戦技研の一番長い日 3
「緊急会議~……」
一応、議長として前に座っているひなたさんの声には生気がなく、チアキさんは険しい顔で眉間を抑え、楓は腕組みをしたまま考え込んでいるような表情を浮かべている(多分浮かべているだけで何も考えていない)
結局、全く予想外な『狂華さんの拉致』という状況が起こったため、俺と愛純、それにひなたさんはとりあえず釈放され、俺とひなたさんはそのまま対策会議へと突入。愛純は柚那と朝陽に状況の説明をしに行った。
もちろん愛純には俺の死亡率のことについては伏せるように厳命してある。
参加しているメンバーはひなたさん、俺、チアキさん、楓、小金沢さんに、護衛の松花堂ちゃん。それに桜ちゃんがホワイトボード担当だ。
そしてそのホワイトボード担当の桜ちゃんはでかでかと『狂華さんの拉致について』と書き込んだ。
「さて……どうするべか」
ひなたさんはそう言って、顔の前で組んだ手の上に顎をのせた。
「とりあえず、あれって本当に狂華さんなんですかね?映像の中では本人は一言も喋ってなかったですけど」
一応双方向通信だったので、こちらの顔ぶれを見た狂華さんが一瞬驚いたような表情を浮かべた後、申し訳無さそうにしているのは見て取れたが、声を聞いていないのであのしぐさだけでは偽物の演技という可能性も捨てきれない・
「映像越しの虹彩認証では本人ということになっていますんで…」
俺の質問に、桜ちゃん答える。
「…ほぼ100%の確率で本人です」
「狂華先輩がわざと捕まっている説は?」
「まあ、わざとはわざとなんだろうけど、あいつはいつも詰めが甘いからなあ…大和を利用して潜入するつもりが、逆にそこを利用されて捕まっちまったとかじゃないのか」
楓の質問に対してひなたさんが口にした仮説は俺も考えた。
最近紳士的になっていたという大和。その大和ならと思って近づいた狂華さんは罠にハマり、見事に捕まってしまったと。そういうことなのではないかと考えている。
「チアキさんはどう思います?」
「まあ、どっちみち狂華と連絡がとれるなり、力ずくで取り返してみるなりすればはっきりするからね。そこを議論する必要はないかなと思うわ」
「そうだね。私もそう思うよ」
チアキさんの意見に小金沢さんも追従する。
「松花堂ちゃんは?」
「………」
だんまりか。
まあ、今の彼女は小金沢さんの護衛という立場で参加しているわけで、意見を言うべきじゃないと思っているとかそんなところなんだろう。
「…まあ、ただ、救出はするべきかと」
最後にそれだけ言って、松花堂ちゃんは再び黙った。
「ただ、救出するにしても、戦力がなあ…」
「そうなんですよね。東北チームが行方不明っていうのが痛い」
精華さんはともかく、寿ちゃんとこまちちゃんが本気で考えて、本気で隠れているので、当然足のつくような行動はしないので、カードの利用履歴で追うこともできず、携帯の電波やGPSで追うこともできずで、公安組もお手上げという状況らしい。
一応彼女たちの見解では、東北チームは街ではなくて山の中か、無人の離島にでも行っているんじゃないかという話だが、それもあまりあてにならない話だ。
というか、本当に山の中とか離島にいるんだとしたら、狂華さんを救出する前に見つけ出すのは時間的に困難だろう。
「手引したお前が言うな」
「まあ、そうなんですけどね」
ちなみに深谷産の襲撃の後、JKとあかり、それに正宗は東北チームと一緒に逃げきり、深谷さんとタマは戻ってきた。
なので、二人は戦力に数えることができるにはできるが……どうもタマがもうJCには戻りたくないと言っているらしく、そこの調整は必要なようだ。
「でもまあ、あたしと朱莉と相馬の旦那とチアキさんがいればなんとかなるんじゃねえの?愛純もいるし、なんだったら喜乃と鈴奈あたりを連れて行っても良いし」
うーん、戦力的にはいいんだけど、それだと俺と愛純と喜乃くんと鈴奈ちゃんはバッチリ死亡フラグが立っちゃうんだよなあ…。
「守りの人員も必要なのでは?」
松花堂ちゃんがそう言って手を上げる。
「こちらから攻めている最中に攻めこまれて本部陥落。などというのは笑い話にもなりませんよ」
「ああ、そっか…でもそれはJCでいいかなって思うぜ。みんなもそうじゃないか?」
楓の言いたいことはよくわかる。彼女たちは武闘会でも非常に優秀な成績でトップタイの勝点を稼いでいるし、そもそも、和希やみつきちゃんはもちろん、魔白ちゃん状態の真白ちゃんは、現在制御できる範囲だけで戦ってもトップ10のメンバーに引けをとらない実力がある。あるのだが。
「圧倒的に頭数が足りないんだよなあ…」
「ああ。だから全員で打って出る必要があるけど、JCやご当地はともかくそれ以下のメンツが全く頼りにならん」
俺のボヤキに、ひなたさんがそう補足をつけてくれた。
JCは普段は七人いるが、現在あかりが行方不明、タマが出撃拒否ということで残りが5人。深谷さんが本気を出して、佐須ちゃんがちゃんと働いたとしても結構厳しい…というか、幹部クラスが二人来たら負けるだろう。
「頭数って言っても、あいつらは五人ですよね?そのうち二人は東北が抑えているから、あと三人」
「ああ。だけど関西、東北、関東本部、どこが狙われるにしても海上でケリをつけないと被害が大きくなるからな。突入隊以外は、奴らのアジトを包囲して、怪人、戦闘員の1匹も領土にたどり着かないようにしないとまずい。とはいえ、そうやって包囲戦をしようと思ってもJCはともかく、ご当地以下の奴らのところが穴になって抜かれる可能性がある。それと、幹部が五人っていう前提はもう既に崩れているからそれ以上の人数がいる可能性が高い」
「あ、そうか!虎徹弟の時点で6人なんだな」
「そういうことだ。穏健派の虎徹が嘘を言ったとは思えないけど、今回宣戦布告をしてきた急進派の虎徹弟の手下っていうのが何人いるかわからないってこと」
楓の言葉とそれを補足したひなたさんの話に一同が深く頷く。
「ああ、そういえば都達の状況ってどうなの?」
チアキさんが尋ねると、松花堂ちゃんが手を上げて口を開く。
「護衛の黒服、魔法少女は意識を取り戻しましたが、捨て身で護衛を守ったので司令は意識不明です」
「あの子は…まったく護衛の意味がないじゃないの、それ」
まあ、チアキさんのいうことはごもっともなんだけど、都さんってそういう人だしなあ。
「まあ、都さんだからなあ…」
「しょうがないな」
「しょうがないわな」
「しょうがないけどね」
どうやら皆同じことを考えていたらしく、楓もひなたさんもチアキさんも苦笑いを浮かべながらため息をついた。
「じゃあ、とりあえずの方針は強襲作戦で狂華くんを奪取するっていうことでいいかな?」
一度場が落ち着いところで、小金沢さんがそう言って皆の顔を見回した。
「いいんじゃないですかね。ただ、総指揮はガネさん以外で」
どうやら牢屋にぶち込まれたのを根に持っているらしいひなたさんが白い目で小金沢さんを見ながらそう言った。
「はっはっは。まあ、私はもともと裏工作のほうが得意だからね。それは誰かに譲ろう」
「ならシノもいないし、とりあえず階級的には朱莉かしらね」
二人のやり取りを聞いていたチアキさんがそう言って俺を見る。
「……はい?いやいや、それだったらひなたさんでしょ」
「俺は今一応国連預りだから、この国の階級ねえもん」
じゃあ南アフリカに早く帰れよと言いたいが、本当に帰られても困るので言わない。
「それだったら、楓のほうが上では?」
「いや、決戦の時の功績で朱莉は特進してんだろ」
「………え?」
なんか言われてみればそんな話があったようなないような。特に報酬額とかは変わらないって言ってたからよく聞いてなかったけど。
「というか、あたしはそんな面倒くさいことできないしな」
「ニ、ニアさんは?ニアさんは結構上ですよね?」
あの人は確か小金沢さんと同じ階級だったはずだ。
「ニアは今イギリス出張中よ。じゃあ朱莉でいい人」
チアキさんがそう言ってみんなの顔を見回すと、手が6本上がった。つまり満場一致だった。
「まあ、決まってしまったものは仕方ないですよ」
そう言って隣を歩く松花堂ちゃんが俺の肩をポンポンと叩いて慰めてくれた。
現在俺と松花堂ちゃんは都さんが運ばれたという基礎研に向かって歩いている。
「ありがとね、松花堂ちゃん」
「一帆でいいですよ」
「………」
「なんですか?」
「いや。あれだけ一方的にやっておいて、普通だなと思って」
「あの時はお仕事でしたからね」
「そりゃあビジネスライクですこと」
「個人的には私、朱莉さんのこと嫌いじゃないですよ」
「さいですか」
柚那も結構理不尽なところはあるが基本的に非力なのでそこまでの被害はないし、朝陽も変身してまで喧嘩をしようとはしないし、愛純もふざけてかかってくるときはじゃれ方を心得ているのでそこまで痛い思いはしなかったりする。しかしあれだけ破壊力のあるパンチを、変身すらしていない降参した相手に遠慮無く打てる彼女に好かれるのはちょっと怖い。
というか、そんな子に好かれて喜ぶのは狂華さんくらいだろう。
「どうかしましたか?」
「いや。別に」
現在、小金沢さんは船を手配するために官僚とバトル中。チアキさんはJC周りの再編。ひなたさんは関西東北のご当地の招集、再編。楓は突入部隊の選定に走り回っており、柚那は関東チームと周辺ご当地の取りまとめをやっているため俺の補助をしてくれる人がいないということで、松花堂ちゃんがつくことになったのだが…
「言いたいことがあるならちゃんと言ってください」
「言いたいことは山ほどあるけど、ここで言っても詮なきことなので、あえて言わない朱莉さんであった」
「なんでモノローグ調なんですか!?」
「特に意味は無いよ。小金沢さんが自分の代わりに貼り付ける魔法少女なんだから読心魔法くらいは使ってくるだろうからさ。秘密は作らないようにしようと思って」
「そういうのじゃないですよ。私はどちらかと言えば都さん大好き派ですし」
「あ、そうなんだ。その割に秘密結社都さん大好き倶楽部で見かけたことがなかったけど」
「え、なにそれキモい」
「……それが素なら、そっちで話してもらって構わないよ」
「そう?じゃあそうしようかな」
おおう、臆することなくタメ口できなすったぞ。
「で?都さん大好き倶楽部って何?」
「都さんを愛してやまない狂華さんを始めとして、純粋に都さんを好きな人から都さんに歪んだ思いを持つ人まで、様々な性癖を持つ変態紳士達が妄想の中で都さんをああでもないこうでもないと―――痛いよ松花堂ちゃん」
「ごめん。ちょっとキモすぎるんだけど」
うん、自分で言っててキモいなって思ったけど、そんな俺の鼻が嫌な音を立てるほどのストレートを撃たれるほどの話じゃないと思っていた。
「…あとで翠に治してもらおう」
「ついでに紫さんみたいにもう少し鼻筋をシュッとしてもらったらいいんじゃない?」
基礎研の自動ドアをくぐりながら、俺がつぶやくと松花堂ちゃんがそんな憎まれ口を返してきた。というか、姉貴って変なところで有名だよなあ…まあ、あかりが魔法少女になった時に俺とあかりを引き連れて挨拶行脚してたし仕方ないんだけど。
「ところでさ……松花堂ちゃんって誰と同期?俺の知り合いで誰か居るかな?」
「九条さん」
また確認の取りづらいところを。
「忘れちゃいました?朱莉さんが武闘会で無様に負けた九条さんですよ」
慇懃無礼ここにありといった口調と声色で松花堂ちゃんがニヤニヤとした視線を俺に向ける。
ちなみに、九条ちゃんさんの世代は色々といわくつきの子が多い(九条ちゃんさんの年齢を考えると、「子」と言って良いのかも微妙だが)ため、俺の権限でも詳しい情報を見ることはできなかったりする。
「……了解、まあいいや」
松花堂ちゃんは、信頼はできないが信用するには文句ない実力があるし、性格も愛純や都さんタイプなので扱い方がわからないという程でもない。
「じゃあ、お見舞い済ませちゃおうか」
現在俺が立っているのは通い慣れた翠とコウさんの部屋ではなくその上の階にある緊急治療装置の置いてある部屋の前だ。
病室の前に名前こそでていないものの、この中では都さんが治療を受けている真っ最中だ。
俺がセキュリティ装置で虹彩認証、指紋認証を済ませるとゆっくりとドアが開き、中で作業にあたっていたらしい翠が振り返った。
「なんだ、朱莉か」
「よう翠。どうだ都さんは」
「スタイルいいよね、私もこれくらい身長と胸があったらなあ……」
「そういうことじゃなくてな」
「わかってるよ。でもまあ、意識が回復しない以外はもう大丈夫。あとは意識が戻ればすぐにでも仕事に復帰できると思うよ」
「そうか…早く意識が戻ってくれると良いんだけどな…」
狂華さん奪還作戦開始の目処は明後日。それまでに意識を取り戻してくれないと、俺抜きでの奪還作戦となってしまう。自惚れるわけではないが、もしも俺抜きとなったら成功率はかなり下がってしまうだろう。
まあ、ニアさんが戻ってくるっていう線でもいいけど、時間的に厳しいという話だし都さんの復活に期待しよう。
まあ、それはそれとして、だ。
「なあ、翠…」
「だめだって。今以上のパワーアップはナシ。戦闘中にあんたが暴走したら止められる人いないんだから」
「ですよねー」
まあ、それならそれで…
「あ、万が一どこぞのマッドサイエンティストに協力を仰ごうもんなら、私はもちろん、コウちゃんにも朱莉の面倒は金輪際見させないから」
「ウェッ!?」
なぜ俺が彼女の連絡先を知っていることを知っているんだこいつは。
「えっと…翠?」
「お友達は選ばないとだめなのー」
翠の作り笑顔とセリフの端々から漂う殺気が超怖い。
「………なあ、翠。お前彼女と何かあったのか?」
「大江恵はコウちゃんの元カノなのー」
「あっ…」
察した。
「先週証拠をつきつけて、ようやく観念してゲロったのー」
「落ち着け翠」
「黙っていたのはやましいことがあるからなのー」
「なるほど。たしかにやましいことがあると、男は黙っているものよね」
ここでまさかの松花堂ちゃん参戦だと!?
「そこは手を抜くべきじゃないと思うわ」
「うん、出張から帰ってきたら徹底追求して川上家庭裁判所行きなのー」
翠はそう言って気が触れたかのようにケタケタと笑い出した。
逃げてー、コウさん超逃げてー!




