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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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262/809

秋雨

 俺がラウンジのソファで目を覚ますと、目の前に柚那の顔があった。あったというか、柚那に膝枕をされていた。

「おはようございます。朱莉さん」

「あれ?柚那?俺は確かあかりと話してて―」

「きれいにノックアウトされちゃったんですよ。変なこと言うから」

「変なことって…あかりが自意識過剰っていうか考えすぎなんだっつーの。あれは早朝からチアキさん起こすわけにも行かないし、東北組が空き部屋使っちゃっているだろうから……って、今何時だ!?」

 ふとみると、窓から入ってくる光は早朝どころか午前中ですらなさそうなほど強い。

「11時ですね」

「寝過ぎた!!もう会議始まってるじゃないか!」

 俺はそう言って慌てて起き上がろうとしたが、柚那に頭を抑えられて強制的に柚那の太ももの上へと戻された。

「寝坊した朱莉さんは今日一日お休みです」

「いや、まずいだろそれ。俺は一応――」

「大丈夫です。今日は朱莉さんが得意な異星人との折衝もないですし、殆どが事務作業なんで、寿ちゃんと彩夏ちゃんが入ってくれています。それにもうすぐニアさんも帰ってきますから」

「でもさ」

「昨日の夜、寝ないで東北チームを待ってたんですよね」

「ん?ああ。まあ、みんな疲れているだろうし、お疲れ様くらいは言いたいなって思って」

「つまり、朱莉さんがそう思ったように、昨日頑張った朱莉さんへのみんなからのお疲れ様が今日のこのお休みっていうことです」

 そんなに疲れているわけじゃないけど頑張ったつもりではあるので、そう思ってもらえるのは嬉しいなあ。

「というわけで、デートしましょう」

「え?本当に休むの!?」

「休むんですよ。それと、朱莉さんがジュリちゃんになったあたりから全然かまってもらえていなかったんですから、今日くらい私にかまってください」

 まあ、確かに最近柚那に構っていなかった。

…それに、あかりに言った『逆オインゴ作戦』が通用せず俺が死んでしまう可能性もある。というか、あかりには自信満々に言ったものの、まだまだ死んでしまう可能性のほうが高いと思うので、これが最後になるかもしれない。

「よし、じゃあどこに行く?」

 俺は起き上がって一つ伸びをしてから柚那に尋ねた。

「お弁当持ってピクニックに行きましょう!」

「なんだ。そんなんでいいのか?久しぶりなんだからどこでも行くし、何でも買ってあげ……」

 ん?お弁当

「お、お弁当?」

「はい!今日朱莉さんがお休みっていうことが決まってから、急いで作ったんですよ」

 そういって柚那はにっこりと可愛らしく微笑み、胸の前で両手を合わせる。

「お、おう」

 こういう表情の時の柚那は『自信がある』=『料理に気合を入れた』=『余計なことをしている』なので、かなり危険だ。

「ちなみに柚那」

「はい」

「お弁当の中身って」

「コロッケリベンジです!」

 はい死んだー。

「と言っても、あかりちゃんと一緒に作ったんですけどね。色々教えてもらいながらやったので、今回は美味しく出来ていると思います」

 朱莉さん復活!

 我が妹はチアキさんレベルにははるかに及ばないし、同年代のみつきちゃんや和希にも負けるが、ごくごく普通に料理ができる。そのあかりが手伝ったということであれば少なくとも台風の時の惨劇が繰り返されるようなことはないだろう!……寝る前の俺のセリフを、あかりが変なふうに勘違いして、俺を毒殺しようとか思っていたりしない限りは。


 ついでだから帰りにうちの実家に顔を出そうと言う柚那に押し切られる形で、俺と柚那は埼玉寄りにある都立公園にやってきた。

この公園は動物園やら水族館やらといった物があるわけでもなく、溜池の周りとちょっとした小高く造成された丘をぐるっと回れる遊歩道があるくらいの、ただ大きいだけの公園なので、俺と柚那は何をするでもなく話をしながらダラダラ歩いてお弁当を食べる予定だったのだが―――

「やまないな」

「やまないですね」

 ――少し歩いたところで大雨が降ってきてしまい、俺と柚那は溜池のほとりにある東屋に避難をしていた。

 降りだした時は遠くに晴れ間がみえていたので、すぐ止むだろうと思っていたのだが、みるみるうちにその晴れ間は雲にのまれていき、今や見渡すかぎりの曇天だ。

「ダッシュで車まで帰るか」

「私はいいですけど、朱莉さんはそのブラウス透けますよ」

「それは嫌だな」

 今日は秋が深まってきていたわりには暖かかったので、ジャケットは車におきっぱなしで白のブラウスしか着ていない。もちろんブラはしているが、途中でブラ透け写真を激写などされてしまうと後々面倒なのでスケスケの状態で車まで走るのはちょっと避けたい。

「柚那は傘とか出せないのか?ベンチの下にあったフリとかしてさ」

「そういうの苦手なんですよね」

「まさかこんなところで変身するわけにもいかんしなあ」

 一応周囲に人の目はないが、壁に耳あり障子に目あり。来宮さんの時の例もあるので、迂闊に変身をするのはやめておいたほうが良いだろう。

「朱莉さんこそそういうのできないんですか?」

「柚那も知っての通り細かい魔力の制御は苦手なんだよ」

「じゃあもう少し待ちましょうか。幸いお弁当はここにありますし」

 柚那はそう言ってバスケットを少し掲げてみせるが、はたしてそれが俺にとって幸いになのか、不幸にもなのかは、バスケットの蓋を開けてみるまでわからない。

「結局何も食べずに出てきちゃいましたし、食べましょうよ」

「う、うん。そうだな」

 軽く見回しても周りには誰もいない。一応遠くの樹の下で雨宿りしている人がぽつぽついるが、東屋の影に隠れてしまえばこちらの様子は向こうからは見えないだろう。

つまり万が一これを食べて俺と柚那が倒れても誰も助けを呼んでくれはしないということだ。

「なあ柚那、実家で食べないか?」

「そんなこと言わずに外で食べましょうよ、やっぱりお弁当は外で食べるほうが美味しいです。天気はあまりよくないですけど、雨を見ながらっていうのも風流だとおもいません?」

「そ、そうだな」

 そうかあ、逃げられないかあ……ここはもう覚悟を決めるしか無いか。

「よし、じゃあ食べよう」

「はいっ!」

 柚那はそう言って最高の笑顔を俺に向ける。

 この笑顔を曇らせたくない、だからこそできれば実食を回避したかったのだが、どうやらそうはいかないらしい。

 いや、曲がりなりにも自分の仕事に誇りをもってやりとげるあかりが教えたならそんなひどいものにはなっていない…はず。きっと。多分。おそらく………

「じゃーん」

 おもわず『本当にこんな事言う子いるんだ』と思ってしまうような掛け声とともに柚那が開いたバスケットの中には、コロッケとおにぎり、それにタコさんウインナーやポテトサラダなどがきれいに詰められていた。

「うまそう……」

「でしょう!?二人で頑張ったんですよ~……まあ、ポテトサラダとコロッケがちょっとかぶっているのはご愛嬌っていうことで」

 なるほど、イモを茹で過ぎたんだな。

「それとこれ。あかりちゃんからなんですけど」

 そう言って柚那は可愛らしいシールで封のされた封筒を差し出した。

「あかりから?なんだろう」

 封筒を開けると、中には小さい便箋が一枚と銀色の小袋が入っていた。

『朝は殴っちゃってごめんね、あと…その…まあ、なんかごめんね。グッドラック!』

 グッドラックじゃねえよ、胃薬じゃねえかこれ。

 え、なに?さりげなく矯正できなかったの?そんなにひどいのこのお弁当。

「さささ、朱莉さん。バクっと一口」

 柚那はそう言って最高の笑顔を向けながら、紙ナプキンで包んだコロッケを俺の口元に運んでくる。

「ちなみに柚那」

「なんです?」

「試食した?」

「朝陽と愛純がしてくれましたよ」

 自分でしてないんかい…。

「反応は?」

「よかったですよ。朝陽はおかわりしていましたし。というか、普通ですって普通。ほら、あーん」

「あ、あーん…」

 柚那の笑顔に逆らえず、俺は差し出されたコロッケをかじる。

 ぐちゃぐちゃドロドロの食感、微妙に芯の残った芋…を想像していたのだが、冷めていてもさっくりの衣と、よく裏ごしされているおかげなのだろうか、クリーミーに仕上げられた芋の食感がベストマッチしていて、普通の…いや、相当美味しいコロッケに仕上がっている。

「う、うまい!上手いぞ柚那!」

「ちょ……なんでそんなに驚いた顔しているんですか!?」

「いやほら…ね。その」

「疑っていたんですか!?ちゃんとリベンジって言ったじゃないですか!まったくもう、もう少し信用してくださいよ。ほら、こっちの煮物もがんばったんですよ。食べてみてください」

 頬を膨らませ、そう言いながらも柚那は箸を渡してくれた。

「ごめんごめん、去年のがちょっとトラウマになっちゃってて」

 そんなことを言いながら、煮物を一口くちに放り込んだ俺は悶絶してベンチから転げ落ちる。

(そ、そっかぁ、こっちがトラップかぁ………)

 そんなことを思いながら、俺の意識は完全に闇に落ちた。


俺が本日二度目の膝枕で目を覚ますと、まだ雨は降り続いていて、先ほどと変わらずあたりに人気はなかった。

 一度目の膝枕やお弁当を食べる前と違うのは、俺の頭を撫でている柚那の表情が笑顔ではなかったというところだ。

「なんで泣いているんだ?」

「お、起きたなら起きたって言ってくださいよ!」

 柚那はそう言って頭を撫でていた手で俺の目を覆った。

「起きた」

「遅いです。っていうか、そういうことじゃないですってば」

 理不尽だなあ。まあ、そう言われるのはなんとなくわかっていたけど。

「まあいいや。目を覚ました朱莉さんは起き上がるぞ」

「はいはい」

 柚那はそう返事をすると、俺の顔の上から手をどけてくれた。

「で、なんでこんなことしたんだ?」

「……何のことでしょう」

「とぼけるなよ。さっきの煮物、魔法がかけてあったろう」

 いくら張り切った柚那の料理がアレだと言っても、流石に魔法少女を気絶させるほどひどい味をしているわけではない。というか、気絶するほどの料理だったら、嗅覚にも響くような匂いがすると思うが、お弁当の煮物はごくごく普通の匂いだった。

 というか柚那は料理で失敗した時はむくれながらも一応謝る。だが今回それがないということは、さっきの煮物はわざとだということだ。

「作戦開始まで朱莉さんが目を覚まさなかったら良いなって」

 まあ、そんなことだろうと思った。

「あのなあ、狂華さんも精華さんもいない以上、俺は戦力的にどうやったって行くことになると思うぞ」

 それこそ楓とかひなたさんがぶん殴ってでも起こしにかかるだろうし。

「…なんで勝手に飛び出した狂華さんのために朱莉さんが命をかけなきゃいけないんですか?なんで精華さんの命を守るために朱莉さんの危険が増すんですか?」

 柚那は、顔をそむけながら少し無表情気味にそう言ったあと、うつむいて肩を震わせる。

「精華さんみたいに朱莉さんを何処かに隠しちゃいけないんですか?」

「柚那…」

「私は他の誰より、朱莉さんに生きていて欲しいです。誰が生き残っても朱莉さんがいない世界なんて嫌です」

 俺が戦線を離脱して生き残る。そういう案もなかったではないが、そのパターンのみつきさんは一度も現れたことがない。逆に、精華さんとシノさんを離脱させて二人が生き残ったというパターンの未来からきたみつきさんは結構多い。

 唯一の例外が、『戦争は起こっていない』という一番直近で現れたみつきさんのパターンだが、こうして虎徹弟がしかけて来てしまった以上は戦争がおこらないという未来はないだろう。

 つまり、俺が逃げ出したあとのパターンではみつきちゃん、もしくは国の未来自体が存在していないという可能性もあるのだ。

 そうなってしまった未来では、どのみち遅かれ早かれ俺も死ぬだろうし、今までのみつきさんの証言に登っていなかった人も死ぬだろう。

 そして多分、その中には柚那も含まれる。

「まあ、狂華さんについては流石に俺も色々言いたいけど、精華さんはいざっていう時の切り札だからだよ。最悪俺達が突破されて本土に攻めこまれても、彼女は射程に入った敵を見て思うだけで消滅させられるんだから最終防衛ラインを任せるには適任だろ」

 攻撃しようと動けばすっ転ぶ彼女は動かさないで機動性の高いモーターボートにでも乗せて砲台のように使うのが一番だと思っているというのは本当だ。あとは、何してもほぼ死んでいる俺と違って『前線に出たら死ぬ、防衛なら生き残る』と言われている彼女を無駄死にさせる必要はないと思っているというのもある。

「でも精華さんが帰ってこなかったら防衛もなにもないじゃないですか!」

「それについてはもう手配済みだよ」

 一応、明日現地にシノさんの車と共に作戦概要が届くように手配してあるので、それを見て戻ってくれば、最悪俺達が抜かれて防衛戦になったとしても東京湾の最終ラインに敵が達する前には間に合うだろう。

「でも……」

「大丈夫だって。あかりにも話したけど、俺には秘策があるから」

「あんなの秘策でもなんでもないですよ!」

 自分でもたしかに、あんなのは縁起かつぎにもならない、ごまかし、ハッタリだと思う。でもそうして自分をごまかして、周囲にハッタリを言ってでもいなければ流石にキツイのだ。

「私も連れて行ってください。怪我をしたらすぐに治しますから。朱莉さんも愛純も絶対に死なせませんから!」

 それは俺も都さんも考えた。しかし柚那の実力では逆に柚那の命が危ない。

 俺が生き残って柚那が死んだのでは何の意味もない。

「ごめんな」

「でも、だって、私、また朱莉さんの役に立てないっ!」

「朝陽と一緒に俺たちの帰ってくるところを守っていてくれるっていうのも立派な役目だ。柚那たちが守ってくれているから俺たちは安心して戦えるんだしさ」

 こんなことを言われて「はいそうですか」と柚那が納得出来ないことくらいわかっているが、俺には何と言って柚那を説得したら良いのかもわからない。

「じゃあ、じゃあ……回復飴もクッキーも沢山つくりますから、だから――」

 これが正解かどうかなんてわからない。

 わからないが、俺は自分の唇で柚那の唇を塞いだ。

「死なないよ。絶対帰ってくる」

「――はい。今度はちゃんとした煮物作りますから。絶対食べてくださいね」

 そう言って涙の残る顔に笑顔を浮かべたあと、今度は柚那が俺の唇を塞いだ。


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