男子+女子 中学生の日常 4
8人という大人数で押し掛けてしまったせいか、井上のお母さんはややひきつった顔をしていたが、俺達はなんとか井上の部屋に収まった。
とは言っても、スペースの関係上、俺と正宗はベッドに腰かけているんだけど。
俺達が持ってきたお菓子を広げて暫くワイワイやっていると、井上のお母さんがケーキとクッキーを持ってきてくれて女子三人のテンションが一気に上がった。
深雪がケーキとか甘いものが大好きだというのは知っていたが、千鶴や普段クールなアビーまでこんなにテンションが上がるのかと自分の目を疑うくらいテンションアップで驚いた位だ。
そんなこんなでケーキをつつきながら皆で話をしていると高山のスマートフォンが震え、通知を見た高山の表情が険しくなった。
「えっ……なにこれ…」
「どうした?」
「いや、あかり先輩からなんですけど、いきなり『浮気ですか』って」
高山はそういいながら俺に画面を見せてくれたが、前置きもそのあともなくただそれだけが表示されているのがかえって不気味だ。
「……いちおう聞いておくけど、お前、浮気したの?」
「し、してないですよ!告白してから半年近く待ったのに3ヶ月も経たないうちに浮気なんてするわけないじゃないですか!」
まあ、そういうやつならフォロワー試験もうからなかっただろうし、半年も待たずに他の、それこそみつきや俺や真白に告白したりしていただろう。
「じゃあ、そう返してやれば良いんじゃないか?多分かまってほしくて送ってきただけだろうし」
「そうですね」
高山はそう言って頷くとスマートフォンを操作してあかりにメッセージを返信した。
すると、間髪いれずにあかりからの返信が返ってくる。
『4対4の合コンしている人に何を言われても説得力ない』
……ベスあたりがチクったかな。
「さっきの二人のうちどっちかがあかり先輩に何か言ったんでしょうか」
「かもな。確証がないからなんとも言えないけど。まあ、でもベスがチクったんだとしたらそんなに信頼度の高い情報とは言えないからすっとぼければ良いんじゃないか?」
たしかあかりはベスに対していい印象を持っていないはずだし。
『どうせ和希の差し金だろうけど嘘ついたり浮気したら許さない女子のだれかと少しでも触れたら許さない』
……怖っ
「なあ、一応もう一度聞くけど、お前、浮気の前科はないよな?」
「ないですよ!むしろ初デートの時に虎徹さん連れてデートされたときはこっちが二人にからかわれてるんじゃないかと思ったくらいなんですから」
ああ、そういえば、そんなことがあったとか聞いたな。
「じゃあむしろそのことを返したらいいんじゃないか?お前だって初デートの時にほかの男連れてきただろうって」
「いや、そんなこと言ったら大喧嘩になっちゃうじゃないですか」
「というか、高山先輩はお姉のどこがいいんですか?はっきり言ってあんな地雷女みんな避けて通ると思うんですけど。ねえ、井上先輩?」
俺たちの話を聞いていたらしい千鶴が話に入ってきて、井上にキラーパスを出す。
「そ、そこで僕に振るの!?」
うん、普通の反応だ。俺だってこの場面で振られたら答え辛い。
「ま、まあ。確かにちょっと重いんじゃないかなって思うときはあるかな。ねえ、和希君」
「俺!?う……うーん…まあ、たしかに思い込みが激しいというか、まじめすぎてちょっと重いだろうなっていうのはあるかもな。高橋はどう?あかりみたいな女」
「自分はそういうタイプの女性は好みではないので」
ああ、そこですっぱり言えちゃう立場と度胸がうらやましいぜ。
「正宗はどうだ?というか、俺としては正宗の好みのタイプから聞いてみたいんだが」
「好みのタイプって言ってもな…和希のことは結構好きだぞ」
「何度も言っているがそれは錯覚だ。例えば俺以外のJCチームとか今日会った連絡将校組とか、あとほかの魔法少女でもいいや。なんかないのか?」
「そうは言ってもなあ、見た目だけだったらお前のところのチームってかなりレベル高いからな……今日会ってみて深雪とか千鶴なんかは結構かわいいなと思った。あとアビーもな」
「おまえ、もしかして知り合いの女子だったら誰でもいいんじゃないのか?」
「そりゃ、知らない子よりは知ってる子だろうしみんなかわいいと思うからな」
俺も最近は周りの子のレベルが高いせいか、昔ほどアイドルや芸能人に対して憧れとかそういうものがなくなってきてるし。その気持ちはわかる。
「じゃあ、あえて選ぶとしたら?」
「…………みつきだな」
わかる。
普通に美少女だし、普通に性格もいいし、普通に家事もできるし面倒見もいい。
最近暴走しがちな真白やあかりを冷静に抑えてくれるのもだいたいみつきだし、そういう意味じゃリーダーシップもあると言える。
「というか、お前がちゃんと名前覚えてるの珍しいな。真白のことはいまだに巨乳メガネとか呼んでるのに」
「いや。ちゃんと全員覚えてるぞ。あいつのことは名前で呼ぶのが癪なだけだ」
ツンデレかよ。
「千鶴は?例えばこの四人の中だったら誰がいいとかあるか?」
「いや、誰って言っても気まずくなりそうな話題振らないでよ。井上先輩って言ったら静佳先輩に〆られそうだし、高山先輩なんて言ってそれがお姉にバレでもしたら姉妹喧嘩勃発だし。高橋先輩って言っても明日から仕事しづらくなっちゃう」
千鶴はそう言って肩をすくめて見せた。
こいつは本当にこういう話題をかわすのがうまいよなあ。
「私よりも、深雪とかアビーは?」
「特にいないのう。アビーはおるか?」
「男性は特に…同性で憧れっていう意味だと千鶴かな」
「え?私?ジャンヌさんとかじゃなくて?」
「うん。さっき元気づけてくれたのがすごくうれしくて、私も千鶴みたいに誰かを元気づけられる人間になりたいなって思ったんだ」
「ちょ…キラキラした目でほめ殺しすんのやめろマジで」
こういう千鶴はちょっと珍しい。
千鶴と再会してから半年ちょっと。俺はあまり千鶴のこういう表情を見たことがなかった。
「じゃあさ、高山」
「はい」
「お前、あかり以外だったら、誰がいい?」
「え?絶対にあかり先輩に言わないでくださいよ」
「もちろんもちろん」
そんなことまかり間違ってあかりになんて聞かれたら高山はもちろん、そんな話を振ったという理由だけで俺はあかりに半殺しにされてしまう。
「えっと……多摩境とか」
その微妙なタメがものすごくそれっぽくていいな。お兄さん不覚にもちょっと萌えたぞ。
「ちょっとまて高山。多摩境って、多摩境珠子か?」
「え?うん。結構気を使ってくれるし、いろいろ話も聞いてくれるし、それに変に気を使ってこないからこっちも気を使わなくていいのが楽だなって」
おいおい、高山の中でタマの奴高評価じゃないか。…っていうか、なんで高橋が食い気味なんだ?こいつ確か来宮ねらいじゃなかったか?
「なあ、高橋。一応確認しておきたいんだけどさ」
俺がそこまで言った時だった。
ズンと重い音がして、家が揺れ、強大な、いや凶悪な魔力のプレッシャーが俺たちを襲う。
そしてその直後俺のスマートフォンが震え、みつきからメッセージが届いた。
『にげて』
その短い文章と、近づいてくる殺気とプレッシャーだけで俺と高山はこの後の自分の運命を悟り、泣き笑いのような表情で顔を見合わせた。
『和幸、先に聞かれなくてよかったね』
そう言ったきり井上の横で黙ってニコニコ笑っている静佳を残して、俺たちは井上家を出た。
みつきからのメッセージの後、どす黒いオーラを纏い、真っ赤な瞳で殴り込みをかけてきたあかりと違い、静佳は俺と高山があかりに制裁を受けている間も部屋の入口でニコニコと笑って立っていた。
そしてすべてが終わった後で、部屋に入ってくると、井上の手を握って殺気の…いやさっきのセリフである。
許嫁、正妻の余裕とでも言うんだろうか。静佳は本当にその名のとおり静かで、あかりのように取り乱すこともなく井上の隣にいた。べたべたしているわけでも、変な気まずさから微妙な距離が空くでもない実に絶妙な距離に居続けた。井上の顔色がどんどん悪くなっていったけど、全く気にせずただただそばに居続けた。……まあ、なんだ。井上とは意外に話が合いそうだなと。まあ、そういうことが分かっただけでも大収穫だと言っていいと思う。
というか、静佳まであんなんだとしたら、俺たちの周りにはヤンデレじゃない女子なんていないんじゃないだろうか。
まあ、そんなこんながあったということもあり、井上家を出てすぐ高山とあかりは二人で別行動をとり、『一応心配だから』と二人の後をつけて行った一年生組と高橋とも別れ、今は俺と正宗、それにみつきの三人だけで歩いている。
「ごめんね、和希。もうちょっと早く知らせることができてれば、高山君と二人で逃げられたんだろうけど」
「いや、できれば盗み聞きするってことが決まった段階で知らせてほしかったんだけどな」
「それはほら、私も男子だけでどういう会話するかっていうのに興味があったからさ」
「もうちょっと申し訳なさそうな顔しろって」
「あはは、ごめんごめん」
出会って正体がバレた当初こそ俺もみつきもお互いに距離を測りかねていたところがあったが、同じチームになり、同じ寮で寝起きをして同じ学校に通っているうちにこういう兄弟のようなじゃれあいが自然にできるようになった。
まあ、だからこそみつきの気持ちに気づかず真白のことが気になったというのもないではないんだけど。
「…お前らっていつも楽しそうでいいよな」
正宗は俺とみつきを交互に見ながらそう言ってため息をついた。
「なんだ?お前のところはこういうのないのか?」
「ないな。というか、俺は男とそんなことする趣味はない」
まあ、俺だって男相手だったらやりたくない。朱莉さんとの絡みも向こうが女の体だからなんとかできているだけという感じだし。
「じゃあさ、正宗君がいっそこっちに寝返っちゃうのはどうだろ。寝返らなくても、戦闘を仕掛けてくるのを控えてもらって、もう少し一緒に遊ぶようにしたらいんじゃないかな?」
「そう簡単にそんなことができれば苦労しないって」
「んー…でもそういう風に言うってことは、苦労してする気があればできるんじゃない?」
みつきは勉強は苦手だが、頭はいいらしく、こういう返しをすぐに返してくることが多い。
「無理だろ」
「無理だと思ってたら無理でしょうね」
正宗のつぶやきにこたえるような形で口を挟んできたのは、いつの間にか俺たちの横をゆっくりと走っていた真っ赤なアルファロメオから顔を出した真白だった。
「出たな巨乳メガネ」
「うるさい、顔だけ高級食材」
だからお前らのそれは悪口なのかほめあってるのかはっきりしなさいっての。
「でも、無理だと思っていたら無理ってどういうことだ?それだとみつきの言うように、俺にやる気があればできるって感じにも聞こえるんだけど」
正宗は真白にそう尋ねるが、その質問に真白のかわりに答えたのは運転席から降りてきた都さんだった。
「それは私から説明しようかな」
「あんたは確か…」
「一応、この国の魔法少女を取りまとめる最高責任者の宇津野都よ。よろしくね、正宗くん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
そう言って正宗は都さんに頭を下げた。
こういうところは虎徹さんの教育の賜物らしく、意外とちゃんとしている。
「で、さっきの話なんだけどね、ぶっちゃけてしまえば、えりとか静佳とか里穂の男性版という感じのことをやろうかって話になっているの。うちとしては自由恋愛であんたたちとうちの誰かとくっつく分には別に文句ないし、虎徹も結構話がわかるやつだしってことで、まずはテストケースとして正宗君を受け入れるたらどうだろうかという話で、こっちとしてはそれで全面戦争を回避できるなら越したことはないし、君たちの陣営も少しずつとは言え、受け入れ先ができるのは願ったりかなったりっていうことで思惑が一致しているしね」
「なるほど…」
「まあそれも君の意志次第だけど。どう?一応魔力は封印させてもらうけど、学校行ったり遊んだりする時間は保証するわよ」
「いや、でも…俺、この間…」
正宗が気にしているのはこの間俺と九条さんの試合に乱入したことだろうけど、それについてはもう状況が明らかになっているので、実はだれも気にしていない。
「あれは虎徹の弟が独断で君を焚き付けて出撃させたっていう話でしょ。事情は聞いているから気にしなくていいわよ。まあ、副指令の虎徹弟は問題ありそうだけど、最高責任者の虎徹は問題なさそうだし、君もみつきや和希と仲良くしているみたいだしってことで。まあ、さすがにこれ以上中等部には入れられないから、高等部で和希たちとは別の学校生活ってことになるけど、もちろんフォローする人間はつけるし、もうすぐ敷地は一緒になるから困ったことがあればお互い行き来できるしってことで問題はあんまりないと思うんだけど」
「……」
「嫌ならいいけど、変な遠慮ならしないほうがいいと思うわよ」
真白はそう言って面白くなさそうに正宗から目をそらすが、都さんはそんな真白の頭をポンポンと撫でながら笑う。
「そうそう、せっかく真白が資料を作って私たちの前でプレゼンまでしたんだから」
「ちょっ……都さん、そういうのは…」
「いいじゃないの。真白が頑張ってたのは本当なんだし。というか、和希はうかうかしてると彼女とられちゃうわよ」
都さんはそんなことを言いながらにやにや笑うが、実はそんなに心配する必要があるとは思っていない。
最近は暴走しがちとは言え、真白の根っこにあるのは保守的な考え方だ。結果だけ見れば正宗のためにやったように見えるプレゼンだが、それ自体は温泉の時に『戦争はよくない』って言っていたのと同じ考えから来ているもので、真白が正宗個人のことをどうこうっていう話じゃない。
というか、俺は真白から直々にそういう話を聞いてこのプレゼンの練習に付き合わされたし、俺は全く疑っていないというのに「浮気するつもりはない」「正宗のことはなんとも思ってない」と何度も何度も念を押されていたので全く心配していなかったりする。
「巨……真白」
「え、何よいきなり改まって、気持ち悪いんだけど」
「……ありがとう」
正宗はそう言って真白に向かって頭を下げた。
「う…うん」
真白がそう言ってうなずくのを確認してから正宗は今度は都さんのほうに向きなおって頭を下げる。
「お世話になります。よろしくお願いします」
「はいはい。よろしくね、美少年」
都さんはそう言って正宗の頭を上げさせてニッと白い歯を見せて笑った。
「ということがあったんだよー」
「というか、なんでみんな何か事件があると私のところにくるの……」
真白とか和希がそういうことをやっているらしいという話を聞いていたので私もしたほうがいいのかなと思ってタマの部屋に来たのだけど、どうやら全部報告をする必要はなかったみたいで、たまはすこしぐったりとしているような、面倒くさそうな表情でベッドに横になっている。
「でも、これで男性型異星人とも一応和解ってことになるのか」
「そうだね。来週まで一般常識とかそういうのを詰め込んで隣の高校に編入するんだってさ」
「ああ、じゃあ担当は私たちじゃなくて、関先輩と村雨先輩だ」
そう。実は私たちの学校を中高一貫にするということに決まった後、隣の敷地にあった高校には村雨エリスと関華絵という二人の魔法少女がすでに編入していて、来年度以降にえりや静佳につづく異星人が編入するための下調べをしてくれているんだけど、これから先はそんな二人のお仕事に正宗君のお世話も入ってくるということらしい。
「あの二人で大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない?あれであの二人って結構やり手なんだと思うし」
戦闘中の先輩たちの仕事は、いわゆる裏方っていうやつで、黒服さんに交じって交通整理をしたり誘導をしたりということばかりなのだけど、二人とも都さんやお兄ちゃんの評価は割と高いので、私は『二人は実は強い』説をとなえている。
「まあ、近いうちにみんなであいさつに行ってみようよ。近くにいるのに今までよく知らない状態だったのがおかしいといえばおかしいんだから」
「……みつき先輩がそんなことを言うなんてめずらしい」
「いや、私だって日々大人になってるんだからね。いつまでも人見知りしたりしてないからね」
「……まあ、いいですけど」
ほんとだもん!ちょっとだけだけど、前より人見知りしなくなってきているもん!
「ところでみつき先輩」
「うん?」
「正宗氏に好みのタイプと言われた感想を一言」
「の、ノーコメントで」
「今更積極的にJKチームにからもうとしているのは正宗氏をめぐっての抗争にならないように先輩方にナシつけるという見方もできますが」
「の………ノーコメント」
うう…そこのところは隠して話をすればよかったかも。
「先輩の気持ちとしてはどうなんですか?」
「タマ、なんでそんな口調で持ってもいないマイクを向けてくるの?」
「そのほうが気分が出るからです。それで先輩のお気持ちを」
「し、質問は事務所を通してください」
うれしくないといえば嘘だけど。でも私にはやらなきゃいけないことがたくさんあって、そんなことをしている場合じゃない。
「最後に一個だけ」
「だからそういう質問はノーコメントだってば」
「そういう質問じゃなくて…『もしも彼を殺さなきゃいけなくなったら』…そのとき先輩は彼を殺せますか?」
私にそう質問したタマの顔が少し、少しだけ恐ろしいお化けみたいに見えた。
「……そうならないように努力する」
私はタマの顔を見て動揺した心をひとつ深呼吸をしておちつけてからそう答えた。
そう答えたというよりそういう答えしか返せなかった。
結局その答えが正解だったのかどうかはわからないけど、タマはフッと笑って「そうですか」とだけ言って、いつものようため息交じりの笑顔を浮かべた。




