十年目の浮気 1
それは、大武闘大会編の予選ドラマパートの撮影がすべて終わり、あとは抽選を待つばかりとなったある日のことだった。
誰が代表に選ばれても大丈夫なようにと、いつもはここをたまり場にしている柚那、愛純、朝陽の三人娘が修行にでかけたおかげで、いつもよりもかなり静かな自分の執務室で仕事をしていた俺のもとに、狂華さんへの接近禁止令が出て以来、だいぶご無沙汰となっていた武蔵大和からの電話が入った。
正直出たくない。出たら面倒なことになる、そんな気はしていたが、奴は狂華さんはおろか、チアキさんにまで毛嫌いされているため、今や連絡の窓口は俺だけになっているので、でないとそれはそれで後々面倒くさいことになることが目に見えている。
「……はい」
『久しぶりだな、邑田朱莉!』
見た目マッドサイエンティストなのに喋り方と声のトーンがいちいち暑苦しい大和は会話開始早々、耳をつんざくような大声を上げる。
「すみません、どちらにおかけですか?」
『え?あれ…すみません、間違えました』
おとなしくさせるために言った俺の嘘は予想以上に効果があったらしく、大和の声のトーンがだいぶ下がった。
「いや、間違えてないけどな」
『…えっと…朱莉?』
「ああ。朱莉さんだぞ」
『なんでだよ!なんで嘘をついたんだよお前!』
「いや、開口一番暑苦しいからおとなしくさせようと思って」
『なんでだよ!男らしいだろっ!』
「男らしいを勘違いしすぎだ。あと、俺に男らしいところを見せてもしょうがないだろうが」
なんと大和氏はこんなにスタイルがよくて美人な俺よりも貧乳でロリロリフェイスな狂華さんのほうがいいらしいので、俺に対して男らしさを見せる必要はないはずだ。
『一理あるな』
「一理どころか百理あるわ。で、なんだ?狂華さんなら電話に出ないぞ」
『いや、むしろ電話じゃなくて狂華と二人で会いたい』
「……はい?」
接近禁止令を受けているにもかかわらず狂華さんに会いたいと言ってきた大和の理屈は、『行き過ぎた愛情のせいで必要以上に怖がらせてしまったので誤解を解くのとお詫びのために一日接待をしたい』だった。
断られることを前提に一応伝えてみるということで電話を切り、俺が都さんと狂華さんの所に行くと、折よくというか折り悪くというか二人が口喧嘩…というよりは、いつものように都さんがチクチクと狂華さんを弄っているところだった。
「あー、いいんじゃないの別に。その話、受けるって回答していいわよ」
俺が大和からの伝言を伝えると、都さんはそう言って笑った。
「……いや、話聞いてました?ふたりきりでって話だったんですけど」
「とは言っても、向こうは魔力なしなわけでしょ?だったら良いじゃないの。これも友好の架け橋ってやつの一つじゃん」
「いやいや、それでも狂華さんが嫌でしょって話ですよ」
確かに大和と狂華さんの関係が改善すれば、虎徹たちとの信頼関係、友好関係はより強固な物になるだろう。とは言っても、向こうに悪気がなかったとはいえ、狂華さんは被害者なわけで、被害者の意見も聞かずにOKするというのはいかがなものか。
「狂華さんは嫌ですよね?」
「………みやちゃんはボクのこと、心配じゃないの?」
「は?国内最強の魔法少女が何言ってるのよ。っていうか、こっちのナンバーワンが向こうのナンバースリーを怖がっているなんて、笑い話にもならないんだけど」
どうやら今日の都さんの怒りはかなり根深いものらしく、いつもより狂華さんに対する当たりが強い。
「何があったのか知りませんけど、都さんもその辺に…」
「何!?あんた私より狂華の味方するわけ?」
「いや、そういうわけじゃないですけど…」
今日はいつにも増しておむずがりだなあ、都さん。
まあ、彼女がここまでわがままな態度を取るのは狂華さんやチアキさん達ファースト世代、それに佐須ちゃんや俺、楓、アーニャといった彼女なりに信頼した相手の前だけなので、一種の愛情表現みたいなものなのではあるが。
「ないけどなによ!?」
「さすがに大和と狂華さんのふたりきりはないですよ」
「……いや、いいよ朱莉。二人で行ってくるから」
「え?」
「大和と二人で一日デートしてくればいいんでしょう?あ、それ別にその日一日だけじゃなくてもいいんだよね?」
あれ?こころなしか、狂華さんの目が据わっているような…
「え…ええ、まあ。狂華さんがいいなら別に良いと思いますけど…」
「いつがいいとか、何か言ってた?」
「いや、断られること前提だったんで、そういう話はまだ全然してませんけど」
「そう。彼の電話番号は変わってないよね?」
「変わってません」
「じゃあ詳細はボクと彼で直接詰めるから」
「ちょ…ちょっと狂華、本気?」
どうやら半分冗談で言っていたらしい都さんは、ここにきてやっと狂華さんの様子がおかしいことに気がついたらしく、慌てて身を乗り出して尋ねる。
「そうだね。本気になるかもね」
「え…?」
「都は僕が大和とくっついたほうが良いと思っているんだろう?」
「あ、いや、きょ……」
「だったら望み通りにしてやるよ!」
そう言って狂華さんは都さんを一瞥して「フンッ」と一度鼻を鳴らすと部屋を出て行ってしまった。
「あーあ。都さんが調子に乗りすぎるから狂華さんキレちゃった」
そんな軽口を叩きつつ、どうやって都さんに謝らせるように誘導しよう考えながら俺が都さんの方を振り向くと、都さんは呆然とした表情のまま、ハラハラと涙を流して泣いていた。
「ちょ…み、都さん!?」
「怒られちゃった…狂華に嫌われちゃった…」
どうやら狂華さんがキレたことに驚いたのは俺だけではなかったようだ。
「じゃあ早く謝りましょうよ。ね?」
「でも…そんなの私らしくないし」
「私らしくないとか言っている場合ですか!」
「私らしくない私なんて、狂華はきっと求めてないし、むしろそんなことしたら嫌われる気がするし…でもこのままでも嫌われたままだし…」
そんなことを言いながら都さんは机の下に潜り込んでしまった。
ああ、もう。本当にめんどくさいなこの人。
「都さんらしくないとか、そんなこと言っていると本当に取り返しがつかなくなりますよ」
「でも、ここで謝ったりする普通の私になんかあいつは興味ないし」
……まあ、確かに普通に接して普通に恋人同士の関係でいる二人なんて想像もつかないけど。
「………」
「朱莉もそう思っているから黙ったんでしょう?」
まあ、若干は。
「でも、それじゃ傷が深くなるばかりですよ。今のうちに謝りましょう」
「……いい。きっと時間がなんとかしてくれると思うから」
「いやいやいや、絶対無理ですから。このままだと、狂華さんは本気で大和の方に行っちゃいますよ」
俺はそう言いながら都さんを机の下から引っ張りだそうとするが、都さんはビクともしない。
「それで狂華が幸せならもういいかなーって」
都さんの目からハイライトが消えてるー!なんでこのカップルお互いのことになるとこんなにメンタル弱いの!?
まあ、でも都さんの言葉じゃないけど、今は少し時間を置いたほうがいいのかもしれない。いや、決して面倒くさいとか、一人じゃ手におえないから柚那とか愛純とかチアキさんを巻き込もうとか思っているわけじゃなくて。
「都さん、今なら俺も一緒についていってあげますけど、本当に謝らなくて良いんですか?」
「…別にいい。大丈夫」
はあ……。
「わかりました。今ならって言いましたけど、狂華さんに謝りに行くならいつでも付き合いますから、その気になったら声をかけてください」
「…あんたって、本当に無駄にいい奴よね」
「お人好しだって自覚はありますよ。じゃあ、俺は自分の部屋にもどりますから」
「うん…ごめんね、迷惑かけて」
……ああ、これは重症だ。




