかもしれないですけど、そこが可愛いところなのではないですか?」

「そうそう。朝陽の言うようにすっごい面倒くさいですけど、その分すっごい可愛いんですから丁寧に扱ってあげてください。今回は私達もちゃんと協力しますから」

「すまん、助かる…」




『ちゃんと協力すると言ったな?あれは嘘だ!』と言わんばかりに、愛純は早々に撤退してしまったし、朝陽に至っては車から降りてこなかった。

 曰く「紫さんの背中に鬼がいる」

曰く「この禍々しいオーラがわからないんですか!?」

 まあ、実際、禍々しいオーラをまとい、鬼のような貌をした姉貴が座っているわけで、これについては、JC寮に逃げた二人を責めることはできないだろう。

「芳樹」

「はい」

「私はお前を、女の子を泣かせるような子に育てた覚えはない」

 そう言って姉貴はバンとローテーブルを叩いた。

 ちなみに俺が姉貴に出会ったのは中学生の頃なので、あかりがいつも俺に言うことではないが、姉貴に育てられた覚えはない。

 そんなこと言うと何されるかわからないので、言わないけど。

「あんたなんかねえ、柚那ちゃんが逃げちゃったら一生独身なんだからね」

「…んなことねえし」

 別に本命がいるとかではないが、柚那と別れたから一生独身というのは流石に言い過ぎな気がする。

「んなことあるっての。愛純ちゃんも朝陽ちゃんもちょっと私が脅かしたら逃げちゃっただろ。つまり、最後にあんたの横にいてくれるのは柚那ちゃんしかいないってことなんだよ。だから――」

「いやいや…いやいやそうじゃないって。姉貴が一般人だから愛純も朝陽も…」

 姉貴が再びバンと机を叩く。

「人の話を遮るんじゃないよ」

「はい……」

「あたしが一般人だってことは間違いないさ。だけどね、二人にとってその一般人相手に何かするだけの価値があんたにはなかったってことなの」

 まあ、リスク高いし。

「それは」

「ことなの!」

「はい…」

 くっ…口を開かせてもらえない。

「実際問題さ、あんた柚那ちゃんのことどう思ってるわけ?うちはみんな柚那ちゃんのことは公認なんだけど、他に嫁候補がいるの?だったらあんたを追い出して柚那ちゃんをうちの子として引きとるけど」

 いや、あかりは時々柚那の言動とか行動に引いているところがあると思うんだけど。

「それは…」

「夏に来たメガネの子?」

「ちがいます柚那に聞こえるような大声で言うのやめてください彩夏ちゃんが死んでしまいします」

 柚那に何かされてしまう。

「じゃあ夏樹?」

「あ、それはない」

 無理無理。色んな意味で無理。これは即答できる。

「さっき帰った二人はあんたに興味なさそうだから違うとして」

 違わないよ!ふたりとも朱莉さんのこと大好きだよ、興味津々だよ!……きっと。

「………そういえばあかりの同級生の真白ちゃんがどうのって話を小耳に挟んだけど…あんたまさか中学生に……」

 ハッとした表情で姉貴の顔が少し青ざめる。

「ないから!絶対ないから!あの子とは色々あったけどそれはない!」

 真白ちゃんに手を出したら色々終わる。

 っていうか、すごい怪訝そうな心配そうな顔で見るのやめて。朱莉さんのライフがゼロになる!

「じゃあ誰なの!?」

 そう言ってまた机をバン。これちょっと苦手なんだよなあ…。

「いや、だから―――」

「まさか都ちゃん!?」

「マジで俺が死ぬから冗談でもそんなこと言うな!」

「え?死ぬの?」

「死ぬよ。猫耳生やしてる人に殺される」

「…そんな子、都ちゃんとかあんたの周りにいたっけ?」

 いるんです。この頃は。

「とにかく、俺は柚那以外と付き合うとか、本気で浮気してやろうとかそういうことは考えてないし、今までもこれからも柚那一筋だよ。そりゃあ俺は経験が少ないから、他の子にドキッとすることはあるし、デートのセオリーとかもよくわからないし、気も利かないだろうけど、柚那と別れたいとか、柚那がどうでもいいってことは全然ないんだよ。それと、姉貴とか両親とかが認めようが認めまいが、俺にとって柚那はもう家族だから…まあ、姉貴も知ってると思うけど、俺は家族相手に適当な対応しちゃうこともあるから、柚那がいい加減に扱われてると思うかもしれないし、それで不安にさせちゃうこともあるだろうけど、どうでもいいとかそういうことじゃなくて…ああ、なんだろう。なんかうまくまとまらん」

「ふーん……」

「生ぬるい目でこっち見るのやめてくれませんかね!」

「いや、生ぬるくて甘ったるい話だなと思って」

「はっきり言わないで!?」

「ガキかよ」

「そうだよ、ガキだよ!でもそれは姉貴にも原因があるんだぞ!?姉貴にフラレてからトラウマで前にも増して女子と話できなくなったんだぞ!それで経験不足でガキのまんまなんだからな!」

「い、いやまあ、あれは悪かった。断るにしてもあれはなかったと自分でも思ってるよ」

 あの年のクリスマス、俺が姉貴に告白したことが引き金で起こった邑田家のブラッドクリスマスは子どもたちがいないところで両親と姉貴と俺が集まると必ず一度は話題に登る鉄板ネタだ。

 いや、ネタにしているのは姉貴と両親だけで俺は毎回トラウマをえぐられているんだけどね。

「まあ、いいや。とりあえずうまくまとまってないものの、あんたは柚那ちゃんを大事に思ってるんだね?」

「思ってる」

「そっか……ならいいや。でも今度泣かせたらお前勘当な」

「なんで姉貴が決めるんだよ」

「別にパパに会いたいならいつでもどうぞ。ただ、パパも私とママに嫌われて孫にも会えなくなるリスクを取ってでもあんたと会うかどうかはわからんけどね」

「別に勘当なんてどうでもいいけど、柚那を泣かせるようなことはもうしない……ように頑張る。できるだけ、すみやかに改善を、図る…よう…努力を」

「………」

 やめて!言いたいことはわかるけどそんな目でみないで!

だってできるって言ってできなかったら柚那絶対怒るじゃん!

「他に柚那ちゃんに対して言いたいことは?」

「まとまってないけど、ほぼ言い切ったから特には…あ、柚那に謝る前にちょっとまとめたいから、謝る練習につきあってくんない?」

「アホか。柚那ちゃんに言うための言葉を他の女で練習するんじゃないよ」

 そう言って姉貴はローテーブルの上に乗っていた新聞紙を丸めて、俺の頭をポコンと叩いた。

 声こそ少し怒っているような声色だが、表情は先程までのように鬼のような貌はしていない。

「女って…姉貴は姉貴じゃん」

「そうだね。だけど私だろうがママだろうが柚那ちゃんに対してすることの練習に使うのはやめな。もちろん周りの女の子もだよ。柚那ちゃんのためのことは柚那ちゃんだけにしてあげなさい」

「……はい」

 言いたいことはすごくわかったし、それ以上こっちから何を言ってもダメだということもよくわかったので俺は素直に返事をした。

「というわけだから柚那ちゃん。こんなもんでいいかな?」

 姉貴が居間と続いているダイニングの方に目を向けると、一つだけこちらを向いて置いてあった椅子の上に柚那が現れた。

「はい。ありがとうございました。朱莉さんの…芳樹さんの本音が聞けて良かったです」

「アホでガキ臭い本音だろ?ごめんね、不肖の弟で」

「いえいえ。そういう子供っぽいところも嫌いじゃないですから」

「これからもよろしくね」

「はい。色々お手数をお掛けしてすみませんでした」

 柚那はそう言ってペコリと頭を下げた。




 結局、愛純と朝陽はそのままJC寮の空き部屋に泊まってもらって、柚那と俺は一晩実家に泊まり、久々に思い切りイチャついた。

そのおかげで柚那は翌朝にはごきげんになっていたが、隣の部屋のあかりは目の下にクマを作って「こっちは学生なんだから遅くまで騒がないで」と言って学校に行った。

 そして、俺たちは改めてディーラーで車を買い付け、陸送の手配をして関東寮への帰路についた。

「昨日はお楽しみでしたか?」

 帰りの車中、欲求不満モードなのか、ヘッヘッヘとゲスい笑顔を浮かべながら、愛純がそう訪ねてくる。

「お楽しんだぜ」

「お楽しんだよ」

「いやあ、昨日喧嘩になった時はどうなるかと思いましたけど、仲直りしてくれてよかったですよ」

「俺も愛純が逃げた時はどうなることかと思ったけどな」

「……結果オーライですし」

「マジで結果オーライだけどな」

 昨日のあれは別に柚那が大げさに姉貴に話して、姉貴の怒りを煽っていたとかそういうことではなく、姉貴の方から、『芳樹にちょっと一発お灸をすえたい』ということでああいう流れになったらしい。

 ちなみに、当の本人である柚那は、姉貴に「ああ、そうそう、あいつそういうところある、わかるー」と共感してもらえたらすっきりしたらしく、俺が実家に行った時にはもう怒りはほとんど残ってなかったそうだ。

 女子って勝手だよね。

「まあ、なんだかんだで俺と柚那の絆が深まったし、別にいいけど……ところで愛純」

「はい」

「朝陽はなんでずっと窓の外を見て黄昏てるの?」

 話かけても、「あー」とか「うん」とかしか言わないし、昨日の買い物中の俺かって感じだ。…反省してます。

「いや、なんか私が朝起きたらもう既にこの状態で隣のベッドで黄昏れていて……」

「そうか…」

 気になるから、何か思うところがあるのであれば言って欲しいんだが。

 そんなことを考えていると、朝陽がおもむろに口を開いた。

「朱莉さん」

「お、おう!なんだ?」

「少し…ご相談したいことがあります」

 バックミラー越しに見たいつになくシリアスな朝陽の表情は少しだけ5月の決戦の時に嫉妬心を煽られて俺が好きだと口にした時の顔に似ていた。

「……どんとこい!あ、でも愛の告白意外な」

 柚那の手前というか昨日の今日ということと、あとは少し場を和ませようと思って俺はそういったのだが、朝陽は心底不思議そうな顔で首を傾げた。

「私、今は朱莉さんにそういう興味はありませんけど?」

 …姉貴の言うとおりだと!?

「あ、愛純もこれからはそういうのはナシな」

「いえ、『これからは』っていうか、私はそもそも朱莉さんに告白したことないですけど」

「……あるぇ?」

 そうだっけ?でもそうだったかも。

「というか、朱莉さんに真っ向から告白してくる子なんて、いるわけないじゃないですか」

 柚那様の黒い笑顔が眩しいぜ。

「じゃあどんな話なんだ?」

「それはその……」

「俺一人で聞いたほうがいい話ならそうするけど、俺よりも女子としての先輩である柚那と愛純にも相談に乗ってもらったほうが良いんじゃないか?俺は男性視点と『邑田朱莉』視点でのアドバイスはできるけど、女子としてどうだこうだっていうアドバイスは殆どできないからさ」

「そうですね……では朱莉さん、柚那さん、愛純、申し訳ないのですが後で少しお時間をいただけますか?」

「まかせといて」

「なんでも聞いてね。頑張ってアドバイスするから」

「もちろん俺もOKだからな」


 その時の俺たちは、軽く考えていたのだ。

 朝陽の相談を解決するのが、あんなに大変だとは全く想像もせずに…。


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