マイ・フレンド
扉の先にあった大広間に居たのは、虎徹によく似た若い男だった。
「虎徹琢磨だな?」
確認するまでもない。この数日間何度も画面越しに顔を合わせてきた相手だ。
「降参しろ。不意打ちで悪いが、この島はもう包囲されているし、お前の母艦の司令官殿も、もうお前らなんて知らねえってよ。つまり、包囲されていて援軍も望めない。お前らの負けだ」
「………」
俺の警告を聞いた琢磨は不敵な笑みを絶やさず、こちらに背を向けてゆっくりと部屋の奥へと移動していく。
敵に自陣の奥深くまで入り込まれているという絶対的に不利なはずのこの状況でこの行動が取れる余裕は兄の虎徹をして「殺さずに捕まえるのは難しい」と言わしめるほどの琢磨の実力がなせるものだろうか。
「もう一度言うぞ」
「言わなくていい。数が、包囲が、援軍がないことが絶対的不利?そんなことはない。そんな不利などいくらでもひっくり返すことができるんだよ」
琢磨はそう言ってマントでも翻すかのような、大げさなしぐさで振り返る。
「さあ、大将戦だ。俺がお前を倒し、島にいる女も周りを取り囲んでいる女もすべて捕らえる。それで俺は兄貴に勝てるんだ」
傲岸不遜な態度でそう言うと、琢磨は変身してカタナのような武器を構える。
やる気マンマンの琢磨の言葉に、俺はステークシールドを構えながら応じる。
「本当はやり合いたくなかったんだけどな……仕方ない。行くぞ、虎徹琢磨!」
生き残る。
その決意を込めて。
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「うおおおおおっ」
「ていっ」
「うわああああああっ」
飛びかかってきた琢磨の攻撃をシールドで受けてグッと力を入れて弾くように押すと、琢磨は面白いくらい簡単に壁まで飛んでいった。
そんなことをもう十数回は繰り返しただろうか。
肩で息をして、さらにはゲホゲホと苦しそうな咳をしている琢磨に対して、俺は息が上がるどころか、汗一つかかない。
最初はふざけてやっているんだろうと持っていた琢磨の攻撃はどうやらこれが全力らしく、威力が強まることもなければ、蓄積で何かが起こる、例えば同じ所に二度食らうと死ぬというような効果もなさそうだ。
そしてここに至って、ようやく俺は虎徹が悲壮な表情で言っていた「殺さずに捕まえるのは難しい」という言葉の意味を理解した。
琢磨は弱すぎるのだ。
弱すぎるせいで、こちらが何か魔法を使えば簡単に死んでしまう。そういう意味なのだ。
俺は楓と別れた後、この部屋に来る道中で、何度か遭遇した怪人級相手に、この島に来る前に貯めてきていた魔力を大分開放してしまっていた。
なので俺はしばらくはダメージ覚悟で魔力を貯めようとしていたのだが、そのおかげで、琢磨の秘密…というか虎徹が説明不足だったところが判明して、こうして魔法なしで戦っているが、そうでなかったら多分琢磨は初手で死んでいたと思う。
「なあ、もうやめろよ。お前じゃ勝てないって。お前がすごい人数いるならともかく、一対一なら余裕で防御できるし、こっちはいつでも反撃できるんだからさ」
「いやなこった。女相手に頭を下げて負けを認めるなんてことできるわけ無いだろう」
弱すぎるということの他にもう一つ。この琢磨の性格が「殺さず捕まえるのは難しい」ということの理由だ。
琢磨はとにかく男尊女卑の考え方らしく、「女に」「女が」と非常にうるさい。俺自身は元男であるとは言っても、今の性別である女をここまで馬鹿にされるとかなり腹も立ってくる。
「お前を相手にするより、この城を使って怪人級を何百何千と出されたほうがよっぽどキツイくらいだぞ」
もう何だったら無手でも勝てそうな位なのだが、一応シールドステークを構えながら俺がそう言うと、琢磨は「クックック」と笑い出した。
「そうか、なるほど、そういうことか。ありがとう。君はどうやら女にしては頭がいいようだ」
「だからその女がどうこうって言うのやめろよ。なんかむかつくから」
正直、そろそろ一発本気でげんこつをくれてやりたいくらいの気持ちだぞ、今の朱莉さんは。
もちろん変身解除してからだけど。
「だが所詮は女!」
どうやら俺の抗議はまったく受け入れてくれなかったらしく、琢磨は不遜な態度で続ける。
「その弱点を俺に教えたことがお前の、女の軽薄さ、浅はかさだ!」
こいつ、女になにか恨みでもあるんだろうか。
「刮目しろ!」
そう言って琢磨は大広間の高い天井を指差す。
そこには先ほどと同じようにシャンデリアが……なかった。
黒とも深い紫ともつかないモヤのようなものが立ち込め、そのモヤがモヤのまま次々と床へと滴り落ちてくる。
そして、その滴り落ちたモヤはどんどん怪人へと姿を変えていき、あっという間に俺を取り囲んだ。多分、このモヤから生まれた怪人の強さは、大和が狂華さんを苦しめた岩の怪人と同じくらいだろう。
「うっわ…これは……死ぬかも」
「はっはっは、心配しなくても、殺しはしないさ。お前にはこの星に改めて宣戦布告をするときに晒し者になってもらうからな」
こいつさては俺にひどいことをする気だな!エロ同人みたいに!
……おっと、薄い本のようなことをされそうではあるものの、命の危険がなさそうだということでちょっと緊張感がなくなってしまった。
「その恥ずかしい衣装の局部の布を切り取ってさらに恥ずかしい格好にして全世界に晒し者にしてやろう、我らが女王、狂華様の椅子としてな!」
「何言っているんだ、この衣装は恥ずかしくないぞ」
この俺特製メイド服の一体どこが恥ずかしいというのか。
あかりからの「見た目はともかくその歳でミニのメイド服はない」というアドバイスを受け、ミニスカメイド服から、チアキさんのようなクラシカルなロングのメイド服に変更したことで落ち着きと気品を出したし、クラシカルにまとめるだけでは物足りないので、袖口はベルスリーブのままで残したという、こだわりの衣装だ。こんなおしゃれなメイド服他に無いだろう。
………って、あれ?
「ちょっと待ってくれ。今女王なんとかって聞こえたけど…」
「狂華様だ。なんとかなんて二度と呼ぶんじゃない!フッフッフ、驚いたろう、貴様らの頼れるリーダーが、知らぬ間に我々の女王となっていたのだからな」
「……いやいや。あの人に限って…限って…」
ないとは言い切れないんだよなあ。
都さんが攻撃されたという情報で精神は相当弱っているだろうし。
都さんをやられて勇んで乗り込んだものの、どうやらあっさり捕まっちゃったみたいだし。
そしてなにより、あの人って「頼めばやらせてくれそうな魔法少女ランキング」において第一位(俺、都さん調べ)の実力者だし。
例えば仮に、仮にだ。
都さんがやられて怒りが有頂天になった狂華さんが、大和を騙して乗り込んできたもののあえなく捕まり、都さん襲撃でただでさえ弱っている精神にさらにダメージを受け、その後俺とのテレビ会談の場に引っ張りだされて、ちゃんと仕事している俺と単独行動して捕まっちゃっている自分を比較して現実逃避。そこを琢磨や大和がやさしくやらしくフォローしたりしたとすれば、女王狂華様が誕生するということも、ないではないかもしれない。
「……うん、ありそう」
「ありそうではない!現に狂華様は我々の欲求を受け止めてくださっているのだ」
「狂華さんが男所帯の欲求を受け止める、か………」
それは想像すると胸が熱くなるし、彩夏ちゃんに言ったら本が薄くなるな。
おっと、鼻血と動悸が。
「というか、お前女嫌いじゃないの?」
「嫌いだね、特に俺の欲求を鼻で笑うような女はな」
なるほど、琢磨は欲求たっぷりであれしてこれしてほしい俺様ちゃんというわけだ。
「……ん?お前いつ上陸したんだよ。お前の上陸許可なんてこっちは出してないぞ。いつそんな女と知り合ったんだ?」
それについて虎徹が書類を偽造したとは思えないが、誰かが不正に関わっていたのなら後で調べないといけない。
「ふん、上陸の必要など無い。お前は知らないのか?この星にはライブチャットという物があるんだぞ」
なにその寂しすぎる青春!いや、俺も琢磨くらいの年の頃はそんな感じだったけど。
「一応言っておくけどな、琢磨。世の中にいる女の子っていうのは、狂華さんみたいにチョロい子ばかりでも、そのライブチャットで知り合ったような嫌な女ばかりでもないからな」
「狂華様がチョロいだと……!?あれで……!?」
なんで琢磨は驚愕の表情を受けべているんだろう。
狂華さんがチョロいと思えなかったら、世の中の殆どの女性には歯がたたないと思うんだが。例えばうちで言えば愛純とか、こまちちゃんとか、都さんとか。
「……ええい、とりあえず話は後だ!今は貴様を捕まえるのが先決だからな。この包囲、抜けられるものなら抜けてみろ」
琢磨に言われて周りを見ると、今の会話の間に数百の怪人が俺を取り囲んでいた。
「やっちまったー!!」
話してないで逃げればよかった!それで楓とかひなたさんとか連れて来るべきだった!
ドアの方を振り返ってみても、色とりどり様々な形の怪人が部屋を埋め尽くしていて、たどり着くのは困難そうだ。
「かかれ!」
琢磨の号令で、怪人たちが一斉に俺に視線を向ける。
幸いというべきか、怪人たちは物量にものを言わせて俺を押しつぶすようなことはせずに、少し間をとって、数体ずつ飛びかかってくる。
エロゲーなら、俺を誰が倒すか、倒した怪人が俺を好きにできる。なんていう条件を琢磨が出していて、捕まった俺が「くっ、殺せ」とか言うシナリオになっていそうだが、怪人級以下には意思がないのは虎徹に確認済みなので、そういうことではなく、単純に俺をなぶって楽しもうという、琢磨の趣味だろう。
質量で完全に動きを封じられるのではなく、こうして跳びかかって攻撃を仕掛けてきてくれている以上、俺に魔力切れはない。
俺は襲いかかってきた怪人の攻撃をシールドで受け、吸収した魔力を乗せてステークを、ニードルを、ビームを叩き込んで倒していくが、残念ながら怪人の数は一向に減らない。それどころか、増えてすらいる気がする。
「気がするんじゃねえな…」
上を見上げると、先ほどのモヤは未だに床へと滴り落ち続けていて、怪人が生まれ続けている。
「やべえなこれ…」
どれだけの数の怪人が生まれたとしても、向こうが魔力を持ってきてくれるので、俺には魔力切れがないのは間違いない。だが、体力の限界はある。
翠の努力で小型軽量化したシールドステークではあるが、それを腕につけて振り回していれば当然腕に疲労がたまるし、踏ん張ってそれを支えている太腿やふくらはぎの筋肉にも疲労がたまる。
そして俺は迎撃しながら回復魔法を使えるほど器用じゃないし、クッキーを食べている暇など無い。
JCは海岸、ひなたさんと一美さんは中庭。楓と喜乃くんは幹部である大和と交戦中で、たぶん楓は大和戦で雅を使うので、勝って合流してくれたとしても、これだけの数を相手にするのは厳しいだろう。
愛純が戻ってくる可能性もないわけではないが、狂華さんを探してくれと頼んだ以上、最悪愛純は女王バージョンの狂華さんと交戦している可能性がある。
「捕まっちゃうのが楽だろうけど……死にはしなくても、死んだほうがいいくらいのことされそうだしなあ」
俺は男の欲望を受け入れるくらいなら死を選んだほうがマシという人間なので、「くっころ」どころか、最悪自分でそういう結末を選ぶかもしれない。
孤立無援。
四面楚歌。
八方塞がり。
なんだかんだで、俺はこういう状況での戦闘というのはあまり経験がない。
あまりどころか、せいぜいが、お互いに大怪我をしてドローになった橙子ちゃんの時くらいなものなので、孤立無援で戦うということに、いいイメージがない。
こうして考えると、助けたのか助けられたのかはともかく、俺は仲間と一緒に生き残ってきたんだなあと実感する。
「動きが鈍くなってきたぞ、邑田朱莉!」
「うるせー!怪人と違ってこっちは普通に体力が減るんだよ!」
隙を見て自分の魔力を使って天井を吹っ飛ばすか?
いや、よしんば吹っ飛ばせたとしても、その後がもたない。補給路を断ったとしても、その後残存兵力を殲滅できないのでは意味が無い。
天井をふっ飛ばして、その後今この場にいる怪人を一掃するには、どうしてももう一人必要だ。
ああ…こんなことならあの時変な意地をはらずに、ヒルダを連れてくるんだった。
ヒルダがいれば俺が天井をふっ飛ばして、ヒルダの「切り裂きジャック」で一気に数を減らしてもらうことができた。
補給がなくなって数が減れば隙を見てキャンディやクッキーで回復をすることもできる。
くそ…完全に判断ミスだ。選択肢のミスのせいでバッドエンド一直線だ。
俺が捕まっても、ひなたさんが一旦退却して体制立てなおして再突入くらいのことはしてくれると思うが、それまでに俺の人生が……いや人として色々終わって、朱莉さん即落ち二コマみたいな感じになっている確率が高い。
「ヒルダが…居てくれたら…」
無意識に俺がそうつぶやいた次の瞬間、俺を取り囲んでいた怪人達のうち、最前列から数列の怪人がバラバラの肉片になって崩れ落ちた。
そして――
「呼ばれなくてもやってくる。呼ばれれば喜び勇んでやってくる。皆のお友達、ヒルデガードさん、参上です」
そう言って得意気な顔で両目を閉じ、胸元に手を当てる、いつもは鬱陶しいだけのヒルダのドヤドヤした声と顔が、今はとても頼もしい。
「やっと私を呼んでくれましたね。3度目の正直を狙って、船からずっと朱莉の影に隠れていて正解でした」
そう言って集中線が出そうなほどのドヤ顔を決めたヒルダが手を振ると、また最前列から数列の怪人がバラバラになる。
なるほど、影に潜む魔法。それで神出鬼没なのか…というか、ずっと隠れて見てたんなら助けてくれよ。
「さあ朱莉。私達の友情パワーで悪をくじきましょう!」
俺の心情などまったく察してくれそうにないヒルダは、そう言って怪人をどんどん削っていく。その圧倒的な光景のせいか、ヒルダが腕をふるう効果音が心なしか「ドヤァ」に聞こえる気がする。
まあ、危機を脱して若干「ドヤドヤ」が鬱陶しくなりつつあるとは言っても、今がチャンスなのは間違いない。
「雑魚は任せたぜ、マイフレンド」
「フレ……はい!お任せください!マイ・フレンド!」
ただのノリと勢い、それと少しのおべっかのつもりで言った言葉に目を輝かすヒルダの嬉しそうな笑顔が俺を攻め立てる。
……うん、ヒルダは面倒くさいけど悪いやつじゃないし、帰ったらもう少し良い関係が築けるように努力しよう。
そんな密かな誓いを立てながら高く跳躍した俺は、両腕のステークシールドを外して銃のように持ち替え、天井に向けて自分の魔力と共に貯めていた魔力をすべて放出し、天井ごとモヤを消し、ヒルダは俺がそばに居ないことで先程よりも少し出力を上げて「切り裂きジャック」を放つ。
10秒ほどですべてのモヤと天井を消した俺は、着地して「切り裂きジャック」を撃ち終えたヒルダと背中合わせに構えた。
「おかえりなさい、マイ・フレンド、残りの魔力は?」
そう言ってヒルダは背中合わせのまま、拳に魔力を込めてコツンと俺のシールドステークを叩いた。多分後ろでドヤ顔しているんだろうけど、そのドヤ顔に見合うくらいイケメンな魔力補給だ。
「…おかげさまでちょっと余裕ができたよ」
「それは重畳」
「帰ったら何かお返しをするから楽しみにしておいてくれ」
俺がそう言って笑うと、ヒルダは「あなたの身体で良いですよ」と冗談を言って笑った…………冗談だよね?冗談だと信じているぞヒルダ。
そして――
「朱莉さん!全部の部屋を探しましたけど狂華さんがいません!って、なんじゃこりゃあ!」
幸いにも狂華さんに遭遇しなかった、おそらく魔力がほぼ満タンで元気いっぱいの愛純がやってきた。
「はいはい、ちょっとごめんなさいねー」
元気いっぱいの愛純はそんなことをいいながら、怪人をちぎっては投げして無理やり道を作って俺達の所にやってくる。
「遅かったですね愛純。もう少しで私と朱莉の友情タッグが全て駆逐して、出番がなくなるところでしたよ」
「え?ヒルダ………?」
あ、愛純が面食らってる。そりゃそうだよな。さっき追い返したはずのヒルダがいるんだから。
まあ何にしてもこれで三人。
形成は逆転したと言っていいだろう。
「愛純、話は後だ。三人で残っている怪人を殲滅するぞ。琢磨は、殺さず残せ。あいつは弱いから万が一手を出してきても適当にいなせば大丈夫だから。ヒルダも頼んだぞ」
「分かりました」
「任せてください、マイ・フレンド」
ああっ、愛純の「こいつまた女引っ掛けやがったな」って目が痛い。
「……そんな目で見るなよ」
「そんな目ってどんな目ですか?」
「いや、また女引っ掛けやがったって目で見てたろ。一応言っておくと、俺とヒルダはフレンドだから、友達だから」
「あー、私、男女間の友情とか信じてませんから」
「ちょっとはお姉さまの言葉を信じようよ!」
そんなやり取りをしているうちに、怪人達は俺たちの包囲網を組み直し、三匹の怪人が俺たちに襲いかかる。
「はあ…話は帰ってからしましょう。じゃあ、いきますよ二人共」
「おう」
「ええ、頑張りましょう、マイ・フレンズ!」
「……」
気持ちはわかるけど、そう露骨に嫌な顔してやるなよ。




