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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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夏のバカンス 2

※09/15 ご指摘いただいた誤字を修正いたしました。

ご指摘ありがとうございます。

 人の恐怖心を煽るには、完全に何も見えない闇よりも、むしろ見えそうで見えないくらいの闇のほうがいい。


 今夜の月の明るさなんて言うのはまさにその条件に合致していると言っていいだろう。

 俺は作業をしていた手を止めて、立ち上がって月を見上げた。


「朱莉ーそっち終わったー?」


 満足そうな顔で藪から出てきた狂華さんが葉っぱだらけの顔でそう尋ねてきた。


「ああ、はい。終わりましたよ」


 近くでお祭りがあるという情報を持ってきて「みんなで行こう!」と言い出した都さんは、話を聞いて行きたがったみつきちゃんとあかり、それに都さんのいうことには絶対にノーと言わない狂華さんを丸め込んでお祭り行きを決行しようとしたが、チアキさんの「現役魔法少女が4人も居たらパニックになるでしょう、このおバカ!」という正論に叩き伏せられた。

 それからしばらくはおとなしくしていたが、夕飯のカレーを食べている時に「ひらめいた!」と立ち上がった都さんが提案したのは肝試し。

それを聞いた俺は『お前高校生とか大学生かよ』と思ったが突っ込むのは控えた。なぜなら俺は高校や大学時代にそういった甘酸っぱい思い出がなく、経験するにはいい機会だと思ったからだ。

 それにペアをくじ引きで決めればたとえ誰と一緒に行くことになったとしても柚那も文句は言うまい。

 そうなればいわば柚那公認で売れし恥ずかしドッキリハプニングを体験できる!そんな下心もあった。


 だが、俺が考えることくらい、柚那も当然想定しているわけで、「肝試しなんだから脅かす役が必要ですよね、元男性の朱莉さんと狂華さんお願いします!」と、肝試しをすると決まるやいなや、柚那はそう言って俺の策略の阻止にかかった。

 なんとなく俺の考えを予想していたあかりがそれに乗っかり、みつきちゃんもあかりの口車に乗せられた。あとはどっちでもいいというスタンスのチアキさんと自分が面白ければいいというスタンスの都さん。もはや俺と狂華さんにドッキリハプニングを体験するすべは残されていなかった。


 いや、そもそも狂華さんは脅かし役を別に嫌がってはない。むしろ『みやちゃんを脅かすぞー』とか言って張り切っているくらいだ。


 というか、本当にこの人は一体誰なんだろう。本当に狂華さんかこれ。変身前と変身後でもはや全くの別人になっているぞ。


「狂華さん的にはどうなんです?都さんが他の誰かと嬉し恥ずかしドッキリハプニングを体験するのって嫌じゃないんですか?」


「あー……ほら、ボクとみやちゃんは高校の頃一回一緒に肝試ししているから。あと、みやちゃんよりボクのほうが怖がりだから一緒に回ったりしたら絶対後でからかわれるし」


 そうだった!この人は学生時代リア充だったんだった!


「それに、みやちゃんの女好きはどうしようもないよ……ああ、でも朱莉は柚那と一緒に回りたかったよね。ごめん、チアキとボクで脅かし役を引き受けて、せめて朱莉だけでも残れるようにすればよかったね」

「いや、そういう意味でいくと柚那よりむしろチアキさんとかみつきちゃんとかと組んでみたいんですけどね。普段あんまり怖がったりしない二人だからそういう場面を見てみたいっていうか」


 チアキさんとかみつきちゃんに抱きつかれたいっていうか。


「あれ?みやちゃんは好みじゃない?」

「いや、好みじゃないってことはないですけど、ここで都さんの名前を出すと狂華さん怒りそうだし」

「え?なんで?」

「いや、だって狂華さん都さんのこと、今でも好きですよね?」

「好きとか嫌いとかボクとみやちゃんはそういうんじゃないから。よく勘違いされるんだけど、もうボクにとって彼女は恋人とかそう言うんじゃないんだよ、彼女は神聖にして侵すべからずという存在なんだ」


 そう言って笑う狂華さんの笑顔は渇いているというか、目からハイライトが消えている。

 ……うん、もうこの話題に触れるのはやめよう。


「ま、まあ都さんのことは置いておいて、みんなだけが楽しむのってずるいと思いません?俺達だけ裏方なんて不公平ですよね」

「まあ、裏方は裏方だけど、脅かすほうも逆サイドではあるけど参加者だし、それこそ朱莉がしたがっている嬉し恥ずかしドッキリハプニングは脅かす役のほうができるんじゃないかな。脅かすふりして抱き着いたりしてさ」


 なん……だと…?こいつ、こんなロリロリな外見のくせになんてこと考えやがる。ロリかっけーを通り越してるぞ。エロリかっけーぞ。


「狂華さんは天才ですか!?マスタースケベなんですか!?」


 正直言って目から鱗だ。俺はそんなこと、全く考えつかなかった。


「マスターってそんな大げさな…このくらい男子だったら誰でも考え付くでしょ」

「いや、俺にはその発想はなかったです。さすがです狂華さん!エロリかっけーです!」

「それだとボクが朱莉よりエロいみたいで嫌だなあ……っていうかロリはやめてロリは。気にしてるんだから」


 そう言って顔を赤らめる狂華さんの表情はなんというか、本当にかわいらしい。

 どちらかと言えば肉感的なお姉さん系が好きな俺でも思わずよからぬことを考えてしまうほどだ。


「さてと、じゃあみんなに準備が終わったって伝えよっか」


 そう言って狂華さんは背負っていたリュックから無線機を取り出す。


「あー、こちら狂華。準備終わりました、オーバー」

「わかりました。じゃあ戻ってきてください、オーバー」


 てっきり都さんの声が返ってくるものと思っていたが、無線の向こうから返って来たのは意外にもあかりの声だった。


「え?帰って来いってどういうことだあかり」

「都さんからの伝言を伝えるね。『二人ともまんまと引っかかってくれたわね。今回の肝試しの本当の趣旨は二人を脅かすことにあるの。私はもちろんチアキさんや柚那、それにみつきも本気で準備しているからせいぜい怪我をしないように気を付けることね!』だそうだよ」


 あかりの披露した都さんの物まねは昼間柚那が披露してくれたチアキさんのものまねには遠く及ばないものの、それでも頭の中で都さんの声で再生されるくらいのクオリティは誇っていた。

 というか。


「怪我をしないようにってどういうことだよ!普通そういうのは仕掛けをする側が留意するべき点だろ!」

「そんなこと言われたって都さんがそう言っていたんだから私は知らないよ。でもみんな色々と……まあ、特に都さんと柚那さんは物騒なものを持って出ていったから気を付けてね」

「いや、気を付けてくれじゃなくて止めてくれよ!」

「うーん……でも柚那さん色々お兄ちゃんに対して不満がたまっていたみたいだからねえ。こういう時にガス抜きしたほうがいいと思うんだ。お兄ちゃんは柚那さんにふられたりしたら後がないんだからそういうところのケアも付き合ってあげないとだめだよ」

「女子中学生が知った風な口を利くな」

「女子中学生だから中年男性よりは色々知ってるんだよ」

「く……ああ言えばこう言う!お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」

「育ててくれたのはお父さんとお母さんだからね。まあ、そういう訳だから二人とも頑張って」

「あ、ちょっとまて、四人が何を持って出たかだけ教えてくれ!おい、あかり!」


 俺は狂華さんの手から無線機を奪い取ると、対策を練るためのヒントをもらおうと試みるが、いくら呼びかけても無線機はうんともすんとも言わなかった。


「はあ……じゃあ帰ろうか」


 どうやらこれ以上はヒントをもらうことはおろか通信することもできないということを悟った狂華さんがそう言ってここまで歩いてきた土の道を歩き出し、俺もすぐに後を追う。


「狂華さんは随分冷静ですね」

「まあ、みやちゃんの思い付きに付き合わされるのは慣れっこだからね」


 狂華さんって本当によく調教されているよなあ。


「二人の付き合いって高校からなんですよね?高校生だった頃の都さんと狂華さんってどんなカップルだったんですか?」

「え?普通のカップルだと思うよ」


 普通のカップルの彼女は彼氏を女装させようと画策したりしねえよ。


「ああ、でも二人とも家に問題があってね。お互いあんまり家に帰りたくなくて結構長い時間一緒にいたなあ……」


 自分から聞いておいてなんだけどリア充爆発しろ。


「とは言っても学生であんまりお金がないから公園とかにずっと一緒にいた感じで、あんまりどこかにデートに言ったとかそういうのはないかな……っと」


 何かに気付いたのか、狂華さんは急に立ち止まると一歩後ろに飛びのいた。


「そこ、危ないと思うよ」

「え?」


 俺が狂華さんのほうを振り返った瞬間、それまで真っ暗だった辺りをまぶしい光がつつみ込み、俺の背中を熱光線が襲った。以前一度模擬戦の時に経験しているのでこの熱さには覚えがある。これはみつきちゃんの魔法だ。

 ていうか、これもう俺達を怖がらせるとかそういう事じゃないよね、魔法少女じゃなかったら死んでいたとこだよね。


「みつきちゃんさ、これは脅かすとかそういう次元じゃないのわかるよね。いくら手加減したって言っても、必殺技とか食らったら痛いんだよ。それにちょっと恥ずかしい」


 痛いのももちろんだが、なんかスースーするので多分俺の背中は丸出しだ。


「あはは、さすがお兄ちゃん。バレバレだね」

「いや、バレバレっていうかこんな大技出せるのって今日ここにいるメンツだと君だけでしょうが」

「えー、お兄ちゃんも出せるじゃん」

「出せるけど俺は自分の背中に必殺技ぶつけるほどドMじゃないって」

「柚那と付き合ってるって言うだけで十分ドMだと思うけどねー。ま、あたしのネタはこれでおしまいだから一緒に戻ろ」


 みつきちゃんはそう言って悪びれる様子もなく俺の腕にしがみついてきた。


「別に一緒に帰るのはいいけどそれだとネタバレになっちゃうんじゃないの?」

「それなら心配いらないよ。あたし他の三人が何するつもりなのか知らないし。……まあ都さんだけはなんとなくわかるけど」

「あ、そうなんだ……って、あれ?変身なんかしてどうしたんですか狂華さん」


 俺がみつきちゃんと会話をしていたほんの数十秒の間に狂華さんは魔法少女への変身を終えていた。みつきちゃんのターンが終わっているのですぐにチアキさんや柚那が襲ってくることは考えづらいと思うのだが、狂華さんの表情には一片の油断もない。


「都が来るぞ!警戒しろ」

「来るって……いったいどこからくるんです?だいたい都さんって多少ナノマシン持ってるとは言っても基本的にはほぼ真人間なんですからみつきちゃんみたいな――」


 言いかけたところで俺の左胸を衝撃が貫いた。


「……え?」


 俺は胸に受けた衝撃と痛みで地面に膝をつく


「みつき」

「はいはーい」


 みつきちゃんが魔法で俺たちの周りを囲むように透明の壁を作り出すと、そこに数発のライフル弾がめり込む。


「なん……なんすかこれ」

「都はもともと狙撃兵だ。そこから色々コネをつくって今の地位についた。それこそ手段を選ばずな」


 回復魔法を使いながら答えてくれた狂華さんのその一言で俺の身体に何が起こったかはなんとなく想像がついた。想像がついたが、


「だからそれもう肝試しじゃなくね!?みつきちゃんも都さんも肝試しの基準がおかしいって!」

「でもまあ肝は冷えたんじゃないか?ああ、弾は抜けているな。重畳重畳」

「いや、確かに『死んだー!』って思ったから肝は冷えましたけど。てか、まじめな話、死ぬほど痛かったんですよ」

「それはそうだろう。さっきの攻撃は弾がナノマシンでできていたら致命傷だからな」

「ハートショットとかヘッドショットって致命傷っていうか即死攻撃でしょう」


 幸いまだヘッドショットは経験していないが、ハートショットでこれだけ痛いならヘッドショットはいったいどれほどの痛みなのだろうか。なまじそう簡単に死ねない身体なのでダメージを考えるだけでそら恐ろしい。


「っていうか、音が聞こえなかったんですけど、いったいどこから撃ってるんですか」

「私の知っている限り静物に対する都の最大レンジは2km。銃や風その他もろもろの条件がそろえば2.5Km越えもあり得ると思う」

「そんなん、風だけじゃなくて気温やらコリオリやらまで計算に入れなきゃならないじゃないですか。本当に可能なんですか?」

「私もそう思うが、都曰く勘で何とかなるそうだ」

「……なんであの人現場じゃなくて事務方なんてやってるんですか……」


 そんなシモヘイヘみたいな人間、どう考えても有事に備えて現場に配置しておくべきだろう


「女の子が好きだから!って前に言ってたよ。それに、女の子いっぱいのハーレムみたいな職場のためなら視力が落ちたフリふりだってするって言ってたよ」


 あの人女の子大好きだもんなあ。というか、都さんは女体が大好きなんだよな。


「これでよし。もう動けるか?」

「あ、はい。ありがとうございます」


 柚那ほどではないが、狂華さんの回復魔法もなかなかのもので傷口はすっかりふさがっているし、もう痛みもほとんどない。


「みつき、バリアはあとどのくらいもつ?」

「んー…1分くらいかな」

「十分だ。朱莉の傷の射入口の角度とバリアにめり込んだ弾から推察される狙撃ポイントはあの丘の上だ。多少道は悪いが森に入って移動すれば、さすがの都も狙撃はできない」

「てか、狂華さんも狂華さんで一体何者なんですか」

「元自衛官。一応取れる資格は全部とってあるぞ」


 そう答えると狂華さんは先導して森に入って行く。


「さっきも言ったように私も都も家の事情があってあまり裕福ではなかったからな。あまり頭が良くなかった私は高卒で入隊。都は防大に入って士官になった」


 狂華さんは話をしながら武器である万年筆を鉈のように使ってズンズン進んでいく。


「じゃあもともと都さんのほうが上官だったんですね」

「今でも彼女のほうが上だけどな」

「狂華さんが二尉でしたよね?となると二佐くらいですか?」


 高卒とは言っても、魔法少女の総隊長も兼任しているので狂華さんの階級は妥当だとは思う。その上に立つ小金沢長官ともう一人の長官がいて、都さんはその上。となるとこのくらいが妥当だろう。


「尉官や佐官がこんな重要な部隊の長に任命されるわけないだろう。彼女はもう陸将補だ」

「いや……いやいやいや!おかしいでしょ!?あの人まだ30前ですよね?」

「それだけ都が色々とやってきたっていうことだよ」


 色々。そう語る狂華さんの表情から察するに、都さんのやってきたことは本当に色々なのだと思う。

 その色々の中には、恋人であった狂華さんを魔法少女という過酷な運命に巻き込むことの葛藤のほかにも、仕事の大小、裏表を問わず俺が想像できないようなことをしたり、人間の汚いところも山ほど見てきたんだろう。

 そして、おそらく狂華さんはそんな都さんを見続けてきた。

だからこそ狂華さんは都さんに対して信仰とも言えるほどの信頼を置き、愛情を注いでいるのかもしれない。

 さっきはリア充爆発しろとか大人げない事を思ってしまったが、今は素直に二人の事がうらやましい。

 俺と柚那も二人のような信頼で結ばれる日が来るのだろうか。いや、来るようにしなければいけないんだろう。そして、多分それは俺が今までの人生でおろそかにしてきた――


「がああっ!泣く子はいねがぁ!」

「もうなんか全部ぶち壊しだよ!どうしてくれるんだよ俺のセンチメントな気分!」


 茂みの中から現れた柚那は、セパレートになっている藁の蓑のようなものだけを付けた格好で鬼の面を付けて出刃包丁を振り回す。

 なぜ藁の蓑だけを付けているとわかるかと言えば、包丁を振り回すたびに蓑の隙間から柚那のかわいいおへそがチラチラ見えるからだ。チラチラ見えるおへそもいいのだが正直、俺としてはもう少しこう、かわいいお化けで出てきてほしかった。

普通に頭に三角のあれをつけて白い着物を着ただけの柚那だったら、五秒で押し倒す自信があるが、さすがになまはげではそんな気も起きない。

 まあそれを差し引いても変身している狂華さんは冗談の通じないクールビューティーモード(都さん命名)。そんな狂華さんの前で不用意に武器を振り回したりするとむしろ柚那のほうが危ないので柚那はもう少し仮装するお化けを考えたほうがよかったかもしれない。


「せいっ」

「ぷぎゃっ!」


 俺が声のした方をみると、何をとち狂ったのか、よりにもよって狂華さんに襲い掛かった柚那が案の定投げ技で瞬殺されていた。

 というか、元アイドルのヤラレ声として『ぷぎゃっ!』はどうなんだ……



 狂華さんは綺麗に投げたし、なんだかんだで、柚那もちゃんと受け身を取っていたので大事には至らなかったように見えたが、投げられた柚那曰く『足痛い、挫いた、朱莉さんがおんぶしてくれなきゃ帰れないー!』だそうで、まんまと俺におぶさった子柚那は俺の背中でご機嫌であらせられる。

 ここで『お前自分の回復魔法で治せよ!』と言ってしまうのは簡単だし、俺は実際に言いかけたのだが、みつきちゃんの呆れ顔と、狂華さんの刺すような視線を受けて言葉を飲み込んだ。

なんだかんだ言ってみんな柚那に甘いと思う。


「えへへー、朱莉さんの背中あったかい」


 そう言って柚那はギューっと後ろから抱きしめてくるが、真夏なので正直暑い。


「ずいぶんご機嫌だな。そんなに歩きたくなかったのか?」

「別に歩くのが嫌とかじゃなくて…その、憧れのシチュエーションだったんですよ。夏祭りの日に下駄の鼻緒が切れちゃって恋人におんぶしてもらうっていうの」


 男からしてみたらなんて迷惑なシチュエーションだろうか。


「今は夏祭りの帰りとかでもなければ、下駄でもないけどな」


 それどころか、みつきちゃんの魔法で丸出しになった背中に藁がこすれてチクチクするし。


「……朱莉さんには情緒とかロマンが足りないと思います」

「なにをバカな。俺ほどのロマンチストはいないぞ。裸エプロンとか、スク水ニー……痛でででで」

「私が今そういうロマンの話をしてないのはわかりますよね」


 思い切り俺の耳を抓りあげた柚那の声に少しだけ怒気が混じる。


「はあ…なんでこんな人好きになったんだろ」

「そう言う事を本人の前で言うなよ」

「じゃあ桜ちゃん達にこそこそ相談したほうがいいですか?」

「いや、今後色々と風当たりが強くなりそうだからそれはやめてほしいな」

「ねえ、朱莉さん」

「ん?」

「好きですよ」

「ん」

「ん。じゃなくて」

「ミー・トゥー」

「ふざけてないで、ちゃんと言葉にしてくださいよ。じゃないと不安になっちゃいます」

「ん……んー…後じゃ駄目か?すぐそこに狂華さんとみつきちゃんいるしさ」

「じゃあ狂華さんとみつきがいなかったら言ってくれるんですね!?」


 柚那がわざとらしい大きな声を上げると、二人は面倒くさそうな顔でこちらを振り向いたあと顔を見合わせ「はぁっ」と大きなため息をついて早足で歩き出した。どうやら気を遣ってくれたらしい。というか、柚那が気を遣わせたが正しいが。

 二人が視界からいなくなったのを確認して、柚那は「降ります」と言って俺の背中から降りた。

 重いし暑いしチクチクするしと思っていた柚那の重みは、いざなくなってみると驚くほど不安な気分になった。


「歩きましょうか」


 柚那はそう言って俺の腕に自分の腕を絡めて俺を引っ張るようにして歩き出す。

 街の喧騒から離れたところにある森の中で聞こえるのは虫の声と、潮騒だけ。

明かりと言えば月明かりだけ。

 静寂というほど静かではなく闇というほど暗くはないが、どちらかと言えば恐怖を感じそうなこの場所で、怖さよりも先に高揚感がくるのはすぐ横に柚那がいるからだろうか。


「ん?なんです?」


 俺の視線に気が付いた柚那がそう言ってほほ笑む。


「いや、もしかして俺は今、幸せなのかなと思ってさ」

「何言ってるんですか。こんなにかわいい恋人がいて、幸せじゃないわけないじゃないですか」

「自分で言うな」

「だって自分で言わないと朱莉さんは言ってくれないじゃないですか」

「そんなことないだろ。俺はちゃんと……」

「言ってくれてないですよ!言ってくれて…ないです」


 柚那は、腕を絡めるのをやめて俺の正面に立って俺の目を見る。


「言ってください。ちゃんと」

「お、おう……その、俺は柚那のこと――」

「私の事、なんですか?」

「いや……」


 正直俺はここでチアキさん乱入、場がしらけてお流れっていういつも通りの展開を期待していたんだがどうやら今回はそうならないようだ。

 森のほうに目をやっても人の気配などまったくない。もうここは腹をくくるしかないだろう。


「……俺は柚那の事、かわいいと思ってるぞ」

「なんだか心がこもってない気がします。もっと本音で言ってください」

「本音だよ。かわいいと思ってる」

「かわいいと思っているだけですか?もっとこうしたいああしたいっていうことはないんですか!?」

「ええっ!?……いや。そんな、畏れ多い」


 したいことはたくさんあるけど、それをぶつけたらきっと柚那はドン引きする。あかりも言っていたが俺は柚那に振られたら後がないと思っているし、そもそも振られるということ自体を考えたくもない。


「何が畏れ多いんですか!私は朱莉さんのなんなんですか?」

「こ、恋人」

「ですよね!だったら本音で朱莉さんが私にしたいこと言ってくださいよ!朱莉さんが本気で言ってくれてるってわかったら私別に何されたっていいんですからっ!なのに……私……私そんなに魅力ないですか!?」


 そう言って伏せた柚那の顔から涙が地面に落ちる。


「……ごめんな柚那。俺、お前がそんなに思いつめてるなんて全然知らなくて。これからは柚那にお願いしたいこととか、俺が考えていることとか、もっともっと言うようにするから」


 結局、俺が柚那のために我慢していると思っていたことは、自己保身でしかなくて、結果的に俺の自己満足に柚那をつき合わせて彼女を不安にさせてしまっていたということなんだろう。

 今ここで俺の思いをすべて伝えるのは難しい。誤解されるようなことも言うから、ちゃんと理解してもらうには時間もかかる。

 だから、今俺がここでできるのは俺が柚那としたいこと、柚那にしたいことのうちのほんのひとかけらでしかないけれど。


「んぅっ…」


 俺はそのひとかけらを実行することにした。

 初めてではない。だけど、何度しても胸が高鳴る。30過ぎのおっさんが何を言っているんだと思われるかもしれないが、それでも実際そうなんだから仕方ない。

 柚那を抱きしめて、彼女の唇に自分の唇を重ね合わせる。たったこれだけで俺の胸は破裂しそうになる。

 今まではここで感情にブレーキをかけてきたが、もうそんなことをするつもりはない。

「ん!んんっ!んーーーーー!?」


 俺は、唇を重ねたまま柚那の着ている蓑の隙間から中に手を差し入れ――


「そこまでだ」


 ゴンっという鈍い音とともに、俺の後頭部を衝撃が襲う。


「うわあ、大丈夫?お兄ちゃん」


 みつきちゃんが心配して俺の横にしゃがみ込み、後頭部をさすってくれる。


「あ、ああ…痛いけどさっきのハートショットほどじゃないから大丈夫」

「なんだったら、ヘッドショットも食らってみるか?いい経験になると思うぞ」


 狂華さんはそう言って万年筆の先を起き上がった俺ののど元に突きつける。


「あのさあお兄ちゃん、言いたいことを言えって言われて、やりたいことやったんじゃ支離滅裂だよ。そこんとこちゃんとわかってる?」

「あ……」


 そうじゃん、言いたいこと言えって言われただけで別にしたい事しろっていわれてないじゃん。みつきちゃんにこんなこと注意されるんなんてなんか恥ずかしい。というか…


「柚那!」


 俺が柚那のほうを見ると、柚那は顔を真っ赤にして胸元を抑えていた。


「ごめん柚那。俺、その…なんていうか、抑えがきかなくて。別に柚那を傷つけたかったわけじゃないんだ」

「……」


 柚那は睨むようにして俺を見ているだけで、何も答えてくれない。それはそうだろう。自分のしたい事をしたいように乱暴にぶつけられたら、俺だって今の柚那と同じような状態になると思う。


「ごめん……狂華さんとみつきちゃんも、迷惑かけてすみません」

「正気に返ったならあとは朱莉と柚那の問題だ、行くぞみつき」


 狂華さんはそう言って最後に俺を人睨みすると万年筆をしまって歩き出した。


「え……でもこのままじゃ」

「解決できないなら、遅かれ早かれどっちみち別れる。二人とも子供じゃないんだから自分達で解決できるだろう」

「えー……」


 みつきちゃんが心配そうに『大丈夫?』という視線を送ってきたので俺は頷いて返事を返す。

 大丈夫じゃないかもしれないが、それでも狂華さんの言う通りこれは俺と柚那の問題…いや、俺の問題だ。


「じゃあ、あたしと狂華は先に帰ってるから喧嘩しないで帰ってきてね」


 そう言ってみつきちゃんは狂華さんの後を追いかけて走り出した。


「……帰りましょうか」

「ああ」


 つかづ離れず。人一人分くらいの距離を開けて柚那と並んで歩く。

 会話はない。謝らなければと思ってはいるのだが、何と言って声をかけていいのかわからない。我ながらとんだヘタレだと思う。


「ねえ、朱莉さん」

「ん?」

「さっきのことなんですけど……」

「ごめん。本当にごめん。はっきり言って調子に乗ってたと思う。俺がやりたいことを柚那に一方的に押し付けて。本当に悪かったと思ってる。柚那が許してくれるなら俺はどんなことでも―」


 今度は柚那の唇が俺の口を塞いだ。


「……謝らないで下さい。さっきはあんなところでいきなりだったんで驚きましたけれど、でも好きな人に求められるのは嫌じゃないですから。…というか、今まで散々こっちから焦らしてきたのに全然朱莉さんのほうから迫ってくれなかったから、本当は嫌われてるんじゃないかとか、自分には全然女としての魅力がないんじゃないかとか、色々悩んでたんですよ。桜ちゃんにも色々相談したりとかして」

「あ、相談したんだ」


 じゃあひなたさんにも筒抜けなんだろうな。なんか後々からかわれそうだ。


「ちなみに桜ちゃんは『インポなんじゃないの?』って言ってました」

「いや、物理的に立つようなものないから、そりゃインポっちゃインポだけど」

「でもアレは頑張れば作れるって都さんが言ってましたよ」


 あの人自分が成功したからって片っ端から自慢してるからなぁ……


「柚那も知ってる通り俺は形状変化とかそういう細かいことは苦手なんだよ」

「努力してくださいよー」

「はいはい、頑張ってみるよ」

「じゃあ、朱莉さんが頑張れるように今日は朱莉さんのベッドで一緒に寝ましょ……もちろん、したいことして良いですよ」


 耳の傍でコソっと言われた一言だけで口元がだらしなくゆるんだのが自分でもわかる。我ながら単純だ。…とはいえ


「狂華さんの前でそんなことしたらまた殴られるんじゃないのか」


 俺と狂華さんは元男性というくくりで同じ部屋だ。他は柚那とチアキさん、みつきちゃんとあかり。都さんが個室という部屋分けで……ああ、そうか。都さんが一人なら本人の意思は関係なく狂華さんは都さんの部屋だ。


「実はもうすでに都さんとは密約ができていたりします。さっきああいうことがなかったら夜這いをかけるつもりでした」


 ……いや、別にいいけどね。


「今日は朱莉さんのほうからおさわりOKなんですから、たくさんかわいがってくださいね」

 そう言って柚那は、俺の頬にチュっとキスをした。


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