夏のバカンス 3
9/22一人称の表記揺れの修整
あかりとみつきちゃんを部屋に追いやってから始まった大人組の宴会もたけなわとなり、めずらしく「飲みすぎた……」と言ってチアキさんがまず離脱。次に柚那が「もう一度お風呂に入ってから行きますから」と、耳打ちをして部屋を出ていった。
ああ、もちろん狂華さんは最初に飲まされたウォッカによって最初からクライマックス状態でずっと机に突っ伏して目を回している。
「うへへへ、お互い今夜はお楽しみですね」
完全に出来上がった都さんがウイスキーグラス片手に俺の脇腹を肘でつつく
「いや、確かに俺はお楽しみ予定ですけど狂華さん完全につぶれてるじゃないですか。こんなんでお楽しみも何もないんじゃないですか?」
「それならそれで楽しみ方があるってもんでしょう」
都さんはそう言っていやらしい笑みを浮かべながら狂華さんの頬をつつく。
「……なんか時々貴女が上司であることに不安を覚えるんですけど」
こんなに自分の欲望に忠実な人の部下ってすごく不幸な気がする。
「何言ってんのよ、こんなに聡明な人間、ほかにいないわよ」
前々から思っていたことだが、都さんも柚那も自分で自分のことを褒めすぎではないだろうか。
「なんでそんな疑いのまなざしを向けられなきゃいけないのよ!あたしのどこが不満だっての?」
「酒癖悪いところ、セクハラするところ」
「ほかには?」
「うーん……仕事はやらないだけでできないわけじゃないし、割り振りも狂華さん以外は妥当だと思うし、なんだかんだ計画も立てるのうまいと思いますよ。ドラマパートの撮影も都さんが帰ってきてから効率よくなりましたし。それにアーニャたちとの連携もうまくやってくれてて、引きこもっていた魔法少女のカウンセリングの手配とかもちゃんとしてくれてますよね」
聡明かどうかはともかく仕事ができるのは間違いないとは思う。
「お、落としてから持ち上げんのやめてよ。照れるじゃないのよ」
「いや、でもセクハラがひどすぎるんでそれ全部帳消しですけどね」
「せっかく持ち上げたのに結局また落とすんかい!」
「落とされたくなきゃセクハラと酒癖直してくださいよ」
「はぁっ!?女の子にセクハラするために今の地位まで頑張ったのに、それをしなくなったら本末転倒じゃない!」
「何ギレだよ!…はあ、じゃあ俺は柚那との約束がありますんで部屋に戻りますね」
これ以上都さんに捕まってて柚那より遅く部屋に帰ったらまた怒られそうな気がしたので、俺はここで切り上げることにした。
「はいはい~ごゆっくり~」
そう言って都さんはニヤニヤしながら手を振った。
「……あ、それと。万が一あかりやみつきちゃんが夜中に飲み物とか飲みに来た時に見ちゃうと教育に悪いんで間違えてもここで――」
始めるのやめてくださいよ、と言おうと思って振り返ると都さんはすでにTシャツを脱いでいた。
「え?何?」
「部屋でやれ!この変態痴女上司!」
本当に幸いなことに柚那はまだお風呂に入っているらしく、部屋にはいなかった。
ただ、柚那はいなかったが、部屋には先客がいた。
「どうしたんだ、あかり」
「ん?どうしたって、何が?」
「いや、ここ男部屋だぞ。もしかして寝ぼけているのか?」
「寝ぼけてなんていないよ」
「だったら部屋に帰れって。年ごろの女の子がこんな時間に男の部屋にいるのはまずいって」
「今はお兄ちゃんも女の子じゃない」
「それはそうだけど……まったく、ああ言えばこう言うんだから」
「もー…せっかくかわいい妹が来たんだからもう少し歓迎してくれてもいいんじゃない?」
「いつもなら歓迎しなくもないけど、今はまずいんだって。もうすぐ――」
「柚那さんが来るんでしょ?知ってるよ。もちろん二人がこの後何をするのかもちゃんとわかってる。わかってるから――」
そこで言葉を切ると、あかりは突然俺に飛びついてきて、俺は勢いに押されてそのままベッドに押し倒された。
「――こうして、柚那さんより先にお兄ちゃんを自分の物にするために来たの」
そう言ってあかりは俺の腕を抑えて覆いかぶさるようにして腹の上に乗った。
「こういう悪ふざけはやめろって。柚那に見つかったら殺されるぞ」
俺がな。
「お兄ちゃんはやっぱり柚那さんのほうがいい?柚那さんのほうがおっぱい大きいから?でもあかりだって負けてないよ?これからまだまだおっきくなるよ」
「あ、わかった。お前酒飲んだろ?姉貴も酒癖悪かったからな。きっとみつきちゃんがこっそり持ち込んだりして二人で―」
「飲んでない!……なんでそんな風にふざけるの?私は本気で言ってるのに!昔からお兄ちゃんのことが大好きだったのに!」
「……ふざけてるんじゃないなら尚更だ。あかり、今なら怒らないから手を放して俺の上から降りろ」
「私がお母さんの娘だから?姪だから?」
「ああ、そうだよ。あかりのことはすごく大切だけど、姪に手を出すなんてできるわけないだろ」
「そんなこと言って。私知ってるよ、男の人はそういうイケナイ事をするって考えると興奮するんだって。だからお兄ちゃんだって実際してみたら血のつながっていない柚那さんより、血のつながっている私のほうがいいに決まってる!」
まあ、一部そういう倒錯的というかタブーに触れることで興奮する人間と言うのもいるし、それは男だろうが女だろうが関係ないとは思う。
だが、それ以前に
「おまえ、誰だ?」
俺は腕を押さえつけていたあかりの手を振りほどき、逆に彼女の腕を握って逃げられないようにしてから体を起こす。
「え?」
「チアキさんが化けてる?いや、チアキさんにしちゃ詰めが甘いか」
「な、なんの事?お兄ちゃん」
「柚那が俺を試しているっていう訳でもないよな。そもそも今日二人っきりで過ごそうって言いだしたデレモードの柚那がこんなことで時間を使おうとするわけがない」
「だから――」
「わからないか?お前が本物のあかりなら、絶対に口しない間違いをしたんだよ」
「え?」
「俺と姉貴はおやじとおふくろの連れ子同士。つまり俺とあかりは血がつながってない。なのになんでお前はやたらと血のつながりを強調するんだ?」
「――っ!なんてややこしい家!」
あかりの姿をした何者かは俺の上から飛びのこうとしたが俺が腕をつかんでいるので結果的に俺を引き起こしたような格好になる。
「遅せえ!」
俺はあかりの姿をした何者かの顔面をつかんでそのまま後頭部からベッドに叩きつけた。
「変身しなくても、顔をふっ飛ばすくらいの魔法は使えるぞ」
もちろんそんなのはハッタリだ。魔法を使うためには変身をする必要がある。この姿の状態で使えるのは超回復力くらい。必殺技のかけらも使うことはできない。
「何者だ!」
考えられるのはアーニャ達のような他国から脱走してきた魔法少女か、どこかの国の諜報員といったところだろう。
どちらにしても相手の情報を得るのが先決だ。
「く……クフフフ」
あかりの姿をした何者かが俺の手の下で笑いを漏らす。
「あーあー、おとなしく騙されて仲間割れしてくれればこっちも楽だったのに」
スパークが起こり、その痛みで俺が思わず手を引いた一瞬の隙をついてあかりの姿をした何者かはベッドから転がり落ちて俺との距離を取った。
「せっかくの初対面があんな格好じゃしまりがないでしょう?ちゃんと自己紹介するから、ちょっと時間を頂きますわよ」
そう言ってあかりの姿をした何者かが腕を振ると、スパークが彼女を包み込み、みるみるうちに顔と身体があかりとは違う人間のものへと変わっていく。
そしてスパークが収まると、そこには縦ロールを誇らしげに揺らし、紫を基調とした衣装を着た魔法少女が立っていた。
「初めまして、邑田朱莉さん。わたくしは蛇ヶ端妹子。仲間たちは紫のジャガーと呼びますわ」
そう言って蛇ヶ端は高笑いをするが、その名前だとあだ名は紫のジャガーじゃなくて紫ジャガイモじゃないだろうか。
いや、それより蛇ヶ端妹子ってことは……
「日本人か?」
「ええ、生粋の日本人ですわよ」
「えーっと、もしかして新人さん?」
都さんからは特に新人が入ってくるという話は聞いてないが、あの人ならサプライズと称して新人を旅行に潜り込ませること位はしそうである。
「フッ……本当におめでたい、平和ボケした頭ね。わたくしはあなたの敵よ、敵」
「ごめん、ちょっと意味が解らないっていうか、話が見えない。君の所属組織は?アーニャのところ?」
「アーニャって?」
「えっと…D所属の魔法少女?」
「D……ああ、あの偽善者集団。あんなのとは関係ないわ。私たちはもっとユニバーサルな存在!いわば宇宙の申し子!」
考えたくはないけど、つまり……
「宇宙人側の魔法少女っていうことか」
「宇宙人!?そんな差別的な言葉を使って恥ずかしくないの?異星人と言いなさい!」
どっちもたいして変わらねえよ。
「で、なんで日本人のジャガイモ…じゃねえや。蛇ヶ端が異星人側に?」
「この星の人類の罪深さに気が付いたからです!恵まれた環境に甘えて自分たちの星を汚し、破壊し、食らい尽くし、あまつさえその食指を宇宙にまで広げようとしている!ああ、なんて浅ましい」
ものは言いようだな。前半は概ね正しい気もするが、最後のは解決の糸口を求めて宇宙に出ようとしているとか、狭くなった巣から巣立とうとしているとも言える。
とは言ってもこの手の自分たちが絶対正義と信じて疑わない手合いは話をしたところで聞きはしないので反論するだけ無駄。俺はそう見切りをつけて手早く変身を済ませる。
「そんな浅ましい人類の罪に気付き、啓蒙して是正しようとする者、それこそが私たちですわ!」
「で、ジャガーさんの組織の人数は?」
「人を笛吹きみたいな名前で呼ばないで頂戴!私たちは7人!それぞれ人の業である七つの大罪になぞった称号を持っていますのよ」
うわあ、厨二臭い。
「ちなみにジャガ子はどの罪なんだ?」
「嫉妬ですわ」
それでなんとなく合点が行った。今日一日、柚那がカリカリしてたりチアキさんが柚那をやたら煽ってたのはこいつが色々していたっていう訳だ。
というか、ジャガーさんは駄目でジャガ子はスルーなんだな。OKな呼び方の基準がわからん。
「それで柚那に嫉妬をさせようとしていたんだな」
「気づかれてしまっては仕方ありませんね。そう、すべては鷹橋チアキに化けた私の仕業ですわ!」
そのために人の悪口を言ったり挑発したりこーれーぐーすたっぷりの焼きそばを食べたりとは、いやはやなんとも地味な仕事だ。
「でもいいのか?機密っぽい事とかベラベラ喋っちゃって」
「冥途の土産とでも言いましょうか。わたくしも本当は喋らずに済ませたかったのですがこうなってしまっては仕方ありませんわ……あなたを殺してわたくしがあなたに成りすまし、日本の魔法少女たちの絆を崩壊させます!」
「やっぱそうなるか」
蛇ヶ端の放った電撃を紙一重でかわして反撃に移ろうと構えるが、構えた先にはもう蛇ヶ端がいない。
「よそ見しているなんて、余裕ですわね」
声のするほうへ振り返りかけた俺の顔に蛇ヶ端の膝蹴りがカウンター気味に決まり、俺はその衝撃で吹っ飛ばされて壁に激突した。
背中の痛みや衝撃から考えて、かなりの勢いでぶつかったはずなのに俺は壁を突き破らず激突しただけで終わる。
「痛ててて…あれ?あの勢いなら隣の柚那とチアキさんの部屋に突き抜けてもおかしくないはずなのに」
「この部屋の中と外は私の結界で分断してあります。増援は見込めませんので早めに諦めてくださいましね」
「なんてインチキ!」
「あらあら、なにをそんなにうろたえてますの?あなたは現役最強のはずでしょう?わたくし程度で苦戦をしているようでは他の六人には絶対勝てませんわよ。なぜならわたくしは七人の中でも最弱!」
「それ、自分で言っちゃうのかよ!」
普通それって蛇ヶ端を倒した後で後の六人が言うんじゃないのか?
「だって事実ですもの。別にわたくしは強さが欲しいわけじゃないですから別に気になりませんし、それに現在日本で最強であるはずのあなたより強いなら他の六人より弱くても目的達成にはなんら支障はありませんわ」
うん、蛇ヶ端が素直で思ったことが口に出てしまう憎めない子だっていう事はわかった。
「ああそう。でも俺が最強っていうのはちょっと間違った情報だな。俺が最強なのは極々まれに瞬間的にそういう事もあるっていうだけだ。コンスタントな実力だと狂華さんやチアキさんのほうが圧倒的に上だよ」
「ふうん……ベラベラとよく喋りますわね、仲間を売ってまで助かりたいんですの?」
「いや、お前もさっき言ってたろ。冥途の…いや、メイドの土産だよ。俺の衣装がメイド服なだけにな」
「え?それメイド服でしたの?うちにはそんなヒラヒラしたメイドはいませんわよ!?」
よし、蛇ヶ端の正体につながるヒント発見だ。
「喋り方がそんな感じだとは思ってたけど、お前、さては結構いいところの娘だな?」
「……おしゃべりが過ぎましたわね。あなたからのお土産はありがたくいただいておきますわ」
そう言って蛇ヶ端は手のひらをこちらに向ける。
「そう慌てるなよ。俺が最強になるための条件を教えてやるからさ」
「いまさらあなたの条件なんて聞いても仕方ないでしょう?」
「いやいや、俺になりきるならそういうところも聞いておかないと」
「まあ、それもそうですわね……それで、あなたが最強になるための条件って何です?」
「周りに守るべき仲間がいるっていうことだ」
「つまり、一人では戦えない良いカッコしいってことですか?」
フンとバカにしたように鼻を鳴らしながら蛇ヶ端がそう言って薄ら笑いを浮かべる。
「そういうことをはっきり言うな!」
嫉妬とかそういうの関係なしに普通にムカつくなこいつ。
「つまらない条件ですけど、確かにあなたになりきるためには必要な情報かもしれませんね。じゃあ今度こそ――」
「ところで、蛇ヶ端、あの時計って結界の中でも普通の時間と同じ時間を指してるんだよな?」
「え?ああ、私の結界はいわば風船みたいなもので、異空間に入っているわけではないですから時間の流れは同じですわよ。それが何か?」
「そっか……ちなみに、条件付きで俺の次に強いのが誰か知ってるか?」
「根津みつきでしょう?」
確かに設定資料や子供向け雑誌などの特集ではそういうことになっている。
「外れ。みつきちゃんは通常の出力で十分強いけど順位的には8位」
「はあっ!?そんなに下なわけがないでしょう!」
「いや、マジだって。テレビやメディアの情報を鵜呑みにしちゃだめだぜ」
「だとすると……」
蛇ヶ端は俺に攻撃を仕掛けるために上げていた手を顎に持っていって腕組みをしながら考え始める。
悪く言えばバカ。よく言えばすごく素直だ。
「蛇ヶ端さ、お前って嫉妬って感じじゃないよな。全然嫉妬っていう感じじゃない」
「何を言ってますの?わたくしをバカにすると承知しませんわよ」
「バカはお前だ蛇ヶ端。お前本当は嫉妬したことも、されたこともないだろう。本気の嫉妬の怖さってものが全く分かってない!……なあ、柚那」
「朱莉さん、この子、誰ですか?」
目は全くの無表情で口だけ笑顔の柚那がそう言って蛇ヶ端の肩に手を置く。
「なっ……」
柚那と距離を取ろうとした蛇ヶ端の肩がブチっと嫌な音を立て、その音がした所からドクドクと血が流れ出す。
「痛ったぁぁぃっ!わ、わたくしの肩が!何!?いったい何が――」
一握りの肩の肉と引き換えに蛇ヶ端が稼いだ距離は、彼女が傷口を気にしている間に柚那に詰められる。
「逃げるのはやましいことがあるからですよね。なんですかあなた誰ですかどうして朱莉さんと二人っきりで同じ部屋にいるんですか言えないんですか言えないんですねわかりましたもう何も言わなくていいです何も言えなくしますからなにも言わなくていいようにしてあげますから」
「ひっ……」
蛇ヶ端は間一髪柚那の手を逃れたものの、衣装を掴まれ、掴まれた衣装はそこからビリビリと破け、生々しい傷口と血に塗れた肌が露出した。
「そうやって朱莉さんを誘惑する気なんですね許しません許しません許しません許しませんしねしねしねしねしねしねよぉぉぉっ!」
「いやああああああっ何なのこの子!」
通称、キレ柚那、病み柚那。または嫉妬の波動に目覚めた柚那。
柚那が信頼できない誰かと俺が密室でコソコソ会っている時というかなり限定した条件下でしか発動しない上に制御がほぼ不能。柚那自身はこの状態になっていた時のことをさっぱり覚えていない(本人談)という非常にやっかいなモードだ。
俺が窮地に追い込まれながらも蛇ヶ端に対してそれほど危機感を持っていなかったのは、部屋に入れない柚那は色々と妄想した結果キレ柚那になって力任せに結界をこじ開けて部屋の中に入ってくると思ったからだ。
「普段は癒し系なのに、キレると壊し系なんだよなあ」
「うまい事言ったみたいな顔してないで、この子を止めてぇっ」
蛇ヶ端はそう言いながら魔法で柚那をけん制しているが、この状態の柚那は魔力を肉体強化と自己回復に全振りしているので、生半可な攻撃ではちょっとひるませるくらいが関の山だ。おそらくそう遠くない未来に柚那に捕獲される。
ちなみに以前このモードが発動した時に柚那に捕獲された女性型怪人は力任せに身体のパーツをむしり取られ最終的に見るも無残な姿に変えられた。
当然そんなシーンを放送するわけにもいかないので、その時の戦闘のVTRはお蔵入りになっている。
「ていうか、さっきまで自分が殺そうとしていた相手にそれを言うか」
「あやまります!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!何でもしますから助けてぇ!」
まあ、正直怪人でもかなり後味が悪かったアレを敵方とはいえ人間相手でやられるのは避けたいので俺は柚那を止めに入ることにした。
「柚那」
「朱莉さんもあとでお仕置きですから覚悟しておいてくださ――」
俺は柚那の言葉を遮って彼女の身体を強く抱きしめる。
「柚那。俺は柚那の事が一番好きだよ。だからそんな怖い顔じゃなくて、一番好きな柚那の一番かわいい笑顔が見たいな」
ありのままを言って自分でも何を言っているのかわからねえが、このモードの柚那は愛をささやくと止まってくれる……っぽい。
ぽい。といったのは、過去二回の発動のときはこれで止まった。だが、今回も有効かと聞かれればそこには確信が持てない。
「朱莉さん……恥ずかしいですよぉ」
「よかった、元に戻ったんだな、柚那」
「元にって……やだ、もしかして私ったらまた……恥ずかしいっ――」
そう言って柚那は両手で頬を抑えて恥ずかしそうにイヤイヤと首を振った。
ちなみに、普段ならかわいいその仕草は、右手が蛇ヶ端の血に塗れているのでホラー映画も真っ青な仕上がりだ。
「柚那、あの子を治してやってくれ。もちろん俺があの子に対して特別な感情を持っているからとかじゃないぞ。貴重な捕虜だからだ」
「わかりました。任せてください!」
そう言って胸を叩いた柚那が駆け寄っていくと、へたり込んでいた蛇ヶ端がそのまま足と手を使って後ずさろうとする。おそらく恐怖で腰が抜けたんだろう。しかし当然歩いている柚那のほうが早く、あっという間に蛇ヶ端は柚那に捕まった。
「あの、酷い事してごめんなさい。でも――が――ちょっと――ですけど、――されなかっただけも――本当は――」
柚那が治療をしながら蛇ヶ端を励ましている声がチラチラ聞こえてきたが、声がちいさくてあまり俺の耳には届かなかった。
……届かなかったったら届かなかった。
治療が終わった後、蛇ヶ端は白目をむいて泡を吹いて失禁までしていたが、きっと柚那の回復魔法が気持ちよくて途中で眠ってしまったんだと思う。
……いや、本当にそう思ってるってば。
柚那結構好きなんだけど、どうしてこうなっちゃうかなあ……




