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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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フォグミストレス

 ある日の晩、私が朱莉さんに提出する報告書をまとめていると部屋のドアがノックされた。

 時計に目をやると、午後八時。まあこの時間なら多分和希だろう。

「はーい。入ってもいいけど今は手が離せないからベッドで待っててー」

 私は振り返らずにそう答えてキーボードを叩き続ける。

「ごめんね、忙しい時に」

「別にいいわよー……って、みつきちゃん!?どうしたの珍しい」

 和希とは違う声に驚いて私が振り返ると、みつきちゃんは私のベッドの上にちょこんと座っていた。

「あ、うん。実はちょっと真白に頼みがあって」

「頼みって…今度の中間で成績上げてほしいとかはちょっと…」

「違うし!っていうか、無理とか言わないで!見捨てないで!」

 いや、だって無理だもの。

「なんか絶対無理って顔してるし!」

「うん…その…絶対無理。ごめんね」

「ハッキリ言われた!…って、そうじゃないんだよ。ちょっとパソコン教えてほしいんだけどさ」

 立ち直り早いなあ。

「パソコン?でも私は別に誰かに教えられるほど詳しい訳じゃないわよ」

「少なくとも寮内では一番だと思うし、実は急ぎだから真白にしか頼めないんだよ」

「パソコンで急ぎの用事?」

「うん。実は今度同期会をすることになってさ。私、その幹事だからパソコンでお知らせを作りたいなって」

「…それ、別にメールでよくない?」

 なんだったらメッセでもいいようなものだと思うし。

「良くない!なんかこう、大人っぽいの作りたいじゃん!紙とか、ぴーでーえふとかで作って配りたいじゃん!」

 ああ…同期が大人ばっかりだから背伸びしたいのか。私も同期の年下は深雪だけで周りが大人ばかりだったからその気持はすごくわかる。

「お店とかそういうのは決まっているの?」

「うん。えっと、渋谷の…」

「もしかして柚那さんの紹介のところ?」

「そう!いっちばん高いコース!」

 さすが第二世代。あそこ高いのにその上一番高いコースとは…みんなそれなりのポジションにいるからお金持ってるなあ。

「じゃあ私がお知らせ作っちゃうから参加者の名前教えて」

「え?いいの!?今仕事中じゃないの?」

「仕事中だけど急ぎじゃないから別にいいわよ。教えるより早いしね」

 私はそんな返事を返しながら、前に自分たちの同期会をやった時に使ったテンプレートを呼び出した。

「あれ?真白たちもそこでやったの?」

 値段を知っていることからもおわかりだと思うが実はつい先月私達の世代も同じ店でやったばかりだ。

「まあね」

 私はそう言いながら前回の参加者の名前と日付を消す。

「じゃあ日付から」

「日付は来週の金曜日で19時から」

「はいはい、えーっと…」

 私は壁にかかっているカレンダーを見ながら日付を入力していく。

「次、参加者」

「ええとね、梨夏でしょ」

「ごめん、フルネームで」

「あ、ごめん。虫野梨夏でしょ。それに宮本楓、あと川口理沙に―」

「うんうん、虫野さん、楓さん、川口さんに―」

「佐須霧香」

「佐須―はぁっ!?」

 みつきちゃんの言った名前を聞いて思わず手が止まった。

「え?なになに?」

 なになにもなにも。

「霧香さんは私の同期だけど…?」

「え?何言ってるの?私の同期だよ?」

「いやいや、深雪に聞いてみてよ。私の同期だから」

「むしろ真白こそ楓に聞いてみてよ」

 私は最初、みつきちゃんがふざけているんだろうと思ったのだが、彼女の真剣の表情を見ると、どうやらそういうわけではなさそうだ。

「………じゃあ、むしろ朱莉さんに聞いてみない?」

「え?なんでここでお兄ちゃん?」

「いや、突然だったからなんか張り合うみたいになっちゃったけど、この件って触れちゃいけないことのような気がするのよ。この間の同期会に出ていたから彼女が私の同期だって言うのは間違いない事実だし、それだけ自信を持って言うんだから多分みつきちゃんが言っているのも本当。だとしたら普通はどっちか、もしくは両方に口止めして隠すはずなのに霧香さんは私に対してもみつきちゃんに対しても普通に接してきているわけでしょ?なんかそれって怖くない?」

 矛盾した自分の経歴を堂々と晒してその矛盾をいつ突かれるかわからないのに平気で暮らしているなんてちょっとしたサイコパスなんじゃないかと疑いたくなるような話だ。

「……言われてみれば」

「だからこの件は慎重に調べたほうがいいと思うの」

「まあ、確かにそうかも…」

 あの霧香さんに限ってうっかり対策を忘れていたっていうことはないと思うので、なぜそんなことになっていたのか、裏がなんなのかということを考えると本当に怖い。

「じゃあとりあえずお兄ちゃんに連絡を…」

「あ、待って。明日直接本部に行って聞こう」

「え?なんで?早めに相談したほうがよくない?」

「早さよりも確実さを取りましょう。電話なんかで余計なことを話していて、たまたま通りがかった和希とか深雪に―」

「話は聞かせてもらったー!」

「のじゃ!」

 聞かれたら面倒くさいことになるって言おうとした途端にこれだ。

 今までの経緯と、二人が現れたことで起こりえるだろうこの先の展開を想像して、私は自分の頭が痛くなるのを感じた。




「佐須ちゃんが複数いる?」

 わたしとみつきちゃん。それに他二名の報告を受けた朱莉さんはそう言って首を傾げた。

 もちろん私は霧香さんが複数人いるなんていう話はしていないのだけど、和希と深雪、それに二人に押されてうまく説明できないみつきちゃんのせいで変な誤解を生んでしまったというわけだ。

「そうじゃなくて、霧香さんがみつきちゃんの世代でも私の世代でも同期として存在しているんです」

「つまり二人いる?」

「そう!」

「そうなのじゃ!」

「じゃなくて…ちょっと二人は黙ってて。私の同期会にもみつきちゃんの方にも来るだけで霧香さんは一人です」

「じゃあ、二回も三回もただ酒を飲みに来る?」

「いや、お金は一応払っているんです」

 私と深雪はソフトドリンクだったし、相当飲んだ霧香さんたちは飲み放題だったのであれでお店にプラスになったかどうかはともかく。

「そうだよ。うちも会費制だし、タダ飲みとかじゃないよ」

「じゃあなんだってあの人はそんな嘘を?」

「だから、それがわからないから相談しに来たんだってば」

「うーん……」

 鼻の頭にみつきちゃんの指をつきつけられた朱莉さんは、そう言ってみつきちゃんの指から逃げるように椅子に寄りかかって天井を見上げた。

「でもさ、お金払ってるなら、別に放っとけばいいんじゃないの?誰にも迷惑かかってないわけだし」

 一月に何度もあの人が行ったら、お店には大打撃で大迷惑だと思うけど。

「逆に、霧香さんが潜り込んでるのって、二人の世代だけなんかな」

「え?どういうこと、和希」

「いやさ、俺はそもそも同期っていないからよくわからないんだけど、みつきの世代と真白の世代って結構離れているわけだろ?そのブランクの間にもう一回二回潜り込んでいてもおかしくないんじゃないかって思ってさ」

「いや、それこそ何のために?」

「今の時点じゃわからないけどさ、その記録が見つかればそっちから探れたりするんじゃないのかなって。あの人に内緒でやるなら、そういう回り道も必要なんじゃないか?そっちを調べていけば、朱莉先輩の言うように誰にも迷惑をかけていないっていうのが本当かどうかもわかるだろうし、目的も見えてくるんじゃないのか?」

 これはちょっとびっくりだ。和希がまともな提案をしている。

「なるほどな。和希の言うことにも一理ある。もう少し佐須ちゃんのことを調べて何かあっったら報告して…あっても、ダメだな。あの人都さんの手下だし、もみ消されてむしろこっちが消されそうだから問題ないことを願おう」

 なるほど、確かに。

 今、私達日本の魔法少女をあえて分けるとすると大体4つにわけられると思う。一つは狂華さん、チアキさん、霧香さんなど最大戦力を保持する都さん派。その次がひなたさんや夏樹さんといった元公安系の小金沢副司令派。あとは私達JCや関東を中心にした朱莉さん派。それと、特に派閥に入っていない、楓さんやこまちさんのような無党派。だが朱莉さん派はリーダーの朱莉さんが大筋では都さん派なので、そんな朱莉さんが都さんに文句は言えないだろう。

 とはいえ、霧香さんの件のもみ消しはともかく朱莉さんが消されるということはないと思う。都さん朱莉さんのこと大好きだし。

「まあ、実際霧香に処罰があるないはともかく、もし手違いや問題があったとしても、我々が先につかめば小悪党派に都さんが付け込まれる隙を作ることもあるまいよ」

 いや、小悪党派って…

「うーん…ガネちゃんそんなに悪い人じゃないんだけどなあ…」

「あれ?みつきちゃん小金沢さんと仲いいの?」

 そういえばこの間寮に来ていた小金沢さんも旧知の人間としてみつきちゃんの名前を出していた。

「養ってもらっていた根津のおじさんの後輩だから、小さい頃から結構会っていたし。仲が良いというよりは……親戚のおじさん?悪い人じゃないけど、胡散臭いから深雪のいうこともわからないではないけどね」

 なるほど。そういうことか。たしかみつきちゃんが引き取られた根津さんの家の旦那さんも公安の元捜査官だったという話だし、そういう縁なのだろう。

「まあ、深雪ちゃんの言うとおり都さんの弱みになるような話だったら、早めに報告しておくに限るし、とりあえず調査はしよう。俺も少し探ってみるからさ」

「探るって、どうやって?」

「え?ああ……まあ、色々だよ。色々」

 まあ、三人には言えないだろうなあ。多分関先輩と村雨先輩をつかうんだろうし。そのためにまた田村ジュリとして接触するんだろうし………ちょっと意地悪してみようか

「もしかして、現地に行くんですか?」

「え!?俺が現地になんて行ったら佐須ちゃんに警戒されちゃうじゃん」

「いや、例えばタム――」

「ま、真白ちゃん!?何か最近困っていることない!?」

「え?ないですよ」

 朱莉さんがすごい挙動不審になってる!これはまずい。ちょっとのつもりが私の中の、本当の意味で腐ってる、ちょっとだけ来宮さんと気の合う部分がムクムクと!

「こわっ!真白ちゃんなんでいきなり満面の笑みなの!?」

「え?何がですか?私はいつもにこにこ笑っていますよ」

「そんなことないじゃん!いつもあかりと二人で俺と和希のこと冷たい目で見てくるじゃん!」

 そのシチュエーションに限っては朱莉さんと和希が悪いと胸を張って言える。

「もうね真白ちゃんも最近冷たいから最近俺はみつきちゃんの笑顔だけが癒やしだよ…」

「え…えー…ごめんおにいちゃん。最近ちょっと私も引いてる」

「なんて残酷なこと言うんだ君は!」

 和希と朱莉さん。二人揃うと変なシナジー効果を発揮するので、残酷だけどしかたがないと思う。

 ああ、でもみつきちゃんのカウンターのせいでなんかちょっと気持ちが落ち着いてきちゃった。

「とりあえず、朱莉さんは朱莉さんで調べてもらうとして、私とみつきちゃんのほうも動いてみますね」

「俺と深雪はどうする?どう手伝えばいい?」

「二人は余計な手出ししなくていいから」

「えー…」

「手伝いたいのじゃ」

「いいから余計なことしないで。結果は教えるから」

「いや、でも俺達だって」

「いいから!…黙っていればよし、余計な手出しをして万が一気づかれたりしたら…わかっているわね?」

「はい…」

「ごめんなさい…」

 あらあら二人共なんでそんな恐ろしい物を見たみたいな顔しているのかしら。

「真白ちゃん柚那より怖え…」

 よし、朱莉さん居残り。


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