田村ジュリのJKライフ 1
隣の部屋にいる華絵ちゃんとの通信を切った後、俺は近くにあったダンボールに腰を下ろしてため息をついた。
俺が居るのは名目上は田村ジュリの家ということになっている、華絵ちゃんとエリスちゃんの隣の部屋だ。
ちなみにこの部屋には田村ジュリはいない。居るのは俺、邑田朱莉だけ。
というか、俺が田村ジュリだ。
防御魔法だけに絞れば国内トップクラスの華絵ちゃんに防御魔法を習おうと考えたところまでは良かったのだが、俺は彼女があまり人に知られたくないと思っている秘密を知っているせいで、どちらかといえば嫌われている…いや、避けられている。
そんな俺が華絵ちゃんから教えを乞うにはどうしたらいいか。柚那と愛純に相談したところ決まったのが、この「もういっそJKになってチームメンバーになっちゃえ」作戦だ。この作戦は、話合いが長引き、三人とも口数が少なくなってきたところに登場した朝陽が何気なく言った「嫌われているなら別の人が行けばいいのではないですか?」というどこかの王妃のような身も蓋もない一言から生まれた作戦で、その時疲れ切っていた俺達は、「もうそれでいいや」という結論に達し、作戦名もこれでいいかというくらいの、かなり投げやりな感じで決まったものだ。
とはいえ、作戦の成り立ちはともかく、俺だという事を華絵ちゃんに気づかれないために、俺はこの一週間、柚那と愛純の苦しい訓練に耐えてきた。
毎日毎日眉毛を引いては消し、アイラインを引いては消し。マスカラのブラシでうっかり眼球を触っては悶絶し、苦労して塗ったマスカラをまた落とすという、地獄の日々。穴を掘っては埋める作業を延々繰り返させられるようなどこぞの収容所のような日々を生き残った俺は、今朝になってようやく柚那と愛純から「まあ初歩はこんなものでしょう」と言われて合格のハンコをもらい、正宗から遅れること半日。ようやくJKチームに合流することができたというわけだ。
そしてメイクと同時並行で愛純から習っていた可愛い女の子のしぐさ(俺としては若干引くくらいのぶりっ子)を実践し初日を乗り切ったというわけだ。
そんな訓練の日々と初日が終わった開放感からビールでも飲むかと思っていたところにさっきの通信である。乱暴にではあるが、メイクは落としていたし変身魔法も解除していたのでバレなかったとは思うが、あんなに早く連絡をよこすとは思ってなかったので正直焦ったというのはある。おかげで制服は床に脱ぎ捨てられっぱなしという状況だ。
まあ、一人暮らしの気楽さってやつで、パンイチで歩いていても柚那に文句言われることはないので別にいいんだけど。
いや、むしろすっぽんぽんでも良いくらいだぞ。カーテンは閉まっているし、部屋には俺一人。むしろ開放的に素っ裸でビールを飲むというのも悪くはない。
「……やってみちゃう?やってみちゃおうか」
俺は誰に言うでもなく一人でそう言って頷いてからキャミソールとブラを外してショーツ一枚になる。
「ひゃっはー!最高だぜー!」
実際に脱いでみるとテンションが上がるもので、俺はノリでビールを片手に踊り出した。
「やっべ、楽しいこれ!」
昔入ったバイトの寮と違い、この部屋の壁はかなり厚い。さっきの華絵ちゃんからの通信も呼び出し音が鳴ろうと、すぐ横の部屋で話していようと全然聞こえてなかったみたいだしな!
ビバ分譲マンション!ライオンパレスとは出来が違うんだ、出来が!
「あっはっはっは――……なんで君がここにいるの?」
俺がクルッとターンして部屋の入口のほうを向くと、そこでは柿崎くんが固まっていた。
「……いや、柚那ちゃんと愛純ちゃんがどうせ朱莉さんは食事なんてちゃんと用意しないだろうから、夜勤なら初日くらい差し入れしてくれって頼まれまして…」
そう言って、柿崎くんは顔を背けて袋を差し出した。
安心してくださいショーツは履いていますよ!…じゃなくて!
「あ、あのな、柿崎くん!」
「だ、誰にも言いませんって!っていうか、こんなハプニングがあったなんて話したら俺が愛純ちゃんに殺されます。あと柚那ちゃんに八つ裂きにされます!」
「お、おう。そうだよな。よかった」
正直『口止め料としておっぱい揉ませろよー』とか要求されるくらいまでは覚悟完了していたのでこれはありがたい……っていうか、普通に考えれば柿崎くんの判断が普通なのに何を考えているんだ俺は。ひなたさんのせいで感覚がおかしくなっているんだろうか。
「とりあえず服来て下さい」
「ああ、すまん」
柿崎くんがそう言って一度部屋から出てくれたので、俺は急いで脱ぎ散らかしていた下着と学校の制服を来て柿崎くんを部屋に招き入れた。
「はあ…びっくりした」
「というか、呼び鈴くらい鳴らしてくれよ」
「一応鳴らしたんですけど…それと、入り口も開いていたんで気をつけたほうがいいですよ。隣の二人には邑田さんの正体秘密なんでしょう?」
「う…そうだな。今みたいなタイミングで華絵ちゃんとかエリスちゃんが入ってきたら大変だもんな。気をつけるよ」
「そうしてください。マジで」
「おう、マジで気をつける」
結局エリスちゃんの美味しいご飯でお腹いっぱいだった俺は、その日は柿崎くんが一人で飯を食べるのを見ていただけで、俺の分としてもらった弁当は翌朝の朝食になった。
そして、潜入二日目の休み時間。俺はエリスちゃんに誘われて屋上へとやってきた。
「ねえねえジュリジュリ」
人をそんな髭のそり残しみたいに言わないでいただきたい。
「ジュリは一回でお願いできると嬉しいかな」
「わかった。でね、ジュリー」
今度は昭和の大スターのようになっただと!?
「いや、ジュリーもやめてほしいかな。」
「えー…じゃあジュ…ジュ…えーっと…」
「無理してアダ名つけなくていいから。それで何の用?」
「えーっとね…」
エリスちゃんはそう言ってキョロキョロとあたりを見回したあと、少し顔を赤らめて俺の耳元に口を寄せた。
「昨日の夜、ジュリのところに黒服の柿崎さんが来てたよね?」
バレているだと!?柿崎君め、あれだけ二人には見つかるなといったのに!
「………ええと…」
「コンビニにアイス買いに行った帰りにマンションの近くで見かけたんだけど、やっぱり柿崎さんはジュリのところに来てたんだね」
カマかけに引っかかってしまったーーーーー!
「ま、まあ。そう。かな」
俺が悪いとか柿崎くんが悪いというよりは完全に間が悪かった感じだな、これは。
「でもさ、あの人って噂だと愛純さんと付き合ってるんだよね?」
「……そうだね」
さて、どうしたものか。変な噂になったとしても、愛純にはハプニングのことを隠して事情を話せばいいだろうが、問題はこの話を華絵ちゃんがどう受け取るかだ。あの子はお金にはうるさいけど、そういう面で結構真面目なイメージだから、初日から男を部屋に連れ込んだチームメイトをどういう目で見るかは予想がつかない。万が一ここで邑田朱莉だけでなく、田村ジュリまで嫌われてしまうと防御魔法を習うのは困難になってしまうので、それだけは避けたいところだが…
「えーっとね…エリスちゃんも佐藤さんのこと好きじゃん?」
「うん。片思いだけどね」
「私と柿崎さんもそれと似たような感じかな。向こうは私の事妹くらいにしか思ってないみたいで、昨日もまだ家具が揃ってなくて夕食作れないだろうって心配してお弁当持ってきてくれただけだったし」
「あ…じゃああたし余計な事しちゃったかな?」
そう言って少し申し訳無さそうな顔をするエリスちゃんを見て少しだけ胸が痛んだ。
「ううん!むしろコンビニ弁当より全然美味しかったし、みんなで食べられてすごく楽しかったからそれはいいんだけど!むしろこれからもお世話になりたい感じなんだけど!」
実際エリスちゃんの料理はうまいし、開放的になれるとは言っても一人は寂しい。
「そう?それなら嬉しいな…でもジュリをうちに呼ぶと、二人の時間を奪うことになっちゃわない?」
「な、ならないならない!昨日は完全にイレギュラーで、いつも来るとか頻繁に来るとかそんなことは全然ないから!」
しょっちゅう来られてまた妙なハプニングがあったりしたらますます柿崎くんと気まずくなるし。こっちは胸を見られるくらいどうってことないんだけど、気まずくて向こうが俺を避けるからやりづらいったらありゃしない。
「じゃあ今日もうちに食べに来てくれる?」
「もちろん!行く行く!」
「良かった。…ところでさ」
お、いよいよ本題かな。
「ダブルデートしない?」
「………は?誰と?」
「あたしと佐藤さんとジュリと柿崎さん」
「……………なんで?」
「あたしは佐藤さんが好き。ジュリは柿崎さんが好き。お互いきっかけづくりにはいいと思わない?」
そういってエリスちゃんはぐっと拳を握っていい笑顔で笑うが、俺は全然笑えなかった。
「いや、私は別に柿崎さんとどうこうなりたいとかじゃないからね。片思いだけで満足っていうか」
なったら二人共二人から制裁を受けるし。いやそもそも男相手にどうにかなりたいとか思わない。
「いやいやいや、あんな時間に家にいたんだから、その…ねえ?」
やめて!顔を赤らめてなんか淫靡な想像に人を登場させるのやめて!
っていうか、あんな時間とか言ってるけど柿崎君が帰ったの9時半だぞ!?
「そ、そんなに遅くなくない?柿崎さん、9時半くらいには帰ったけど」
「だから寝る寸前まで一緒だったんでしょ?もしかして、キスとかだけじゃなくて添い寝とかも!?そんなとこまで!?」
あ、そんなとこでよかったんだ。いや、それでもそんな噂が立てば愛純と柚那が殺しに来るだろうけど。
「えっと……エリスちゃんっていつも何時に寝てるの?」
「10時」
いい子だあああああっ!
「は、早くない?」
女子高生の生活ってよく知らないけど、俺は高校時代日付が変わるくらいまでは起きていた覚えがある。
「うーん、でもほら、朝食とかお弁当とか作らなきゃだしさ」
ええ子やぁぁぁっ!
「流行ってるテレビとかドラマとかは録画しておいて朝の支度をしながら見ればいいし」
エリスちゃんが良い子すぎて胸が痛い!
「エリスちゃん……」
こんなやり方違うと思うけど、なんかもうこれ以外にこの子に報いてあげられることもない気がする。
「ん?って何いきなり泣きそうな顔して」
「いや、なんていうか、お納めください」
俺はそう言って財布から1万円札を取り出してエリスちゃんに差し出した。
JC、JK、関東の管理をしているという立場上、俺は彼女の手取りを知っているし、この間の面談や昨日の華絵ちゃんとの会話からも毎月けっこう苦しいだろうことは想像がつく。
もちろん、お金で解決なんていうのは大人のエゴだし、多分そんなことを目的にやっているんじゃないだろうエリスちゃんに対しては失礼かもしれない。でも俺にはこれ以外彼女にしてやれることはない。
せめて、彼女が気兼ねなく自由に使えるお金を渡してあげたい。そんな気持ちだった。
「ちょ、やめ…やめてってそういうの!何!?あたしなんかした!?大丈夫だよ、愛純さんに言ったりしないよ?」
「いや、もうなんかね。エリスちゃんにお金渡さないとって思ってね…」
「なんで泣くの!?っていうか、これじゃあたしがカツアゲしてるみたいじゃん!」
言われてみれば見た目がギャル(中身はすごくいい子)に見た目が普通の美少女(中身はおっさん)が泣きながらお金を差し出していたら確かにそう見えるかもしれない。
「あ、ち、違うんだ。これね、昨日朱莉さんから連絡があって、急に半居候が二人も増えたら家事全般やっているエリスちゃんが大変だろうから渡してって言われてたんだよ。だから華絵ちゃんには秘密ね」
ちなみに余談だが昨日彼女は料理云々の他に『洗濯とか掃除もしようか?』と俺と正宗に聞いてきて、華絵ちゃんに『それ、あんたが正宗のパンツ洗いたいとか、部屋で丸めたティッシュ掃除したいってこと?』と言われて顔を真赤にして轟沈してた。なので、多分料理だけじゃなくて洗濯も掃除も彼女の分担なんだろう。
「いやいや、好きでやってることだし。それに華絵もゴミ出ししてくれるから家事を全部あたしがやっているってわけじゃないんだよ!」
俺はとっさに口からでかけた『華絵ちゃんは家事を手伝ってるつもりになっているお父さんか!』という言葉をかろうじて飲み込む。
「とにかく、これは頑張っているエリスちゃんに朱莉さんからのお小遣いだから。気兼ねなく好きなことに使って」
「え?えー…ほんとに?いいの?」
「うんうん。使って使って。化粧品でもアクセでも」
「じゃあ、今日はドラッグストアに行って、その後スーパーでちょっといいお肉買ってすき焼きにしようか」
そう言ってエリスちゃんは天使のような笑顔で笑った。




