龍珠
砂浜にドチャっと落下した重装備の龍騎に対して、タマはスタッとポーズをつけながら着地を決めた。
「………そんな状態で戦えるの?」
「うるさいよ。仕方ないだろう、鎧が重いんだから」
「プラスチックの鎧が重いってどれだけ軟弱なの…?」
以前龍騎の鎧の破片を回収して、ドヤ顔をして研究班に渡した結果、鎧の材質がプラスチックだったと聞かされて恥をかいたことを少し根に持っているタマは、そんな嫌味を言う。
「だから、魔力使ってる時は金属になってるんだって言ってるだろ!」
約一時間前、亜紀の家のリビングに現れた龍騎は自分の正体を明かすと、タマを連れて戦技研本部へと向かった。
龍騎はタマと同じようにジャンプで移動をするものの、一度のジャンプが大きいこともあり、タマほど魔力を使わずに本部まで移動することができたので、こうして一緒に島へやってきているというわけである。
「というか、あの人が中途半端な所に繋げるからいけないんだよ。もっと高いところか、地面すれすれに穴をつなげてくれればいいのに」
「私はそれでも着地を決めたんだけど」
「……タイプが違うんだから仕方ないだろう」
あかりや真白から見れば普段の二人とは随分印象の違う、同級生同士ならではの掛け合いをしながら二人は状況を確認する。
「先輩たちが閉じ込められていて…」
「敵の幹部らしき男が立ったまま気絶している?どういうことだこれ」
「あ、真白先輩がなにか言ってる」
唯一交戦状態ではない真白が、カプセルの内側を叩いてなにか言っているが、真白の声はカプセルに阻まれて聞こえない。
「え?何、先輩、聞こえない」
タマがそう言いながら、耳に手を当てるジェスチャーをしてみせると、真白はゆっくりと口を大きく開けながら喋ってみせるが、あいにくタマも龍騎も読唇術などできない。
「とりあえず壊してみないか、これ。甲斐田先輩はともかく、根津先輩も平泉先輩も、あかりちゃ…先輩も苦戦しているみたいだしさ」
「ふーん、あかり先輩のこと、二人のときはあかりちゃんって呼んでるんだ」
「今その話はどうでもいいだろう」
「今は、ね」
タマはそう言って『後で追求してやる』という目で龍騎を見た後、以前龍騎の鎧を砕いたこともある『クマ』フォームチェンジをして、カプセルを殴りつける。
「………ふむ。無理だこれ」
「諦めるなよ!できるって、お前ならできる。できるできる諦めるな多摩境」
「高橋みたいな応援してもやる気にならないから」
「そうか?やる気になると思ったんだが」
そう言って龍騎はニヤニヤとした視線をタマに向ける。
「何がいいたいの?」
「これが終わって、お前が俺と先輩のことを突っつかなかったらこれ以上言うことはねえよ」
「ぐぬぬ…」
「くっくっく…」
二人がそんな鞘当をしていると、真白がおもむろにカプセルの内側に文字を書き始め、それに気づいたふたりは、思わず一歩後ろに後ずさった。
「………なあ、あれって」
「うん…血文字」
なんと真白は躊躇なく自分の指先を傷つけ、それをカプセルに押し当てて文字を書いていたのだ。
「…甲斐田先輩って見た目によらず、ちょっと怖いな」
「何を勘違いしているのか知らないけど、JCで一番クレイジーなのは真白先輩だから。あの人クレイジーサイコレズだから」
「そうなのか…俺はてっきり…」
「てっきり誰だと思ったの?」
「………」
タマの質問に答えずに龍騎が見たのはあかりだった。
「?高山は、あかり先輩と付き合ってるんでしょう?だからレズじゃないよ」
「いやそこじゃなくて。あの人やたらと結婚とか子供とか、将来設計とか言ってくるから、ちょっと怖いなって思うことがあってさ」
「なるほど……残り4年の独身時代を楽しんで」
そう言ってタマはポンと龍騎の肩をたたいた。
「え!?なに?俺本当にあかりちゃんと結婚させられんの!?」
「したくないなら、早めに別れたほうが良いと思う」
「ですか……」
「ですよ。下手な別れ方したらあかり先輩の家の男性陣が総出で高山を抹殺しに来ると思うし」
「怖ええよ!そういう冗談とか脅しやめてくれよ」
「脅しじゃなくて、もしも高山があかり先輩を傷つけるつもりで付き合っているなら、私もそういう立場になるけど?」
「………まあ、今の話はちょっと怖いけど、好きだから別れたくない」
「ならいいんじゃないの」
タマと龍騎がそんな話をしているうちに真白は血文字を書き終わっていた。
「ええと……『その男を起こして?』………起こすの?」
タマがそう言って立ったまま気絶している男を指差すと、真白はコクコクと頷いた。
「せっかく寝ているのになあ…」
「まあ、クレイジーだから」
タマは真白に声が届かないのをいいことにそう言って、気絶している男におもむろに近づくと右腕を大きく振りかぶる。
「お客さん終点ですよー」
やや棒読みでそんなことを口走りながら、油断しきった様子で放ったタマの拳が男の顔面に当たるか当たらないかくらいのところで、男の体が反応した。
「くっ…!?」
すんでのところで身を捩り、男の拳はかろうじてかわしたものの、拳を振るった風圧だけでタマの鼻先が少しだけ切れて出血した。
「大丈夫か多摩境!」
「大丈夫。ちょっと血が出ただけ……ただ、この人、すごく強い」
タマはそう言って男から距離を取って構え直す。
「足手まといの高山には荷が重いと思う」
「足手まといとか言うな」
龍騎はそう言って笑うが、タマは笑わない。
「いや、足手まといっていうのはまじめに言ってる。この人、威力は大したことないと思うけど、手が早い。今も砂浜に足が埋まってる高山じゃ無理」
「うーん…そうかな」
「無理。多分狸寝入りだと思うし、高山じゃ近づくこともできない」
「いや。多分この人が気を失っているのは間違いないと思うぞ。で、多分回避行動はしない」
「いや、実際殴られそうになったんだけど」
「あれは反撃行動だろ。多分反射でやってるだけで、能動的に回避することはできないと思う」
「……」
タマは納得行かないような顔で龍騎を見ていたが、少しして「じゃあ証明して見せて」と言った。
「OK。とは言っても、俺の攻撃が遅いのはお前の言うとおりだから、俺がこの人の攻撃を引き受ける。多摩境はその隙を突いて攻撃してこの人を起こしてくれ」
「隙があったらね」
半信半疑の面持ちでそう言うと、タマは大きく迂回して、男性を挟んで龍騎と対峙するような位置に陣取った。
「どうぞ」
「任せろ」
龍騎はそう言って持っていた槍を捨て、巨大な大盾を出現させて構えるとゆっくりと男に近づいていく。
龍騎の言うとおり、男はそれに対して後ろに下がることはせず、その場で龍騎が射程に入るのを待ち、そして攻撃を始めた。
「ほらみろ多摩境!今だだだだだだだだっ!?」
突如バグったような声を上げた龍騎は男の攻撃の威力でどんどんと砂浜に埋まっていく。
「や、やばい!早くしてくれ多摩境!」
「わ、わかった!」
タマはそう言って砂浜を蹴って跳び、ネコモードで男に攻撃を仕掛ける。
ネコモードが素早いのと龍騎が攻撃を引き受けてくれているおかげでカウンターはなかったが、そもそも男性を起こすほどの威力が無いらしく、飛びのきながら何発か攻撃をしてもビクともしない。
「多摩境~流石に埋まったら死ぬんだが~」
本当に死ぬのか、お前本当に命かかってんのか?と思わず聞きたくなるようなのんびりとした悲鳴を上げながら、龍騎はどんどん埋まっていく。
「クマじゃもう間に合わないか…」
実際のクマは移動速度もなかなかのものだが、タマの魔法は実際のクマとは違う。
威力に優れるクマはその分スピードを犠牲にするステータス振りで威力を強制的に上げている。さらにクマには技のタメも必要なので、近くでタメているうちに男のターゲットが龍騎からタマに移る可能性もある。
「じゃあ…ああ…でも…やだなあ…」
もう一つ、クマとネコの間の、パワーとスピードがあるモードがあるにはあるのだが、そのモードは、研修時代にこまちと協力して作った際、こまちに可愛い可愛いと言われるがまま、若気の至りでとても着られたものじゃない衣装と名前で設定してしまったという、タマにとっては黒歴史のような魔法だ。
そして、その後冷静になったタマが「これはない」と思いそのまま封印してしまっていたので、今その魔法を使うとなると、その衣装を着なければいけない。
「でも友達の命がかかっているし……あれ?私と高山ってそもそも友達だっけ?…ねえ、高山、私達って友達だっけ?」
「今そんなことどうでも良くないですか!?マジで埋まっちゃうんですけど!」
「………」
「悩むところじゃねえよ!っていうか、ほら、俺が居ないとこの人の攻撃を受けながら倒さないといけないから、もっと大変になるぞ」
「それは困る」
「それが困るのかよっ!」
ツッコミを入れる龍騎の身体は、もう膝まで砂の中だ。
「高山…目をつぶっててもらえると助かる」
「ムリだっつーの!この人の攻撃、早くて重いから、楯無しでまともに食らったら死ぬ!」
「う……じゃ、じゃあしょうがないけど、変な目で見ないでね」
「えっ……?」
「変な目で見たら…記憶がなくなるまで殴るから」
「なんだよそれ!怖ええよ!お前も十分クレイジーだよ!」
そんなことを言いながらも龍騎は、頬を赤く染めながら恥ずかしそうにしているタマを見て、少しよからぬ想像を巡らせる。
(なんだ?見られたくないってまさか、すごく露出が高いとかか?いや、むしろ全裸とか!?…いや、俺にはあかりちゃんが、恋人がいるんだ。落ち着け龍騎。隆起するな龍騎)
誰かに聞かれたら何言ってんだお前はと言われかねない心の葛藤の後、龍騎はとっておきのキメ顔で「大丈夫だ!多摩境は多摩境だ!どんな格好でも変な気は起こさないし、わらったりもしない、今までどおり俺たちは同級生で友達だ!」と言いきった。
その言葉を聞いたタマは意を決したようにうなずき、まばゆい光を放って変身をする。
「これが――クマとネコの間………私の本気だああ!!」
クマよりも早く、ネコよりも力強く。
2つの特性を持つタマの特殊モード。その名は――
「……勝負に勝って、なにか大事なものを失った…」
がっくりと砂浜に膝をつくタマの頭を真白がよしよしと撫でる。
まばゆい光を放ちながら変身したせいで、もともと戦況を見守っていた真白はもちろん、戦闘の手を止めたあかりやみつき、それに和希にもバッチリ見られてしまったタマの特殊モード、パンダ。
こまちに『クマとネコの間なんだからパンダだよ!漢字で書くと熊猫だしね』と言われた、当時小学六年生のタマは『そうなのか!』と感激し、こまちの口車にのせられ、この魔法をパンダのキグルミを着た状態で発動するようにセットしてしまった。
そして、その後中学生になり『いやいや、これはない』と思ったものの、魔法を作り変えるには一度パンダのキグルミ姿にならなければならないこともあり、キグルミを着たくなかったタマはそのまま放置していた。
そして今日、タマは全身パンダのキグルミで、パンダの顎のところから顔だけ出ているという、本人にとってはものすごく屈辱的な姿を仲間たちに披露することになってしまったのである。
ちなみに、タマはタマだ、笑わない。と言い切った龍騎は大爆笑の後、パンダのキグルミを着たタマによって砂浜に沈められた。
そして、カプセルからの解放後、和希とみつきが同じように沈んだ。
龍騎の事については、タマとあかりから説明があり、真白は驚いたもののなんとなく納得したような表情であかりを見ながら、「変な人が集まってくるあたり、血は争えないのね」と言い、あかりは「血はつながってないけどね」と苦笑した。
ちなみに、タマが龍騎を沈めたことについては、あかりが『それは龍くんがわるい』と言ったことで、とくに問題にはならなかった。
そんなこんなで、タマと真白、それにあかりが雑談をしながら、みんな無事に乗り切れそうなことにほっと胸をなでおろしていると、島の奥から「おーい」と声を上げながら、一人の男性が走ってきた。
「とりあえず、怪人級の射出は止めてきたよ」
三人のところまで走ってきた偽JCたちのマスター、三之宮佳正はそう言って笑った。
「ありがとうございます三之宮さん。こちらも、臨戦態勢を解除するように伝えます。それと、うちの人間が突然殴ってしまってすみませんでした」
「いやいや。こっちこそうちの人間が迷惑をかけてしまったみたいで申し訳なかったね」
真白がお礼を言うと、三之宮はそう言って頭を下げる。
「昔からあいつは変に見栄っ張りで、先走るところがあってね」
「あいつっていうと…」
「虎徹司令の弟の琢磨。俺はあいつとは幼なじみみたいなもんなんだけどね、どうもお兄ちゃんにコンプレックスがあるみたいで、事あるごとに方方にけんかを売ったり、面倒事を起こしたりして、大変なんだよ」
「そんなこといいながら、三之宮さんもまんざらでもなさそうな顔していますけど」
「まあね。悪いやつじゃないよ。バカだけど」
「はあ…そうですか」
悪いやつじゃないなら、なんで爆弾なんて。と真白が聞きかけたところで、城の一番高い塔から魔法で作られた巨大な花が咲いた。実際に真白が目にするのは初めてだが、狂華の狂ヒ華に間違いない。
そして、その狂ヒ華が咲いた塔からは沢山の城の残がいと無数の怪人級や戦闘員級、それに朱莉と愛純が空に向かって打ち上げられるのが見えた。
「あ…朱莉さん!愛純さん!」
真白は二人の名前を叫びながら大慌てで変身をすると、朱莉と愛純の救出へと向かった。




