ある日の東北チーム+α 3
「で、本当に告白失敗してりゃ世話ないね。というか、フラグが本当に有効になっちゃったんだねえ…」
夜遅くになって外出から戻ってきたこまちちゃんは、俺にお茶を入れてくれた後で、そう言って苦笑いしながら少し赤くなっている俺の頬をつついた。
「いや、告白失敗っていうか、不成立だからね。虎徹がたまたま居なくて、告白空振りしてやる気を持て余した彩夏ちゃんが『フラグ立てた朱莉さんのせいだー!』って言いながら襲いかかってきたんだからさ」
今が12時近く、彩夏ちゃんの八つ当たりが7時くらいだったので、もうかれこれ五時間くらい赤くなっていることになる。正直、彩夏ちゃんはどれだけ本気で叩いたんだって感じだ。
「ま、でもその自覚があるから、甘んじて受けたんでしょ?」
「まあね、というか、万が一ふられた時に八つ当たりする相手は必要だろうと思ってたっていうのもあるし」
「余計なお世話だねえ…で、回復魔法使わないのはなんで?また調子悪いの?」
「いや、こうして少し頬を赤くしていると、色んな子が心配してくれるのがきもちいい」
まあ、桃花ちゃんと瑞季ちゃんは事情を聞いた後、呆れたようにため息をついて行っちゃったけど。
「柚那ちゃんが居ないと思って…」
「別に心配されるくらいいいじゃん。何をするわけでもなし」
「そう?このあいだ私は、心の浮気より身体の浮気のほうがマシって、セナに言われたよ」
「………」
ぐうの音も出ないや。
「ま、まあそれはいいとして、こまちちゃんは今日はどこ行ってたの?」
「公暗部会」
公安系の魔法少女を集めた小金沢さんの部隊、通称公暗部。噂では知っていたけど、本当にあったんだな。
「おお、剣呑剣呑。じゃあひなたさんたちと一緒だったんだね」
「まあね。私ももう公安組っていうか、東北チームだからさ、いい加減抜けたいんだけどいろいろしがらみがねえ…」
「お互い大変だね」
「朱莉ちゃんは自分からしがらみに突っ込んでいってるんでしょうが」
「返す言葉もありませんや。ただ、こまちちゃんがダブルスパイ的に公安に潜り込んでくれているのは、こっちとしては非常に心強いっていうのはあるんだよね」
「…一応言っておくけど、東北はシノちゃんのチームだからね。で、私は東北チーム。朱莉ちゃんの手下になったわけじゃないから、そこは勘違いしないようにね」
そういってこまちちゃんは、人差し指で俺の眉間をツンと突いた。
「しないしない。ただ、シノさんって大きく見たら都さん派なわけで、そうなると歩く道は東北も関東も一緒ってことになるだろ?」
「いや、基本的に公安以外が同じような道ってだけで、その道だって微妙に違うものだと思うよ」
まあ、そりゃあ全く同じ道っていうわけじゃないだろうけど。
「ただ、ほら。ユウもいるし、シノさんもいるわけで、東北は関東の仲間だーって感じするじゃん?」
二人共都さんと仲いいし。
「関西が仲間じゃないって言いたいの?関西で公暗部会に出てるの、ひなたさんと桜ちゃんと一部のご当地だけだよ」
まあ、それは知ってる。あの後、楓とイズモちゃんも時間消化のためにインしてきたし。
「いや、だからそういうことじゃないってば。単純に、大阪より仙台のほうが近いし、仲良くしておきたいなって話」
「…胡散臭い」
「おっさん臭いならしかたないが、胡散臭いは聞き捨てならないな」
「そういうごまかしがもはや胡散臭い」
その自覚は無きにしもあらず。
「小金沢さんと渡り合う必要が出てくるかもしれないんだ。多少の胡散臭さはしょうがないだろ」
「ちょっと、それってまさか、例の災害時支援協定と関係ある話?」
「ある話。なお、俺と都さんは小金沢さんを信用してない模様」
「ちょ、ちょ、ちょ……ええーっ……それ、すごく面倒くさそうだから聞きたくないんだけど」
「そういう訳にはいかないのよ。これは都さんから直々に、私とこまちで朱莉から話しを聞いておくようにって言われたことだから」
そう言ってノックもせずにこまちちゃんの部屋に現れたのは、お風呂あがりの香りをさせた寿ちゃんだった。
「風呂あがりって!」
「なんかエロいよね!」
ほんと、友達としてならこういう所最高に気が合うんだよなあ、こまちちゃんって。
「バカが二人いると疲れるわねっと…」
寿ちゃんはそう言って、おもむろに部屋の中央に置いてあるローテーブルをどけると、俺とこまちちゃんを並べて立たせてから後ろに下がり、ドロップキックをかましてきた。
「やーん、寿ちゃんツッコミ激しいぃ」
「激しいぃ」
「気持ち悪っ!……はあ、もういいわ。これ以上変態二人にご褒美あげてもしょうがないしね。で、みつきさんの予言ってやつについて、詳しい話を聞かせてもらえる?」
「都さん死ぬかも」
「……は?」
「もう少し順序立てて話しなさいよ」
「いや、先にインパクトのある話をしておいたほうが良いかなって思ってさ。まあ、みつきさんのいる未来では、今から大体半年後に虎徹達一派に都さんが襲撃を受けて一度重体になってるんだよね。で、その報復に公暗部が主導して正宗を襲撃。事態は泥沼化して、全面戦争になった…らしい」
「らしい?」
「当時の資料はロックされていて、みつきさんの権限じゃ見られないんだってさ。で、俺たち大人組もそれについては口を閉ざしていると」
「ちょっとまって、それってなんかおかしくない?未来の大人組もみつきさんがこっちに来てるっていうのは知っているのよね?だったら、適切な情報を与えてこっちでの被害を抑えようとすると思うんだけど」
「……みつきさんは5年後の自分を召喚する魔法は使ったことがないらしいよ。というか、使えないらしい。だからみつきさんの世界では全くなんの予知もされずに事件が起こった。これは多分、この世界と平行世界の差なんだと思う。実際、みつきさんの予言とは時期がずれていたり、微妙に内容が変わっていることも結構あるんだよ」
「ごめん、私あんまり頭良くないからぐちゃぐちゃになってきた。5年後の世界から来たんだよね?みつきさんって」
「厳密には違うんだと思う。高速道路とかあるじゃん」
「うん」
「あれは同じ道だけど、隣の車線で少し前を走っている車と俺達の車では位置とか、微妙な時間差で見ている景色は全く同じにはならないよね。気づきにくくても太陽の位置は刻一刻と変化しているし、タイミングによって高速の上を通っている高架に新幹線がいたりいなかったりする」
「ああ…うん」
「まあ、そんな感じのこと。車だとスピードと時間っていう要因だけだけど、歴史とか世界の動きっていうのはもっと色んな要因が絡むから、微妙な差が最終的に大きな差になる。なんてこともあるわけだ」
「バタフライエフェクトね」
寿ちゃんは理解してくれたようだが、こまちちゃんはよくわかっていないらしく首を傾げている。
まあ、寿ちゃんが理解してくれればあとで噛み砕いてこまちちゃんに説明してくれるだろう。
「そういうこと。なにが影響してどう未来がかわるかわからないから細かな対策は取るけど、大騒ぎしたり大胆な対策はできない」
「何かすると、より悪い結果になる可能性もあるわけだものね」
「そう。例えばこんな話を聞いた狂華さんが虎徹たちに喧嘩を売ったりすると事態は予測も修復も収束もできなくなる可能性がある」
「もしかして、狂華さんはその話知らないの?」
「知らない。というか、その件について全部知っているのは都さんと俺、ニアさんとチアキさんだけ。あと、イズモちゃんとか君達とか、数人には必要な情報は教えているけどね」
「いやいや、そこに私達を入れる意味がわからないんだけど」
「良くも悪くも君たちはこういう話しを聞いても大騒ぎしないだろ。二人共大人だし」
寿ちゃんは理解が早いし、こまちちゃんは直感力と判断力が優れているので、この話を聞いても、何をしちゃいけないかはすぐに理解してくれると思うし、冷静でいられると思う。それに東北寮は関東からの距離もすぐに移動できない距離ではないもののそれなりに離れているので、万が一なにかが起こった時に都さん派が避難して体制の立て直しをするには最適なのだ。
「だったらシノさんとか精華さんに話を通したほうがいいんじゃないの?まあ、精華さんはこまちと同じくらい頭があれだけど…ああ、シノさんもあんまり…」
「まあ、それもあるんだけどね。事情があって二人には言えないんだよ。というか、君たちに情報を持っていてもらってそれとなく見ててもらったほうが良い」
「どういうこと?」
「精華さんとシノさんは戦死してる」
俺がそう言うと、二人の顔色が変わる。
「……確定?」
少しの沈黙の後、深くため息をついてから、真剣な表情で寿ちゃんが絞りだすようにそう言った。
「みつきさんの未来ではね。それを本人に伝えた時の影響もわからないし、二人のメンタルにも負担がかかるから、本人には言えない」
「いや、私達のメンタルにも負担がかかるんだけどね」
「…他の戦死者は?」
「聞くの?重いよ?」
「中途半端に聞いて、誰と顔を合わせてもこの子もうすぐ死ぬんじゃないかしらとか考えるよりはマシよ」
「そうか…東北だと、桃花ちゃん、ユウ。JCだと深谷さん、佐須ちゃん、真白ちゃん…」
「ちょ…いやいやいや。多いでしょ。前の奪還作戦でさえうちは戦死者ゼロだったんだよ?」
「戦うことになったら、虎徹達はそれだけ強敵ってことだよ。あと、関東では愛純、関西では鈴奈ちゃんと喜乃くん、それに真帆ちゃんと桜ちゃん。他にもご当地が何人かと、黒服さんや自衛官、それに警察官、海保、その他諸々一般人に至るまで結構多くの被害が出てる」
「………え?でも、ひなたさんと桜は喧嘩別れして、それでひなたさんは深海一美とくっつくんじゃなかったの?」
「まあ…みつきさんも言えなかったんだと思うよ」
俺も愛純って言われた時は他の子以上にガツンとショックが来た。制度上の妹でそれなんだから、もしも柚那の名前が出ていたら俺だって冷静さを保てずに、すぐに虎徹達を排除しようとしたかもしれない。
「ま……状況は理解した…」
そう言って寿ちゃんはゴロンと後ろに倒れて天井を見上げた。
「…でも、キツイなあ…その話」
「だから重いって言ったじゃん」
「あんたが平気そうに話しているのが、もうなんかね」
「重いって言って動かなかったら、そのキツイ話が現実になるからね。あ、そういうわけで、一旦大江恵の捜索は中断ね」
「了解。花鳥と風月はとりあえずうちでいいの?」
「いや、ひなたさんへの嫌がらせで、一美といっしょに大阪において置こうかなって」
「いいの?その配置だと、一美にも予言を託すことになると思うんだけど、あの子結構ひなたさん寄りよ」
「それについてはもうクリアしてる。彼女には戦死者リストにひなたさんを加えて伝えてあって、下手なことするなって釘を差してあるからね」
「ゲスいなあもう…」
「それと、関西は、現リーダーのイズモちゃんにも話してあるから、俺に何かあった時はイズモちゃんに連絡して。あと、公暗部が正宗を襲撃した場合にはチアキさんが正宗とJCとJK連れて東北まで下がってくる予定だから受け入れもよろしく」
「何かって?」
「例えば俺が小金沢さんに拘束された。とかね」
「いやいや、朱莉ちゃんが拘束されるってどういう状況よ。小金沢さん陣営で唯一できそうなひなたさんも、非常時に仲間割れするなんてほどアホじゃないよ」
「朱莉さん殺すにゃ刃物は要らぬってね。俺は家族を人質に取られたらあっさり降伏すると思うよ」
「ああ…」
「なるほど…」
寿ちゃんは天涯孤独。こまちちゃんも似たようなもの。イズモちゃんところは那弥さんと芽衣さんを人質にしようと思ったら並の黒服さんでは役者が足りない。非常時にそんなところに魔法少女を割くとも思えないのでイズモちゃんの家は大丈夫だろうが、いかんせんうちは一般の家庭なので、黒服さんが5人も押しかければ陥落する。そしてそうなれば俺は降伏せざるを得ない。
「ま、そういうことで、俺が捕まったら適宜動いてほしいなと」
「丸投げじゃん」
「信頼してるんだよ二人を」
「こんなに薄っぺらい信頼って言葉、初めて聞いたけどね」
寿ちゃんは本当に口が悪い、というか言葉の選び方と、冷めた表情がM心をくすぐってやまない。
「まあ、でも薄っぺらくても一応信頼してもらえてるのならいいか」
「一応なんてことないけどね。寿ちゃんもこまちちゃんも頼りにしてるよ」
「ま、あんなことした私達を信頼してくれてるっていうなら、ちゃんと応えないとね」
そう言って、寿ちゃんは少し自嘲気味に笑う。
「え?君たち、なにかしたっけ?」
「え?」
「え?」
「え!?なに?」
「いや、多分寿ちゃんは去年のアーニャの時のことを言ってるんだと思うんだけど…」
「…あれはもう謝ってもらったじゃん」
こまちちゃんは速攻謝りに来たし、逃げまわっていた寿ちゃんも最後は謝ってくれたし、精華さんは結局謝ったんだか誤っていないんだかわからないけど、ラッキースケベで支払ってもらったからもういいやって思ってたんだけど、二人は意外と気にしてたのか。
「それにあれはなんというか…精華さんなりに組織の行く末とかそういうのを案じてのことだろうし、君らはそれに追従しただけだろ?別にいいよ」
刺されたのはちょっと痛かったけど。事件自体は、社内の別のプロジェクトと競合してぶつかっちゃったくらいの話だし、都さんもたいして気にしていない。
「なんか気にしてた私達がバカみたいじゃないの」
「いや、気にする必要ないって。結局人死にが出たわけでもないし」
「うーん…あのさ、朱莉ちゃん」
「うん?」
「刺しておいてなんだけど、朱莉ちゃんのそういう「自分が何かされる分には、まあいいか」って考え方、命を縮める可能性があると思うからやめたほうが良いよ」
「……まあ、自覚はある」
実はみつきさんの予言では俺も死んでるしな。
「お互い、友人やら恋人やら妹やら居て、もう自分勝手にできる身体じゃないんだからさ」
「…だな」
もしかしたら、こまちちゃんには悟られちゃったかもしれない。
「何辛気臭い顔してんだか。何にしても未然に防げば誰も死なないで平和に過ごせるんだから、しんみりしている暇があったら動きましょ」
「そうだな。じゃあ、俺は帰るよ」
「あれ?泊まっていかないの?今日は一晩相手してあげるつもりだったのに。」
おっと、こまちちゃんからのまさかのお誘いだ。まあ、お酒のお誘いだと思うけど。
「そのつもりだったけど、なんか柚那と愛純と朝陽の顔が見たくなった」
「んー、なんかちょっとその気持ちはわかるかも。私もセナのところ行こうっと」
「って、私だけひとりかい…」
「じゃあ今日は寿ちゃんと寝てあげる~」
そう言ってこまちちゃんが寿ちゃんに抱きつこうとしてカウンターを食らって倒れる。
「後が怖いから結構よ」
寿ちゃんはそう言って肩から落ちたバスタオルを引っ掴むと部屋を出て行った。




