二人目の転校生
昼休み、私とエリスがお弁当を食べようとしているところに、例の転校生、正宗がやってきた。
「なあ、おい」
「ん?なに?」
「お前ら俺のサポートをしてくれるんだよな?」
「え?何かわからないことでもあった?」
ちなみにサポートと言っても、言われているのは本当に最低限のサポートで、あとは緊急時の対応はするということになっているが、特にそれ以外は言われていない。
「昼飯はどうすればいいんだ?」
「普通に食べればいいんじゃない?お弁当ないなら学食行くとか。お金は貰ってるでしょ?」
潤沢じゃないらしいが、異星人組にはそれなりに生活費が出ているはずだ。
「いや……和希達に聞いていた話だと、学校には金は持って行かないとか、昼は出してくれるって聞いてたからさ」
「ああー、そっかそっか。確かに中学までは給食だもんねー」
エリスはそう言って近くの空いている席から椅子を持ってくると自分の弁当の蓋にご飯とおかずを取り分けていき、蓋を私のほうに差し出した。
「ほら、ハナも」
「いや、別に私達のわけてあげなくても大丈夫じゃない?」
少し遠巻きにクラスの女子からの刺さるような視線を感じるし、顔だけはいい彼とお近づきになりたい女子からのおすそ分けで食うには困らないだろう。
「転校生がお弁当忘れたんだってさー、誰かなんかわけてあげてー」
私が周りを見渡してそう言うと待ってましたとばかりに料理自慢の女子たちが押し寄せて正宗を拉致していった。
「やっと静かになった」
「言うほど騒がしくなかったと思うけど」
エリスはそう言って蓋に移したおかずを自分の弁当に戻して食べ始める。
これで落ち着いて食事が取れる。そう思ったのもの束の間、教室のスピーカーからピンポンパンポーンとチャイムが鳴り、女性教師の声が聞こえた。
『1年B組、関華絵さん、村雨エリスさん。至急、職員室まで来て下さい。繰り返します、一年B組――』
「…エリス。あんたなんかした?」
二人セットで呼び出されるときはエリスが何か問題を起こした時で、同居人で一緒にいることの多い私は事情聴取をされることが多い。
とは言っても、大体が、いじめっこを撃退していじめっこの母親が逆ギレしてきたとか、おばあさんと一緒に横断歩道を歩いていたら信号が変わってしまって軽く渋滞が起こり、目立つ容姿と制服のせいで学校にクレームが入ったとか、やり方はともかくエリスが悪いといい切れないようなことが多いのでお咎め無しということが多いのだが。
「えー?何もしてないよ。ってか、今朝も昨日も一緒だったじゃん」
「じゃあなんだろう」
「それこそハナがなんかしたんじゃないのー?」
「あんたのいないところで私が問題起こすなんて、それこそありえないね」
とにかく至急とまで言われてしまっている以上、さっさとお弁当を片付けて職員室にいったほうが良いだろう。
「とにかく、さっとお弁当を食べて職員室行こうか」
「そうだね」
お弁当を食べた後、私とエリスが職員室に行くと、呼び出した先生に生徒指導室に行くように言われた。
生徒指導室行きということはやっぱりお説教かと思いながら私達が生徒指導室の扉を叩くと、中からは生徒指導の先生とは違う声が聞こえた。
私とエリスは一度顔を見合わせてからドアを開けて中に入る。
すると、そこには予想通りの人物が立っていた。
「や。二人共お疲れ」
彼女、深谷夏樹はそう言って手を上げてニッコリと笑い、逆にエリスの表情がこわばる。
「エリス。落ち着いて」
「……わかってる。大丈夫」
エリスとこの人にはちょっとした因縁があるのだが、別にこの人が悪いわけではないということはエリスもわかっているので、嫌そうな顔はするもののすぐに跳びかかっていくようなことは、今のところない。
「前々から思ってたんだけど、私なんでエリスちゃんに嫌われてるの?」
「言ってもわかってもらえないと思うので聞かないでください。正直言って聞いた私としても意味不明だったりする部分がかなりあるので」
「うーん、気になるなあ」
「まあ、機会があればそのうち話します。それで?一体何の用ですか?品行方正な私達としては、軽々しく生徒指導室に呼び出されるようなことをされると困ってしまうんですけど」
実際は生徒指導室の常連だったりするが、そもそも、私とエリス。二人きりではあるがチームJKとは一応違う組織なので、彼女に干渉されたりなにか命令をされるような関係ではないので、こうして気軽に呼び出されるのは、はなはだ迷惑だ。。
「あれ?私、もしかして華絵ちゃんにも嫌われている?」
「嫌いじゃないですよ。別段お金にならない相手なので興味がないだけです」
「ドライ!最近のJK超ドライだよぉ……」
「それで?何の用事ですか?」
「私の用事ってわけじゃないんだけどね。今日、例の正宗君転校してきたでしょ」
もともと他の学校に所属していたわけではないので、転校というよりは、多分編入だとおもうけど。
「はい。確かに今日から来ています」
「大変じゃない?」
「いえ、特には。彼の顔に目のくらんだクラスの女子が色々おせっかいを焼いてくれているので」
「……大変じゃない?」
「いえ、特には」
「ほんっとうに大変じゃない?」
何だこの人。もしかして大変だって言うまで聞いてくるつもりか?
「あの、もしかして大変だって言ったほうがいいんですか?」
「できれば」
「じゃあ、はい。あー大変だー、世間知らずの異星人の面倒を見るのは大変だー……これでいいですか?」
「やっぱり私の事嫌いでしょ」
「相手にする価値が無いだけです」
「言い方!その言い方超傷つく!」
「じゃあ言い直します。深谷さんは私にとって全く価値の無い人間です」
「より酷くなった!」
「むしろ深谷さんの価値ってなんなんですか?」
「的確に人の心をえぐるのやめてくれないかな!?」
確かにそう心がけて言葉を選んだんだけど、まさかこれくらいでいい年こいた大人が半泣きになるとは思わなかった。
「冗談ですよ。それで、結局なんの用事なんですか?」
「あ、そうだった。忘れるところだった。実はね、正宗くんの面倒を見るのが大変だろう二人のために、朱莉ちゃんが助っ人を用意してくれたんだよ。
「助っ人ってなんです?鼻の突起を押すと私になってくれるロボットとかですか?」
「いや、そんな進んだ技術も便利な魔法を持っている魔法少女もいないんだ。ゴメンね」
「別に謝るようなことでもないでしょうけど。じゃあ、その助っ人って何者なんですか?JCの周りにいるようなフォロワーというやつですか?」
「ううん。彼女は研修中前の見習い魔法少女で、まだ序列もついていないんだ。それと得意魔法もまだ模索中。だからできれば二人の魔法を教えてあげてくれると嬉しいな」
「お断りします」
「にべもなく!?」
「魔法もろくに使えないような人間、しかも普通の人間じゃなくて、もしもの時は戦わなきゃいけないのに戦えない人間なんてそばにいるだけ邪魔です」
「いや、そうかもしれないけどさ」
「月謝でもくれるなら面倒見てもいいですけど」
実力の問題で仕方ないことはわかっているが、私とエリスの基本給はこの人やJCチームよりもかなり低い。特にエリスは高卒の初任給くらいなので、ちょっと遊びに行ったりしただけで結構かつかつだ。
「ええー……」
「月謝っていう言い方が不適切なら教育手当でもなんでもいいですよ」
「でもほら、正宗くんの手当もあるしさ」
「それとこれとは別です」
「う……うーん、じゃあこういうのはどう?一月だけトライアルして、様子を見てみて。その子がどうしようもなく使えなかったり来月以降も教育が必要そうなら、お金についてはその時に相談する」
「それでいいですけど、今月分はどうするんです?」
「いや、だからトライアル……」
「それで卒業されちゃうと収入にならないんですけど」
「いや、その…」
「メリットのないトライアルなんてしたくないです」
「わかった!わかったから!はぁ…経費で落ちるかなこれ…」
深谷さんはブツブツそんなことを言いながら財布を取り出して、私とエリスに一枚ずつ札を手渡した。
「当面の危険がある仕事じゃないからこれが精一杯。足りないとか、費用がかかって追加でお金が必要とかあれば朱莉ちゃんに言って」
「わかりましたー!」
しょんぼりと肩を落としながら財布をバッグにしまった深谷さんとは対称的に、エリスは脳天気に手を上げて返事をした。
「ところでその見習いの子はいつ来るんです?」
「午後から来るよ」
「……どこにですか?」
「二人のクラスに」
「は……はぁ!?」
「ついでに隣の部屋に」
「と、隣の部屋ってなんですか?」
「二人のマンション、両側誰も住んでいなかったでしょ」
そう言われて私は今朝マンションの前に引越し屋のトラックが止まっていたことを思い出した。
「ちなみにね」
「はい」
「逆隣は正宗くんだから」
「いやいやいや、ちょっと待って下さい。そんな話聞いてませんよ」
というか、なんでこの人ドヤ顔でニヤニヤしてるんだろう。なんかむかつくな。
「いいじゃない!クラスに転校してきたちょっとかっこいい男の子が実は隣の部屋に住んでるなんて、ちょっとドラマチックじゃない?青春っぽくない?恋しちゃわない?」
ああ、これが噂に聞こえた『青春って言葉を聞くと暑苦しくなる深谷さん』か。
「ねえ?エリスちゃんもそう思わない?」
「思わない」
「冷たい!は、華絵ちゃんは?」
「マンガとかドラマでさんざん使い古された設定で、面白くもなんともありません」
「辛辣!?…いやいや、でもほら。正宗くん顔はいいし、恋とかそういうのはあるかもしれないじゃん?」
「私、枯れ専ですし」
「あたしも好きな人いるしー」
そう。エリスにはちゃんと好きな人がいる。
私の趣味もどうかと思うが、それ以上にどうかと思うような想い人が。
「そうなんだ…でもさ、命短し恋せよ乙女っていうじゃん?もしかしたらそういう関係になるかもしれないし」
「なりません」
「ならないよ」
「そう?結構いいと思うんだけどなあ、彼」
チアキさんと張るくらい男運最悪だという噂の深谷さんが言うのなら多分ババだと思うけど。
「とりあえず彼の話はもういいです。午後からクラスに来るっていうなら、もう学校にいるんですよね?」
「うん。今は校内の案内を受けてる。ちなみに名前はね――」
「――田村ジュリです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたポニーテールの転校生は頭を上げてからニッコリ笑って少し首を傾げてみせた。
なんというか、あざとい。
自分で自分かわいいと思っているような。そんな印象の子だ。ハッキリ言って私は好きじゃない。
「じゃあ席は関の隣な。なんつって」
38歳独身男性の担任教師はそんなことを言って昼休みの間に私の隣に運ばれてきていた空いている席を指差した。
ちなみに逆隣は正宗だ。なんだこれ。なんの陰謀だこれ。
「よろしくねー」
そう言ってさっきも見せた笑顔で笑うと田村ジュリは私の隣の席に腰を下ろした。




