JKの食卓
「エリスちゃんの料理、本当に美味しいね!」
そう言って、田村ジュリは茶碗を差し出し、三杯目のおかわりを要求した。
「マジで美味いな!猫田さんよりうまい飯、初めて食ったかもしれない」
というか、正宗はなんでここにいるんだ。こいつだけじゃなくてジュリもだけど。
「いやいや、正宗君、それは世間が狭いよ。あたしなんかよりチアキさんのほうがずっと上だし、世の中にはチアキさんよりも料理がうまい人だっているんだから」
エリスはエリスで、二人が夕食の食卓にいる状況を完全に受け入れているし。
「そうなのか!?世界って広いなあ!」
正宗は目を見開いて感心したようにそう言った。
だが、私から言わせてもらえば、世界が広いんじゃなくて君の世界が狭すぎたんだろうと言いたい。
「今度本部に報告に言った時にチアキさんの料理食べさせてもらおうよ。食べる側でも作る側でも勉強になるよ」
「マジで?でも俺なんかがそんな我儘させてもらっていいのかな…」
「あの人は作るのが生きがいみたいな所があるし、変ないちゃもんとか揚げ足取りしなきゃ大丈夫だよ」
なんでジュリは勝手にそんな事を言っているんだろうか。作るのがチアキさんの生きがいだなんていう話、研修中も研修が終わってからも、私は聞いたことが無いんだけど…。
「ねえ、ジュリはチアキさんと仲が良いの?」
「え?研修はチアキさんがしてくれたけど、特に仲がいいとかじゃなくて普通だと思うよ」
「いや、普通よりも随分と仲が良さそうだけど。少なくとも私もエリスもそんな話を聞いたことないわよ」
「そ…そう?じゃあ仲がいいのかもね」
最初に見た時からそうだったけど、やっぱりこいつはなんか胡散臭い。いや、胡散臭いなんてそんなオブラートに包まず、怪しいとはっきり言い切ってもいい位だ。
「ねえジュリ。あなた一体何者?」
「何者って…普通の魔法少女だよ。見習いだけど」
「普通の見習い魔法少女は普通本部勤めからだと思うんだけどね」
私もエリスも去年まで中学に通ってはいたが、それはあくまで学生としての立場があるからで、一人前と認められるまでは放課後は毎日本部で研修と練習の日々だった。
それは上の判断で現場の足手まといになる可能性がある人間をこうして現場に出すということはしないという方針からだし、実際私とエリスの役割は正宗の護衛やJCのバックサポートだけではなく、有事の際の黒服さんのサポートということも含まれている。
なので、ハッキリ言ってしまえばジュリの立ち位置でここにいるということはありえないのだ。
「ん……んー、華絵ちゃんの言いたいことはなんとなくわかるけど、今は去年よりも平和だし、足手まといかもしれないけど現場に出して実戦で鍛えていこうっていうことなんじゃないかな?」
そう言ってニッコリ笑うジュリの顔は今さっきまでの自然な笑顔と違い、少し作られた表情とでも言うのだろうか。アイドルがファン向けにつくる笑顔のような印象を受ける。
「……まあいいわ」
何を隠しているのか知らないけれど、どうせこの雌狐は正直に言うつもりなんてないんだろうし。
「ハナはなんでさっきからずっと不機嫌なの?深谷さんが連れてきたんだからジュリが味方なのは間違いないんだし、ジュリがどういう立場でも別にいいじゃん、あたしらだって見習いに毛が生えたようなものなんだからさ」
ジュリが一体どういう手段を取ったのかわからないけど、エリスは完全に懐柔されてしまったか…。
「本当に良いの?こいつらがこうして入り浸るってことは食費が余計にかかるってことなのよ?正宗が隣にいるだけでも負担が増えそうなのに、ジュリまでなんてなったら余計に…」
「むしろ負担は軽くなるんだなあ」
私のセリフを遮ってジュリはそう言ってドヤ顔で胸を張る。
「どういうこと?」
「えへへ…なんと、二人からお金をいただきました~」
そう言ってエリスはエプロンのポケットから嬉しそうに四枚のお札を取り出した。
「なんと一月に食費が四万も増えちゃいました!これでいつ佐藤さんが来ても大丈夫だよ!」
「いや、あいつからもちゃんとお金取りなさいって」
ちなみに私達は二人で月三万円でやっていたので、倍増以上だ。しかも二人では持て余すので使っていなかった、大容量の安い食材も使えるので確かにこれは楽になるだろう。
「お金をもらう以上は二人の胃袋はあたしが責任持ってしっかり満たしてあげるから、遠慮なくどんどん食べてね。あ、嫌じゃなかったらお弁当も作るよ!」
エリスはそう言ってドンと胸を叩いた。
こういうところ、エリスはギャルなのにオカンっぽいんだよなあ。
「すまんな。俺は料理苦手だから助かるよ。金だけじゃ申し訳ないから、なんか力仕事とかあったら遠慮なく言ってくれよな」
なんだこいつ、イケメンか!?
「ありがとうね、エリスちゃん……ところで、今話に出た佐藤さんってもしかして黒服の佐藤さん?」
ジュリは正宗のように何か手伝いを申し出るわけではなかったが、佐藤さんの事を口に出した瞬間視線が鋭くなった。
「うん。良く朝ごはんを食べに来るんだよ」
「よく来るの?」
「えっと…週一?」
なぜ少なく申告するのか。
「週二でしょ。夜勤明けは必ず来るんだから」
「それは迷惑だね」
「迷惑じゃないよ」
「いや、ハッキリ言って迷惑よ。女子高生の部屋にやってきて勝手に寝て勝手に帰るんだから。そりゃあ、エリスは別にいいでしょうよ。あのハゲダルマを好きなんだから。でもね、私としては甚だ迷惑なのよ。いつか下着をとられるんじゃないかって不安だし」
「いや、取られないって」
「わからないでしょ!?」
「だって佐藤さんは巨乳好きで結構派手なランジェリー好きだけど、華絵は胸が小さすぎてスポブラかカップ付キャミしかないじゃん」
「だ、男子の前でそういう余計なこと言わないでくれない!?」
「まあ待て華絵。俺は小さいのもいけるほうだ」
「そうだよ。それに小さいほうが可愛い下着があるって、前にあかりちゃんが言ってたし」
「うるせえ!二人揃って下手な慰めすんじゃねえよ!」
なんだこいつら、打ち合わせ済みか?私いじめか?
「ええと…ごめん、華絵ちゃん。結局、佐藤さんが来るのは迷惑じゃないの?」
「迷惑じゃないよ」
「迷惑よ!」
当然だが、私とエリスの意見は別れた。
「……ええと、一応確認しておきたいんだけど、エリスちゃんは佐藤さんと付き合ってる?」
あ…やばい。エリスが泣きそう。
「あ、その…ジュリ、その話題はもうやめない?」
「付き合ってないよ!」
遅かったか。
「っていうかあのハゲ、若くてかわいい私よりも年増の深谷さんがいいとかいうんだよ!?おかしくない?つーか、うっかりしてたフリして下着でドア開けても完全にスルーだよ!?インポなんじゃねえのあいつ!私のほうが肌だってハリがあるし胸も大きいし何より若いのに!」
ああ…いい子のエリスがやさぐれエリスになってしまった。
「いや、ああ見えて深谷さん結構巨乳だよ。隠れ巨乳とでも言うのかな。魔法少女の中でもトップ10に入るはずだよ。だから佐藤さんはある意味自分を曲げてないといえると思うよ」
と、ドヤ顔でジュリ。
「余計な情報いらんわ!っていうか、あんたが余計なこと言うからエリスがマジ泣きになっちゃったでしょうが!」
「ご、ごめん…でもそうか、深谷さんか…公安つながりかな…」
「え?何?」
「う、ううん、なんでもない。ごめんね、エリスちゃん。そんなに佐藤さんの事が好きだなんて知らなかったからさ。何か協力できることがあったら全力で協力するから遠慮無く言ってね」
「……うん」
その後は特に揉めることもなくつつがなく夕食が終了し、適当なところで二人は自分の部屋へと帰っていった。
玄関まで見送った私は食器洗いをするというエリスと別れ、自室に直行した。
部屋にはいると、私はすぐにノートパソコンを起動して報告用のビデオチャットで朱莉さんをコールする。
何回かのコール音の後、画面にはキャミソール姿の朱莉さんが映った。
『おう、どうした華絵ちゃん』
「田村ジュリの件で文句言おうと思いまして」
『も、文句?な、なにか余計なことした?』
「余計なことをしたとかではないんですけど、私とエリスだけでは不安なんですか?見習いをつけなきゃいけないほどに?」
『いや、そういうんじゃ無いんだよ。JKはフォロワーもいないし、人手が必要になった時に二人だと単純に大変だろうからさ。で、彼女だったら追加で手当もいらないからっていうことで、つけたわけ』
「まあ、結局手当貰ってますけどね」
『え?』
「あれ?聞いてません?深谷さんから一万づつもらいましたよ。後で経費でおとすって言ってましたけど」
『マジで!?さっき経費の話は時計坂さんにって言ったとき何か言いたげだったのはそのせいか…多分却下されるだろうから、それは後で俺が補填しておこう。ところでさ、華絵ちゃん』
「なんでしょう」
『エリスちゃんが佐藤と仲が良いって話を小耳に挟んだんだけど』
「……ジュリですか?」
なるほど、あの子はこの人が使っている犬ってことか。それにしても情報が早い。やっぱりあの子は警戒したほうが良さそうだ。
『まあ、そんな感じ。同居人から見てどう?問題ある?』
「二人の間には何もないですからそういう意味では問題はないですよ。ただ、あの人がここに来て深谷さんの思い出話をするたびにエリスと深谷さんの溝がどんどん深まっていきますけど」
『結構深刻?』
「どうですかね。あのハゲが遊びでエリスを抱いたりしたら刃傷沙汰になると思いますけど、いまのところは犬のじゃれあいみたいな感じですよ。深谷さんとエリスも、エリスと佐藤さんも」
『ははは…いつもクールだよね、華絵ちゃんは』
「朱莉さんはどうせ私の背景も知っているんでしょう?だったら私の性格も納得してもらえると思いますけど」
『まあ、立場上色々とね』
「心配しなくても私は都さん派ですよ。少なくとも小金沢さん派ではないです」
『そういう事が言いたいんじゃなくてさ。傍観者じゃなくてたまには当事者になって楽しんでみるのもいいと思うよって話。今日の夕食はかなり楽しそうにしてたって聞いたぞ』
「余計なお世話です」
『そうだな。悪かった』
「いえ……ところで朱莉さん、なんかいつもより部屋が片付いていません?家具も少ないような…」
『えっ!?あ…ああ、ちょっと模様替えの最中でさ。家具も一新しようと思って一旦荷物をダンボールにしまっちゃったからね。それですっきりしてるんだよ』
「何かあったんですか?」
『実は柚那を怒らせて家具という家具を破壊されてしまったんだよ」
朱莉さんはそう言って肩をすくめてみせた。
なるほど、ありそうな話だ。
『まあ、それはともかく、君には色々負担かけるけどよろしくな。ジュリはそこそこできる子だけど、深谷さんから話があったように、自分の魔法がない子でね。できれば君の魔法を教えてあげて欲しいんだ』
「私のは防御魔法ですよ?」
『知ってるよ。ただし君のはただの防御魔法じゃなくて、頼りになる鉄壁の防御魔法だ。有事の時は守りの戦いが主になるだろうから、そういう子が多いほうがいいんだよ』
「成功報酬とかありますか?」
『はぁ…現金で10万。あとは教育が得意そうなら在学中から教導隊で講師をお願いするっていうのはどう?』
「講師の日当はどのくらいです?」
『応相談。まあ、結果次第で稼げる職場ってことで。今日の通信はお終いでいいかな?ちょっと仕事が溜まっちゃっててね』
「了解です。頑張ります」
『おう。じゃあ、通信終わりっと』
朱莉さんがそう言うと、プツっという音を立てて、通信が切れ、PCの画面は真っ暗になった。
なにはともあれ、成功報酬の話も取り付けたし、明日から頑張ろう……いや、むしろ今日からやろう。そのほうが早くお金もらえるだろうし。
私はそう考えて机の引き出しから新しいノートを取り出して、表紙に『特訓ノート』と書き込んだ。
とりあえず華絵視点は一段落です。




