生還
三位一体、三種の神器、3度目の正直、三人よればなんとやら。
純粋に戦力が三倍になった以上の効率で、俺達は残っていた怪人を殲滅した。
「さて琢磨、あとはお前だけだ。降参しろ、この後俺達の増援もやってくるはずだ」
経過した時間から考えて、ひなたさん達のほうはもう片付いているだろうし、楓達が大和に苦戦していたとしても、ひなたさんが加われば流石に突破できるだろう。
「俺だけ?何を言っているんだ邑田朱莉。俺にはまだ仲間が残っているし俺達には最後の切り札が残っている」
言われてから指折り数えてみてわかったが、確かに無許可で降りてきたのは五人だと聞いているので、あと二人残っていることになる。ただ、士官候補生クラスなので、大和以下、琢磨以上と考えるとひなたさんがいればそれほど恐ろしい相手というわけではなさそうだ。
あとまあ、多分切り札というのは狂華さんのことだろうけど、あの人が的に回るとは思えないんだよなあ。都さん大好きだし、都さんに敵対するようなことは………まあ、この間のデート事件はともかくとして、本気で敵対したり、ましてや都さんを傷つけた相手とつるむなんていうことは無いと思う。
「狂華さんはいざとなったらお前たちにはつかないと思うぞ。大和の話じゃ洗脳も調教もしてないんだろ?」
まあ、そんなことしようとしたら、多分大和が止めるだろうし。
「その必要が無いからな」
自信満々な様子で琢磨が胸を張る。
「必要がないっていうのはどういうことだ?あの人はもともとこっち側の人間だし、そもそもあの人の恋人をお前が傷つけたっていうのに、仲良しこよしで楽しくやるわけないだろう」
「信じられないのも無理は無い。だが真実だ」
こいつの物言いはいちいちなんか偉そうというか、厨二的というか……。しかも半笑いでかなり印象が悪い。可愛い女の子がそういう感じでしゃべるのは嫌いじゃないし、それはいい。だがこいつは男で敵だ。
「要点をまとめて話せ。もったいぶったものいいはしなくていいから」
「お前らはここで狂華様の手で捕まる」
「………はあ、もういいよ。直接狂華さんと話すから、狂華さんを出してくれ」
「いいだろう、刮目しろ、我らが女王狂華様のお出ましだ!」
琢磨がそう言ってバッと腕を振ると、どこからともなくドライアイスのような白いもやもやが吹き出し、床一面を覆っていく。
そして、何もなかった空間にパリパリとプラズマのようなものが走ったかと思うと、そのプラズマの部分から床に向けてゆっくりと赤絨毯の階段が伸び、その階段の先には扉が出現する。
「見たか、これが俺の究極魔法にして狂華様の居室。「女王の庭園」だ!」
なるほど、どうりで愛純が探しまわっても狂華さんを見つけることができなかったわけだ。
というか…
「随分派手だけど、お前こんな大魔法が使えるほど強かったっけ?」
「結構カツカツだが、こっちにほぼ全ての魔力を回しているからな!」
ああ、さてはこいつバカだな。
琢磨の弱さに納得のいった俺がそんなことを考えていると、どこからともなくファンファーレが鳴り響き、一昔前の萌ソングのような狂華さんを称える歌が流れだした。そしてその歌がサビに入ろうかというところで、扉が重々しく開いていく。
そして――
「みんなのアイドルぅ、狂華ちゃんだにゃーーーーん♪」
猫耳と尻尾、超ミニのメイド服を着た、すごく楽しそうな表情の狂華さんが飛び出してきた。
「今日も一緒にー、ハッスルするにゃーん♪」
俺達がいることに気づかない狂華さんは、どうやら毎日やっているらしい口上を述べて手をネコっぽく丸め、かわいく片足を曲げてウインクをしてみせる。
「……あれ?今日はお友達がいない………にゃあああああああああっ!?」
そこで、広間を見回してようやく俺たちに気がついた狂華さんが絶叫する。
「え!?朱莉!?なんでここにいるにゃ!?」
「………行こう、愛純、ヒルダ。狂華さんは男ばかりのオタサーの姫になったと都さんに伝えよう」
せめて何も言わずに帰ることが、仲間としてのせめてもの情けかなと思うし。
というか、コレは大和が見ないでやってくれというのもうなずける。
「ちょ、ちょっ、ちょっ、そんな星になったみたいな言い方しないでほしいにゃ!…じゃなくて、しないでよっ、っと、うわぁっ!」
狂華さんが慌てて階段を降りようとして転げ落ちてくるが、今は助ける気に……じゃなくて、見ないことが武士の情けだ。うちの先祖は農民だけど。
「狂華さんなんていなかった、狂華さんは星になった。…いいね?」
俺がなるべく転げ落ちた狂華♪さんのほうを見ないようにして愛純とヒルダの二人の肩を叩くと、二人はハイライトの消えた目でコクコクと頷いた。
「いるよ!ここにいるよ!これは彼らを懐柔するために――」
「さあ、帰って祝勝会だ!琢磨、お前も来るか?」
「は?はぁ!?お前は何を言っているんだ、これから狂華様がお前たちを―」
「俺達の狂華さんは星になったんだ。そう、アイドルという名のスターにね……というか、もういいよ。それあげるから和睦しようよ」
命がけで助けにきたっていうのに、なにしてくれてんだこの人はって思ったら、もうなんか救出とか奪還とかどうでも良くなってきたし。
「上手いこと言ってないで、話をきいてよ!見捨てないでよ!」
「いーやーでーすー、こっちが命がけで助けに来たっていうのに、琢磨たちと楽しく遊んでた人なんて知りませんー」
「そうですよ!だいたいなんですかその偽アイドル像は。あざといだけでアイドルできると思っているんですか?本当にこれだから素人さんはっ!」
いや、そうはいうけど、愛純もかなりあざといからな。
「そういう和平の仕方もある。本国への報告書にはそう書かせていただきますね」
ヒルダも全然目が笑っていない笑いを浮かべながらそう言って狂華さんを攻撃する。
「やめて!?他の国にこんなこと知られたらこの星で生きていけない!」
「だったらもう琢磨達の艦でお世話になればいいじゃないですか、女王様として。狂華さんが普段から都さんにしてほしがっていたお姫様待遇してくれること間違いなしですよ」
「だからそれは―」
「まあ、大和と何回かデートしてたあたりから怪しいなあとは思ってたんですけど、狂華さんやっぱりそっち系だったんですね」
「だか―」
「あーあ、『勝手に飛び出した総隊長が敵の変態調教にドハマリするどころか、喜々として男たちの生臭い欲望を受け入れて、艦隊のアイドル狂華ちゃんだよぉ』とかやっていたなんてショックですよマジで!」
「………」
あ、黙っちゃった。泣いたかな?
「……を」
「え?なんですか?」
「話を……」
ん?………あれ?その肩の震えは泣いているんじゃなくてもしかして…
「話を聞けって言ってんだろーーーーー!」
狂華さんがそう叫んだ刹那、彼女の身体から魔力がほとばしり、あっという間に広間に魔法陣を描く。
「やばい!ヒルダ、俺の影に隠れろ!」
「は、はい!」
「愛純、こっちこい、お前もだ!」
俺は近くにいた愛純と琢磨を引き寄せ、防御に全魔力を振って巨大化したシールドステークの上に乗る。
そうしてなんとか防御姿勢を取った次の瞬間、俺達の足元で狂ヒ華が炸裂した。
強烈な勢いで吹き上がる魔力の奔流に押し上げられて、俺たちは天高く打ち上げられる。
「あ、朱莉さんっ!」
「愛純っしっかり掴まってれば大丈夫だ!俺の魔法を信じろ!」
2つのシールドは魔力の奔流の勢いで離れていき、もう一つのシールドに乗っていた愛純が返事をする間もなく遠くに飛ばされていく。
「な、ななななななななな!?」
「これが狂華さんの本気だよ」
俺は何が起こっているのか聞きたいらしい琢磨にそう答える。
「し、ししししし?」
「死なねえよ。俺が死なせねえから大丈夫だ」
怪人を全滅させた後、念のためクッキーやキャンディで回復をしていたおかげでほぼフルパワーで防御をすることができた。なのでシールドが破壊されて狂ヒ華が直撃して死亡ということはないと思う。
あとは、狂ヒ華が収まったところで、シールドに残っている魔力で飛行魔法を使って降りれば大団円ってわけだ。
「……にしても、長すぎないか、今日の狂ヒ華」
いつもならそろそろ終わっているだろう奔流の突き上げは未だに続いていて、シールドからはミシミシと嫌な音がし始めている。
「おいおい、待て待て待て、これはやばいぞ」
「ど、どうしたんだ?」
思わず漏れた俺の言葉を聞いて、不安そうな顔で琢磨が俺の顔を見る。
「いや……なんでもない」
シールドが壊れるかも。と言ったら本当になりそうな気がして、俺は言葉を飲み込んだ。
あと10秒か、1分か。どれだけ続くかわからない狂ヒ華の奔流。果たしてそれにシールドが耐えられるのか、愛純の方はどうか。
様々な事柄が頭のなかを駆け巡っていく。
そして、突然の凪。
今まで吹き上げていた魔力の奔流はピタリと止まり上に向かって押し上げる力がなくなった俺たちは急激に落下を始める。
「よし、飛行魔法……」
そう言ってシールドに手をついた瞬間。
パリンと、まるで安物の皿が割れるような音がして、シールドは粉々に砕け散る。
地面からの距離は目算で数百メートル、いやヘタすれば1000メートルはあるかもしれない。
魔法でない物理攻撃ではそうそう死にはしないとは言っても、衝撃で粉々に砕け散ればどうなるかわからない。というか、そもそも生身の部分が無事では済まないのでまず死ぬだろう。
「琢磨、お前、飛行魔法は?」
「で、できない。俺は『女王の庭』しか…」
「そっか……」
魔力の残量はゼロではないが、二人で飛行して無事に降りられるほどはないし、ステークなしでは、琢磨の魔力を吸収することもできない。
「……琢磨」
俺は、少しだけ考えてから、すぐ傍で同じように落下している琢磨に話しかける。
「なんだよ」
「俺にはもう二人で降りられるほどの魔力はない」
「……そうか」
琢磨は察したような表情で短くそう言った。
「だから…」
「ちょっ、何するんだよ」
俺が空中で手を引いて抱きしめるようにして抱えると、琢磨はジタバタ暴れる。
「なんだよ、最後の情けかよ!俺はお前みたいな胸の大きな女よりもっと慎ましやかな……」
「勘違いするな。飛ぶほど魔力がないから地面の直前でブレーキをかける」
「……は?」
「二人で助かるぞ」
「な……何言ってるんだよ、そんなのできっこないだろ。だいたい、二人でって言ったってことは、お前だけなら……」
「まあ、それもわりとギリだからな。どうせ命をかけるんだったら、うまくいった時に一人より二人助かるほうが良いだろ。お前には色々聞きたいこともあるし、証言してもらわなきゃいけないこともある」
「………う」
「ん?」
「ありがとう。それと、ごめんなさい」
琢磨はそう言って泣きながら話し始めた。
「俺はやってないんです。俺は爆弾を仕掛けたりしてなくて、事件の話を聞いて俺の手柄にしてやろうって、兄貴を見返せるって、そう思ってたのに、こんなことになって……」
多分琢磨の言っていることは本当だろう。
そうじゃないと辻褄が合わないおかしな点が幾つもあった。攻撃が普通の爆弾だったってこと。早々に出るべき犯行声明が、公安組とのゴタゴタの後という、微妙に遅い時期だったこと、そして、都さんが一番の重傷だったっていうこと。
爆弾の件はもう話すまでもない。琢磨達が攻撃をするなら魔法を使うだろうということだ。
で、犯行声明が出たのが遅かったのは情報を掴んでからそう言おうと考えたから。
なにより、普通に考えて、都さんが一番大怪我するなんていうのは考えられない。ナノマシンの固まりである外部ユニットを連れている時に、ものの形状変化とかそういった魔法が得意な都さんが普通の爆弾で怪我するなんていうことはほぼありえないのだ。あの人は小型の核爆弾を仕掛けられたとしても、爆発の予兆を感じてからでも柿崎くん達を全員衝撃と放射能から守ってもお釣りが来るくらいのスピードで防御ができるのだ。
つまり、都さんは怪我をしていない。怪我をしたことにしたほうが都合がいいことがあった。ということだ。
それに、事件後の対応でもいくつか気になることもある。その中でも一番が小金沢さんの物分りが異常に良かったということだ。早々にJKチームの追撃をやめたし、早々に俺達の釈放もした。そして、全権を俺に委任して、松花堂ちゃんをお目付け役に付けるだけで自分は裏方仕事という、まったく旨味のないポジションについている。
他にも色々気になっていることはあるが、その検証も、琢磨の証言の検証も、まずはきっちり着地を決めてからだ。
今も少しずつ少しずつブレーキをかけるようにして落ちていっているのだが、残っている魔力で地面の直前で完全に止まるようにブレーキをかけることができるのかは賭けだといえるだろう。
「琢磨」
「なんだよ」
「大丈夫だから、安心しろ」
「べ、別に俺は怖くなんかない」
「そうか?俺は怖いぞ。怖いからしっかり捕まえておいてくれ……離れたら一緒には止まれないからな」
「……うん」
目算で地面まで、あと100メートル。
90
80
70
と、突然落下がとまり、身体がふわりと宙に浮いた。
「ま……間に合った…」
「真白ちゃん!?」
「私も居ますよー」
そう言って愛純が真白ちゃんの後ろから顔を出す。
「二人共どうして?」
「砂浜で、二人が空に打ち上げられたのが見えたんで飛んできたんですけど、一緒に巻き上げられた瓦礫が邪魔でなかなか近寄れなくて」
「で、私が真白ちゃんの背中に乗って、瓦礫を除去しながら近づいてきたってわけです。ね?真白ちゃん」
俺達と一緒にユルユルと地上に下りながら、愛純がそう言って胸を張る。
「はい、愛純さんが居なかったら朱莉さんを助けられなかったです。はあ…でもよかった、これで私達生き残れましたね」
「あ、でも喜乃も死亡宣告出てなかったでしたっけ?」
「あー…まあ、大和が殺しまでするとは思えないし、楓も付いているから大丈夫だろ」
喜乃くんの死亡フラグは楓と一緒に行動した時点で折れたような気がしていたし、大和はどうやらそんなにやる気がなさそうだったので大丈夫だろう。
「じゃあ私と真白ちゃんは広間でシクシク泣いてそうな狂華さんを回収してくるんで、朱莉さんはその他のことをよろしくおねがいしますね」
地面に降りた後、愛純はそう言って真白ちゃんを引っ張って再びふわりと宙に浮いた。
「その他のこと?」
「大和さん達と話したり、あとは本性を現したそのショタっ子を優しく介抱してあげてくださいねってことです」
「ショタっ子?」
「朱莉さんが胸に抱いているでしょう?」
ああ、そういえば琢磨を離すの忘れてた。
「いや、何を言ってるんだよ、琢磨は……って、うわああっ!?」
視線を胸の方に落とすと、先程までは同じくらいの身長だったはずの琢磨は随分と小さくなり、立ったままの姿勢で俺の胸に顔を埋めている。
「えっと……琢磨?」
「はい」
「虎徹琢磨?」
「はい、色々ごめんなさいでした」
琢磨(小)は一歩離れてそう言うとペコリと頭を下げる。
あんまり可愛らしい顔で謝るもんだから、朱莉さんちょっと萌えちゃったじゃないか。じゃなくて。
「なんか性格まで変わってない?」
「それはその……少し威厳を出そうかなと思って。女叩きすると威厳が出るって昔大和さんが言ってて」
……確かに昔の大和はそんな感じだったなあ。そんなので威厳なんて出ないってわかってからはやめたけど。
「そうか。そんなのじゃ女の子に嫌われるばっかりだから、やめような」
「はい」
うーん、素直。
「じゃあとりあえず、魔力を封印するブレスレットをつけるから、手を出してね」
「はい」
そう言って、琢磨(小)は手を差し出し、俺はその細い腕にブレスレットを巻いた




