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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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戦技研の一番長い日 2

「―――と、言うわけで、俺と都さんは俺達の死を回避するために動いていたと。そういうわけだな」

「なるほど」

 俺がこれまでの流れを説明し終えると、愛純はそう言って頷いた。

「なるほどって……お前、かなり冷静だな」

「ん…んー…まあ、死んじゃうっていうのは怖いですけど、それを防ぐために朱莉さんと都さんが動いていたっていうなら、なんとかなるんじゃないかなって」

 なにその信頼。すごく重いんだけど。

「その70の手順でしたっけ?それをすっ飛ばしたって言っても、みつきさんの予言とはもう大分変わっているんですよね?だったらもう平気っていう可能性もあるじゃないですか」

「ん…まあな」

「なんか歯切れ悪いですね」

「色々複雑なんだよ」

 聞き取りを重ねていく上で最近判明したことなのだが、どうもみつきさんは俺達のいる世界線に一番近い未来から来ているらしく、俺達がなにかするたびに彼女達の話す内容や、記憶なんかも微妙に違ってくる。

 どのくらい違うかと言えば、たとえば『みつきさん』という魔法の存在を知っているみつきさんもいれば、その存在を知らず、なぜ自分がいきなりこの時代に来たのかわからず混乱するみつきさんもいる。

で、彼女たちの話を聞く限りではその時代で死んでいる人が誰なのかというのもまちまちだったりする。

ちなみに一番最近あらわれたみつきさんは、そもそも紛争・戦争自体がなかったと言っていた。しかし、実際戦争のきっかけとなる暗殺未遂が起こってしまったので、あのみつきさんの話は参考にしないほうがいいだろう。

 まあ、なにが言いたいかといえば、すべての話を総合的に解釈して最悪の想定をしているのが盗まれたレポートで、実はまだなにもわかっていない段階だった。

この先もう少し解析や分析をして、自分たちがどの線にいるのかをはじき出し、対策をさらに強化して春を迎えるはずだったのに、その解析をする暇もなかったため、実は俺達は完全に迷子になっていると。そういうわけだ。

 ちなみに、戦争云々の話がでてから、どのみつきさんに聞いても死んでいるのが俺。次によく死んでいるのが愛純だったりする。

「まあ、それはともかくな、愛純」

「はい」

「今日、都さんが襲われた。つまりどういうことかわかるか?」

「はあ……護衛の柿崎さんが巻き込まれたとかですか?」

 実は俺が死ぬとか、愛純が死ぬとかそういう話よりも、そっちのほうが愛純にとってはでかいかなと思っていたのだが…まあ、杞憂だったか。

「大丈夫か?」

「え?はい」

「本当に大丈夫か?」

「柿崎さんなら大丈夫ですよ」

「俺が心配しているのはお前のことだよ」

「私もいつまでも子供じゃないですから。大体、柿崎さんが私を置いて先に死ぬわけないじゃないですか。朱莉さんが最初に狂華さんに出会って大怪我した時にほぼ無傷で生還してるんですよ、あの人。朱莉さんのデビュー戦の時もMフィールドの中にいて、生きて帰っているし、多分今回もケロっとした顔で戻ってくると思うんですよ」

「…そうだな。信じよう」

 愛純の表情や言葉には少し強がりが入っているようにも見えるが、今手元に入ってきている情報では、現状死者はいないはず。

巻き込まれた黒服三人、魔法少女二人。そして都さん。すべて重傷ということだが、今のところ死者は出ていないはずだ。つまり、無傷とは言わないまでも、彼は一応生きてはいる。

とは言ってもやっぱり動揺はあるように見えるので、万が一戦争になっても愛純はあまり前に出さないほうがいいだろう。

「あとは、公安ですね」

「ああ。公安だな」

 厄介なのは現状、敵より身内だ。

 俺はひなたさん以外に負けるとは思っていないので力で屈するつもりはないし、都さん派の主要メンバーのカリスマが全員合わせてひなたさんと小金沢さんに負けるとも思ってはいない。

しかし、それでも小金沢さんが求心力を得るために正宗なり虎徹なりを生け贄にして、都さんの敵討ちを声高に叫んでアピールすれば、都さん派の人間も何人か小金沢派に流れるかもしれない。そうして小金沢派が多数派になってしまうと、みつきさんの語った戦争を防ぐことが難しくなる。

「あ!いっそ、小金沢さんを人質に取って公安を抑えたらいいんじゃないですかね」

「え!?」

「やっぱりまずいですかね、何か穴がありますかね。ひなたさんがいると無理ですかね」

「い、いや…」

 その発想はなかった。

 初動で頭を抑えて動けなくする。なんでそんな当たり前のことを俺も都さんも考えつかなかったんだろう。

「いい作戦だと思う」

「そうだね、いい作戦だとは思うけど、そういうのは人に聞かれないようなところでしないとね」

 振り返ると、応接用のソファに、頭の真ん中が後ろまで禿げ上がった中年男性と、おそらく魔法少女だと思われる見慣れない女の子が座っていた。

 完全に意識の外、隙を突かれた形で、俺と愛純は小金沢さんの侵入を許してしまっていた。

「やあどうもどうも」

「どうも…」

「どうしたんです?表情も声色も、こころもち固いような気がしますが」

 いつものことだが、ニヤニヤとこちらの考えを見通しているぞと言わんばかりの口調と視線が非常にいやらしく、非常にやりにくい。

 しかも今回は計画をバッチリ聞かれてしまっているのだ。

 ちらりと横を見ると愛純も丁度こちらを見ていて、目があった。

(やります)

 愛純の目はそう語っているようだった。

 俺も愛純も魔法少女の中では腐ってもトップクラスの実力者だ。

 計画を聞かれてしまっていて、護衛がついているとは言っても、力づくで抑えることは可能だし、そうしてしまえばこちらの勝ちだ。

(やろう)

 そんな意志を込めて俺も愛純に対して目で頷き返す。

 すぐに俺は、机の上にあったグラスを倒し、愛純に作戦開始の合図を送る。

 カランと音を立ててグラスから机の上に氷が滑り出し、それと同時にまず愛純が、護衛の魔法少女に飛びかかる。

 愛純の一撃は見事に護衛を倒し……切らなかった。

 素早く立ち上がり、胸の前でそろえた腕で愛純の一撃に耐えた護衛の子は、続く愛純のハイキックを屈んでかわすと、身体を左右に振りながら愛純に無数のフックを叩き込んでいく。

「ぐっ」

 たまらず愛純が後ろに下がるが、それを読んでいたかのように護衛の子は思い切り一歩踏み込んで、渾身の右ストレートを愛純のみぞおちに叩き込んだ。

 相当強烈なストレートだったのだろう。ストレートをもらった愛純は、その場にうずくまり、激しくむせこんでいる。

「暴力はやめましょう。私達は話し合いに来たんですから」

「たった今、愛純を制圧した人のいうことじゃないよね!?」

 いかん、思わず突っ込んでしまった。

「あなたも反抗的ですね……長官」

「ああ、いいよいいよ。任せるよ」

 彼女が目で『こいつもやっちゃっていいですか?』と質問を投げかけると、小金沢さんはニコニコ笑いながら手をヒラヒラさせた。

「了解」

「ちょ…ちょっと待って。俺は別に…」

「問答無用」

 彼女はそう言って先ほど愛純に対してしたのと同じように、両腕を身体の前で揃えて身体を振り始める。

「待って待って待って!変身!せめて変身させて?」

 まあ、変身したところでデンプシーロールなんて防げる気がしないけどね!

「先手必勝」

 そうつぶやいた彼女の目が光った次の瞬間、俺は数えきれないほどのパンチの海に沈んだ。




 護衛の彼女、(名前を松花堂一帆と言うらしい。色々ギリギリだと思う)にKOされた俺と、戦闘不能になってしまっていた愛純は、魔力を封印されて簡単なメディカルチェックを受けた後で本部の地下にある留置場へと移された。

「しかし、思いきりつかまってしまったな」

「つかまっちゃいましたねー」

 同じ房に入れられている愛純はそう言って、房内に一つしかないベッドの上でゴロゴロしながら天井を見上げている。

「お前らはいいさ。ガネさんに拳を向けたんだろ?わかりやすい罪状じゃないか」

 隣の房から口を挟んできたのはひなたさんだ。

「俺なんかお前、ガネさんの言うとおりにJC寮を制圧しに行ったら内乱を扇動したとかそんな理由でつかまったんだぞ」

「いや、実際に内乱を先導していたんだから仕方ないじゃないですか」

「いやいや、他の奴は全然お咎め無しなのに俺だけっておかしくないか?」

「ひなたさん悪質だからしかたないですよ」

「そうそう、悪質ですし」

「お前!もうちょっと言い方考えろよな!」

 結局、ひなたさん達のJC寮襲撃は、戦力が足りなさすぎて失敗したらしい。

 まあ、そもそもあの寮のメンツに対抗できる力を持っているのがひなたさんだけだったのだからしかたないとはいえ、ひなたさん以外が魔白ちゃんの羽ばたきで吹き飛ばされて戦闘不能というのは流石に酷すぎやしないだろうか。

 で、あらかた片付いたところでチアキさんと和希がひなたさんを挟撃。ひなたさんが二人に気を取られている間に、こっそり背後に移動していた佐須ちゃんが魔力の封印をおこなって戦闘終了。ということになったらしい。

「それにしても、普段『俺はナンバー2だー!』とかって威張ってる割に中学生に手も足も出ないとかかっこ悪すぎません?」

「うるせえ!チアキがいたんだから仕方ないだろ。それに和希だってバカにできねえし、二人の後ろではみつきが狙ってたんだぞ?お前はそんな状況で勝てるってのかよ」

「俺はそもそもそんな状況になるようなことはしませんし、トカゲの尻尾きりをするような悪い上司にもついていきませんし、娘に正体を隠したりもしません」

「ぐぬぬ…なんも言えねえ……」

「ところでひなたさん」

「ん?」

「JKと正宗ってどうなりました?」

 俺と愛純が投獄されて半日。ひなたさんが連れてこられて数時間。

 どちらにしても決着はついているころだろうし、結果は知らないまでも、ひなたさんが知っている状況を聞いておきたい。。

「あー、あれなー……」

「同じ囚人同士、情報を共有しましょうよ」

「一緒にすんな!…まあ、別にいいか。ここにいる以上、お前に何かできるとは思えないしな。逃げ切ったよ。それはもう見事にな。途中で夏樹が裏切ったのが痛かった。裏切らなきゃタマと二人で簡単に捕まえられたんだろうけどな、夏樹が裏切ってタマを無力化してJKと正宗、それに妹のほうのあかりを逃がした。で、連中は東北寮まで到達して―――」

「到達して?」

「東北チームと一緒に姿を消した」

「おおう……」

 やってくれるといいなと思っていたけど、そこまでやってくれたのか、あの子達。

「ちなみに姿を消した東北チームっていうのは?」

「こまち、寿、橙子、精華、セナ、彩夏。それに桃花。あとチームには入ってないが、ユウと夏緒も消えているらしい」

「じゃあ虎徹も?」

「一緒だろうな」

「ちなみに…」

「ん?」

「シノさんは?」

「いねえってよ」

「そっか。よかった」

 このまま事件が終わるまで潜伏していてくれれば、とりあえず精華さんとシノさんは大丈夫だろう。

「よかった?よかったって言ったか?まあ、お前が裏で糸を引いてるんだろうなっていうのはわかってたけど、それにしても計画的すぎないか?正宗の脱出も、東北チームの強力も、まるで俺達がJCJK寮から正宗を強奪しようとするのがわかっていたみたいに用意周到というか…いや、そもそも都が襲われることがわかっていたようにすら思えるんだが」

「知ってましたよ。時期はもっと後のはずでしたけど」

「……ああ、なるほど、みつきの予言か。あいつ、俺じゃなくて都とお前に話すなんて……よくわかってるなあ」

 少しの間の後、そう言ってひなたさんは大きなため息を付いた。

「わが娘ながらよくわかってるよ、俺とガネさんのこと」

「叱らないでやってください。ひなたさんには言いづらいこともあるんだと思いますし」

「この事件で俺が死ぬとかか?」

「いいや、俺が死ぬんすよ」

「…は!?」

「最近わかったんですけど、みつきさんって、実は微妙に毎回違う子が来ているらしいんですよね。世界の分岐が変わるみたいなことがあると、来る子が変わるっていうか……まだ解明途中ですけど、そういう仕組みたいなんです」

「なんとなく言いたいことはわかったけど、それでなんで朱莉が死ぬってことになるんだ?」

「どの世界の子に聞いても邑田朱莉は生存していない」

「………おまえ…」

「ちょ…朱莉さんさっき、朱莉さんの死ぬ確率は30%位だって言ってませんでした?」

「ごめん。それ嘘。100%って言ったら、お前は絶対柚那と朝陽を呼び戻すと思ったから言わなかった」

「そりゃあ、一人で守るより三人で守ったほうが少しは確率が上がるでしょうから、そうしたと思いますけど」

「そう言うと思ったんだよ」

呼び戻さなかったおかげで、柚那と朝陽は現在も自由に動ける環境にいるので、これは作戦通り。

「なるほど、動かせる駒を外に残したってことか」

 元々、愛純と朝陽がJCの救援に間に合うとは思っていなかった。二人に関しては、移動中で、俺たちが反抗していようとしているところにも、魔法少女同士で内乱しているところにもいなかったという事実が欲しかっただけだ。

 それなら最悪、チアキさんやJCも捕まったという状況になっても、柚那と朝陽は外に残せる。

「ええ。それで本当は俺と愛純は無傷でここに入る予定でした」

「じゃあ私完全に殴られ損じゃないですか!」

「まあ、一帆さんに殴られたのは愛純の作戦を聞いて欲を出した俺の責任だけど、思いついちゃった愛純にも責任はあるっていうことで」

「なんか納得行かないなあ…」

「あ、そうそう。ところでひなたさん」

「ん?」

「俺の部屋の金庫破りました?」

「いや、俺はやってないし、うちの奴らもそういうのはあんまり得意じゃないけど…まあ、元盗賊の恋ならやれるんじゃないか?」

「ああ、恋なら確かに」

 彼女は本部詰めだから、俺の部屋にはいるチャンスも少なくはないだろうし、電子ロックの方は壊さざるを得なかったとしても、ダイヤルと鍵式の隠し金庫のほうは簡単に破れただろう。

「ちなみに恋は小金沢さん派ですか?」

「フリーランス。朱莉がなにか怪しい動きをしているっていうのに気づいていたとしたら、自主的に金庫を破って情報を覗こうとするかもな」

「なるほど、恋らしい」

 まあ、犯罪だけどね。

「じゃあ今度はこっちの質問な」

「どうぞ」

「あとは、どんな悪巧みをしている?もしくはどんな情報を持っている?」

「そろそろニアさんが小金沢さんに話すと思いますけど、敵の居城は沖ノ鳥島から更に東に200キロメートル行ったところにある人工島です」

「随分遠いな」

「おかげで勝つにしろ負けるにしろ、さっさと片付ければ誰にも気付かれないってわけです」

 あるみつきさんの世界では沖ノ鳥島の前で止めたらしいが、べつのみつきさんの世界では本土まで侵攻を許したところもあるらしいので、開戦したら速攻で終戦に持って行かないとまずいことになる。

「で、お前らが正宗と虎徹を逃がした理由は?」

「向こうに開戦の理由を与えないためです。戦争が勃発している世界では、公安組が正宗ないしは虎徹を惨殺してるんですよ」

「……いや、いやいや。さすがにそんなことしねえって。何言ってるんだよお前」

「だって、俺たちはそんなことしないし。でもみつきさんたちは彼らの犠牲が発端だって言ってたんだから、そういうことになるでしょうよ」

「だからって俺たちを疑うのはお門違いだっつーの!」

「うーん…まあ、言われてみれば、確かに俺の知っているひなたさんとか、深谷さんとかってそういうことをするイメージじゃないですけどね…」

「だろ。だから多分、別の要因があるんだよ。きっと」

「じゃあ一体何が原因なんだろう」

「あの、いいですか?」

「ん?どうした愛純」

「正宗くんと虎徹さんを逃がしたっていうのはいいんですけど、大和さんってどうなっているんですか?」

「あ……」

 すっかり忘れてた。みつきさんの話にも出てこないし、最近無害気味だったから完全に頭のなかから消えてたぞ。

「その感じだと忘れてたな?となると、都の襲撃も大和の可能性が高くないか?」

「う、うーん……」

 どうだろう。魔力を封じられていても襲撃自体は爆弾でもなんでもあれば可能だろうけど、都さんを襲撃するということは、狂華さんに完全に嫌われるわけで、そんなことを大和がするだろうか。いや、するだろうかなどと考えるまでもなく答えはノーだろう。

「というか…まさか狂華さん、大和さんを殺したりしてませんよね…?」

 俺が考えをまとめようとしている所に、愛純がとんでもない爆弾を投げ込んできた。

「そ…その発想はなかったああああああ!」

 そうじゃん。あの人、都さんのことになると見境ないじゃん。みつきちゃんの時もひなたさん達と三体一でやりあったりとか、決戦の後も俺に八つ当たりしたりとか、すぐ理性なくなるじゃん。対策も一応練ってはあったけど、それ全部すっ飛ばしてんじゃん。

「だ、誰かー!出して!出さなくてもいいから小金沢さん連れて来て!」

 鉄格子をガンガン叩きながら叫ぶが、見張りなどはいないため、すぐには誰も来ない。というか、あの監視カメラの先に今人がいるのかどうかもわからない。

「おーい!誰でも良いから外の人!話を聞いてくれ!おーい!」


 結局、俺達が外に出られたのは俺が騒ぎ出してから1時間半後のことだった。

 そして、俺達が外に出た時、既に狂華さんは大和とともに姿を消したあとで、次に俺達が狂華さんの姿を目にしたのは、虎徹弟から届けられた宣戦布告をする映像の中だった。


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