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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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218/809

一寸の虫にもモブの魂

ちょっと視点を変えて箸休め

 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。

 そんな言葉もあった気がするが、世の中には上と下の人間が確実に存在する。

 主役になれる人間と主役になれない人間だ。




「おはようございまーす」

 私は特に挨拶が返ってくるようなことはないだろうなと思いながら、廊下で話していたいかにも監督という風体の男性と、その部下と思われる男性に挨拶をして後ろを通り過ぎた。

 案の定挨拶は返ってこない。

「だからさあ、パーッと、一瞬で瞬殺する感じの画にしたいわけよ」

「そのほうが強さが際立ちますもんね」

 なるほど、今日の撮影はあの人達がするのか。

 もちろん、主役になれない側の私の役回りはパーッと一瞬で瞬殺される側で、斬られ役というやつだ。

 斬られ役と言っても少し前に脚光を浴びた何万回も斬られた男のようなすごい経歴があるわけではない。私はそんなに出番があるわけでもないし、そもそも今回たまたま斬られ役という顔が映るかもしれない役が回ってきただけで、普段は出番があってもごくごくたまにドラマパートの学園シーンの後ろの方にちっちゃく映るのが関の山の、完全に裏方の人間だ。

 別に裏方が嫌だというわけではない。そもそも私は最初に魔法少女になった時に、先輩方はもちろん、二人の同期からも『あ、この人主役になれる人だ』という存在感を見せつけられ、早々に第一線は諦めた。

 一応、ご当地のはしりのような事をしていた時期もあって、少しだけ名前が売れたこともあったが、それだって同期の数万分の1といったところだろうし、私の後任が元アイドルの子なので、私のことを覚えている人などほとんどいないだろう。

 いや、それ自体は別にいい。目立たなくても補給部隊の仕事は割り当てられるし、給与は振り込まれるわけだし。

 そんな事を考えながら指定された部屋の前にやってくると、私の名前が書かれた紙が貼られていてそれを見た私は思わずため息をついた。

『中野梨夏様』

 また間違えられている。

 別に間違えられていることについて目くじらを立ててクレームを入れるほど思い入れのある苗字ではないが、私はバッグの中から細いサインペンを取り出して『中』の字の下に線を書き足してから控室に入った。

 私の名前は虫野梨夏。

 実力はないがベテランの魔法少女だ。


今日呼ばれたのは、別に私の隠されていた実力が目覚めて正規の魔法少女になるとか、ご当地になるとかそういうことではない。

 ただ、たまたま私が最初にその同期の相手をしたというだけの話で、しかもドラマパートで使うためのその時の映像がないからという単純な理由だ。

私の目の前に立っているのは、防具をつけて竹刀を持った宮本楓。

今や国内トップ5に入る実力者と私は同期なのだ。

第二世代と呼ばれる私達の世代の有名人といえばなんといってもこの宮本楓と根津みつきの二人だろう。

とは言っても、当時みつきは訓練中も先輩たちと実戦に出ていたが楓のほうは魔力のコントロールがからきしで実戦に出るとかそういう話にはならなかったのだが、それを補って余りある接近戦の実力があった。

最初の訓練の時、楓と同じくらいの期間剣道をやっていたというだけの理由でチアキさんは楓の相手に私を指名した。

結果は瞬殺。

開始5秒で一本。二本目は面を打たれた時の衝撃で気絶という惨憺たる結果だった。

もちろんそのことでチアキさんを恨んだとか、嫌がらせで楓の靴に画鋲を入れてやろうとかそういうことを考えたことはない。

なぜなら彼女はそういう次元の存在ではなかったから。

自分でも何が違うとはっきりは言えないが、楓やみつきは多分生まれた瞬間から私なんかとは違うのだと思う。それは運命とか、天命とかそういうものなのかもしれないし、もしかしたら生まれた瞬間から努力をしていたのかもしれないが、とにかく違うのだ。

「応っ!」

 私のような雑魚、いやもう名前の通りの虫けらが相手だというのに楓には油断は全く無い。真摯な正義の味方。雑魚の戦闘員相手にも適当な戦いはしないといった雰囲気だ。

 こういう所が彼女にトップグループにいられる所以に違いない。きっと、先輩たちはもちろんまだ魔法少女になって一年ちょっとにもかかわらず楓と同じくらい強いと思われる邑田朱莉さんとかもそうなのだろう。

 勝てるなんて思ってはいないけど、もう瞬殺されるのはごめんだ。虫けらは虫けらなりにあがいてやる。

 楓は最初に試合った時と同じように私の小手を狙ってきた。制作からの指示か、楓が単純に狙いやすかったのかは知らないが、警戒していたおかげで私はそれを避けることに成功し、小手を打とうとして切っ先が下がったおかげで空いた楓の喉元に竹刀を突き入れる。

 もちろん楓もそれを黙って受けるようなことはせず、斜め後ろに跳んで私の突きを避けた。

「カットカット!ちょっとー、勝手なことされると困るんだけどー。瞬殺で終わらせてくれないとさぁ」

 そう言って監督が立ち上がる。

「君、なんだっけ?中野さんだっけ?今日はそういう画がほしいわけじゃないんだよねー、宮本さんの絶対的な強さが際立つ画がほしいわけ」

「はい…すみません」

 まあ、怒られるだろうなとは思っていたのでこれは別にいい。しゅんとしてればこの人はすぐにあの偉そうな椅子に戻るだろう。次は瞬殺の画が撮れると信じて。

 だがそうはいくもんか。短いシーンとはいえ、せっかくまともに映れるんだ。だったら少しでもかっこよく散ってやる。

 一寸の虫にも五分の魂…いや、一寸の虫にもモブの魂だ。虫野でモブなだけに。


リテイク10回目。ついに監督が切れて私の頭をメガホンでポコンと叩いた。

フニャフニャのプラ製なので別に痛くはないが、結構イラッとする。

「別にさ、こっちはあんたを使う必要もないんだ。良い映像が撮れればいいだけなんだからさ」

「……」

 そろそろ限界か。5回めくらいで主旨を変更してくれるんじゃないかと思っていたけど流石にプロということなんだろう。妥協してくれそうにはない。

「宮本さんも疲れちゃうだろ。ねえ、宮本さん?」

「は?別にこのくらいじゃ全然疲れないけど」

 まあ、私も楓のプレッシャーで精神的な疲れはあるけど肉体的な疲労感は全く無いので楓からしてみれば疲れるのつの字すら感じないだろう。

「というかさ、監督さん。瞬殺できない相手にやらせで瞬殺させてもらうのとか、あたしの主義に反するんだけど。っていうか瞬殺で際立つのってあたしの強さが際立つっていうか、弱い者いじめしてるようにしか見えないと思うんだけど」

「いや、だってそういう企画…」

「企画書通りにやるだけなら別に監督なんていらないんじゃないか?」

「っ……」

「つーか、こんなちょいちょい止められたら、あたし不完全燃焼なんだけどさ。何?終わったら監督がストレス発散の相手してくれんの?」

 楓がそう言ってニヤっと笑うと監督は顔を引きつらせてカメラマンのところまで戻っていき、少し話をした後で椅子にドカっと座った。

「勝手にしろ!」

 そう言ってカチンコを持ったADさんに合図をすると、椅子に寄りかかって空を見上げてしまった。

「だれだかわからないけど、悪かったな。結構強いのにヤラセを強要するようなことしちゃって」

 そっか。誰だかわからないか。

まあ、別にいいけど。

「気にしないで」

 …本当は気にして欲しいんだけど。




 11テイク目は止められることもなく、二分ほど技の応酬が続いたところで楓の見事な抜き胴が決まり、私が負けた。楓は終わった後しきりに首を傾げていたけど、あれだけ見事に胴を打っておいて一体何が気に喰わないのやら。

 とは言え、前回10秒にも満たなかった試合が時間が120秒。12倍にもなったのだ。私としては大金星だと言っていいだろう。

 少しテンションが上った私が鼻歌交じりに帰りの支度をしていると、控室のドアがノックされた。

「はい、どうぞ」

 監督が苦情を言いに来たのかと思った私は、テンションがものすごく下がったがドアを開けて入ってきた人物を見てすぐにテンションが戻った。

「あ、いたいた。久しぶりだね、梨夏」

「みつき!?わざわざ来てくれたの?」

「というか、こういう用事でこっち来るんだったら言ってよね。ただでさえ学園パートだと会うことがないんだからさ」

 そう言ってみつきは小さなブーケとケーキの箱をこちらに差し出した。

「はい。花輪とかは大げさかなと思ったから小さいけどこれと、あと差し入れね。一緒に食べよ」

 そう言ってみつきはブーケを私に押し付けるように渡した後、ポットのお湯で紅茶を入れてからケーキをお皿に載せて私に渡す。

「撮影見てたよ。すごいじゃん、楓相手にあれだけやれるなんて」

「いやいや、二分もたせるのが精一杯って感じでさ。やっぱり勝てないね」

「そうは言うけど、お兄ちゃん…あ、邑田朱莉さんね。お兄ちゃんが関西の喜乃から聞いた話じゃ、楓って練習量半端ないらしいし、中距離とか遠距離で戦うんでもなきゃ私たちだって二分ももたないよ」

「そ、そうかな?」

 多分お世辞だと思うけど、同期の星にそう言われるのはちょっとうれしい。

「楓も嬉しいんじゃないかな。同期で二分もやりあえる相手がでてきたなんて」

「うーん…いや、それはないと思うよ。楓は私の事気づいてなかったし」

「え?なんで?」

「眼中にないとかなんじゃない?」

 というか、私の事なんて楓の中でなかったことになっていそうな気がする。いや、別に何があったというわけではないけど。

「……ちょっと楓呼んでくるね」

 みつきはそう言って部屋を出て行き、程なくして楓の手を引いて戻ってくる。

「あれ?なんで梨夏がいるんだ?ここって中野さんの控室だろ?」

 ああ、そうだった。こいつ頭と察しが恐ろしく悪いんだった。

 楓の発言で大体理解した私は思わずため息を付いた。

「ドアの張り紙見てみ」

「え?」

 そう言ってドアの隙間から顔だけだした楓は「あっれーーー!?」と大きな声を上げた。

「あたしが最初に見た時は絶対中野だったぞ。虫野じゃなかった!」

「そこは私が書き足したけど、下の名前見て察しなさいよ」

「じゃあやっぱりあたし悪くないじゃん。…でもそうか、梨夏なら納得だ。どっかで見た剣だなと思ったんだよ」

「え?私の事だけじゃなくて、剣も覚えてたの?」

「そりゃ忘れないって。ちょっと構えに癖があるから印象に残りやすいし」

「そっか…」

 覚えててくれたんだ。ちょっとうれしいな。

「にしても強くなったよな。相当練習しただろ」

「へへへ、実は今の彼が剣道やってた人でね、ちょっと練習してるんだ。前線に出ることはめったにないけどこの間の決戦みたいなときには出番がくるかもしれないからさ」

「えらいじゃん!」

「ま、まあね」

 年下に偉いってほめられるのはちょっと照れくさいけど、悪い気はしない。

「ちなみに、今の彼ってどんな人?黒服さん?一般の人?それとも――」

 みつきは年頃の女の子らしくそういう話に興味津々な様子で小一時間ほど私の彼の話を聞いたり、みつきの同級生や下級生の話をして帰っていった。


「送ろうか?」

 一緒に控室を出たところで楓がそう申し出てくれたが私は首を振る。

「彼が迎えに来るから大丈夫」

「そっか。梨夏は前線には興味ないのか?」

「なくはないけど、足手まといになっちゃうと思うから」

 そういう道を歩きたいと思ったこともあるけど、私にとってその道はとても険しい道だということがわかってからはその道は諦めた。

 そうして見つけたのが今の道、補給部隊、兵站部隊だ。

「んなことないと思うけどな。じゃあさ、教師に興味ないか?」

「教師って教導隊?」

「そ。基礎を固めれば強く慣れそうなのも結構いるんだけどなかなかいないんだよ。基礎から教えられる奴。」

 なるほど、そういう道もありか。

 とは言え

「私には補給部隊、兵站部隊の隊長っていう仕事があるからね。一応部下もいるし」

「ま、そりゃあそうだよな。まあ、補給部隊追い出されたらそういう道もあるぞって覚えててくれ」

「ないとは思うけど、再就職先として彼と結婚するっていう選択肢の次に考えておく」

 補給部隊という地味な仕事じゃない他の道もないだろうかと考えたことがなかったではなかったし、楓の言う道も魅力的ではあるのだけど、でも―

「最近じゃこの道はこの道でいいかなって思ってるし、この道には私にしかできないこともあるからね。というか、まだ部下に任せられる状況じゃないし」

「確かに梨夏を引き抜いて補給がおかしなことになったら困るしな……これからも頼むぜ、隊長さん」

「任せておきなさいって」

 

 人に上下はあるし、私は上等な人間ではないけれど、下には下の楽しみがあるし、矜持もある。

 スターに憧れないと言ったら大嘘だけど、私はこのモブってやつが結構気に入っている。

 モブはモブなりに世界を守ってやろうじゃないの。

 私は密かにそう誓ってから楓の背中をバンバンと叩いた。


裏方シリーズもやりたいなあ

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