朱と紅 3
なんというか。こんなに簡単にパワーアップできるなら早く教えて欲しかった。
いや、もちろん華絵ちゃんとした修行がベースにあることも、それがなければこういう形に行き着かなかっただろうこともわかっているんだけどね。
現在、俺の右手には翠が完徹して作ってくれた例のシールドステーク。少し離れた所には楓さんが倒れている。
まあ、この結果はパワーアップしただけではなく、俺がこうして新しい武器を持っているにもかかわらず、無警戒でいきなり『火』で切りかかってきて、見事にカウンター食らった楓さんのおかげであるとも言えるんだけど。
「痛てて…あたしじゃなかったら死んでたぜ」
楓さんはそう言いながら瓦礫の中から立ち上がり、半着を脱いで傷の状況を確認しながらそうつぶやいた。
いや、防御無視で突っ込んできて自分の最大火力と同じ威力のカウンター食らったのに痛ててで済まされても困るんだけど。
「ていうか、あれを食らって服とサラシがちょっと破れてかすり傷がついているだけとか、楓さんの腹筋って鋼鉄か何かでできているんですか?」
「いや、モロには食らってねえし。ギリギリのところでこう、身体を捩ったからさ」
「いやいや、手応えありましたよ」
流石に致命傷っていう感じではなかったので、少し離れたところでモニター越しに見守っている柚那と恋を呼ぶことはしなかったけど。
「ああ、あれはほら、これ」
そういって楓さんは魔法で一冊の雑誌を出現させた。
「……えー…楓さんも腹ジャンプ…」
俺も前にやっていたことだけど、実際それでなんとかなったとか言われちゃうとすごく自信がなくなる。
「サラシの内側に仕込んどくとズレなくていいんだぜ」
楓さんはそういってジャンプを持っていない左手の親指を立てて白い歯を見せて笑う。
やだなにこの人爽やかでかっこいい。って、そうじゃなくて。
「でもこれで朱莉の手の内は読めた。そのシールドで受けて、カウンターを打つのがお前の戦術ってわけだ」
「まあ、そんな感じです」
実際には受ける、カウンターを打つの間に魔力を吸収・充填するというプロセスがあるが、それはデバイスがオートでやってくれるので、あってないようなものだ。
「それがわかったところで、次はどうするんです?」
「隙が大きいのはちょっと分が悪そうだから、隙を極力少なくするかな」
そう言って笑った次の瞬間、楓さんの姿が消える。
「上か後ろだ!」
俺は叫びながら前に跳び、身体を捻ってシールドを構える。するとすぐに楓さんが現れ、ガンッと鈍い音がして右腕に衝撃が走る。
「この角度じゃその杭は使えねえだろ」
そう言って楓さんは何度も何度も刀で斬りつけ、対する俺は防戦一方。右から左から降り注ぐ斬撃をなんとかやり過ごしていく。
「守ってばっかりじゃ勝てねえぞ」
「元々守る力が欲しくてつくった技なんで、本来の目的は達してますよ」
実際、点の範囲ではあるものの、瞬間的な威力なら狂華さんの狂ヒ華やひなたさんの本当の必殺技と同じくらいの威力がある楓さんの『火』を受けて壊れず、更にその威力をカウンターとして使えたこのシールドステークは俺が今まで持っていたどんな魔法よりも優れていると言える。
「それに」
この武器は別にステークだけが攻撃方法ではない。魔力で盾を作っているのだからその魔力の盾の形を変えることも当然可能だ。
「やべっ」
俺が攻撃に移る気配に気がついた楓さんはそう言って後ろに跳び、すんでのところで盾から伸びたスパイクの直撃を避ける。
「さすが楓さん」
「イズモみたいなことしやがって…串刺しって結構痛いんだからな!」
あ、経験済みなんだ。何か余計なことをした時のお仕置きだろうか。
「俺は他人のいいところは真似していく主義なんですよ。ちなみに―」
そんな軽口を叩きながら、俺はステークの先を楓さんに向けてモードを切り替え、吸収した魔力をステークの先に集中して楓さんに向けて放つ。
「こんなこともできます」
「げっ…」
こちらの攻撃の威力を察したのか、顔を青くした楓さんは慌てて『山』にフォームチェンジして俺の攻撃を弾き飛ばしたが、威力低目の『風』の斬撃とはいえ相当蓄積されていたせいか弾き飛ばすのも一苦労だったようで、大きく肩で息をしている。
「強えじゃねえか」
「いやいや、楓さんほどではないっすよ」
実際、俺が今楓さんにしかけた攻撃の源は全部楓さんの攻撃なわけだし。というか、まだ微妙にさっき吸収した魔力が残っているし。
「あんまり余裕ぶっこいてると、足をすくわれるぜ」
「楓さん相手に余裕ぶっこけるほど慢心してないんで大丈夫ですよ」
俺はそう言ってシールドを構えると、楓さんは声を上げて笑う。
「そうかよ。じゃあそろそろ本気で行かせてもらうぜ」
そう言って楓さんは風から山まで順に変身をして最後にもう一度変身をした。
風林火山・極。『雅』とも呼ばれるこの状態は継戦時間を捨て、短時間で勝負を決めるという信念のもとにすべてのパラメーターをカンストさせた『林』のハイエンド形態だ。
「いくぜ!」
だから当然『火』よりも『山』よりも動きは疾いし、『風』より『山』より攻撃力もある。
「一発で決めるつもりだったんだけどな!」
「流石に剣筋がわかる攻撃を食らうつもりはないっすよ」
振り下ろされる斬撃をうまい具合に受け止められたおかげでステークは楓さんのほうを向いている。
「その形態なら流石に死にゃあしないっしょ」
表向き全パラメーターカンストと言ってはいても楓さんの性格的に多少攻撃力にオーバーチャージしている気はしないでもないが、それでも跳ね返った自分の攻撃で致命傷になるようなパラメーターの振り方はしないだろう。
「行けぇっ!『朱に交われば朱くなる』!」
俺がそう叫ぶと、重い音を立ててステークが一度盾の中に引っ込み、その次の瞬間、ステークが衝撃と破裂音と共に飛び出す。
「耐え切れたら俺の勝ちだ!」
直撃寸前の刹那、楓さんは避けようともせずにそう言って笑い
「できるもんならやってみろ!」
俺は衝撃で逆に自分が飛ばされないよう足を踏ん張る。
そして激突。
俺は衝撃の強さで持って行かれそうになる右腕に力を込め、楓さんは地面にめり込み始めた足を尚踏ん張る。
魔法の余波で俺たちを中心に地面は陥没し、少し離れたところにある森の樹木が大きく揺れ、動揺した鳥達が飛び立つ。
そして静寂。
楓さんは元の姿でその場に立っていて、俺のステークにはヒビがはいっていた。
「へっ、勝ったな」
そう言って笑った楓さんは右腕を大きく後ろに振りかぶって右の拳で俺の顔を殴りつけてきたが、いつもの楓さんの攻撃力はなりをひそめ、拳が当たった俺の顔ではペチっと軽い音がしただけで大した衝撃もなかった。
しかし、そのほんの僅かな楓さんの与えた衝撃で俺のステークは砕け散った。
相打ち。引き分け。
どちらにしても、この試合はこれで終わりのようだ。楓さんも同じように考えたのだろうか。そのまま俺に身体を預けるようにして抱きついてきた。
「……ありがとうございました、楓さん」
自分でも柄にもないと思うが、全力を尽くして戦い、今日の青空のように清々しい気持ちになっていた俺は、楓さんの身体を抱きしめてつぶやいた。
「俺、楓さんのおかげで、少し変われそうです」
「………」
あれ?なんかぐったりしてるような。いやいや、まさか。
「楓さん?」
「……」
「おーい…」
「……」
「か、楓さん!?」
「……」
あ、なんか白目剥いてる。
「メディーック!柚那!恋!早く来てくれ!楓さんが死んじゃう!」
「いやあ、負けた負けた。強えな、朱莉の新しい技」
目を覚ました楓さんはそう言って笑い、それを見て俺たちは胸をなでおろした。
楓さんは瀕死の重傷というほどではなかったが、それでも楓さんが目を覚ますまでの間は俺も柚那も恋も気が休まる瞬間がなかった。
なにせ普段はわりとサバサバしている喜乃君の目が据わり、半笑いで俺の首筋にずっと刀を突きつけていたし、俺が刀を突きつけられているという状況に少し殺気立った愛純と朝陽に対して鈴奈ちゃんと涼花ちゃんは敵意むき出しでそれぞれの武器を突き付け。松葉だけはそれほどやる気なさげに深谷さんとダラダラ話していたが、普段は四人を止める立ち位置のはずのイズモちゃんは止めることもなく黙って腕組みをしたままずっと冷たい目で俺たちを見ていた。
まあなんだ。愛されてるな、楓さん。
「ちなみにさ、さっきのあれって、デバイスか?」
「え?ああ。そうです。相手の魔法を吸収して、それを一旦盾に貯めて打ち返すっていう、そういう魔法です」
「なるほど、じゃああたしは朱莉の魔法に負けたというよりは自分の魔法に負けたってわけだ」
「いや、まあそうですけど、それって勝負に勝って試合に負けたみたいな言い訳ですよ」
「ははは、確かにそうかもな」
「ま、今回は俺の勝ちっていうことで―」
「そんなことより楓さん、大丈夫なんですか?どこか痛いところないですか?動かない所とかないですか?本当に大丈夫ですか?」
おおう。喜乃君に押しのけられてしまったでござる。
「大丈夫だって。自分の魔法でそんな大怪我するわけないだろ。大げさだなあ喜乃は」
いや、楓さんが白目剥いて気絶するとか異常事態だから。クローニク始まって以来だから。
「だって、楓さんが気絶してるところなんて初めて見たから、僕も鈴奈も、涼花もイズモさんぐっ」
「起きたなら帰るわよ楓」
心配していたということを知られたくないらしいイズモちゃんが喜乃君にチョークスリーパーをかけながら面白くなさそうにそう言った。
「ん?ああ…それはいいんだけどさ、イズモ」
「なによ。別にあんたの心配なんてしてないわよ!」
「いや、喜乃が白目剥いてるから」
「あ……ごめん鈴奈」
イズモちゃんがそう言って慌てて喜乃君を離すと、喜乃くんは力なくその場に崩れ落ちた。
「ノープロブレム。余計なことを言おうとした喜乃が悪いです」
そう言って鈴奈ちゃんは槍の石突きで喜乃君の襟首を器用に引っかけて担ぎあげる。
って、鈴奈ちゃん。彼氏はもっと大切にしてあげて。あとイズモちゃんもそこは喜乃くんに謝ろうよ。
「さささ、じゃあ楓様、私が肩をお貸ししますのでこんな怖い暴力女は置いて二人で帰りましょう」
涼花ちゃんも涼花ちゃんで抜け駆けするのは辞めたほうがいいんじゃないと思います。
「悪いな涼花…と、イズモも」
「良いわよ別に、っていうか別にこんな助けいらないんじゃないの?」
「いや、助かるよ。ありがとな」
左側を涼花ちゃん、右側をイズモちゃんに支えられて立ち上がった楓さんはお礼を言いながらイズモちゃんの頭を撫でた。
「ずるいー、楓様、私もー」
「はいはい。後でな」
楓さんはそういって涼花ちゃんをなだめると俺を見て口を開く。
「…じゃあな、朱莉。いい試合だった、またやろうぜ」
「いや、正直もうゴメンです。やっぱり俺はなんかやる気なく試合して、だらーっと負けているのがお似合いな気がしますよ。こういうヒリヒリするのはあんまり好きじゃないです」
今日こうしてやってみて思ったけど、やっぱり意思疎通ができて別に命のやり取りをしあう理由のない相手に怪我させるのはちょっと心苦しい。
「怪我の事なら気にすんなよ。練習は本番のように、本番は練習のようにって言うだろ?だから多少の怪我なんて気にせず刺激しあってお互いレベルアップしようぜ。あたしもお前も守りたい奴らがいるんだから、強くなっておいて損はない」
ヤダ、この人超イケメン。
「じゃあ次は怪我しないように強くなっておいて下さいよ」
「調子に乗んな!ああ、そうだ……あとな、朱莉。前から思ってたんだけどさ」
「はい」
「敬語やめてくれ。あたしのほうが年下なのに敬語使われると、何かこう…やりづらい」
まあ、確かに年下だけど、なんか楓さんって楓『さん』って感じで楓ちゃんって呼びづらいんだよなあ。
「風格が違いすぎて無理っぽいです」
「んなことねえだろ。お前だってもう立派にトップランカーなんだ。なんだったら狂華先輩を狂華って呼び捨てにしてもいいくらいだと思うぜ。というか、狂華先輩もあたし同様、正直やりづらいと思うし」
「だって俺、皆の後輩ですしおすし」
「いや、チアキさんも世代的には狂華先輩の後輩だけど呼び捨てでタメ口だろ」
「確かに」
いやいや、でもそれはまずいって。だって考えてご覧よ。例えば廊下でいきなり呼び捨てにするとするだろ…
「狂華」
「な、なに?」
振り返った狂華は突然呼び捨てにした俺を訝しむような、それでいて少し怯えているような表情で俺を見る。
「どうしたの、いきなり」
「いや、別に。なんとなくな」
「そう……」
そう言って目をそらした狂華の表情が少し残念そうに見えるのは俺の気のせいだろうか。
「嫌だったか?」
「い…嫌じゃないけど、いきなりそういうことされると、ちょっと心配かな。あ、もしかしてひなたに何か言われて罰ゲームとかそういう…」
何故か取り繕った表情でそんなことを言う狂華を俺は黙って壁際に追い詰める。
「そうじゃねえよ、俺が狂華を狂華って呼びたかっただけだ」
「ほ、本当にどうしたの?やっぱりどこか具合が悪いんじゃないの?」
「具合が悪いのは狂華のほうだろ。少し顔が赤いぞ」
「そんなこと・・・っ」
「嘘をつく悪い子はお仕置きだ」
「そう言って狂華さんの顎を持ち上げた朱莉さんは自分の唇を徐々に狂華さんの唇に……っ、そして始まるドロドロの愛憎劇!狂華さんと朱莉さんを中心にして、複雑に絡み合う人間ドラマっ!」
「……あの、愛純さん。そろそろ妄想を口にだすのをやめていただけないでしょうか」
関西勢がイズモちゃんを除いてドン引きだよ。
「はっ、私としたことが…ごめんなさい朱莉さん」
「いや、いいけどね」
彩夏ちゃんと仲良くすると誰でもそんな感じになるみたいだし。
あ、ちなみに俺の予想だと、声をかけた後、狂華さんが驚いてどう反応したらいいか迷っている間に都さんが現れて「人の女に手を出すんじゃねえよ」とか言われながらぶん殴られた。
「愛純の妄想と違って、都さんが絡んで命の危険がありそうなんで狂華さんのほうはやめておくよ」
「お、その感じだとあたしのほうは呼び捨てにしてくれそうじゃん」
『楓ちゃん』という感じでない以上、呼ぶとしたら呼び捨てだろう。
「まあな。これからもよろしく、楓」
なんとなく気恥ずかしいなと思いながら俺が手を差し出すと、楓はイズモちゃんの方に回していた腕をおろして手を握り返してくれた。
「ああ、よろしくな朱莉」
「なんか、ちょっと照れるな。こういうの」
「気にしすぎだろ」
「かもな」
そう言って俺と楓が笑い合っていると、俺の肩に、ポン、と肩に手が置かれた。
「朱莉」
振り返るまでもなく、小さく暗く低い声で俺の名前を呼んだの声はイズモちゃんのものだった。
「あ、違うんですよ、イズモさん。これはイズモ様と楓を引き裂こうとかそういうことじゃなくて」
弁明しながら俺が振り返ると、イズモちゃんは口元を左手で押さえていて、右手の親指を立てていた。
「そのカプ、ありよ」
「なしだよ!」
愛純も大概だが、イズモちゃんも大概だった。




