朱と紅 2
結局、ジャンヌの『永遠に忠誠を』との衝突で傷を負った俺は怪我の応急処置のために翠の研究室にお邪魔することになってしまった。
俺たち魔法少女の傷の治りはかなり早いので普段であればツバつけとけば治るレベルなの怪我なのだが、現状シールドと小手で守られていたはずの俺の腕はメンヘラちゃんもかくやというくらい細かい切り傷だらけになってしまっていて、人前に出たくない…というか、柚那に見られたくない状態だ。
状況が状況だし相手が相手なので柚那が病み柚那になってジャンヌに襲いかかるとかそういうことはないだろうが、余計な心配をかけたくはない。
「まいどー」
俺とジャンヌの後襟を掴んで引きずってきたユーリアはそう言ってドアを開けると俺たちを研究室に放り込んだ。
「まいどー…って、どしたのその怪我。それになんでジャンヌは目を回してるの?」
振り返って俺とジャンヌを見た翠はアイスを食べながら首を傾げる。
「いろいろあってねえ。詳しい話は後でするから、とりあえず朱莉の怪我を治してもらえるかな」
「ジャンヌはいいの?」
「ジャンヌの方は私が守ったから大丈夫」
「……よくわかんないけどまあいいや。じゃあちょちょいと治しちゃいますか」
翠はそう言いながら俺を引きずって奥の部屋へと移動した。
俺とジャンヌの戦闘の顛末はこうだ。
ジャンヌの攻撃を受け止めた俺は、隠し機能として付与していた受け流し機能でジャンヌの攻撃のエネルギーをあさっての方向へ流そうとした。しかしジャンヌの放った技も最強の必殺技ではないものの、必殺技の一つ。俺はなんとか技を受け止めるところまではできたものの、魔力の流れを思ったようにコントロールができず、ジャンヌの放った技をそのままジャンヌに向けて弾き返してしまった。
そもそも、そういう使い方も想定していたし、真剣勝負なら別に問題はない。だが、俺とジャンヌの対決はあくまで練習で、更に言ってしまえばジャンヌは防御魔法がまったくダメだ。そんなジャンヌに必殺技が跳ね返って大怪我なんていうことになれば、練習試合で起きた事故でどちらが悪いというわけでなくても、国と国の問題になりかねない。そんな事情をきちんと加味してかどうかはわからないが、割って入ったユーリアはジャンヌを突き飛ばし、防御魔法を使って跳ね返った魔法を相殺した。
相殺したのだからユーリアも怪我していても良さそうなものだが、ユーリアは擦り傷一つなし、対して俺は傷だらけ。正直、ちょっと自信を失いかける話だが、俺とユーリアでは防御魔法のレベルに差がありすぎるのでしょうがない。
「なるほどねえ」
俺の治療が終わり、練習試合の顛末を聞いた翠はそう言って口に加えた二本目のアイスの棒をピコピコと上下に振った。
「こまちっちの技をパクったわけだ」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。ちょっとリスペクトしただけだし、そもそも因果応
砲みたいなアホみたいなギミックはない」
確かにヒントにはしたけど、あんな痛い思いしただけ威力が上がるなんていうマゾ仕様、俺には無理だ。それに痛い痛くないを差し引いてもヘタすれば打つ前に戦闘不能になるとかよしんば打てても継戦時間が減るといったリスクが高すぎるので、最近ではこまちちゃんも使ってない。なので俺は受けた攻撃をそのまま受け流す。もしくは弾き返して魔力を節約する。そういう技を創りだしたというわけだ。
「リスペクトねえ。まあでも、いい線いってる魔法だよね。関東には盾役いなかったし」
「そうなんだよな。俺もユーリアと話すまで盲点だったよ」
純粋な盾役とは違うが関西の露払いは喜乃君だし、東北にはまるで弾幕のように肉食獣を出し続けられる橙子ちゃんがいるし、JCなら形状変化で対応できるあかりが盾役だ。
「まあ、そういうわけでさ翠。この技で使える朱莉用のデバイスを作ってやってほしいんだ」
「あ、それで大した怪我でもないのにうちに来たわけね」
ユーリアの頼みに翠はそういって納得したように頷くが俺には意味がわからなかった。
「ちょっとまってくれ二人共。デバイスってなんだ?」
俺の質問に、二人は一瞬きょとんとした顔をした後顔を見合わせてそれからもう一度俺の方に顔を向ける。
「いやいや、あかりんの順位と職位でなんで知らないの?」
「いやいや、マジでなんのことかわからないんだけど」
「マジで?」
「マジで。一体どういうものなんだ?決戦の時にご当地がつかっていたようなやつ?」
「いや、あれはアメリカ製の補助兵器でしょ。それとはちょっと違うんだよね。そうだなあ…身近でわかりやすいところだと、ひなたんのカードオブジョーカー。あのブランクカードなんかがデバイスだよ」
「……いや、あれはひなたさんの魔法だろ?」
「そんな都合のいい魔法あるわけ無いじゃん。変身してなくても53通りの記憶した魔法をキープできるなんてさ。たしかにあのカードから魔法を引き出して自分で使うっていうのはひなたんの魔法だけど、記録しているのはひなたんの魔法じゃないよ。ええとね、つまりあかりん世代にわかりやすく言うと、カセットテープなわけよ。それ単体でも記録した内容が消えないというか」
「いや、俺たち世代は普通にSDカードとかでもわかるからね」
「で、ひなたんがステレオラジカセ」
「だからSDカードでいいってば。要するに内容の違うSDカードを入れ替えるとスマホで聞ける音楽が変わるのと同じことだろ?」
「そう!すごいねあかりん」
いや、さすがにミドルエイジを馬鹿にし過ぎだぞミドルティーン。
「うちのお父さんなんかSDカードとかスマホとかちんぷんかんぷんなのに」
……まあ同世代でも色々な人がいるからそういう人もいるんだろう。
「今の説明でどういうものかはわかったけど、それってずるくないか?ひなたさんはそもそもそういう人だからいいとして、俺がそんな方法でパワーアップしたら狂華さんとか他の人に申し訳がたたないというか」
「え?何言ってるの?狂華さんも使ってるよ。スレンダーマンとか」
「…は?」
「狂華さんのステッキに入っているインクはデバイスだよ、いくら狂華さんがすごいって言ったって、流石にあんな魔力源泉掛け流しみたいな使い方できるわけないじゃん。そもそもスレンダーマンに加えて狂ヒ華もあるんだよ?スレンダーマンをまともに使った後、狂ヒ華なんて、どう考えたって無理でしょ」
ここに来て知る衝撃の事実。なんか騙されていた気分だ。まあ、言われてみれば狂華さんといえど無尽蔵に魔力が出てくるわけはないので、納得はできるんだけど。
「じゃあスレンダーマンは魔力なしで使えるのか?」
「まあ、それに近いかな。あのインクは1の魔力を10にするみたいなブースターだからね。魔力なしでは使えないけど、弱いスレンダーマンなら普通にしていて余った魔力で生み出せるらしいよ」
なるほど、掛け金ならぬ掛け魔力次第でスレンダーマンの強さが変わるというわけだ。
「チアキさんとか精華さんは?」
「使ってないね。二人には必要ないから」
「そうなのか?」
「うん。二人の魔法は補助を必要とするほど乱発するものでもないし、無茶をするわけでもないからね」
「ちなみに楓さんは?」
「威力とか魔力自体のブーストじゃないけどフォーム切り替えのスピードはブーストしているよ」
だからあの人あんなに素早く変身できるのか!
「ただ…そういう意味じゃ俺の魔法も補助でどうにかなるものでもない気がするんだよな」
別にブーストする必要はないだろうし、ひなたさんのブランクカードのようなのもちょっと違うし、別に何パターンも変身があるわけじゃないので、フォーム切り替えのようなものも違う。
「そう?」
「そうじゃないか?」
「うーん…たとえばさ、こんなのどう?」
そう言って翠は手近にあったホワイトボードにさらさらと絵を描き始める。
「シールドがこういう風についてるじゃん?それをこう、変えて、それで、こう…デバイスで増槽をつけて」
「ぞうそう?」
「プロペラントタンク」
理解した。理解したけど。
「プロペラントタンクの中身って予備の燃料とかだろ?」
「じゃあ言い方を変えよう。魔法瓶」
戦場にお茶でも持っていけというのだろうか。
「なんかくだらないことを考えているっぽいけど、この魔法瓶に一旦貯めることで、相手に返す魔力を制御できるし、一旦取っておいてあとで使うことも可能になる」
「なるほど」
それは便利そうだ。ただ貯めておくとなると、荷物が増えそうでそこはちょっといただけない。
「めんどくさいって顔をしてるけど、考えてみて」
「何を?」
「魔法瓶を装填して攻撃をして、次を装填するために使い終わった魔法瓶を薬莢みたいに排出したらかっこ良くない?」
それはかっこいいかもしれない。
「魔法瓶も大きさを控えめにしてシールドの裏から自動装填されるように設計したらいいわけだし」
「それは非常に助かる」
「で、シールドの先もトンファーじゃなくて魔力で撃ちこむステークにしたら良いんじゃないかな。ステークシールドって感じで」
なにこの科学者。滅茶苦茶絵がうまいし、しかもデザインも滅茶苦茶かっこいいし。
俺が作った中途半端な円盾に棒がついた野暮ったいデザインとはまさに月とスッポン。シャープなデザインのシールド。そしてそこから飛び出すステーク。非の打ち所のないかっこよさだ。
「ただ、それだとちょっとシールドの部分が少なくないか?」
別に自分のデザインより良いものが出てきたから嫉妬しているとかそういうことではなく、翠の案はシャープ過ぎるがゆえに、俺が作り出していたものに比べて盾部分が少ないのだ。
「あ、このシールドのセンター部分とステークの機構をデバイス作って、必要な範囲のシールドを都度魔力で作ってもらう感じ。それだとピンポイントでがっちり守るのも自分の体を覆うように守るのも自由自在でしょ」
「お前すごいな」
翠の才能は本当にすごいと思う。こんな短時間でこっちのやりたいことを汲み上げて、ここまできっちり形にしてくれるとは思わなかったので、これは素直な感想だ。
「まあね。これでも兵器オタクの嫁ですから」
そう言って翠は胸を張って鼻を鳴らす。
「あ、話終わったー?」
俺と翠の議論が終わったところで今まで黙っていたユーリアが口を開く。
「いや、そこで聞いてたくせに『話終わったー?』って……お前、それ何飲んでるの?」
この部屋は翠とコウさん専用で二人共お酒は飲まない(未成年の翠は当然だが、飲酒合法のコウさんは狂華さん並に下戸)のでユーリアが好きなお酒はないはずだ。しかしユーリアはコップに入っている何かをあおって上機嫌で笑っている。
「あ。これ?無水エタノールの水割りだよ。流石に混ぜモノ入りの工業用アルコールは勘弁って感じだけど、これは結構好きなんだよね」
「お前すごいな」
いや何がってお酒に対する嗅覚が。
「まあね、これでも酒オタクな女だから」
そう言ってユーリアは得意気に豊かな胸を揺らす。
…いや、そこまでする酒好きなんて多分ユーリア以外にいねえよ。




