深谷夏樹の決断
「私、バイク苦手なんだけどなあ…」
JK達が四号バイパスを逃げているという情報を得た桜は私を途中でバスから下ろすと、足になる乗り物を用意するからと言ってさっさと行ってしまった。
そして届けられたのはリッタークラスの国産バイク。
一応免許は持っているが、あまり乗り慣れているわけではないので、ハッキリ言ってしまえばその辺のレンタカー屋で軽自動車でも借りてきてくれたほうがよっぽどやりやすかったりする。
桜って、こういう仕切りはすごく手際いいんだけど、いつも少しだけずれているというか、なんというか。
「ま、文句を言っててもしかたないし、行きますか」
私はネギの頭の部分のように素敵な緑色をしたバイクをポンポンと叩いて、ヘルメットを被った。
チアキさんに軽く説明を受けた私たちはすぐに出発し、そろそろ埼玉県を抜けようかというところまで来ていた。
結構スピードが出ているとは言っても、やっぱり普通の道。ちょくちょく信号機に引っかかるし、あまり早く移動できているとは言えない。
「あの…高速乗ったほうがいいんじゃないですか?そのほうがスピードも出せますし」
「あかりちゃんの言いたいことはわかるけけど、追いつかれた時に逃げ道がないからダメよ。というか、一本道だから前後を封鎖されたら動けなくなる」
私の提案に、地図を見ていた助手席の華絵先輩が顔を上げてそう答え、運転席の佐藤さんも頷く。
「ああ、なるほど」
「まあ、あかりちゃんの心配もわかるけど、華絵って魔法の才能はなくても頭はいいからさ。っていうか、地図読めるのってすごくない?アタシ全然読めないよー」
「魔法の件は、あんたに言われたくないわよ!」
エリス先輩の言葉に律儀にツッコミを入れた後、華絵先輩は地図に目を戻した。
現在、佐藤さんの運転するワンボックスカーに乗っているのは、護衛としてついてきている私とタマ、それに華絵先輩とエリス先輩。そして私達の護衛対象である正宗くん。
私自身を含めて、万が一ひなたさんにでも追ってこられたらひとたまりもないメンツだ。
とは言っても、公安系と言われている人たちは調査とか捜査に特化した能力の人が多いので、私が知っている人たちの中で、ひなたさん以外で私達が苦労しそうだなと思うのは夏樹さん、あとは四国に駐在していて今日このタイミングで現れるとは思えない真帆さんくらいなのだけど。
ちなみに、現在東北に向けて走っている私達の他にもチアキさんの指示で囮の車が何台か走っていたりするらしいので、うまくそっちに引っかかってくれれば、私たちは何事も無く東北寮にたどり着くことができる。
そうなってくれればいいなと思いながら、私がふと後ろを振り返ると………明らかに様子のおかしい、すごい勢いですり抜けを行っているバイクが…いや、すり抜けをしていくバイクは他にもいるし、道幅も車間も適度に空いているので、すり抜け自体もそれほど危険ではないのだけれど…緑色のヘルメットを被り、多分魔法で出したんだろう上半身から下半身に行くにかけて徐々に白にグラデーションしているライダースーツを着て、緑色のバイクにまたがった…いや、これは見たことがある気がするし、市販か?市販なのか?
どちらにせよ、『明らかにあの人だ』と、突っ込まざるをえない風貌のライダーが一人、私達の車の後ろにつけた。
「ね、ネギだー!」
思わず私がそう叫ぶと、真ん中の列に座っていたエリス先輩が振り返る。
「え、どうしたのあかりちゃん……って、ネギだー!?ちょ、正宗、ねぎねぎ!すっげえネギ!」
「はぁ?何言って…ネギだーーーーーー!」
「ね、ネギキター」
私達がねぎねぎ言っているのがツボに入ったのか、タマは一人だけ振り返らずに腹を抱えて笑っている。
「後ろうるさい!佐藤、逃げきれる?」
「さんをつけろ、さんを。……ただまあ…無理じゃないかな。車で入れるところは大体バイクでも入れるし。まさか原付で追ってきたわけじゃないだろ?」
「よ、よくわからないですけど、結構大きいです。スクーターとかじゃないです」
私が身体を後ろに向けて佐藤さんに説明をすると、夏樹さんはなにを思ったのか、手を振ってくれた。
いや、敵ですよね、あなた。
「あと、完全にみつかりました」
「そうか……華絵、抜け道あるか?」
「むしろ、このまま行ったほうがいいんじゃない?流石にこの街中で仕掛けてくるってことはないだろうし」
「いや、この先周りが畑とか空き地になって、少し道が細くなって交通量が減るんだよ。それに、栃木過ぎた当たりで一気に道も細くなる」
「そういう意味だと住宅街のほうがまだマシか…」
ネギネギ言って笑っている私達と違い、運転席と助手席では緊迫感のあるやり取りが繰り広げられる。
「っていうか、佐藤」
「佐藤さんだっつってんだろ」
「あんた、まさかネギにほだされて裏切らないわよね?」
「仕事とプライベートは別だ。そこんとこは先輩もわかってくれるはず」
「いやいや」
「ないない。あの人に限ってないですって、絶対後々まで恨まれますよ」
学校でも公私混同甚だしい彼女の普段を見ている私とタマが同時に首を振った。
「マジで!?後々まで尾を引くのは嫌だなあ」
「大丈夫!あいつに嫌われてもアタシがいるじゃない!」
「あー、あー、聞こえない」
「ちゃんと聞け!」
佐藤さんの言葉にイラッとしたらしいエリス先輩が座席を蹴ったところで、私の携帯に着信が入る。コールしてきているのはすぐ後ろを走っている夏樹さんだ。
私が後ろを振り返ると、夏樹さんはトントンと、ヘルメットの耳の当たりを指先で叩いてみせた。
「はい」
『見つけたよー。停車して車を路肩に寄せて』
「いやいや、さすがにそんなあっさりと降伏ってわけには行かないですよ。それにこの交通量の中で一戦やろうっていうんですか?こっちは四人だし夏樹さんに勝ち目はないですよ」
『追い詰められているときの物言いが朱莉ちゃんそっくりだよね、あかりちゃんは…って、なんか紛らわしいな』
私もそう思う。ドラマパートだったら苦情がくるようなセリフだ。
『まあ、あっさり降伏してくれるとは思ってないから、適当にどこか人気のないところでやろうか。気乗りしない話だけど、こっちもお仕事だから一応やりましたよーっていうところは見せないと』
じゃあもう口裏合わせてあげるから帰ってもらえませんかね。
「…私達がそんな提案に乗るとでも思ってるんですか?」
『乗るでしょ』
「乗りませんよ」
『そう?こっちは別にタイヤをバーストさせてもいいんだよ?まだまだ数百キロあるけど、その距離をずっと歩いて行く?チャンスがある分相手してくれたほうがいいんじゃないかな?』
フルフェイスのヘルメットで表情が見えないはずなのに、何故か彼女が笑っているように見えた。
「…………わかりました」
『あかりちゃんならそう言ってくれると思ってたよー。ちなみに他には誰が乗っているのかな?さっき四人がかりって言っていたけどそのうちJKが二人としてもう一人JCがいるよね?』
「タマですけど」
『じゃあ、私一人でもなんとかなるかもしれないね』
「ぐっ…」
夏樹さんの一言で、私は自分の頭に血が上るのを感じた。
無意識になのか、意識的に言っているのかは知らないが、どちらにしてもやっぱり油断のならない相手だ。
味方にしたら頼りなく、敵にしたらあなどれない。本当になんて面倒な人なんだろう。
手近にあった公園にMフィールドを張り、私とタマ、それにエリス先輩と華絵先輩は変身して夏樹さんと対峙していた。
正宗くんと佐藤さんは外にいるが、車の鍵と夏樹さんの車の鍵は公園のテーブルの上に置いてあるので逃げることはできない。逆に夏樹さんが正宗くんを攫ってにげることもできないので、おあいこと言えばお愛子の条件だ。
「さて、と」
ひとつ深呼吸をしてから、夏樹さんは変身をした。普段のJCの衣装とは違う、えりとの決戦の時のような甲冑に大剣という本気スタイルだ。
緑と白のグラデーションのマントを翻す、白銀の鎧姿の彼女はさながら、正義の騎士のようにも見えて、私は自分が悪役のような気持ちになる。
「JCの衣装だと仲間割れみたいでやりづらいっしょ」
「私達、仲間じゃないですか」
「うわぁ、その胡散臭い感じ、本当に朱莉ちゃんにそっくりだね…」
失礼な。
「先輩」
「どうしたのタマ」
「夏樹さんのいうことに賛成。私も衣装変えるね」
そう言ってタマは元々彼女が得意とする、お兄ちゃんが言うところのケモミミ娘スタイルに変身した。
「まず私がしかけて様子を見るから、先輩は様子を見て。ある程度夏樹さんの体力を削ったら交代して休みながら戦おう」
「OK。まかせる」
「できれば、先輩もJCの衣装じゃなくしてほしい」
タマは少し悲しそうな、つらそうな表情でそう言って私に背を向けた。
「わかった。頑張って」
半年たらずではあるけれど、私たちは同じチームの仲間だったわけで、それが練習や試合ではなく、本気でぶつかり合おうとしている。
タマは多分それが辛いのだろう。
私が変身した次の瞬間、タマは地面を思い切り蹴って、夏樹さんにむかって跳躍する。
もちろん夏樹さんも動きを読んで、クマ形態のタマの攻撃を受け止めた。
二度、三度、攻撃をぶつけあっては離れ、離れてはまた攻撃をしてを繰り返した後で、鍔迫り合いのようになって、二人はその場で相手を押しのけようと力を込め合う。
と、タマが何かを夏樹さんの耳元で囁いた。そしてその次の瞬間、夏樹さんが動揺したような表情で後ろに飛ぶ。
数歩距離を取ったところで、夏樹さんは構えをとるが、課前には先程までの力強さはなくなっていて、変わりにやはり動揺しているような雰囲気を受けた。
悪口か、揺さぶり作戦か。普段あまり口数が多いほうじゃないタマだけど、喋るときはきちんと弁が立つし、説得力もあるので、そういう戦い方もありなんだろう。
自分の攻撃が成功したのを見て取ったのか、タマはスピード重視のネコ形態に変身し再び夏樹さんに跳びかかり、小声で何かを言いながらラッシュ攻撃で一気に押し込んでいく。
「交代するまでもなく勝っちゃいそうだなあ…」
公園の茂みの中へ消えていった二人を見送って私がつぶやくと、次の瞬間、タマが茂みの中からふっ飛ばされてきた。
「大丈夫?」
私がなんとかキャッチして尋ねると、タマはつらそうに一度首を振った。
「流石に強い。先輩、交代してもらっていい?」
「了解」
後輩が頑張ったんだ。私も頑張らないと。
気合を入れなおして私がレイピアを構えると、夏樹さんが茂みの中からゆっくりと現れた。
「………」
黙って両手で大剣を握り直した夏樹さんの目には、先ほどよりも大きな動揺が見て取れる…いや、迷ってるのかな、これは。
「悩み事ですか?」
「…ちょっとね…あかりちゃんはさ、あかりちゃんは…その…いいよね」
「え!?なんですかいきなり、そういうの間に合ってるんですけど!」
夏樹さんのことは嫌いじゃないけど、私には龍くんがいるわけで。
「ち、違う違う!そういうことじゃなくて!…いつでもあかりちゃんの周りには人がいるじゃない」
「ええと…確かに変な人にモテる自覚はありますけど…」
和希とか、みつきとか、里穂とか、ベスとか、まあ手のかかる子ばかりにだけど。
「JCの皆や、霧香や関東チームのみんなや、連絡将校の子とかさ」
「いや、その範囲だと、夏樹さんも同じじゃないですか。何言ってるんですか」
「でも私はほら、公安で裏切りモノじゃん」
「そりゃあ、今は立場が違っていますけど、こんなの一時的なことじゃないですか。チアキさんは簡単にしか話してくれなかったですけど、都さんが回復して指揮をとるようになったら、全部元通りですよ」
何を言っているんだこの人は。今生の別れでもあるまいし。
「甘くない?何度も言うけど、私は裏切り者だよ」
「別に夏樹さんを甘やかすつもりはないですよ。例えば公安についた夏樹さんが、街中でも容赦なく攻撃をしてきたとか、いきなり車をパンクさせたとか、戦うと見せかけて正宗くんを連れ去ったとかだったら嫌いになりますけど、夏樹さんは夏樹さんの立場で正々堂々戦っているじゃないですか。そんな人を嫌いになんてなれませんよ。今だって、これからだって、夏樹さんは私達のチームメイトで、私達の先生です」
「………ほんと、そういうところ、紫さんとか朱莉ちゃんそっくりだよね、君は」
うつむきながらなんとか私が聞き取れるくらいの小さな声でそう言ってから顔を上げた夏樹さんの目にはもう迷いがなかった。
「腹は、決まったよ」
そう言って構えた夏樹さんの切っ先は彼女の視線と同じくらいまっすぐにこちらを向いている。
「そ、そうですか」
しまったぁぁぁぁぁっ!何がスイッチだったのかわからないけど、せっかくタマが創りだしてくれた夏樹さんの迷いを消してしまったぁぁぁぁっ!
「いくよ」
そう言って笑ってうなずき、一拍の猶予をくれたのは彼女なりの慈悲なのだろうか。
先ほどのタマよりも力強く地面を蹴った夏樹さんは、私の頭上で横だめに構えた大剣を振り、私は苦し紛れに彼女に向かってレイピアを突き出す。
次の瞬間。私のレイピアは彼女の脇腹を突き刺し、彼女の大剣は私の頭の上を空振りした。いや、空振りはしていない。何かがぶつかる鈍い音がした。
一体何がぶつかったのかと思って私が振り返ると、タマが勢い良く植え込みに突っ込んで行くのが見えた。
「お友達を、だまし討ちしてはいけません!」
着地した夏樹さんは、先生の顔でそう言ってから膝をつくと、回復キャンディを傷口に押し当てて砕いた。
なるほど、そういう使い方もあるのか…って、そうじゃなくて!
「な、夏樹さん!?いや、タマ!?え、っとあの……」
どっちに駆け寄るべきか、いやタマなんだろうけど、夏樹さんは私のせいで怪我したわけで…。
「タマちゃんは剣の腹にスタン魔法を乗せて軽く殴っただけだから大丈夫。色々混乱させちゃってごめんね、やっぱり性にあわないことは最初からするもんじゃないよね」
「え?え?何がですか?何の話ですか?」
「タマちゃんはね、彼女の本名は小金沢珠子。小金沢さんの娘さんだよ」
混乱している私の頭にさらに混乱する情報が投げ込まれた。
「私もさっきまで知らなかったんだけど、やりあった時にだまし討ちを持ちかけられてね。でもあかりちゃんの言葉で目が覚めたよ。私はそういうことをするのは性に合わないし、自分の生徒にもそんなことをさせちゃだめだってね」
「じゃあタマは…」
「後ろから君を襲うつもりだった」
「………」
「ごめんね。大人の私がもっと早く駄目だって言うべきだったよ」
全身の力が抜けて、自分の身体がひどく重く感じる。こんなに気分が落ち込むのはお兄ちゃんが死んだと聞かされた時以来だ。
「それは…つまりタマはずっと私たちのことを騙していたっていうことですか…?このために?」
夏樹さんは私の質問に首を振る。
「タマちゃんは多分、お父さんに振り向いて欲しかっただけだと思う。あの人、仕事仕事でタマちゃんのことはかなり放置していたみたいだからね」
「そう…ですか…」
多分、夏樹さんの言うとおりなんだろう。
タマは騙していたというわけではなくて、多分言えなかっただけだ。
私が都さん派の中心メンバー、邑田朱莉の妹だから。真白ちゃんや和希、それにみつきもどちらかと言えばお兄ちゃんと仲が良い。そんな中で自分の生い立ちを言うのは難しかっただろう。
そうして、隠すつもりではなく隠し続けて、今日、お父さんにアピールできる機会がやってきた。だから、彼女はアピールしようとした。
「……」
改めて後ろを振り向くと、エリス先輩と華絵先輩が倒れていた。多分、やったのはタマだろう。
「勝手な言い分で悪いんだけど、私、公暗部抜けるよ。タマちゃんをこんな風になるまで放っておいた男になんてついていく気になれないから」
「そう…ですか…」
「うん。だから私はもう君たちを追わない。それと、タマちゃんとあかりちゃんには少し時間が必要だと思うから、タマちゃんは私が介抱するよ。だからあかりちゃんたちは東北寮に向かって」
「わかりました…」
自分の腕が無くなった時も、和希が七罪だったと知った時も、みんながえりにても足も出なかった時も、こんなに絶望的な気持ちにはならなかった。
私は失うことにも、気持ちを裏切られることにも耐えられるし許せる人間だと思っていたけど、それは間違いだったと、今日この瞬間思い知らされた。
あれは、お兄ちゃんやみつきやみんなが居たから耐えられたんだ。
みんながいたから、笑って向き合って、笑って許せたんだ。
仲間を失うのは辛いよ。
仲間に裏切られるのは辛いよ。
何かを一人で背負うのは、辛いよ。
このままじゃタマが一人になっちゃうよ。
タマを一人にしたくないよ……。
でも――、
だけど――、
私は――、
タマは――、
頭の中がいろいろなことで一杯になる。
「……夏樹さん、私…私…」
「大丈夫だから……先生に任せておいて」
夏樹さんがそう言ってくれた次の瞬間、私の頭は変身を解いた彼女の胸に押し付けられ、滲んでいた視界が真っ暗になった。




