学園地獄 1
イズモちゃんの不吉な予言から一週間。
なれない環境のせいか少しだけ体調を崩したものの、優陽の身に不幸らしい不幸は起こっていなかった。
「あんまり無理するなよ。ドラマパートのほうはともかく、グッズの撮影の方は別の日でもいいんだからさ」
「はい…」
学園に向かう車の中、後部座席に座っている優陽は窓ガラスに頭をもたれさせながらそう答える。
熱があるわけでもどこか痛いというわけでもないらしいが、どうにも調子が悪いらしい。
「優陽は真面目すぎるの、もう少し肩の力を抜かないと倒れちゃうよ」
助手席に座っている柚那がポテチを口に放り込みながら言った。
「お前は最近力を抜きすぎだ。敵の魔法少女が出てきたら足を掬われるぞ」
最近の柚那は戦いでも演技でも、よく言えば慣れ。悪く言えば惰性が見え隠れしている。
最近はキレ柚那モードをある程度制御できるようになって、大分戦えるようになり、敵にやられそうになって冷やっとするようなことはないが、慢心は怪我につながるので、俺としてはもう少し気合を入れて貰いたいと思っている。
対して優陽は直接戦闘をすることに不慣れなため、力を入れすぎることがままある。彼女の体調不良はその疲れもあるんだろうというのがうちの医療班の見解だ。
「だって楽勝なんですもん。ほら、私って優陽より強いですし」
元気な時だったら「そんなことありませんわ!」とか「あの時は油断していて!」とか色々反論が来そ
うなものだが、優陽はぐったりとしたまま窓の外の景色を眺めている。
「……今日は帰るか?」
「え?いえ、大丈夫です。やれますから」
「無理しなくても追い出されたりしないから大丈夫だぞ」
「……いえ、だとしてもお世話になっている分くらいは働いて返さないと心苦しいです。せめて自分の役割くらいは果たさないと」
資料によれば蛇ケ端妹子はお嬢様育ちっていうことになっていたので、最初はどんなにわがままな子なんだろうかとちょっと不安になっていたものだが、実際の彼女はかなり真面目でわがままらしいわがままを言わない。
柚那との喧嘩も別に彼女が悪いというわけではなく、その時々によってどっちもどっち。仲良く喧嘩しろっていうくらいの物ばかりだ。
「マジメなのはいいけど、役割を果たすためにちょっと休むっていうのも必要だぞ。とりあえず学校に着いたら保健室で寝てろ。俺は今日も撮影が少ないから出番の時間が近づいたら起こしに行ってやるよ」
「えー、ずるい。優陽ばっかりずるいです」
「柚那、おまえこういう時は―」
「寝るなっていう話じゃないです!朱莉さんにかまってもらってずるいって話です!」
「だとしてもTPOってもんがあるだろう」
「じゃあ私も優陽の横で寝るんで起こしに来てください。どうせ出番一緒ですから」
「お前なぁ……」
少し強めに注意しようかとバックミラー越しに柚那の顔を見ると、柚那は真剣な顔をしていて、別におふざけで言っているというわけでもなさそうに見えるる。
多分柚那はずるいなんて言いながらも、実際は隣で優陽の看病をするつもりだろう。
「……はいはい、ツンデレツンデレ」
「ちょ……そういうこと言うのやめてもらえませんか」
「はいはい。じゃあ時計は俺が見ておくから二人はゆっくり休め」
俺は優陽の事を柚那に任せて自分の出番に集中することにした。
「カーット!30分休憩ー」
カチンコの音の後で言った監督の一言で、今まで静かだった教室がスタッフやエキストラの声でざわざわと騒がしくなった。
「朱莉」
後ろから声をかけてきたのはイズモちゃんだった。
「この一週間優陽の様子はどう?」
「ちょっと体調を崩しているけど大丈夫だよ。医療班の見解だと疲労だってさ」
「そう…それは心配ね」
「なに?優陽体調崩してるの?」
俺とイズモちゃんの会話に寿ちゃんが割り込んでくる。
「ああ、まだ環境の変化に慣れてないんだろうってさ。今は保健室で寝てるよ」
「今までと立場が真逆だものね。しかも関東寮って朱莉に柚那、それにチアキさんに狂華さんでしょ?そりゃあ気苦労も絶えないだろうって感じだし。だからこの間東北寮に来なって誘ったのに」
先週一緒に昼食を取った時に優陽は自分の立場を精華さんと寿ちゃんに話したらしい。
どうかなと思ったが、言ってしまえば同じようなマエのあるもの同士、二人からは特に反発もなく、お互い大変ね。くらいで流されたらしい。
「寿ちゃんの言いたいことはなんとなくわかるけど、それを俺の目の前で言うって結構いい度胸してるよな」
「狂華さんとかチアキさんがいるならともかく、朱莉一人なら別に怖くないし」
寿ちゃんの言う通り狂華さんとチアキさんは学園に来ていない。
狂華さんは「そろそろ蛇ヶ端大使のところにナシつけてくるわー」と言って立場も考えずに一人で出ていこうとした都さんの護衛兼、抑えに。
チアキさんは次期魔法少女候補のための講義に出ている。ちなみに精華さんとひなたさんも同じく講義の受け持ちがあるのでここにいない。
まあ、関東は今週も柚那と優陽メイン、関西は珍しくイズモちゃん回、東北・北海道・北陸がこまちちゃん回なので4人がいなくても特に問題はない。ちなみに俺は関西、東北両方にちょい役のゲストで出演だ。
「お見舞いに行っても大丈夫?」
「ああ、どうせそろそろ起こしに行かなきゃいけない時間だし一緒に行こうか」
と、その時、覚えのあるズンという感覚の後、窓の外の空が真っ暗になる。
慌てて窓に駆け寄って外を覗くと見慣れたフィールドが発生していて校門の先が無くなっている。
「なあ、これって」
「誰かがフィールドを発動させたみたい」
「喧嘩かな?」
「喧嘩だったらこんな大きなフィールドを発生させたりないだろ。大体学校部分にはフィールド発生装置なんてないんじゃないか?」
「あるにはあるわよ。緊急用に屋上に設置してあるはずだから」
「じゃあ誤作動かな」
そんな話をしてからもう一度外を見ると、校門のところに見慣れない人影が二つ。
「おいおい嘘だろ」
人影の一つはこちらの視線に気づいたのか、まっすぐに俺のほうを見返すと笑顔で手を振り、そして変身する。
「何?どしたの?」
「……敵の魔法少女が二人いる」
二人の実力は不明。だが優陽の申告を信じるならば、少なくとも二人とも優陽よりは強いはずだ。
「はぁっ!?いきなり私たちの本拠点ともいえるここに来たって……の?」
そう言いながら窓際にやってきて外を見た寿ちゃんは言葉を失った。おそらくフィールドも彼女達も本物だと理解したのだろう。
「そうじゃなきゃ熱心なファンのコスプレイヤーが空まで覆うような天幕を張って売り込みにでも来たかだな」
そんなことを話しているうちに、校門のところの二人は腰につけた袋からタネのようなものを取り出してあたりにばらまき始める。
「なるほど、ああやって作ってたんだ」
二人がばらまいた種はやがて見慣れた敵戦闘員へと姿を変える
「落ち着いてる場合じゃないでしょ!監督!スタッフとエキストラと一緒に緊急シェルターへ避難を!私たちは一、三年生組と合流して迎――」
寿ちゃんが言い終わる前に、さっき手を振っていたほうの魔法少女が教室の窓を破って侵入してきた。
侵入してきた彼女は、当然悪びれた様子もなく怪我もしていない。
「はぁい、初めましてぇ。私、色欲のユウでぇっす。ユーのハートを奪っちゃうぞ☆なんちゃって」
魔女っぽいとんがり帽子を被りながらもストラップレスで肩と胸元を露わにした衣装のピンク色の髪をツインテールにした彼女は甘ったるい間延びした声でそう言った後、指でピストルの形を作ると俺達にむけて「バキューン☆」と言った。
ていうか、今日び『なんちゃって』『バキューン』?何このあふれ出る昭和臭。この人絶対チアキさんと同年代かその上だ。
まあ、なんにしても敵の魔法少女であれば強敵には違いない。
「寿ちゃんは三年生と一年生と合流して外の雑魚と魔法少女を頼む。できれば楓さんをこっちによこしてもらえると助かる。イズモちゃんは柚那と優陽……」
「それは朱莉の役目よ」
いつの間に変身したのか巫女服姿のイズモちゃんが得物の薙刀を振りかぶりながら俺の横を走り抜け色欲のユウへと切りかかる。
「あらぁ?あなた序列何番目の誰さん?あなたで私の相手が務まるのかしらぁ?」
敵の言う通りイズモちゃんの実力はあまり上位ではない。だからここは俺が食い止めようと思ったのだが……
「あんまり舐めていると怪我をするわよ」
そう言って振り下ろした薙刀を、色欲のユウは後ろに飛んでなんなくかわす。
「あなたのそんな遅い攻撃当たらないわぁ」
「そうかしら?」
「なに……きゃああああっ」
イズモちゃんが薙刀の柄で床を叩くと教室内の机や椅子が大小老若男女さまざまな人や動物の形を取って色欲のユウへと襲い掛かる。
「あなたがこの教室まで来たのは失敗よ。この教室にあるものはすべてナノマシン製。私のようにナノマシンの操作を得意とする魔法少女にとってはこの上ないフィールドなのだから」
そうだったか。知らなかった。
「なんで朱莉が知らなかったって顔してるのよ。本拠点であるこの学園は私たちが戦い易いように作られているって知ってるでしょ」
俺の心を読んだかのように寿ちゃんが信じられないといった表情で俺を見る。
「ああ、そうかあれってそういう意味だったのか」
そういえば最初のほうの講義でチアキさんに聞いたような聞かなかったような…いや、実はぶっちゃけ覚えていない。
「ったくもう…イズモ、ここは任せて大丈夫ね?」
「OKよ」
「わかった。朱莉、あんたは柚那と一緒に優陽の保護。余裕があったら校庭のを手伝って、私は非戦闘員の非難誘導が終わったら、さっきあんたが言ったように動く」
「ああ、頼んだぜ寿ちゃん。イズモちゃんも頼むな」
「了解……ねえ、無事にこの戦いが終わったらみんなで打ち上―」
「ちょ、ダメ!」
「それ以上いけない!」
この期に及んで何故かフラグを立てようとするイズモちゃんの言葉を寿ちゃんと俺は慌てて打ち消した。




