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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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深谷夏樹の選択

 恥…いや、後悔の多い生涯を送ってきました


「佐倉梅子巡査です。よろしくお願いいたします!」

「大垣夏妃巡査です。よろしくおぇ…お願い致します」

 私は同期の桜、もとい、佐倉…いや、桜か。と一緒に、上司になる男性に挨拶をした。

「相馬陽太巡査部長だ。一応指導係っていうことになっているけど、あんまり教えるのは得意じゃないから見て盗むようにしてくれ」

 そんな少し無責任な返事をした彼は、少しだけ昔の恋人に似ていて、私は少しだけ胸が高鳴った。

 しかし、そんな私の恋の予感はその日のうちに同期によって叩き潰された。

「じゃあ、私はこのままホテル行くから。また明日ね!」

 三人でのささやかな飲み会の後、彼女はそう言ってブンブンと手を振ると、彼を背負って夜の街へと消えていった。

 飲み会は、終始彼女のペース。私は高校の頃から彼女を知っているが、思えば学校時代も彼女は中心グループ、私は端っこの方のグループにいることが多かったので、行動力に差があるし、こうなるのも当然といえば当然だかもしれない。

 私がそんなことを思い起こしているうちに、二人の姿はネオンの海へと消え、私は夜の街に一人残された。


「私は、もう少し時間がかかるかなと思っていたんだけどねえ。いやあ、佐倉くんには感謝しているよ」

 佐倉と相馬さんが付き合い始めてから少ししたころ、頼まれてお茶を持って行った時に相馬さんのさらに上の上司はそう言って呵呵と笑った。

「時間、ですか」

「ああ。彼はちょっとした事情があって、奥さんと死に別れて、娘さんとも離れて暮らしていてね。しばらくは女性と付き合うようなことは無いんじゃないかと思っていたんだが…いやあ、若いというのはいいね。パワフルだ」

「は…はぁ…」

「大垣くんは誰かいい人はいるのかね?」

「…一応」

 同棲している彼氏はいるにはいるが、いい人かと言われると自信はないし、友人は別れたほうが良いと口をそろえて言っている。

「そうかそうか。もし居なかったら紹介しようかと思ったんだが、おせっかいだったな。もし結婚する時仲人が必要だったらちゃんと言うんだぞ」

 そう言って笑ってから、小金沢課長はお茶を口に運んだ。


「佐藤祐作です。よろしくお願いします!」

 私と佐倉にとっての初めての後輩がチームに配属された時、私は相馬さんに初めてあった時とはまた違った胸の高鳴りを覚えた。

 彼もまた、元カレに似ていた。

ただし、歴代最も最低なやつに。

特に髪が薄い所、ひげが濃い所。サングラスをかけているせいで、もはや警察官とは真逆の存在に見えるところまでそっくりだ。

「うおおおっ!殴る!殴ってやる!」

「ちょ、何してんのよ大垣!」

 拳を振りかぶったところで、佐倉が私を羽交い締めにした。

「はなせええっ!」

「落ち着け大垣。スマンな佐藤。なんか後輩ができてテンションがあがっちまってるみたいだ」

 相馬さんはそういいながら私と佐藤の間に身体を入れて私の進路を塞いだ。

「い、いえ…」

「あ!そうか!佐藤くんあいつに似てるんだ!」

 振りほどこうと暴れる私としばらく格闘していた佐倉が突然そう叫んだ。

「え?」

「ちょ…佐倉!?」

「高校時代の元カレだよ。悪ぶっててさ、頭剃ってヒゲ生やして、んで、なぜか授業中までサングラスかけてて。みんな遠巻きにしてたんだけど、なぜか大垣だけ寄って行っちゃってさ」

 ぐ…ただのクラスメイトだったはずなのに、なんでこいつは私の事をこんなに知っているんだ!?

「なんでそんなこと知っているんだって顔しているけど、クラス中であれはまずいって話になってたんだから。結局あいつが退学した後もしばらく付き合ってたみたいだしさ」

 佐倉の言うとおり、結局その時の彼は退学して引きこもり。

しばらくは彼のお母さんに頼まれて、出てくるように言いに行っていたが、彼のお母さんが私に彼の面倒を見させるために逃すまいとしている気配を察知して全力で逃げた。

 その期間中いろいろあって、私は成績を思い切り下げたし、クラスでもなんとなく浮いてしまった。

「……」

「えっと、よくわからないんですけど、自分に似た男のせいで先輩は嫌な思いをしたっていうわけですね?嫌なことを思い出させちゃってすみませんでした」

 そう言って佐藤くんはサングラスを取って深々と頭を下げた。

「………」

 こういうことをされてしまうと、非常にやりづらい。

「ごめん、ただの八つ当たりだから、私が悪いから」

「いえ、先輩が嫌な思いをしたなら、どうぞ自分を殴ってください!」

 顔を上げた佐藤くんはキラキラとした目で私を見ている。

 これは体育会系のノリなのだろうか、それともただの変態なのだろうか。

 なんにしても、私は彼のことが苦手になった。


 事故で亡くなった相馬さんと小金沢さんの葬儀の後、私と佐倉は二人で飲み直していた。

「…どうなるんだろうね、ウチの課」

「組織なんだらから新しい管理職が来るだけでしょ」

「そっか、そうだね」

 悲しいけど、組織ってそういうものだと言われれば否定はできない。

「あの子、寂しそうだったね」

「そうだね…」

 二人の合同葬には、相馬さんの娘さんは来ていなかったが小金沢さんの娘さんは出席していた。

 これから先、彼女のことは離婚した奥さんが面倒を見るらしいが、小耳に挟んだ話ではあまりお母さんとの折り合いはよくないらしい。

「ところでさ、大垣」

「うん」

「ぶっちゃけ、あの二人が同時に死ぬなんてことあると思う?」

「実際あったじゃない」

「いや……あんた棺桶の中、見た?」

「え!?いやいや、見てないけど…」

 確かにお手伝いはしたが、私は遺族でもなんでもない。

 交通事故で原型をとどめていないと言われている棺桶の中をわざわざみるようなことはしていないし、そんな権利もないと思っている。

「…花しか入ってなかったとか?」

「ううん。ぐちゃぐちゃの肉の塊が入ってた」

「うっ……」

 想像してしまったじゃないか。

「ただ、あれ、人の肉なのかなって」

「いや………ごめん、佐倉。相馬さんが急に亡くなってショックなんだろうけど、少し落ち着いたほうがいいよ、今あんたすごく変なこと言ってるから」

「そっか…そうだね」

 佐倉は私の言葉に少しだけ悲しそうな顔をしたがすぐに笑顔を取り戻して「今日はのむぞー!」と言って、配属されて最初の夜に彼と飲み比べをしていたお酒を煽った。



 佐倉と501号が炎の海に消えて一週間。

 ふたりきりになってしまった私達の課はついに消滅することになった。

「新人の頃からずっと仕事してきたこの机ともお別れかあ…」

 私物をダンボールに詰め終えて、私がそんなことを言いながらため息を付いている所に、珈琲を買いに行ってくれていた佐藤くんが戻ってきた。

「まあ、二人っきりじゃ流石に存続できないですよ」

 二人っきりになる前も、小金沢さんと相馬さんが亡くなった後は、捜査官三人と囚人一人という相当妙な構図ではあったのだけど。

「私も君も特に特殊な能力があるとかじゃないからね」

「いや、みんな普通の人でしたよ。501はともかく」

「そうだね…」

 ふと、いなくなった人たちの机に目をやると、楽しかった頃の思い出が頭をよぎった。

「…ねえ、佐藤くん」

「はい。なんですか?」

「今夜ホテル行く?」

「ぶっ!?………はい!?なんですか唐突に」

 おー、こんなに盛大にコーヒーを噴く人、久しぶりに見たなあ。

「いや、離れ離れになっちゃうし、最後の思い出にさ」

「…………お断りします」

「そっか」

 好かれてるって思ってたんだけどなあ…。

「おや、年上は好かんかね」

 私はショックを隠すように白々しくそう言った。

「そういうんじゃないですよ。先輩は十分魅力的ですけど、自分には自暴自棄な女性の弱みにつけ込んで抱く趣味はありません」

「据え膳食わぬは男の恥って言うよ」

「今時の男は食事くらい自分で好きなものを作れるんですよ」

「つまんない男」

「自覚はありますよ、ただ、自分はそういうのは好きじゃないんです」

 ムスッと不機嫌そうな彼の表情は、少しだけ意地を張っているようにも、残念がっているようにも見えて、私は少しだけ溜飲が下がった。

「あはは、佐藤くんって、人生損してそう」

「お互い様です」

「嫌な男だねえ」

「それもお互い様じゃないですか」

「好きだって言ったら、抱いてくれる?」

「え!?」

「うそうそ。自暴自棄でもなきゃ、君には抱かれたくないなあ」

「酷いなあ先輩は」

 そう言って佐藤くんは笑う。

「でも、自分はそんな先輩だから好きなんです」

「ちょ…直球やめて…」

 この年でそんな高校生みたいな告白とか受けたら、赤面してしまう。

「僕らには時間があるんですから、先輩がその気になるまで自分は諦めませんよ」


 ……まあ、そんな佐藤くんの告白にも、ちょっと照れくさくなって曖昧な態度を示して後悔しているわけで。

 思えば配属初日の飲み会でも、佐倉に負けずにガンガン行ってればとか、小金沢さんが言ってくれた見合い話を是非と受けていればとか、佐倉が501と…もとい、桜がこまちと二人で始めた捜査を手伝っていればとか、まあ自分がはっきりしなかったり曖昧にしてきたことでいろいろと後悔している。






 突然の公暗部会の招集に驚きながらも、学校を早退して招集場所に行ってみると、ひなたさんと桜を中心として公安系魔法少女40人が集結していた。

 何人か足りないけれど、それはこまちのように遠隔地勤務の子なのでしかたないだろう。

 説明を受けた感じだと、私達がこれからやるのは、簡単に言えばクーデターのようなものだ。

 都さんが襲撃を受けて意識不明。護衛にも多数のけが人が出ているが、攻撃自体が都さんをピンポイントで狙っていたため、重傷者はいるものの、今のところ死者はでていないらしい。

 で、その間に小金沢さんが戦力を掌握したいということで、私達はこれからJCとJKの無力化、及び正宗くんを捕縛すると。そういう作戦だ。

 そういう作戦なのはわかるが、ひなたさんくらいしかまともに戦えないのにどうするつもりなんだろう。


「夏樹、ちょっと」

 JC寮に移動するバスの中、前の方に座っていた桜が私の所にやってきて、空いている後部座席を顎で指した。

「ん」

 私は一度頷いた後、移動して桜と一緒に空いている一番後ろの座席に腰を下ろす。

「あんたどうする?」

「どうするって?」

「JCはあんたの教え子でしょ。向こうにつくつもりなら先に言ってって話」

「いやあ、私なんか弱っちいからね。どっちかといえば私がみんなに教えられているくらいで…」

「大垣」

 私が昔の名前で呼ぶと怒るくせに、プレッシャーかけたいときはこういう風に言ってくるんだもんなあ、この子。

「はあ……わかった。考えておく」

「後々どうするかはともかく、一旦こっちについておいて貰えると、個人的には助かる」

「ひなたさんしかいないもんね、今のJCとまともに戦える戦力」

「公安系は特化形が多くて、私含めて全体的にバトルは雑魚いからね。だからこそこまちの到着が遅れているのが痛いわ」

「そうだね」

 まあ、華絵ちゃんと東北チームの関係を考えれば、こまちが増援に来るのはちょっとむずかしいかもしれないけど。

「…いい子達なんだけどね、JCもJKも正宗くんも」

「それは今関係ないから」

「だね」

 ああ、嫌だ嫌だ。大人の世界ってやつは本当に嫌だ。

「じゃあ、私はJKと正宗くん担当で。多分朱莉ちゃんあたりが手を回して、もう逃がしているだろうから到着次第追いかけるよ」

 また曖昧な態度をとって後悔はしたくないから。

 そんな理由で自分でもびっくりするほど、あっさりとそんな言葉が口をついて出てきた。

「そうは言うけど、JKと正宗の逃げる先の目星はついているの?」

「最近朱莉ちゃんがちょこちょこ出張してたみたいだから、東北じゃないかな。というかあそこの司令は一応名目上小金沢さんより上でしょう?だったら匿って時間稼ぎくらいはできるだろうから、私が都さんとか朱莉ちゃんだったらそうする」

「なるほど…OK。別働隊に連絡して捜索しておくわ」

「うん、お願い。正確な位置がわかってないと、止められないと思うから」

「了解」

 そう言って桜は携帯で電話をかけながら前の方に移動していった。


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