十年目の浮気 3
華絵ちゃん達と一緒に四人を付け回すはずが、都さんとははぐれ、なぜか尾行そっちのけで俺だけ三人にあちこち引っ張り回されてしまい、俺がやっと三人の隙を見て華絵ちゃん達を巻けたのは入場してから二時間も経ってからだった。
一人で行動を開始した俺はすぐに彩夏ちゃんに連絡をとり、少し別行動をしてもらった。
「おーい、彩夏ちゃーん」
「ああ、やっと来まし…ブッ!」
俺の呼びかけを聞いてベンチから立ち上がって振り返った彩夏ちゃんは、俺の格好を見るなり吹き出して、再びベンチに腰を下ろして腹を抱えて大笑いを始めた。
まあ、俺だって吹き出す。なぜなら今の俺は華絵ちゃんとエリスちゃんに押し切られる形で一緒にコスプレをさせられたままの格好だからだ。
いや、コスプレはいい。別に変な衣装ではないし、むしろすごく可愛い衣装で、俺としても大好きな衣装の一つなのだが、普段の俺を知っている彩夏ちゃんから見るとジュリの顔と身体でディアンドルを着ている今の俺はかなり面白い見世物だろう。
というか、多分普段の俺のファッションを知っている人だったらみんな爆笑すると思う。
「あははははっ!しゃ、写真とっていいっすか?愛純とかセナとか朝陽にキャプションつけて送りたい!」
「やめて!そんなことされるとなんかこう、色々と大切なモノを失う気がするから!」
可愛いと思われる自信はある。いや、二人が気合入れてメイクをしたり、髪をセットしてくれたせいで、今の俺はものすごく可愛いと胸を張って言える。だが、ものすごく可愛くできてしまっているだけにパッと見俺がものすごくノリノリでコスプレしているように見られかねないので、あまり皆に見られたくはないというのが本音だ。
「じゃあ、送らないんで、とりあえず一枚だけ」
隣りに座った俺を拝むようにして彩夏ちゃんが言うが、冗談じゃない。
「それだと結局、俺は彩夏ちゃんに弱みを握られちゃうよね?それをダシになんか色々と便利に使われちゃうよね!?」
「朱莉さんひどーい、私ぃ、そんなことしませんよぉ」
「絶対そういうことする奴の口調だ!っていうか、誰だお前!」
「やだなぁ、愛純のものまねですよ。ものまね」
そんなことを言いながら俺の肩に腕を回すと、彩夏ちゃんはインカメラでツーショット写真を撮影した。
「…って、やめてって言ったじゃん!」
「やめるっていってないじゃないですか」
「屁理屈だ!」
「え?朱莉さんが言ったんですよ、屁理屈も理屈だって」
ぐぬぬ…。
「まあ、冗談はこのへんにして。狂華さんの状況なんですけどね」
「うん」
「一言で言うと、すごく楽しそうです」
「…えー…」
「前に山の中で戦った時の印象だと、大和さんってもっとこう、俺様感あふれる勘違い野郎なのかと思っていたんですけど、意外に細かい所に気がつくんですよ。それに、狂華さんをお姫様扱いしてくれるしで、気分よくデートしていますね」
「あの人って、あれで意外にお姫様願望あるからなあ…ちなみに都さん見かけた?」
「それっぽい人は見ましたね。というか、男性の格好している人がここを一人で歩いているとすごく悪目立ちしますから、多分狂華さんも気づいていると思います」
「それでも狂華さんは楽しそうにしていると」
「はい。当て付けなのか、本当に楽しいのかはわかりませんけど、わかっていてやっているのは確かだと思います」
「そっか…まいったなあ」
あてつけならまだ怒っているっていうことだし、本当に楽しいなら大和に狂華さんを寝取られる可能性がある。どっちにしても都さんにとってはあまりいい状況じゃないぞ。
「どうします?デートをぶち壊しにするならできないこともないかもしれませんけど、やったら狂華さんは更に怒ると思いますよ」
「そうなんだよなあ…とりあえずしばらく見守っていてもらっていいかな?やばそうだったら連絡して貰えれば急いでかけつけるから」
「あれ?朱莉さんはついてこないんですか?」
「ぶち壊しにするにしてもやり方があるかなって思ってさ」
「やり方?」
「ああ。今の状態だと2対2のダブルデートなわけだ」
「そうですね」
「その状態でペアの乗り物に乗るとなると、どうしてもカップルごとになる」
「まあ、そうでしたね。私がわざわざ狂華さんと二人で乗るような理由もないし、こてっちゃんと大和氏も二人で乗るような…まあ、それはそれで見たい気もしますけどね…フヒッ」
……とりあえずスルーで。
「そこに子供を混ぜたらどうなるかな」
「子供?」
「今、このテーマパークにはJKの二人と正宗がいる。この三人と俺がダブルデートに混ざることで、カップルで過ごす時間は激減するはず」
幸いな事に、狂華さんは最近デスクワークばかりで研修に顔を出していないので、田村ジュリという人間が存在しないということは知らないはずだ。まあ、お前は誰だっていう話になれば俺が朱莉派の人間だという話にはなるだろうけど、彩夏ちゃんが黙っていればバレはしないと思う。
「いや、それでも普通に四人組と四人組なわけで、こっちはこっちでいちゃつくと思いますよ。それにそっちだって」
「まあ、それはそうなんだけど、やっぱり人の目は気になると思うんだよ。女にデレデレしているところを後輩に見せたくなくて、大和も少し距離を開けるんじゃないかなと思ってさ」
「希望的観測が過ぎませんか?」
「まあ、確かにこうなればいいなっていう不確定要素が強いけど、やらずに後悔するくらいならやって後悔、やらない善よりやる偽善って言うだろ?」
「偽善なんですか?」
「色恋沙汰なんて、第三者としてはどう関わろうと偽善にしかならんと思うんだよね。『狂華さんは都さんと一緒にいるべきだ!』なんていうのは、俺の考えたこと、俺がこうあってほしいっていう願望でしかないんだからさ」
「うわ、今日の朱莉さんは変にドライだ」
「俺は柚那意外にはドライなんだよ」
「…まあ、それに関しては色々言いたいところですけど、朱莉さんがやりたいことは了解です。今日は手伝うって言っちゃいましたから作戦は手伝いますよ」
「本当にモノ言いたげだね。何か他にいい案があれば教えてほしいんだけど」
「なくはないですけど…いいです。朱莉さんの言うとおり第三者がなにをしても偽善だし、第三者の願望でしかないことだと思いますから。…じゃあ、こてっちゃんと相談して準備だけはしておきますね」
そう言って立ち上がると、彩夏ちゃんは人混みの中に消えていった。
彩夏ちゃんと別れ、とりあえず三人の所に戻ることにした俺は、彩夏ちゃんとの打ち合わせ中もずっと震え続けていたスマートフォンの通話ボタンをタップした。
『あ、やっと出た。今どこにいるの?』
「ごめんねえ、今は中央広場のあたりにいるんだけど」
『じゃあすぐ近くね。今すぐ行くからそこ動かないでよ、また迷子になられちゃたまらないから』
迷子か…本当に面倒見いいよなあ、華絵ちゃんって。
すぐに、と言った華絵ちゃんの言葉は嘘でもなんでもなく、ものの数分もしないうちに三人が現れた。
離れていた時間はほんの10分くらいだが、おそらく俺のことをずっと探してくれていたのだろう、華絵ちゃんもエリスちゃんもディアンドルを着たままだった。
「…ごめんね、三人とも」
たかが10分、されど10分。貴重な青春の時間を俺のために浪費させてしまったのは本当に申し訳なく思う。
「ちょっと、何深刻な顔してんのよ」
「私のせいで時間無駄にさせちゃったでしょ」
「あはは、別にいいって。ハナもあんまり方向感覚良いほうじゃないし、よく迷子になるからさ」
「今それは関係ないでしょ!…でもまあ、エリスの言うとおり私だって迷子になるんだからそんなのいいのよ」
うわああ!二人共優しい!関東チームでいる時にこんなことになったら柚那にも愛純にも朝陽にもボロクソに言われるのに!
「ま、何にしても無事でよかったじゃないか」
「正宗もやーさーしーいぃ…」
俺、もうこのままJKさんちの子になりたい。
「ちょ…なんで泣くのよ。そんなに心細かったの?」
「だって、三人が優しいから…」
「いや、泣くほどじゃなくない?……っていうか、前から思ってたんだけど、ジュリって一体どんな環境で生きてきたの?」
「えっと、あんまり心配とかされないし、むしろはぐれたら周りの人にすごく叱られる感じの環境かな…」
まあ、もう立派な大人だし、むしろ普段は俺が取りまとめなきゃいけない立場だから仕方ないんだけど。
「なにそのひどい環境…」
「なんかもう、うちの子になっちゃえば良くない?」
「…そうしたい…」
わりと本気で。でも、そうも行かないこのジレンマたるや。
「まあいいや。で、どうするの?」
「え?」
「どうせあんたの事だから、コソコソ動いて、彩夏さんあたりと話しつけてきたんじゃないの?」
さすが華絵ちゃん。気づかれてしまっていたか。
「あはは……本当にごめんね」
「やっぱりか。別にいいけど、一言言ってくれれば、このバカ二人が取り乱すこともなかったんだからね」
「はぁっ!?一番取り乱してたのはハナじゃん!」
「そ、そんなことないし!」
「はあ…お前ら二人共だろ。俺が打ち合わせじゃないのかって言うまでオロオロしやがって」
あ、また正宗が余計なことを。
「うっさい!」
「うっざい!」
そう言って二人の目が光った次の瞬間、正宗は再び空を舞った。
「で、どうするの?」
「結局、二人の邪魔をするっていうことに決まったんだ。宮尾さんは連絡取れないから、私達四人はこの後彩夏さん達と合流して、それからずっとつかず離れず一緒にいて、なんとなくいちゃつきづらい雰囲気を作ろうって、そういうことになったから、悪いんだけど付き合ってもらえるとすごく助かるんだけど、どう?」
「なるほどね…ねえ、正宗。あんた的にはどう?その作戦うまくいきそう?」
「そうだなあ、あの人変に見栄っ張りっていうか、プライド高いから、俺がいると女に媚びたりはしないかもな」
どうやら俺の読みは的を射ていたらしく、華絵ちゃんに話しを振られた正宗は作戦に対してポジティブな反応を示してくれた。しかし、逆に反応が芳しくないのがエリスちゃんだ。
「…でも、それで逆にアフター行こうってことになったりしないかな?」
「え?」
「いや、ここの閉園は21時でしょ?一応私達は閉園までは四人と一緒にいられるけど、その後はさすがに帰らないとまずいじゃん?でも、下手に邪魔して不完全燃焼になっちゃうと、その後どこか二人でいきませんか?って話にならないかな。まして、隣にはいい感じの雰囲気のホテルもあるわけだし」
さすがにそれはないとは思うけど………狂華さんって、結構押しに弱いからなあ…。
大和にグイグイこられて土下座されたりしたら、もしかしたらもしかしかねない気もする。
「……」
まずいなあ、考えれば考えるほど、アフターがありそうな気がしてくるぞ。
「やっぱりその可能性もありそうなんだ」
俺の反応を見て、考えていることを悟ったのだろう。エリスちゃんはそう言って苦笑しながらため息を付いた。
「だったら、そこは虎徹さんにでも釘刺してもらえればいいだろ。まあ、やるだけやってみようぜ」
正宗はそう言って俺の頭をポンポンと叩いて笑った。




