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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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姉妹問答

ある日の昼下がり、一人で俺の執務室にやってきた愛純は、とてもあざとい、数年前の俺だったら「はい喜んでー」と居酒屋のバイト並にいい返事をして、言われるがままに動かされてしまっただろう位に、かわいらしい声色と上目遣いで相談を持ちかけてきた。

 だが今の俺は女というものを、宮野愛純というものを知り尽くしているのでそんなにチョロく言いなりになったりはしない。

 というより……。

「……突っ込むのも面倒くせえ」

「そんなこと言わないでぇ、真面目に相談に乗ってくださいよぅ」

「そうやって語尾をちっちゃくしてる時のお前は信用ならんから嫌だ!」

「こんなこと朱莉さんにしか頼めないんですよぅ」

「そりゃあそうだろうよ」

 数日後に迫った柿崎くんの誕生日。その誕生日になにをあげたら良いか……というか、『男性の目線からみて、どんな私をプレゼントしたらいいと思いますか?』というのが今日の愛純の相談事だ。

 ちなみにその『どんな私が』というのは、『どんな衣装の私が』ということらしく俺の机の上には愛純が2つのキャリーバッグで持ち込んだ衣装が山と積まれている。

 愛純的には『男性目線で』ということでみてほしいが、他の黒服さんたちには見せたくない(そりゃあそうだ)。元男性魔法少女でそういうことを頼める相手もいない(一番近くにいる狂華さんとはそこまで仲良くない)ということで俺に白羽の矢が立ったというわけだ。

 で、愛純は俺の前でさきほどから様々な衣装を着て見せてくれているわけなんだが。

「なんでピンク系ばっかりなの?」

 ナース服とか、バニーとか学生服とか、お前それどう考えてもイメクラだろっていうようなラインナップばかりで、さすがの俺も少し辟易してきていたりする。

「男の人ってこういうのが好きなんでしょう?」

「………いや、まあ。確かにおじさんはセーラー服好きよ」

 ナース服はそんなに好きじゃないし、バニーはなんというか…愛純は胸が残念なのでそれに比例して全体的に残念感じになっているのでノーコメントで。

「ほら!」

「ドヤ顔すんな!……はあ…あのな、愛純。お前が相手にしているのは一般的な『男』じゃなくて、柿崎くんだろ?彼がどんなコスチュームが好きかなんて話……」

 ……まあ、聞いたことはあるけど、愛純の望んでいるようなリクエストではない。

「話?」

「知らねえよってこと」

「朱莉さんの役立たずー!それでも柿崎さんが唯一の親友ですか!?」

「いや柿崎くんは友達いっぱいいるだろ」

 彼は別に顔も戸籍も変わってないわけだし、学生時代の親友とかそのままだろう。

「よく聞いてくださいよ。私の話は柿崎さんが朱莉さんの唯一の親友だって文脈じゃないですか」

「………」

「あ、ちょ…なにするんですか。わー!どこに連れて行くつもりですか!?」

「廊下」

 愛純のあまりに失礼な物言いに相談を受ける気がなくなった俺は、無言で愛純の後襟を掴んで持ち上げると廊下に放り出して鍵をかけた。

 別に愛純に図星を突かれて怒ったわけではない。決してそんなわけではない。だって俺、柿崎くん以外にもユキリンとか、ほ、他にも友達いっぱいいるし。

「ごめんなさい。そんな、泣くほど気にしていると思ってなかったものですから」

 廊下からテレポートで戻ってきた愛純は、そう言って俺にハンカチを差し出す。

「な、泣いてねえよ!」

 これは心の汗だし。涙じゃねえし。


「で、どうしましょう」

 俺が泣き止……もとい、俺の心の汗が引くのを待ってから愛純は話を戻した。

「というか、そもそもなんで衣装を着て自分をプレゼントなの?」

「だって柿崎さんって物欲ないんですもん」

「まあ、確かに彼がなにか欲しいって言ってるの聞いたことないなあ」

 もちろん彼の身の回りの品がボロボロでみすぼらしいとか、ノーブランドの安物ばかりというわけではない。必要な物は必要なときにしっかりと揃えていて、物持ちがよく使い込んで味が出ているものが多いので頻繁に買い換えをする必要が無いのだ。

「私は『車でもなんでもいいんですよー』って言ったのにぃ」

「いや、柿崎くんは今の車をかなり気に入って乗ってるからね。下手にそんなこと言うと逆効果だぞ」

「…そうなんですよね。すごく寂しそうな顔をされちゃいました」

 彼は俺と一緒清掃員として働いていた時代からずっとお気に入りの黄色いビートに乗っているし、俺も何度となく幌の貼り直しなんかも手伝った。とは言え、スタイリッシュなコンパーチブルとは言っても軽なので、愛純の不満もわからないではない。

「狭いもんな」

「あ、いえ。違うんですよ。私もあの車は可愛らしくて好きですし、柿崎さんとの距離も近いんでそこには不満はないんです。例えとして出しただけで。別にマンションとかでもよかったんですけど、それだと流石に引かれるかなって思って」

 いや、根が小市民な俺的には誕生日に彼女が『新車買ってやんよー』って言ってきただけでも普通にビビるけどな。

「……っていうか、お前、いくらくらい貯金あるの?」

「これくらいです」

 そう言って愛純は指を三本立ててみせる。

「三千万?」

「桁が一個違います」

 おおっ、さすが元トップアイドル様。その歳でそれだけ持っていたら相当なもんだ。

「まあ、それでも柚那さん…というか、ゆあちーより少ないですけどね」

 あいつ、一体いくら稼いでたんだ…。

「それだけ稼いでいたのに例の毒親に持っていかれたのは、なんかやるせないな」

「え!?」

「…愛純、今の『え!?』はどういう意味だ?」

「いえ…別に口止めされているわけじゃないですから言いますけど、柚那さんって確か、ゆあちーの頃の貯金、ほとんどそのまま持っていますよ」

「そうなの?」

「はい。なんか海外経由がどうしたこうしたとか言ってました」

 ……あ、多分聞かないほうがいいやつだこれ。

「で、それはしっかり確保しておいて、両親への送金を全部振り込みでやっていたものだから、死んでからバレて贈与税の申告漏れとかあってかなりかかったみたいですよ。あと、税務署から『振り込みじゃない現金を受け取っているんじゃないか』って疑いをかけられたりしたみたいです。まあ、そうですよね、かなりの所得があったアイドルの口座を死後に調べたらほとんど空っぽだったんですから」

 ……聞いてない。俺はなんにも聞いてない。

「ま、まあ、別に柚那がお金持っていても、それは柚那のものだからいいんだけどね」

 どこまでが犯罪か…というか、そもそも自分が引き継ぐのに、海外経由でお金を動かすのが違法かどうかもよくわからんし。

「それ!」

「どれ?」

「それですよ!その『柚那さんのお金は柚那さんのもの』ってところ!」

「いや、当たり前だろ?」

 俺は俺でちゃんと収入があるし、別に柚那が持っていたからって何がどうなるってことはない。

「柿崎さんもそれ言うんですよ!『それは愛純ちゃんが頑張って稼いだお金だから、俺のために使わなくていいんだよ』って」

「……言いそう」

 まあ、ふつうの事なんだけどね。

「私は私の稼いだお金で柿崎さんに喜んでもらいたいんです!なのに、柿崎さんったらそんなことばっかり言って、私に払わせてくれないんですよ!」

「いや、それはそれでいいじゃん」

 むしろ俺としては、愛純に『それだけ持っているなら俺に集った分返せよ』と言いたいくらいだ。

「良くないです!私は柿崎さんに喜んでもらいたいのに、その機会を奪われているんですよ!?」

 まあ、愛純の言うこともわかるが、柿崎くんにも男の意地みたいなものもあるんだろうし、一概にどっちがどうとは言えないところだと思う。

「まあ、貯金の話は置いておいて、とりあえず話を柿崎くんの誕生日に戻そうかと思うんだが」

「あ、はい。すみません」

「愛純の考えているプランだと、多分柿崎くんはそんなに喜ばない」

「……そうですか」

「そうしょんぼりするなよ。別に愛純に魅力がないとかそういうことを言っているんじゃないんだからさ。柿崎くん好みにプランを少し変えようっていうだけだ」

「じゃあ、なにかいい手があるんですか?」

「ある。ただ、愛純には相当動いてもらうことになると思うけどな」

「どんなことですか?」

「いいか?お前と柿崎くんの馴染みの店があるだろ?」


「マスターのお店ですか?」


「そう。そのマスターと、常連さんに予め根回しして、お店全体で祝ってもらうんだよ。愛純って金はあるんだし、貸し切りにするとかしてさ」


「なるほど!それなら確かに柿崎さんは喜びそうですね」

「まあ、二人っきりの時間って感じじゃなくなっちゃうけど、それは後で夜にでもってことで」

「わかりました!頑張ります!」

 そう言って愛純は目をキラキラさせながら胸の前で拳を握った。

「頑張れよ……にしてもお前本当に柿崎くん好きな」

「はい」

 まあ臆面もなくよく言い切るもんだ。

「前にも言ったと思うんですけど、柿崎さんは私の事甘やかさないでくれるんで、大好きです」

「………俺も結構厳しくしてない?」

「朱莉さんは厳しいっていうか、怒りっぽい」

 まあ、言われてみれば確かにそうかも。

「あと、チョロい」

「よし、お前にはもう何も奢らんし、全部自腹で出していただこうじゃないか」

「つまり、可愛く媚を売っていれば、奢ってくれるし全部出してくれるんですよね?」

「ぐぬぬ……なんも言えねえ」

「そういうことなんですよ。朱莉さんがチョロいっていうのは。ちょっと優しくして誘ったらどこにでもホイホイつ来るし、お金も出す。逆に柿崎さんはもう付き合って半年になるのに、どんなに媚を売っても、かなり直球で言っても私の事抱かないんですよ?まあ、お金は出してくれるし、色んな所に連れて行ってくれるんで、別に欲求不満とかじゃないですけど」

「………はい?だって君ら結構頻繁に二人で旅行とか行っていたよね?」

「行っていましたけど、ベッドも布団も別でしたよ。だから思い切って柿崎さんに『一発ヤろうぜ』って誘ってみるんですけど、困ったような笑顔で『もう少したってからね』って言われちゃうんです!」

「言い方。愛純さん言い方気をつけて」

「ですから、おセッ――」

「『お』をつけても別に言い方が綺麗になるわけじゃないからな!?っていうか、なんとなく合点がいったわ。お前が最近シモネタ多かったのは欲求不満だったからか」

「だから欲求不満じゃないって言ってるじゃないですか!」

「じゃあお前には柿崎くんに抱かれたいっていう欲求はないんだな?」

「あるに決まってるじゃないですか!」

「じゃあ欲求がかなっていないんだから、不満だろ?」

「……確かに!そっか、私は欲求不満だったのか…」

「まあ、でもそれは柿崎くんの考えもあるんだろうし、キチンと聞いてみれば?別に彼にそういう欲求がないってわけじゃないんだからさ」

「あるんですか?」

「あると思うぞ」

 前にクローニクのスタッフになったら狂華さんの着替えをうっかり覗いたりしたいとか言ってたしな。

「でも…私がそういう衣装を着て、いろいろして見せてもその気にならないんですよ?」

「そもそもの焦点がズレてるんだよ。だから、俺が彼をその気にさせる格好とキーワードを教えてやる」

「何かすごい自信満々ですけど、それって前に朱莉さんが柿崎さんを誘惑した実績があるものとかじゃ……ないですよねぇ?」

「誘惑なんかしねえっ…っていうか怖いからその目をするのをやめてくれ!」

「……信じますからね」

「おう、信じろ。いいか?彼のストライクゾーンの格好とシチュエーションは、地味なジャージと地味な髪型。それにメガネだ」

「……なんですかそれ。元カノの特徴とかですか?」

 まあ、俺も聞いた時そんなこと思ったんだけどね。

「いや、彼の学校のバスケ部って、高校も大学もマネージャーが男子だったらしくてさ。それで彼は女子マネージャーっていうのに憧れていたらしいんだよ、で、その最初に見たマネージャーのイメージがそんな感じというわけだ」

「ふうん…じゃあ私はいつもの店にジャージで行けばいいっていうことですか」

 どうしてそうなった。

「いや、別に同時にやらんでもいいんだぞ。柿崎くんは、別に可愛い格好をしているお前のことが嫌いってわけじゃないんだからさ。だからデートは可愛い格好でやって、それから部屋ででも着替えればいいじゃないか」

「うーん…じゃあ一応やってみます」



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