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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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学園天国

 蛇ヶ端が寮に来て半月が経った。

 最初こそ柚那を恐れていたものの一週間もすると慣れてしまい、最近はそこそこ仲良くしていて、ここ一週間は口げんかなどをしている風景をちょくちょく見かけるまでになった。


 本人申告によれば蛇ヶ端は17歳。柚那としても相手が年下ということであまり本気を出してキレるわけにもいかず、お姉ちゃんぶって我慢しているのが面白い。

 蛇ヶ端も蛇ヶ端で、そんな柚那が面白いのか、それとも本気で懐いたのか柚那の後をちょろちょろと追い掛け回している。その様子は大好きなお姉ちゃんの後をつけまわしている妹といった感じで微笑ましい。


 そんな話を柚那に伝えると『妹子が妹になるくらいならまだみつきのほうがマシです』とか言っていたが、柚那のほうもまんざらでもないらしく、まだまだここの生活に慣れない蛇ヶ端が困っているのを見かけると助けてやったりしているようだ。


「邑田さん、いますか?」


 俺が部屋でゴロゴロしながらマンガを読んでいると蛇ヶ端がノックをしながら声をかけてきた。


「どうした蛇ヶ端。柚那ならいないぞ」


 俺がドアを開けると、そこには紅茶とお菓子を載せたトレーを持った蛇ヶ端が立っていた。


「いえ、邑田さんとお話がしたかったので。それと柚那さんは買い物に行きました。『朱莉さんの車借りますねー』だそうですわ…入ってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 柚那は最近免許を取ったばかりなのでまだ自分の車が届いていない。そのため俺の車の合鍵を渡してある。


「この部屋に入るのも一週間ぶりですわね」


 部屋の中央に置いてあるミニテーブルにトレーを置き、蛇ヶ端が部屋の中を見回しながらそう言った。


「最近は柚那とばっかり仲良くしてて俺と遊んでくれないからな」

「別に柚那さんとばかり仲良くしているわけではありませんわ。チアキさんと狂華さんからはお料理を教えてもらっていますし、都さんには勉強を見てもらっています」


 最近蛇ヶ端はみんなの妹と言った感じのポジションに収まりつつあり、みつきちゃんのアイデンティティを奪いつつある。


「つまり蛇ヶ端に遊んでもらえていないのは俺だけってことか。そっか…蛇ヶ端は俺のこと嫌いなんだな」

「そ、そういうつもりではありませんわ!でも…お気を悪くしたのなら謝ります。今度からは邑田さんにも―」

「冗談だよ。蛇ヶ端がそうやってみんなと仲良くしてくれるのは俺としても嬉しいから気にすんな」


 俺としては都さんが考えている蛇ヶ端をこっち側に引っ張り込むという目論見が達成できないまでも、蛇ヶ端がみんなと仲良くなって敵側に戻らなくなってくれればいいと思っている。


「で、俺と話をしたいって言ってたけど、何か特別な話か?」


 俺がそう尋ねると蛇ヶ端は持っていた紅茶のカップをミニテーブルに置いて崩していた足と背筋を正して俺の目を見つめて口を開いた。


「……実は、邑田さんに一つお願いがあるんです。」


 蛇ヶ端はそう言って思わず見とれてしまうほどの綺麗な所作で床に手をついた。


「どうか少しお時間をいただけませんでしょうか」


 こういうところで、この子は名家の出なんだと実感させられる。


「俺でいいのか?柚那はああいう性格だから話を聞くのに向いてないと思うけど、俺よりチアキさんのほうが聞き上手だし話し上手だぞ」

「いえ、その……気を悪くしないでくださいね。実は他の皆さんにはさきに相談させていただいたんです」


 俺はマジで除け者にされてるのか?いじめか?


「あ、ちがうんですよ。邑田さんをのけ者にしたんではないんです!」


 どうやら考えが顔に出てしまっていたらしく、俺の表情を見た蛇ヶ端が慌ててフォローを入れる。


「最初に柚那さんに相談したんですが、ほかの皆さんにも相談するように。ただし邑田さんには最後に相談するようにって言われて、それを聞いたチアキさんと狂華さんも同じように言ったんです。それで本当は最後に相談しようと思っていた都さんに先に相談をしにいったんです」

「それで、都さんはなんて?」

「『みんなにまかせるわ』だそうです。珍しく真顔でした」


 真顔の時の都さんは実は何も考えていないことのほうが多いので信用できないが、ほかの三人も同じように言ったというのが少し気になる。


「まあ都さんは置いておくとして、お願いって何だ?」

「わたくしに名前を付けてください!」

「………えーっと、蛇ヶ端妹子じゃないの?え?名前?どういうこと?」

「わたくし、皆さんの仲間入りをさせていただきたいと思いまして、それでその……魔法少女としての名前を邑田さんにつけていただきたいなと」

「ああ。そういう事か……って、蛇ヶ端仲間になるの?」

「あ、あの、邑田さんが嫌だというのであればおとなしく家に帰ります。この拘束具も受け入れます。ですがその、できれば……」


 『血がつながっているかと聞かれれば』。初めて会った夜、憎しみに満ちた表情でそう語った蛇ヶ端の表情が思い起こされる。

 つまり、この子の居場所は家にはない。脱走したということを鑑みるに、おそらく学校にも寄宿舎にもそういう場所はなかったんだろう。


「嫌なわけないだろ。歓迎するよ、蛇ヶ端」

「ありがとうございます!それで、その……蛇ヶ端というのをやめたいんです。蛇ヶ端という苗字にあまりいい思い出がないものですから」

「そういうのって狂華さんのほうが得意そうだけどな。一応現役の作家なわけだし」


 忘れがちだが、狂華さんは現役の作家で作品も魔法少女が書いたという話題性をさしおいても結構売れているほうだ。

 いわば言葉のプロなわけだから名づけとかそういうのは狂華さんが適任のように思える。とは言うものの、蛇ヶ端が俺を指名してくれているわけだからここは俺が名づけるべきなんだろう。


「じゃが……妹子は誰か好きな偉人とか、芸能人とかいるか?」

「いえ、特には」

「好きな花とか、季節は?」

「季節だと秋、花だと…そうですね朝顔なんか好きです」


 ああ、いいよな秋。夏の暑さが引いてきて、冬へと向かう誰しもがセンチメンタルになる季節。

 そして朝顔もいい。小学生でも育てられる手軽さはもちろん。花弁の鮮やかな色のグラデーションがとってもかわいらしい。

 これは余談だが個人的には浴衣の柄は朝顔一択だと思っている……思っているが、朝顔が好きなら季節を夏に、秋が好きなら花は秋桜とか季節感を統一してほしかった!


「ちなみに他のみんなにも聞いたんだよな?みんなはどんな名前を候補に上げたんだ?」


 別にみんなのアイデアをパクろうとかそんなことを考えているわけではない。ただあくまでも参考までに聞いておきたいのだ。いや、本当に。


「えっと、柚那さんが小野妹子」


 参考にもならなかった。


「捻りなしかよ!……チアキさんは?」

「但馬はる」

「溢れだす昭和臭!……あの人最近インド料理ににハマってるって言ってたけどそんなところにまでインド持ちださなくてもいいのに」

「え?インド?ちょっと古臭……いえ、古風なお名前ですけど日本人の名前ですわよね?」

「多分タージマハルから取ったんだと思うぞ」

「ああ!なるほど」


 ていうか、今日びダジャレって


「……まあいいや。狂華さんは?」

「漢数字で四十九に病院の院で――」

「あの人本当に難読苗字大好きだな!」


 本人の己己己己はもちろん確か寿ちゃんの笑内も狂華さん命名だったはずだ。ちなみに妹子が言いかけた苗字はつるしいんと読む。


「で、みんなに任せるって言ったってことは都さんはパスしたわけだ」

「はい……柚那さんに相談する前はまさかこんな大惨事になるとは思ってもいなくて」


 確かに大惨事だ。

 完全に男の名前、ダジャレ+昭和臭、難読苗字。俺だったらどれも遠慮したい。

 ただ、これらの名前を大惨事と言うっていうことは、妹子はまっとうな感性を持っていると言えるんだろうし、だったら同じくまっとうな感性を持っているこの俺が、ナイスでビビットな名前をつけてやる必要があるだろう。


「あの……まじめにお願いしますね。都さんからはみんなの出した候補の中から選ぶようにって言われていますので」


 俺の表情を見て不安になったのか、妹子が念を押すようにそう言った。

 まあ、ビビットさは必要ないか。


「そうだな……秋山朝顔……あさひ。いや、秋だと夕日のほうがいいか。秋山優陽でどうだ?秋山は秋に山、優しいお日様で優陽。字面がちょっと男名みたいだけど、そこはひらがなでもいいし」

「……」

「気にいらないか?」

「いえ、まさか邑田さんが一番まともに考えてくれるとは思っていなくて。柚那さんが『朱莉さんに相談するだけ無駄ですよ、どうせギャルゲーのヒロインの名前とか付けられちゃいます』とか言っていたので」

「まさかそれで一番最後にされたの?」

「はい。まだ他の人のほうがマシだからと」


 あいつ自分のこと棚に上げて言いたい放題だな。


「まあいいや。それで気にいってくれたか?」

「はい、ありがとうございます。邑田さんのつけてくれた名前に恥じないような人間になれるよう頑張りますね」


 そう言って、妹子……いや、優陽はさわやかな秋の夕焼けのような笑顔で笑った。





「あら柚那さん、そんなこともご存知ありませんの?まったく、ヘソで茶が沸いてしまいますわ」


 そう言ってオーッホッホと笑う優陽。そして『ぐぬぬ……』という顔で俯いてる柚那。

 もちろん、優陽の性格が急に高飛車になったとか、ねじ曲がっってしまったとかいうわけではない。これはあくまで脚本のセリフだ。


 今日は番組のドラマパートの撮影日。今日撮影のドラマパートの出番が少なかった俺は、自分のシーンの撮影が終わった後、一年生クラスの撮影見学に来ていた。


「いやあ、あの子いい演技しますねえ」


 そう言って俺にジュースを手渡すと、桜ちゃんは俺の隣で自分のジュースのプルタブを開けて缶に口をつける。


「それに人懐こいし、あれは柚那が妹みたいに可愛がるのもわかる気がしますわ……まあ柚那の親友としてはちょっと嫉妬しちゃいますけど」


 嫉妬。

 桜ちゃんの言った一言に、俺は冷やっとした。

 優陽が加わった経緯に関しては緘口令が敷かれているので、いくら柚那の親友である桜ちゃんでも嫉妬の紫ジャガーのことを知っているはずはない。

 だが、それでも嫉妬というフレーズはあの夜のことを思い出させる。


「どうしたんすか?」

「いや、別に。最近ひなたさんとはどう?」

「相変わらず逃げ回られてますよ。あはははは……はあ。柚那がうらやましい」


 そう言って桜ちゃんはガックリと肩を落とす。

 まあ、今さっきひなたさんの愚痴を聞いてきたところだから知っているんだけどね。


「桜ちゃんはこの後の予定は?良かったらたまには二人でどう?」

「撮影は全部終わってますし特には……って、だ、だめですよ!?あたしにはひなたさんという心に決めた人がっ!」


 ああ、こういう反応、癒やされるなあ。

 最近柚那は何を言っても「はいはい」って感じだし、こういうの久しぶりだ。

 ひなたさんを取るとか取らないとかっていう話にならなければ桜ちゃんって素直だし可愛いんだよな。


「浮気するなら私がいるじゃない!」


 そういって割って入ってきたのはこまちちゃん。


「わたしだったらいつでもOKだよ!」

「だから、俺は別に浮気したいわけじゃないんだってば」


 俺のは気分転換がてら精神的にちょっとトキメキたいだけ。こまちちゃんのは精神的、肉体的にいじめられたいだけ。

 同じように見えて実は両者の利害はひとつも一致しない。あとやっぱりこまちちゃんは好みじゃない。それはもうこまちちゃんもわかっていることだし、こんなことをしているとテンプレのようなタイミングで――


「こまちちゃん、ちょっとこっち来てくれるかな。うん、たっぷり痛い目に合わせてあげるから」


――柚那が現れる。


「あ、ちょっと柚那ちゃん、もっと乱暴に、そう。もっとああもっと……」


 奥襟を掴まれて引きずられていくこまちちゃんを見ると、俺はああなるまいと毎度思う。


「いや、朱莉さんも似たようなもんすよ」

「心を読まないでくれ」


 チアキさんがやり方を教えたせいで、最近桜ちゃんは少しだけ心が読めるようになったらしい。


「朱莉さん!来ていたんですのね」


 柚那と一緒のシーンを撮影していたのだから当たり前だが、撮影を終えて教室から出てきた優陽がパタパタと走り寄ってきた。


「撮影が早くおわったからな。見てたぜ、優陽の名演技」

「か、からかわないでください!」


 優陽はそう言って顔を真っ赤にして頬を膨らませる。

 うむ。良い反応だぞ優陽。おじさんそういうの大好きだ。

 心の中でニヤニヤしながら優陽の反応を見ていると、後から桜ちゃんのジトッとした視線を感じた。


(今度ひなたさんの盗撮写真を渡すから何とぞ柚那には内密に)


 柚那に言いつけるかどうか迷っているらしい桜ちゃんに心のなかでそう耳打ちすると彼女は「おっけーっす」と言って俺の背中をばしーんと一回叩いてから、気を利かせてくれたのかその場を去っていった。


「さて、優陽はこの後何か約束は?」

「柚那さんと約束していたんですけど……」


 そう言って優陽は柚那とこまちちゃんが消えていったほうに視線を向ける。


「ああ、さっきの様子だと柚那はしばらく戻ってこないからスルーして良いよ」

「そうですか。であれば午後の撮影まで特に用事はありませんわ」

「じゃあ飯でも一緒にどうだ?一年生組とはあらかた顔を合わせただろうけど、二年生とか三年生にはまだ挨拶してないだろ。ついでに紹介するからさ」

「はい。じゃあよろしくお願いします」

「あなたは、不思議な運命を持っているみたいね」


 普段からよく言えばクールビューティ、悪く言えば無口で愛想のないクラスメイトの神鷹イズモちゃんは、俺が優陽を紹介すると優陽の目をじっと見つめた後でそう言った。

 彼女にしても桜ちゃん同様優陽の事情は知らないはずだが、もしかしたら元占い師だったという彼女の勘がなにかを感じ取ったのかもしれない。

 というか、劇中だけとはいえクラスメイトであるにもかかわらず、もしかしたら俺はイズモちゃんの「そう」「うん」「嫌」「それで?」「わかった」以外のセリフを初めて聞いたかもしれない。

 …っていうか、まさか俺イズモちゃんに嫌われているのか!?


「あなたはあまり幸運と呼べる星のもとには生まれていないけれど、必ずあなたを助けてくれる人が現れるから。あなたの運命の強さとその人を信じて」


 イズモちゃんの長セリフ!?いくら書いても読んでくれないから脚本家も諦めたイズモちゃんの長セリフが、こんな何気ないところで聞けるとは!


「……なに?」

「いや、今日はよくしゃべるなと思って」

「そう?」


 どうやら元に戻ってしまったらしい。


「イズモちゃんはこの後暇?よかったら――」

「撮影よ」

「そ、そう。他のみんながどこにいるか知ってる?」

「………」


 俺はイズモちゃんに嫌われてるんだろうか。


「……ああ、でもそろそろ寿と精華さんが帰ってくると思う、他のみんなはひなたと外に食べに行ったけど」


 そう言えばアーニャ達の事件の後、のらりくらりと逃げ回られて寿ちゃんからはまだ謝罪をしてもらってなかったな。丁度いいから謝らせるか。ただ精華さんがいると俺の命に係わるからなあ。


「げっ……」


 教室の入り口から聞こえた声に振り返ると、精華さんにロケ弁を押し付けた寿ちゃんがこっそり逃げ出そうとしているところだった。


「寿ちゃん!」


 俺は少し大きな声で名前を呼んで彼女を呼び止める。


「はいっ!」

「もうこの間の事は怒ってないから、今日は新人を紹介しに来ただけだからこっち来てよ」

「えー?……本当にもう怒ってない?」


 寿ちゃんは精華さんの後ろに隠れるようにしてこちらの様子をうかがっている。


「怒ってない、怒ってないよー」


 俺は満面の笑顔で腕を広げる。本当は超怒ってるけど。


「なんだ、それだったら先に言ってよ、長い事コソコソ逃げ回って私がバカみたいじゃないの」


 俺はそんな事を言いながらヘラヘラ笑いながら近寄ってきた寿ちゃんの頭をおもむろに引っ叩いた。


「痛っ!何すんの!?」

「この間の仕返しと、逃げ回って謝らなかった罰」

「精華さんには何も仕返ししないくせに!!ていうか、こまちにも」

「こまちちゃんはちゃんと謝ってくれたんだよ。あと、精華さんにはおっぱいを触らせてもらっているから」

「なん……だと!?私もまだ触ったことないのに!?」


 もちろん、お互いの同意の上でとか俺が脅迫したとかではなく、不慮の事故だ。


「……やっぱり殺すわ」


 精華さんはそう言って寿ちゃんにロケ弁を渡すと一瞬で変身して俺に襲い掛かってきた。

 必殺技を出していない以上本気で殺す気はないのだろうけど、それでも殴られれば痛いので回避を試みる。


「え……」

「あ……」

「………」


 俺が回避を試みた方向には優陽とイズモちゃんが立っていた。イズモちゃんは無言でスッと身をひるがえして俺を回避したが、状況になれていない優陽は突っ立ったままだ。

 結果精華さんは回避に失敗した俺と優陽、それに周りの机を巻き込んで床に倒れる。


「痛ててて……」


 そして俺の手には、もはやお約束とも言える柔らかな感触。

 俺を押し倒した形の精華さんがなんで下になっているのかとかそういう細かいことを考えてはいけない。お約束は物理法則を超えるのだ。

 あれ?でもいつもより手の感触が物足りないような……

 嫌な予感を覚えながら恐る恐る目を開けるとそこには優陽の姿が!いや、なんとなく解ってはいたけど。


「……あの、早くどいていただけませんか?」

「あ、ああごめん!」


 あれ?怒ってない?


「事故だから仕方ないですけど、気を付けてくださいね。すぐに怪我が治ると言っても痛い思いはしないに限りますから」


 立ち上がった優陽はそう言って立ち上がると制服についた埃をポンポンとはたき落した。


「精華さん、寿。この子は秋山優陽。今日から一年生クラスに編入になった」


 本来俺が優陽を紹介しなければいけないところをイズモちゃんが代わりに紹介してくれた。というか、今日は本当によくしゃべるな。


「ああ、この子がこまちがメールで言ってた子ね。私は森崎精華、よろしくね」

「笑内寿よ。よろしくね」

「秋山優陽です。よろしくお願いいたします」


 立ち上がって何事もなかったかのようにほほ笑む精華さん、折り目正しいお辞儀の寿ちゃん、いつも通り綺麗な所作で頭を下げる優陽。挨拶一つ取ってみてもそれぞれ個性が出ていてなかなかに面白い。


「さて、じゃあ三年生の教室行くか」

「あら、ここで食べていけばいいじゃない」

「え、精華さんから誘ってくれるなんて珍しい」

「あなたは誘ってないわよ、朱莉は柚那のところでもチアキのところでも行けばいいじゃない。で、どうかしら優陽」

「え…と…」


 優陽は戸惑ったような様子で、どうしたらいいのかといった視線をこちらに向ける


「……優陽のしたいようにしたらいいと思うわよ」


 なんで俺のセリフを取るのイズモちゃん。

 まあ、精華さんと仲良くしておくのは悪いことじゃない。アーニャ達とのつながりもあるし、その繋がりで友人ができることもあるだろう。


「優―」

「こう見えて精華さんは意外に人望があるから、仲良くしておいて損はないわよ」


 だからなんで俺のセリフを取るんだ君は。


「イズモ、あなたそんな打算で私と付き合っていたの!?」

「まあまあ、イズモはあれでなかなか強かですからしょうがないですって。で、どうする?一緒に食べるならお弁当もう一つ取ってくるけど」


 どうやら精華さんだけではなく寿ちゃんも俺をのけ者にする気のようだ。


「その必要はない。私はちょっと用事を思い出したから私の分を優陽にあげて。朱莉、ちょっと途中まで一緒に行こう」

 そう言って俺の袖を引っ張るイズモちゃんの表情は強張っている。

 勘のいい子なので、優陽のことでなにか気付いたのかもしれない。彼女はあることない事吹聴して回るような子ではないが、そうだとしたら口止めしておいたほうがいいだろう。

「ああ……じゃあ優陽、撮影終わったら一緒に寮に帰ろうな。柚那にもそう伝えておいてくれ」

「はい。わかりました」


 教室から俺の腕を引っ張ってきたイズモちゃんは階段の踊り場で立ち止まると「あの子は何?」と短く聞いてきた。


「あんな子、研修生で見たことないし、普通の魔法少女じゃないと思う。アーニャ達とも違うと思うけど」


 やっぱり気付いたか。


「まあ、イズモちゃんならいいか。優陽の本名は蛇ヶ端妹子、元々は敵方の魔法少女だ」

「敵方?」

「俺たちが宇宙人って呼んでるやつらだよ。どうやら向こうに味方する魔法少女があと6人いるらしい」

「なるほどね……実は少し前に戦闘中怪しい人影を見かけたことがあって…向こうに魔法少女がいるのならそれも合点がいく」

「報告しなかったのか?」

「都さんの演出だと思ってた」


 俺も最初優陽に対して似たようなこと考えていたしなあ。

 ていうか、俺だけじゃなくてイズモちゃんもそう考えちゃって黙っていたって言うのは組織として報連相に問題がある状態だよな。

 まあ、9割がた都さんのせいだけど。


「いずれ優陽の話は上から降りてくると思うけどそれまではできるだけ人に話さないでおいてくれないか。優陽が信用できるっていうことは俺が保障するから」


 そんなに長い期間の付き合いというわけではないが、同じ建物で寝起きをしているし、最近は一緒にトレーニングもしているのでかなりの時間一緒にいる。その密度の濃い時間の中で彼女を信用しても大丈夫と認識したからこそ狂華さんもチアキさんも柚那も彼女が仲間になることを認めたのだ。


「ん、わかった」

「ありがとう」

「それと朱莉、さっき私が優陽に言ったこと覚えてる?」

「優陽があまり幸運じゃないって言う話?」

「そう。さっきはボカして言ったけど、近い将来あの子は何らかの不幸に見舞われる。その時傍にいるのは多分朱莉たちだから。あの子の力になってあげて」

「それはいつごろ?」

「わからない、けどそう遠くないと思う」


 そして、イズモちゃんの言う近い将来の不幸はすぐにやってきた。


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[気になる点] 余字:に 「溢れだす昭和臭!……あの人最近インド料理ににハマってるって言ってたけどそんなところにまでインド持ちださなくてもいいのに」
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