ポニーテールにシュシュ
結局、一月もたたないうちに研修を終えてジュリは本部に戻ることになった。最初は一月でなんて片付かないだろうと思っていたジュリの修行だったが、ある日コツを掴むとそこから一気に伸びて、今では私よりもよっぽど防御魔法がうまくなってしまった。つまりもう私が彼女に教えられることは何もない。だから朱莉さんとしてはジュリをここに置いておく理由がなくなったと。そういうことなんだろう。
別に私はジュリがいなくなることを寂しいなどとは思っていない。彼女がいなくなって困ることがあるとすればせいぜい月の食費が減ってしまうのと、月の手当が減ってしまうこと、それに…学校の友人が一人減ってしまうということくらいだ。
「ええと、華絵ちゃん?なんで私睨まれてるのかな?」
最後の登校日の昼休み。屋上に広げたレジャーシートの上で向い合ってお弁当を食べていたジュリは箸を止めて困ったような笑顔を浮かべた。
「別に睨んでないわよ!っていうか、なんで異動とかあっさり受け入れるわけ?」
「え……いや、だって異動だよ?お仕事なんだからそりゃあ受け入れるよ」
「あんたもエリスも本当に交渉事が全然ダメよね。そんなの私達が学生だから、集まっていたほうが良いとかっていう理由で押し切ればいいじゃない。私とエリスがここにいるのもJCがここにいるのも、大半はそれが理由みたいな所があるんだし」
「でもほら、他にも学生の魔法少女はいるから私だけがそんなこと言うのはダメっぽいかなって」
エリスレベルのいい子ちゃんか!エリスもそうだがジュリも素直すぎるというか、よくも悪くも従順で、こんなんじゃ悪い大人に利用されるだけだ。
「子供がわがままなのは世界の摂理よ」
「ええー……」
「私が言おうか?」
「ええと…」
自分で言っていてわかっていたがことだが、私の提案は余計なお世話だったらしく、本格的に困り果てたジュリは助けを求めるようにエリスのほうを見る。
「まあほら、我儘言ってジュリの査定を悪くされても嫌じゃん?それにジュリがいきなりわがまま言い出してその裏で糸を引いているのがハナだなんてことが明るみに出たらせっかくアタシよりちょっとだけ多いハナの手取りが減らされかねないよ。そうなったらアタシ達の生活は破綻しちゃうしさ」
「経費使えるようになったから多少手取りが減ったって大丈夫よ」
エリスの言いたいことはこういうことじゃない。そんなことはわかっているけど、私はなんとなく憎まれ口を叩く。
「いや、経費は別に使いきらなきゃダメっていうわけじゃないからね!?あと朱莉さんはそんなことしないよ!あの人すごく良い人だからね、ふた…私達とかJCはかなり査定を甘くしてもらってるからね?」
「ふーーん。よくご存知で」
別に私はジュリに対して恋愛感情を抱いているとかそんなことはないが、ジュリがこうして朱莉さんをかばうのはなんとなくイラつく。多分、友人として万が一にもジュリが不幸になるようなことがないようにという気持ちから来ているのだと思うけど、とにかく嫌なのだ。
「そういや前から思ってたんだけど、ジュリってなんで朱莉さん関係のことだけやたら詳しいの?あと朱莉さんのことやたらかばうし。もしかして好きなの?」
「そう取れる言動が多いわよね。それに制度とかもやたら詳しいし、私たちにどう適用されるかとか教えてくれるし…まあ価値観も恋愛観も自由だと思うけど、私はやめておいたほうが良いと思わよ」
「えっ!?そんなことないにょ」
エリスの指摘に焦ったのか、ジュリは語尾を噛んだ。って、よりによって『にょ』って…
「にょ!?…あやしい…」
「にょ!?…あやしいわね…」
「ちょ、ちょっと舌かんじゃっただけでしょ。私と朱莉さんは別に何の関係もないよ、知ってることもちゃんと教本読めば知ってる程度のことだし、適用されるかどうかもちゃんと時計坂さんに確認してるもん。それに査定の件は…えっと…前に東北の彩夏さんと話した時に『朱莉さんはJCに過保護だからねぇ』なんて言ってたのを覚えてただけだし」
「でもそれJCの話でしょ?」
「じぇ、JCもJKも好きだよ、あの人は」
「うわっキモ…」
「最悪…」
「そ、そういう意味じゃなくてね。朱莉さんは等しく女子学生を愛しているというか」
「やっぱキモいじゃん…」
「なんか鳥肌立つわね」
「違うんだってば!」
「まあ、その気持は俺もよくわかるけどな」
そう言いながらなぜかドヤ顔で正宗が給水タンクの上から顔を出した。
「女子学生を愛でたいという気持ちは俺にもよくわかる。事実、おれはクラスの女子もJCも大好きだからな!」
こいつも一月も経たずにキャラが変わったなあ。来た当時は少しぶっきらぼうで、でも時々優しいみたいなキャラだと思っていたのに、いまやただの女好きだ。しかも女好きなくせに構われすぎるのは疲れるとかで、一週間と経たないうちに女子に囲まれて弁当を食べる生活から逃げ出し、こうして一人給水タンクの上でぼっち飯をしている始末だ。
「っていうか、あんた手当たり次第に周りに手を出そうとする割に甲斐田真白とかエリスに手を出さないのはなんで?」
まあ、私も手を出されてないけど。
「恋人いる奴はまずいだろ。あと俺…変なメイクでさらに化粧濃いのはちょっと…」
「あ?今お前なんつった?」
「あ…いや、エリスって元がいいのになんでそんな変なメイクしてるんだろうなーって…」
「このメイクはアタシの命なんだよ!降りて来いこの野郎!いやいい。アタシがそっちいくからテメエはそこで震えて待ってろ!」
エリスは怒りの表情でそう言いながらハシゴを登り出す。エリスのメイクにだけは触れるな。最初に一応警告したのに正宗はなんでわざわざ触れるんだか。
「エリスー、パンツ見えてるわよー」
「下に女子しかいないから問題なし!」
ハシゴを登りながら短めのスカートをひらひらさせていたので私は一応注意するが、エリスはそんなことを言いながらガシガシ登っていく。
ちなみに今日のエリスのパンツは見せる相手もいないというのに気合の入ったピンクと黒のTバックだ。
「まったくあの子は…ってどうしたのジュリ、変な顔して」
具体的にはジュリは少し顔を赤くしてぽかんと口をあけている。
「えっ?あ…えっと…日常の中のああいうのってなんかいいよなぁって思って」
「まあ、青春っていうか、恋愛漫画とかっぽくはあるけど」
好きな子に憎まれ口をたたく男の子とそれに腹を立てて男の子をぽかぽかと殴る女の子。そう見ればまあ青春っぽくはあるかもしれない。ただ、正宗は別にエリスのことを好きではないし、エリスがこれからやるのもぽかぽかというかわいらしい擬音がまったく似つかわしくないえげつない技ではあるけど。
「ジュリってそういうの好きなの?」
「え?うん。まあ好きかな」
「だったらそれこそ無理矢理にでも残ればいいじゃない。そうすれば―」
私がそう言いながら給水タンクの上に目をやると、ちょうどエリスが正宗を持ち上げたところだった。
「―ああして、エリスが正宗に高さもダメージも考えずブレーンバスターをする日常にいられるんだし」
私がそう言い終わるか終わらないかのうちにエリスは給水タンクの上から飛び降り、すぐに二人はちょっと尋常じゃない音を立てて屋上に着地した。
前から思ってたんだけど、正宗って頑丈だなあと思う。まあ、それは置いておいて。
「この際だから言うけど、私は結構あんたのこと好きよ。もちろん恋愛感情じゃなくてね。エリスも多分あんたのことを好きだと思うし、正宗やJCの子たちだってそうなんじゃないかな」
少し恥ずかしいなと思って一旦顔を逸らした後、再び私がジュリを見ると、ジュリは呆然とした表情でハラハラと涙を流していた。
「え!?ちょっとなんで泣いてんのよあんた。…ああもう、ほら涙拭きなさいよ」
「あ゛りがどう゛…えぐっ、私、華絵ちゃんにもエリスちゃんにも嫌われてると思ってたー」
「別に最初から嫌いってわけじゃなかったわよ!っていうか、エリスは全然嫌ってないでしょ、あの子最初から歓迎ムードだったじゃないの」
「なんか、他の人から色々聞かされてて、それで私、嫌われてるものだとばかり…うわああん」
「誰よそんなこと言ったの」
「愛純…さん…とか」
はぁ!?愛純さん?私とエリスが嫌いなのは朱莉さんだってハッキリ言ったのに何言ってるんだあの人は。…ああでももしかしたら朱莉さんが嫌いって話からつながりが強いっぽいジュリにそれとなく言ったのかな…だとしたらまあ私達が悪いと言えなくもないし…って今はそんなことどうでもいい。
「誰がなんて言っても嫌いじゃないから大丈夫よ。私もエリスもジュリのことが大好きだから」
「ありがとう華絵ちゃん…」
ようやく少し落ち着いたらしいジュリはそう言って目尻に残った涙を拭いて笑った。
ああ、やばい。別に私はレズではないけど、このジュリは可愛い。凄く可愛い。
「華絵ちゃん…?」
「勘違いしないでよ、私は東北の連中と違ってそう言うんじゃないから」
「え?」
私は全く状況が理解できてないだろうジュリの頭を胸に抱えるようにして抱きしめた。
「は、華絵ちゃん!?ま、まずいよこういうの!」
「おとなしくしてなさい!…いい?この先、なんか辛いこととか嫌なことがあったらいつでも戻って来なさい。部屋なんか私の部屋でもエリスの部屋でも使えばいいし、最悪正宗を外に放り出してあいつのマンション使えばいいんだから。わかった?あんたは私の弟子で友達なんだからね」
「……うん。ありがとう。華絵ちゃん」
「ハナの言うとおりだよ、別に帰ってくる理由なんて、アタシのご飯食べたくなったとかでも良いんだからいつでもおいで」
「ありがとうエリスちゃん…」
「あはは、別に二度と会えないわけじゃないんだからそんな顔しないの…そうだ思い出作りってことでさ、今日は三人でパーッと駅前に遊びに行こうよ。ねえハナ」
「いいんじゃない?いつもより良い食材で美味しいもの作ってよ」
エリスの提案に私は頷き、私の提案にエリスは胸を叩く。
「まかせといて!あとさ、できれば――」
「おや、朱莉さんがヘアゴムじゃなくてシュシュ使っているなんて珍しい。しかもポニーテール」
本部に戻って数日後、寿ちゃんの代理でやってきた彩夏ちゃんは俺の髪を止めているアイテムを目ざとく見つけてそう言った。
正直な話、俺は柚那がやれ髪を数センチ切っただの、髪留めが違うだのということに気づいてくれないと言ってくるたびにそんな細かい変化に気づいてくれとか無理難題言うなよと思っていたが、こうしてちょっとした変化に気づいてもらえるのは結構嬉しいものだということがわかったので、これからは少し気をつけようと思う。
「柚那さんからのプレゼントですか?」
「んや、他の子とのおそろ。結構可愛いっしょ」
仕事も一段落したところだったので俺はそう言ってシュシュを外してくるくると指先で回して見せる。
「はぁ…三週間もどこに行ってたのか知りませんけど、またですか?また柚那さんに怒られますよ」
「またってなんだまたって。俺は今まで他の子とのおそろなんてしたこと……なかった…と…思うけどどうだったろう…どうだっけ?」
「いや、それを私に聞かれても。それより他の子とおそろなのはともかく、そういう事実は伏せておいたほうが良いんじゃないですか?壁に耳あり障子に目ありっていうじゃないですか」
「一応柚那公認だからね、言いふらしているわけでもないし、君が尾ひれをつけなきゃ大丈夫」
「私はそんなことしないですよ。こまちさんとかひなたさんじゃあるまいし」
たしかにあの二人はそういうことするな。
「ああ、そうだ彩夏ちゃん、俺に預かりものない?」
「え?あ、そうでした。なんか封筒持って行ってって頼まれたんでした」
そういって彩夏ちゃんがバッグから取り出した封筒の裏には予想通りの人物の名前が書かれていた。
「今時封筒で手紙っていうのも珍しいですよね。メールなら一瞬なのに」
「まあ、ちょっと色々ね」
「色々?」
「何かあった時のための悪巧み。だからメールだとまずいんだ」
俺はそう言いながら鍵付きの引き出しに封筒を滑りこませた。
「ふーん…まあ、いいっすけどね。で、そのシュシュって結局誰とのおそろいなんですか?」
「説明すると長くなるんだけど、今日時間大丈夫?」
「蒔菜さんとこ行かなきゃならないですけど、その後なら」
「そっか。ちなみに今日泊まれる?柚那はJC寮に出かけてていないんだけど」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ今晩飯でもいこうよ。その時に話すからさ」
「いや、それもいいですけど、その前に簡単に教えて下さいよ。それ誰とおそろいなんですか?」
「…簡単に言えば俺のことが大嫌いな子たちとのお揃い」
「なるほど、さっぱりわかりません」
「だろ?だから飯のときにじっくり話をするよ。この三週間俺が何をしていたかも含めてさ」




