JK
「おっはよーハナ、朝だよー」
朝からけたたましい声と共に布団を剥ぎ取られた私は最後の抵抗とばかりに横を向いて身体を丸めるが、同居人の村雨エリスは軽々と私の身体を担ぎ上げ、洗面所へと強制連行して歯ブラシとコップを手渡してきた。
「今日も眠そうだねえ、また深夜まで映画見てたの?」
また、というエリスのセリフでおわかりだろうが、私は深夜にテレビを見るのが大好きだ。しかしこれは私が悪いわけではない、別に生活必需品でもないのにわざわざケーブルテレビを入れてくれちゃった上層部のせいだ。おかげで私は毎日毎日寝不足になってしまっている。
「昨日見てたのは映画じゃなくてドキュメンタリー」
私がそう言って歯ブラシとコップを受け取ると、エリスは私の髪を梳かし始める。
「ふーん、どんなの?」
「裸の男女が21日間二人でサバイバルする番組」
「は…裸!?」
「うん、裸」
「え…えー…そんなんヤバイじゃん。女の人襲われちゃうじゃん!…っていうか、何?18禁の番組?この家そういうの見られるの?」
そう言って少し声を潜めたエリスの顔は、鏡越しで私の頭に半分隠れていてもわかるくらい真っ赤だった。
この子は見た目とか言動とかが結構ギャルっぽいのにこういうところ純情というか、ウブだ。
「女の人の胸とか股間にはぼかしが入ってるし、そういう番組じゃないよ。それに本当に裸で靴も穿いてないくらいだから襲うとかそんな余裕ないって。まあ、18禁要素があるとすれば蛇を殺して解体するところとかじゃない?」
「殺して解体するの!?なんで?可哀想じゃん!」
「そりゃあ、食べるためよ。食料がないんだから蛇だって電気うなぎだって殺すわよ」
なんであのシリーズってボアが出てくるとみんなテンション上がるんだろう。もっとそのへんの草とか虫とかのほうが手軽に食べられそうなのに。
「えー……屋外で食べられるものだったら、缶詰とか、カロ友とかあるじゃん。わたしらも訓練の時そういうの食べてたじゃん」
こいつが最初に全部食べたせいで私達の班は現地調達を余儀なくされたのだが、どうやらエリスの中ではそんなことはなかったことになっているらしい。
「最初からそういうのを持ってないサバイバルなの」
出演者は大変だと思うけど、だからこそ面白い。
「というか、蛇が可哀想とか言ってるけど、あんた毎日料理で牛やら豚やら鶏やら羊やら魚の死肉を切り刻んでいるじゃないの」
なんといっても彼女はこの同棲生活において、料理、掃除、洗濯を取り仕切っているのだ。だから肉の扱いくらいお手のものだし、今まで切り刻んできた肉や魚は相当な量だ。
「死肉って言い方やめて!っていうか、切り刻むとかそういう言い方も!」
「いや変わらないでしょ」
「はあ…お肉として精製されたものを渡されるのと、自分で殺してお肉にするのは違う…いや、駄目だっていうわけじゃないんだけど、私にはそんな覚悟はないし、できないと思うし、そういうことをしてくれる人に感謝する気持ちはあるんだけど、やっぱり殺して食べるっていう話を聞いたり見たりすると、ちょっとウツかもしんないっていうか……」
「はいはい、いい子だねエリスは。あ、髪の毛もういいや。ありがとうね」
これ以上髪を梳かされてもあまり変わらない、むしろあまりやられてもキューティクルが傷んだり、ヘタすれば抜けてしまうので、私はエリスにお礼を言ってポニーテールに結わえて洗面所を出る。
「今日の朝ごはんは何?」
匂いからしていかにも和食で多分焼き魚なんだけど、私は別に魚博士とかではないのでなんの焼き魚かまではわからない。サバか、鮭か。はたまたアジか。どれにしてもエリスの焼いた魚は絶品だ。ついでに味噌汁も基本に忠実に作っているので、出汁と味噌のマリアージュが素晴らしい。
というか、この子のつくる料理は基本的になんでも美味しい。
「ホッケだよ」
「重くないっ!?」
いや、別にホッケでもアジでも変わらないっちゃ変わらないけど。
「大丈夫。丸干しじゃなくて、お弁当に入れたついでにスティック焼いただけだから」
「あ、それならちょうどいいかも」
そう言いながら私がのれんをくぐってダイニングに入ると、テーブルの上にはほかほかの白飯と味噌汁。予告通りのホッケスティックによく混ぜられた納豆、それにほうれん草のおひたしが並んでいた。
「ブラボー…おお…ブラボー」
視覚と嗅覚の情報だけで少しだけ残っていた眠気が完全に吹っ飛んでしまった。
「えっと、何語?」
「語源はイタリアだったかな」
「へえ、やっぱりハナは物知りだね!」
知り合って一年半くらいになるけど、この子のこういう変に素直なところは未だに慣れない。
「あ、イタリアだけに、やパリ物知りとか」
「パリはフランスだよ…まあ、フランスでも言うけど」
…あと、こういう変にオヤジ臭いところもやっぱり慣れない。
そんなやりとりをしながら席について手を合わせたところで呼び鈴が鳴る。
この時間にやってくる人間なんて、私もエリスも一人しか心当たりがないし、彼ならどうせ勝手に入ってきて、勝手にご飯と味噌汁をよそって空いている三番目の席に座るだろう。
「いただきます」
「いただきます」
なので私たちは構わずに朝食をとりはじめる。
どうせホッケスティックもほうれん草も余裕がある。
「お、今日もまた美味そうな朝食だなあ」
そんなことを言いながら夜勤明け、彼は決まって私達の家にやってくる。
スキンヘッドで眠そうな強面を引っさげて。
朝食を食べ終わった後、投稿するまでの貴重な時間、ニュースを見ながらお腹をポンポン叩いている彼に、エリスがお茶を出したタイミングで私は口を開いた。
「いつも思うんですけど」
「ん?」
「佐藤さんはなんでうちにくるんですか。しかもわざわざ忙しい朝の時間に」
「一応俺はお前たち二人のマネージャー件、監督者だからな。様子を見に来なきゃいけないんだよ。で、夜勤明けで眠い俺と、学校に行かなきゃいけないお前たちの予定がバッチリ会うのが朝しか無いってわけだ」
「いや、そりゃわかってますけどね。こう頻繁に女子高生が二人暮らししている部屋に遊びに来るのってどうなんです?放課後どこかで会うんじゃダメなんですか?」
「いや、俺は遊びに来てるんじゃなくて朝食を食べに来ているんだが」
「だったら食費入れろ!」
この人の一人分はマジでシャレにならない。二人なら夜まで食べられるご飯が朝食だけで終わってしまうし、煮物なんてあろうものなら食べつくしてしまうので、予定の食費を軽くオーバーしてしまい、この間なんて家計簿つけてたエリスが半泣きになってたくらいなのだから。
「ま、まあまあハナ。いいじゃん。たくさん食べてもらえると作りがいがあるし」
「いや、あんたこの間、米がないって家計簿見ながら泣いてたじゃない」
ちなみに結局足りない分は二人でなんとか捻出した。
「え?あ、あー…まあ、ほら。そういうのはアタシの財布から持ち出しにすればいいし」
駄目だこの子、ダメンズ製造機だ!
「そうやってあんたが甘やかすからこいつはこの家に入り浸るの」
「入り浸ってなんていないぞ。空き部屋で仮眠して帰るだけだ」
「それを世間じゃだえれえ入り浸ったっとるというんじゃ!」
「ハナ、方言出てる」
「あ……とにかく。食べるなら今後は食費を入れる。これは当然ですからね」
私が金に細かいとかそういう話とは別にこれは私とエリスの当然の権利だろう。
「……そうは言うけどな、ハナ」
佐藤さんはそう言って憂鬱そうな表情で大きなため息を付いた。
「なんです?何かまともな理由があるんですか?」
「この間、エアガンの特売があって、ちょっと調子に乗りすぎたせいでアパートの電気代もまずい状況でだな」
私は間髪入れずに座っている彼の顔にミドルキックをお見舞いした。
「死ね!」
その前は電動ガン、その前はガスガンの福袋だったか。とにかくこの男は金の使い方に計画性がない。
「うーん、それじゃあしょうがないかなぁ」
「あんたも甘やかすな!」
「あうっ!?」
返す足でエリスに回し蹴りをお見舞いし、私は溜息をつく。
「まったくもう…で?今日は何か連絡あるんですか?無いんなら私達そろそろ学校行きますけど」
「いや、あるにはあるんだ。今日から例の男性型異星人が転入してくる」
佐藤さんの言葉を聞いて私とエリスは顔を見合わせた。
「あ…」
「そういえばそうだったっけ」
「そこで、二人に予備の封印用ブレスレッドを渡しておく」
そう言って佐藤さんは持ってきていたブリーフケースの中から2つの小さな輪っかを取り出した。…というか、ブリーフケースの中に袋に入ってないリアルブリーフがあるのが見えるんだけど、まさか使用済みじゃないだろうな。
「使い方はこの間邑田一尉から聞いていると思うから特に説明しないけど、大丈夫だよな?」
「いや、大丈夫ですけど…これ、あれですよね。あの、お祭りとかで売ってる、伸ばした状態で腕にパシってやるとクルッと巻きつくやつ」
「あ、そっか。だからこんなにコンパクトなんだー」
エリスはそう言いながら伸ばしては自分の腕につけ、腕につけてはまた伸ばしを繰り返して楽しそうにしている。
「万が一外れてしまった時に本格的な措置をする前のその場しのぎだからな。携帯性重視ってわけだ。でもそんな見た目でも、外すのはつけた本人じゃないとダメらしいし、封印効果も十分のはずだ」
「あ、ほんとだ。魔法使えないや」
エリスが手をグーパーしながら少し驚いたような表情でそうつぶやく。
「でも、もう来るのか…」
「なんだ?ハナは好みじゃないのか?なかなかイケメンだと思うけど」
「いや、あんまり」
なんというか、確かに例の異星人の彼は、顔は整っていてかっこいいんだけど、ずっと見ていると胃もたれする顔だと思う。
隣のクラスとか一個上の学年にいてくれるとちょうどいい。みたいな。そんな感じ。
「エリスはどうだ?」
「興味なーい」
「そうか…まあ、別にお前らのどっちかに奴とくっつけっていう任務でもないし、適当に面倒見てやってくれ」
「はーい」
「まあ、手当をもらう以上、最低限はやるけど」
「なんというか、相変わらずハナはドライだな。それに比べてエリスの素直なこと」
「褒めてもいいんだよー」
「はいはい」
そう言って佐藤さんはエリスの頭を撫でくりまわし、エリスは猫のように目を細め喉を鳴らして喜んだ。
ジャンル変更めんどくさーい!




