戦技研の一番長い日
ややシリアスめ。
結構長くなると思います。
それは、もう秋も大分深まってきたというのに、妙に蒸し暑いある日のことだった。
武闘会編第二弾のシーズンクライマックスまであとすこしと迫った月曜日。
俺達は、誰が選ばれてもいいように、ここ数週間すっかり恒例となった特訓を行っていた。
とは言ってもチーム全員が集まるというのはやはり難しく、あかり達の学校で先生をしている深谷さんと、通常業務が忙しい恋は抜きで、俺といつもの三人娘での特訓となってしまっていたのだが。
「もう!朱莉さんその技禁止!」
格闘の訓練中、俺に対して攻めあぐねた柚那は、そう言って地団駄を踏んだ。
「別にいいだろ、この技をやってる限りお前は殴り放題なんだからさ」
シールドを構えて反撃をオンにせず攻撃を受け続けている限り、柚那に被害はないし、俺も魔力を貯め放題。みんなニコニコ、ウインウインな特訓だ。
「実戦っぽさが出ないんです!」
まあ、柚那が叩いているのは俺のシールドだし、見た目もやっている感じもミット打ちみたいなものだけど、柚那の武器でありステッキでもある杖さばきの練習をするには、殴り放題のこの状況はピッタリのはずだ。
「柚那さんの言うとおり、確かにその技で反撃なしだと、なんかこう、サンドバッグを殴っている感じで、あんまり組手してるっていう感じはしないですよね」
「確かに。私もいくら撃っても手応えがないのであまり楽しくありませんわ」
今までリーダーのくせに弱いだの、勝ちなしだのいろいろ言ってたくせに、いざパワーアップしてみせればサンドバッグがよかっただの、楽しくないだの随分と勝手なことを言ってくれる。
「じゃあ良いよ。次から反撃するから」
「それは卑怯です!そんなことされたら私なんて一発で戦闘不能じゃないですか!」
そうならないように工夫するのが特訓だろうに…。
「じゃあ、どうしろってんだよ」
「別に、サンドバッグ状態がいやだっていうわけじゃないんですよ。サンドバッグって、叩いた時にこう、大きく揺れるから楽しいんじゃないですか」
愛純がそう言いながら、俺のシールドめがけて正拳とミドルキックのコンボをやってみせる。
「まあ、叩いてもビクともしないとあまり叩いたって実感はないよな。で?」
「つまり私たちは、元の朱莉さんのほうが、叩きがいがあって好きだなーって。ね?」
「そう!それですわ!」
「ナチュラルに人をサンドバッグ扱いするのやめてくれませんかね!」
ニッコリと可愛らしい笑顔でなんという事を言うんだ、この元アイドルと大食いチャンピオンは。
「でもそういうの、嫌いじゃないでしょう?」
「まあな」
柚那も朝陽も愛純も美少女だから、叩かれたり足蹴にされるのは嫌ではなかったりする。
「足蹴にされるという意味では、むしろこう、運動した後のムレムレの三人の足で踏まれたりとかしたい」
「流石にそれは引きますわ…」
「あれ?口に出してた?」
「出してましたよ」
「出してましたわ」
「しょうがないにゃあ…いいですよ」
柚那と朝陽が「うわぁ…」という表情を隠そうともしない中、愛純からだけ前向きな回答をいただけた。
さすが俺の妹。
「ちなみに来年の夏、みんなで海に行ったら、三人には俺の背中に足で日焼け止めを塗ってほしいと思っているんだが…」
「……私、来年は朱莉さんと一緒に海に行くのやめます」
「私も遠慮いたしますわ」
「フッフッフ…柿崎さんと並べて、まとめて塗ってあげますよ!」
おお、愛純さんったらすごいご機嫌じゃないの。
「愛純って結構Sっ気強いよなあ」
まあ、見た目通りと言えば見た目通りなんだけど。
「だって関東ってボケキャラばっかりじゃないですか。私がしっかりツッコミしないと!」
「いや、俺は自分ではツッコミだと思っているんだけど」
あと、俺のボケにしっかり乗っかって来ちゃっている愛純はツッコミじゃないだろ
「朱莉さんのはツッコミじゃなくて、ボヤキです」
「ハッ!」
言われてみればそういう感じがしないでもない。そうか、俺のはツッコミじゃなくてボヤキだったのか。
いや、それでも愛純がツッコミだという主張には俺は異を唱えるけど。
「たしか、今やっている別荘の工事って来年の夏までには終わるんですよね?」
「ん?ああ。終わるよ」
魔法少女専用プライベートビーチ及び別荘は現在改修工事中だ。
まあ、実際は有事の際にJKと正宗をかくまったり、都さん派の拠点にするための改造工事で、実はほぼ終わっているんだけど、そういう事に使える施設っていうことを隠すために、表向き工事中ってことにしてある。
「楽しみだなあ。誰と誰連れて行きます?全員は無理だから。私でしょ、柿崎さんでしょ、朱莉さんに柚那さん、朝陽に…彩夏とセナ…そうすると、こまちさんと、虎徹さんも呼ばないとかな」
「あの、愛純。それだと私だけあぶれてしまうのですけれど」
「それまでに相手を見つければOK!あ、どうよ、例の正宗くんとか」
「いえ、子供の相手はちょっと」
正宗は朝陽と2つしか違わないけど…まあ、朝陽も正宗もお互いないと思っていそうだからそうはならないと思うし、強制はしないけどね。
とはいえ、来年の夏のバカンスは、来年春先に起こる都さんの襲撃を無事に乗り切ることが前提だ。目の前の一つ一つの事案に、しっかり気を引き締めて当たらないと。
「来年の話もいいけど、まずは決勝戦のことを考えないとな」
「朱莉さんが大人の人みたいなこと言ってる…」
「明日は雨でしょうか」
「洗濯は今日のうちに全部終わらせておいたほうがいいかもね」
散々ないわれようである。
一汗かいた後、少し仕事が残っていた俺は、最近秘書に任命した愛純と一緒に執務室に向かった。向かったのだが…
「なんでついてくるの?」
「いえいえ、私と朝陽のことはお気になさらず、二人はしっかりお仕事をしててください」
「いや、気になるし、自由行動なんだから好きな所に行ってて良いんだぞ」
「だったら、私と柚那さんの好きなところは朱莉さんの執務室ですわ」
なにこれ、二人共突然のデレ期なの?ハーレムフラグでも立ったの?と思ったのもつかの間、執務室に着くなり、朝陽は戸棚から秘蔵のチョコレートを、柚那は柚那で冷蔵庫から高いカップのアイスを出して食べ始めた。
「お前らなあ…」
「今日暑いからアイス食べたいなあって思ってたんですけど、寮の共用冷蔵庫の方にアイスが入ってなくて」
柚那はそう言って悪びれることなくカップのアイスを口に運ぶ。
ちなみに、柚那の個室の冷蔵庫の方にはこれと同じシリーズのカップアイスがぎっしりつめ込まれているだが、この朱莉さんがその事実を知らないとでも思っているんだろうか。
「朝陽は?」
「チョコは少し溶けかけが美味しいんですのよ」
そんなことも知りませんの?と目で語りながら、チョコを口に放り込む朝陽。
まあ、別に良いんだけどね。本当に食べられたくないチョコは電子ロックのかかった金庫の中だし。
そんなことを考えながら、俺が壁に埋め込まれた金庫に目をやると、金庫の様子がなんかおかしい。
「………いやいやまさか」
ぱっと見、壁掛けテレビのように見える金庫の一番外側の画面部分には、普段は俺の今期の嫁(柚那ではない)のスクリーンセイバーが表示されているはずなのだが、現在画面は真っ暗だ。
「愛純、お前俺の嫁に何かした?」
「え?……あれ?どうしたんですかね」
俺が視線で見るように促すと、愛純は首を傾げてそう言った。
どちらかと言えば魔法少女の中でも演技派の愛純ではあるが、この反応は多分素の反応だ。
「……朝陽、お前まさかチョコ食べたさに金庫壊してねえよな?」
「金庫の中にチョコを隠していたんですの!?」
あ、こりゃ朝陽じゃねえな。
「柚那は違うよな?」
「違いますよ!実在の人物ならともかく、さすがに画面の中のキャラクターに嫉妬したりしません!」
そうだよね。最近君も旦那いるもんね。
「じゃあ一体誰が……」
「というか、本当に金庫が壊れているんですか?画面の調子が悪いだけとかかもしれないじゃないですか」
「あ、そうか。そもそも、金庫が破られてないって可能性もあるのか」
まあ、金庫が破られていても、中にもう一つ隠し金庫があるので、見せ金として置いておいた少しの現金とチョコが取られているくらいだろうけど。
そんなことを考えながら俺が金庫に触れると、やはり金庫は破られていて、見せ金はそのままであったものの、チョコが消えていた。
「……チョコが消えてるな」
「あっ…」
「朝陽、チョコ返そう」
「ち、違いますわ!これは冤罪ですわ!わたくしはチョコがこの中に入っているということすら知らなかったのですよ!?」
「まあ、俺が勝手に朝陽のチョコを食べたこともあるし、それは別に良いんだけど……っと…」
そう言いながら中の細工をいじって身体を潜りこませると、中の隠し金庫が開けられた形跡があった。
これは非常にまずい。
いや、愛純以外の二人なら別に構わない。俺がコソコソ隠しているものを見たくてとかそういうことなら別にいいんだ。
二人には関係のない資料だし。
いや、関係あるといえばあるし、見たらパニックになって、こんなアホなやり取りをしている精神状態ではいられないだろうから、二人ではないだろう。
そして、それは全く同じことが…と、いうより愛純が当事者の資料なので、すっとぼけているような余裕はないはずだ。
「一応聞くぞ。お前ら、隠し金庫開けてないよな?中の資料とか読んでないよな?」
「中の資料?」
「読んでませんけれど…」
「何が入ってたんですか?」
都さん襲撃事件から続く、一連の事件に関するみつきさんからの聞き取りレポート。とは、流石に言えない。
「……ちょっとした、計画の資料なんだけどさ。見てないな?」
「はい」
「見てないです」
「出しっぱなしにしてたとかじゃないですよね?もしかしたら私がしまっちゃったかもしれないですけど…どのくらいのサイズの紙ですか?」
「いや。疑うようなことを言ってすまなかった。これは間違いなく盗難だ」
紙ではない。むしろ、紙ベースの偽報告書の方はそのままだ。こっちを見てくれていたなら何の問題もなかったのだが、犯人は隠し金庫のさらに隠しスペースに入れておいたマイクロSDを抜いていっている。
まあ、俺のデータだけじゃなくて、ニアさんと都さんのデータも合わせないと読み取れないようにはなっているんだけど、この金庫が一番破られにくい所にあったにもかかわらずこの体たらくなのだから二人に警戒するように伝えたほうが良いだろう。
都さんは確か今日、出張ででかけているはずなので、とりあえずニアさんのほうにかけようと思い、俺がスマートフォンに手を伸ばすと、ピロンと軽い音がして、メッセが入ってきた。
『フェーズ00』
画面に表示されたその文字列を見た俺は固まり、愛純は後ろから顔を出して画面を覗き込んで首を傾げた。
「なんですか、これ」
「……なんでもない。柚那、朝陽」
「はい」
「なんですか?」
「チアキさんのところでやってほしい仕事があるんだ。悪いけど、二人でJC寮に行ってくれ」
「それはいいですけど…どういう仕事ですか?」
「詳しくはチアキさんに聞いてくれ」
「じゃあ私は居残りですかー?書類仕事じゃなくて、そっちのほうが楽しそうなんですけど」
「愛純は居残り」
「ええー…」
「そばに居てくれ。頼むから」
「えっと、ちょっとそういうの重いかなって。柚那さんの前ですし。ほら、やっぱり柚那さんに残ってもらったほうがいいんじゃないですか」
「おふざけはいいから俺の側にいろ!」
「ご、ごめんなさい…」
「朱莉さん、ちょっと変ですわよ。顔色も悪いですし、愛純の言うとおり柚那さんに残ってもらったほうがいいのではないですか?」
「いや、愛純に居てもらわなきゃ困るんだ」
「でも…」
さらに食い下がろうとする朝陽の肩を、柚那が掴んで首を振った。
「朱莉さん。調子が悪かったらこれを食べてください。あと、恋がいるはずですから、もしどうしてもという時は恋の方にすぐに相談してくださいね」
「…すまん」
柚那には何も話していない。もちろん、襲撃事件が近づいてきたら話をするつもりだったのだが、その暇がなく事件が起こってしまった。
俺たちは事件が起きるまでの時系列にそって、フェーズわけをした。昨日の時点でのフェーズは70。これは関連する何かの事件が起こる度だったり、対策の準備が終わったところで数が減っていく。それで、事件が起こる前に01にしておいて事件に備え、万が一事件が起こった場合は00という連絡を送る。そういう手はずになっていた。
そして、今送られてきたのは00。70の事件や準備をすべてすっ飛ばして00が送られてきた。
朝陽に言われるまでもなく、自分の顔色が悪いのはわかっている。70段階の準備を経ればば大丈夫というわけではない。
だが、その70の段階、心の準備すら終えるまもなく、事件が、死の匂いが俺と愛純に迫ってきたのだ。
「今日頼んだ仕事が片付いたら、とりあえずの事情を説明する、それと、今日だけは深谷さんを信用するな」
「…わかりました。行ってきます。朝陽、行くよ」
「え…はい、わかりましたわ…」
柚那は俺に回復飴をすべて手渡すとそのままクルッと回れ右をして部屋を出ていき、朝陽もしばらく俺と柚那を見比べた後柚那の後を続いて出て行った。
これで、とりあえずはよし。JCに援軍を送ることができた。
あとは――
「な、なんですか、怖い顔して。さっきから変ですよ」
「愛純。お前に話がある」
愛純への事情説明と、状況説明だ。




