田村ジュリのJKライフ 3
潜入開始から二週間。俺の修行は順調に進み、今日はエリスちゃん華絵ちゃんと三人揃っての朱莉さんとの面談日だ。
もちろん本物の朱莉さんである俺は二人と一緒にいるので、代理の邑田朱莉を立てての面談ということになる。
「失礼します」
華絵ちゃんがそう言いながらドアを開けて中に入ると、執務室の机には愛純扮する邑田朱莉が座っていた。
「三人ともご苦労様。遠いところわざわざ来てもらってすまないね」
そう言って愛純は俺よりもよっぽど男前な笑顔で笑う。
「いやいやーどうせ暇してますしー」
邑田朱莉と比較的仲が良く、普段からフランクに話すエリスちゃんはいつもどおりフランクにそう言うが、それを知らない愛純は少し眉をしかめた。
「暇をしているならもう少し修行したほうが良いんじゃないかな?」
「え……えっと…ごめんなさい」
いつもなら冗談の一つも返ってくるところなのにまじめに諭されてしまったエリスちゃんは頭を下げて謝った後、しきりに首を傾げている。
「あ、あのー」
「何かな、ジュリちゃん」
「朱莉さん、もしかして何か嫌なことでもあったんですか?普段はそんなに厳しいことを言う人じゃないのに」
俺は愛純の演技の軌道修正をするためにそう言いながら、エリスちゃんと華絵ちゃんの死角からハンドサインを送る。
「え…あ…ああ、すまない。少し柚那と喧嘩してしまってね。他の女の子に馴れ馴れしくするなと言われているんだよ」
ナイスリカバー愛純!だが俺はそんな喋り方じゃないぞ。
「そうなんですね。でも私、エリスちゃんみたいに冷たくされたら泣いちゃいそうなのでお手柔らかにお願いします。この部屋の中だけでなら柚那さんには伝わりませんし、もう少し仲良くしてくれても大丈夫ですよね?」
「そ、そうだね」
うーん、どうやら愛純はどこまで仲良く……というか馴れ馴れしくしたらいいかで迷っているようだ。
まあそりゃそうだ。愛純は俺とJKの距離感なんて知らないし、そもそもエリスちゃんと華絵ちゃんの性格や人となりも知らないのだから。
「あの、もし何か都合が悪いのであれば、私たちのほうは手短に済ませてもらえれば大丈夫ですから」
華絵ちゃんはそう言って心配そうな顔で愛純を見る。
「ごめん、悪いけどそうさせてもらうね」
そう言って愛純は俺達に椅子を進めると、昨日のうちに予め送っておいた資料のプリントを取り出して一部ずつ配る。
「まずJKチームの現状なんだけど、どう?正宗はおとなしくしている?」
俺が逐次報告しているのと華絵ちゃんからの日報でわかりきっていることなのだが、形式上聞かないわけにはいかないので愛純がそう尋ねると、エリスちゃんと華絵ちゃんは神妙な表情で顔を見合わせてから口を開いた。
「おとなしくしていると言えばしているんですが……」
「その…」
何か言いづらいことがあるのか、二人はそこで口ごもってしまった。
「どうしたの?報告書を読む限りだと問題なさそうな気がするんだけど」
「…誤解がないように説明したほうがいいかなと思って報告書には書かなかったんですけど、どうも正宗は何人かの魔法少女と同時に付き合っているようなんです」
「え?そうなの?」
初耳だったので、俺は思わず愛純より先に声を上げてしまった。
少し不自然かもと思ったが、どうやら俺が邑田朱莉であるとは結びつかなかったようで、二人は俺に対して疑惑の視線を向けるようなことはなく、相変わらず神妙な表情で少しうつむいている。
「えっと…まずはあたしから説明しますね。あれはこの間の放課後なんですけど…」
その日の放課後、エリスが夕食の買い出しを終えて店を出ると、駐車場を挟んだ店の前の歩道に見知った顔を見つけた。
「あ、おーい、正む……」
初日に力仕事なら任せろと言っていたことだし、その言葉に甘えてみようか。そう思って声をかけようとしたエリスは、彼と並んで歩いている人影に気づいた。
(ああ、なんだ、JCの和希ちゃんか)
朱莉から予め和希と正宗が仲のいい友人関係であることを聞いていたエリスは一緒に歩いているのが和希であることを確認して胸をなでおろした。
別に彼の隣にいるのが恋人関係にある人間んであろうがなかろうが、それが魔法少女であろうがなかろうがエリスには関係ないと言えば関係ないのだが、それでも予想もしないような人間同士の組み合わせだった場合、対処に困ってしまう。
なにしろエリスはついこの間、夜間にジュリの部屋から出てきた柿崎を見かけて対処に困ったばかり。これでまた妙な組み合わせの関係を目にしたりしたら、冷静に対処できる自信がなかったのだ。
なんにしても、今回は妙なことを目撃したわけではなさそうだ。そう思ってホッとしたエリスは正宗に荷物持ちを頼むべく駐車場を横断して歩道へと向かう。
こんなタイミングで出会ったのも何かの縁。今日は和希ちゃんも夕食に招待してみようか。そんなことを考えながら。
「正宗ー」
ある程度近くまで来てからエリスは正宗の名前を呼びながら買い物袋を持った手を上げた。すると、正宗と和希は瞬時にバッと飛び退くようにして距離を取ってから振り返った。
「お、おう。エリス。どうした、こんなところで」
「や。買い物帰りで荷物多いから、力仕事お願いしよっかなと思ってさ。…あ、こんにちは和希ちゃん」
「こ、こんにちは村雨先輩」
そう言って挨拶を返す和希の顔は心なしか少し赤いような気がしないでもないし、正宗の顔にも動揺の色が見て取れる。
「よかったら和希ちゃんも夕食一緒にどうかな?あたし頑張って作っちゃうよー」
「え!?えっと……今日はその、失礼します!また誘ってください!ま…正宗もまたな!真白には内緒だからな!?」
そう言って和希は慌ててその場を立ち去った。
「今思えばあたしが声掛ける前、あの二人恋人つなぎで手を繋いでたんだよね…」
えー……和希に限って正宗とつきあうとか、なんかしちゃうとかそういう事はないだろうと思うんだけど、真白ちゃんに内緒とか口止めしているあたりが非常にそれっぽいのが気になる。
「な…なるほど」
そう言ってエリスちゃんの話に頷いている愛純の目には明らかに(どうしましょう朱莉さん…)という焦りが浮かんでいた。
「でもでも、朱莉さん。そのくらいで和希ちゃんが正宗くんと付き合ってるとかそういう想像するのはちょっと子供っぽくないですか?和希ちゃん…というか、和希くんには立派な恋人がいますし、その相手を裏切るようなことする子じゃないと思うんです。いえ、私は彼のことをよく知らないですけど、同じ仲間としてそう信じたいです」
「そうだな。俺もそう信じたい」
よし!上手いことこの場面での邑田朱莉のありかた、スタンスを愛純に伝えることができたぞ。
「でも、複数ってどういうことかな?和希だけじゃなくて、他にもそういう関係にありそうな子がいるっていうこと?」
「はい。私の場合は―――」
華絵が日課である夜のジョギングから帰ってくると、エレベーターに背を向け、向かいの壁に手をつくようにして正宗が立っていた。
「あんたこんなところでこんな時間に何してんの?」
華絵からすれば極々軽い挨拶のつもりだったが、振り返った正宗の目は泳ぎ、明らかに挙動不審だった。
「は、華絵こそ何してんだよ、こんな時間に」
「私は日課のジョギングだけど。あんたは何?エア壁ドンでもしてたの?」
「え!?あ、ああ。うん。そうそう、そんな感じ。壁ドン壁ドン」
そう言って引きつった笑みを浮かべながら、正宗は不自然な、何かを後ろにかばっているような動きで華絵の方に向き直り、後ろにずり下がるようにして距離を取る。
「馬鹿なことやってると、今に化けの皮が剥がれてクラスの女子から相手にされなくなるわよ」
「それは困る。奈津子にも結にも菜々にも博子にもなつめにも麻沙美にも嘉穂にも陽子にも和美にも亜美にもナオにも愛梨にもさなえにも愛衣にも、もちろん華絵にもエリスにもジュリにも嫌われたくないからな」
「まだ転入してきて一週間なのにクラスの女子の下の名前をほとんどそらで言えるのには感心したわ」
何人か入ってない子がいるが、それは彼氏持ちだったり色々な事情で正宗に絡まない子達なので単純に名前を知らないだけだろうと華絵は思った。
「俺はやればできるからな」
「褒めてないけどね…って、どこに行くの?そっちはあんたの部屋じゃなくてジュリの部屋でしょ」
「え!?いや俺もちょっとジョギング行こうかなって思ってて、どうせだったらエレベーターを使わずに階段を駆け下りるところからスタートしようかなって」
「……革靴で?」
「お、おう。こう見えて実はこの靴ってジョギングシューズなんだぜ」
「まあ膝を悪くしない程度に頑張りなさいよ」
明らかに何かを隠している様子だったが、華絵は正宗の行動にそこまで関心があるわけではないし、そもそもジョギングで汗をかいたので早くシャワーを浴びたかったのでそれ以上追求するのをやめた。
「門限までには帰りなさいよー」
そう言って華絵は自分の部屋のドアノブに手をかけたが、そこで明日の持ち物について正宗に伝え忘れたことがあったことに気がついて振り返った。
「あ、そうそう。正宗…って…あれ?」
振り返った先にはすでに正宗の姿はなく、階段を駆け下りる足音だけが廊下に響いていた。
しかしその足音はどう聞いても一人分ではない。
華絵が不審に思い、身を乗り出してエントランスを覗き込むと、しばらくしてエントランスから外に駆け出していく2つの影が見えた。
「―――その2つの影の一つは正宗でもう一つは、多分JCの甲斐田真白だと思うんですよね」
つまり、華絵ちゃんが言いたいのは、正宗が俺や華絵ちゃん、それにエリスちゃんに見つかる可能性の高いエレベータホールでわざわざ真白ちゃんを壁ドンしていたということらしいが、流石にちょっと無理があるのではないだろうか。
「いや、でもさ華絵ちゃん。私達の住んでいるのって8階だよ?暗い中、しかも動いている人間を真白ちゃんだって断定するのは難しくない?」
俺がそう尋ねると、華絵ちゃんは小さく舌打ちをしてから口を開く。
「上から見た時にひと目でわかるほど大きな忌々しい肉の塊を2つもぶら下げているおさげの女なんて、正宗の周りじゃ甲斐田真白くらいしかいないわよ」
肉の塊を2つもなんていうけど、それ以上だったらちょっと怖いんだが。というか、華絵ちゃんの顔が怖い。
「そ、そっかー。ええと…ジュリちゃんはどう?何か心当たりはある?」
とても俺らしい反応で愛純が俺に話を振ってきた。
おそらくさっきと同じように邑田朱莉かくあるべしという道を示せということなのだろう。
「ええと、私としては…」
「ごめん」
「ジュリの言い訳は後で聞くから」
俺が口を開きかけたところで、エリスちゃんと華絵ちゃんは俺のセリフを遮って喋り出した。っていうか
「い、言い訳ってなに?」
「あたしたち、見ちゃったんです――」
「ジュリが――」




