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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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一人勝ちの女

 結局彩夏ちゃんの件は寿ちゃんが一人で何とかしてしまったので、俺はいったい何のために来たのだろうという感じになってしまった。

 それもこれもあっさり寿ちゃんにほだされた彩夏ちゃんのせいだということで、今日はちょっと文句を言いに彼女が参加しているイベントに遊びに来た。

 言うまでもないが魔法少女がらみのイベントじゃない。

 同人誌の即売会だ。


 

「おいおい…」

 こうして一応差し入れを持って彼女のスペースに遊びにくるのも初めてではないし、一応俺も彩夏ちゃんもこういう場に来るときは変装をしてきているのでパニックが起こるようなことはなく…というか、俺の頭のほうが若干パニックになっていたりするのだが、これはいったいどういうことだ。

 最近は寿ちゃんが手伝っているらしいということは聞いたことがあったが……

「なんでお前がいるんだよ」

「ん?どこかで会ったことがあったかな?こんな可愛らしいお嬢さんに会ったことがあれば忘れないと思うんだけど」

 そう言って、サークルスペースに座った虎徹は爽やかな笑顔を浮かべて首を傾げた。

「俺だ俺。この本の人」

 俺がそう言いながら平積みになっている本のうち一冊を指でトントンと叩くと虎徹は笑顔のまま固まって油の切れたロボットのような動きで目をそらす。

「…アッタコトナイデスヨ」

「いやいや、明らかに虎徹だろお前」

「……」

「……」

「三十六計!」

「逃がすかアホ!」

 立ち上がって逃げようとする虎徹を追いかけてとっ捕まえたところで向こうの方から彩夏ちゃんが歩いてくるのが見え、同じタイミングで彩夏ちゃんもこちらに気がついて手を上げて笑う。

「ああ、あっかりーん氏来ていたんですか」

「来てたんですかじゃないだろ。どういうことだよこれ。っていうかハンドルネーム呼びはともかく氏をつけるな氏を」

「これって…こてっちゃんがなにかしました?」

「いや、何かしたかって言われると、何もされてないけど……どういうことなんだ?」

「さすがにここで話すってわけにもいかないんで、終わってからでいいですか?多分昼前には売り切れると思うんで、ランチでもしがてら」

確かに彼女の言うとおりこんなところで話をするわけにもいかないのでということで、俺が昼前まで時間を潰してから再び戻ってくると、彩夏ちゃんの言った通りスペースには既刊新刊ともに売り切れの札がたっていて、二人で撤収作業をしているところだった。

「よし、じゃあ、こてっちゃん積み込みよろしく。終わったら駅前でどっか適当な店取っておいて」

「了解」

 彩夏ちゃんのお願いにそう返事をして敬礼すると虎徹はすごい勢いで荷物を運び始めた。

「さて、じゃあ私たちはちょっと回り道して話しましょうか。こてっちゃんに聞かれるとまずいこともあるし」

「……こてっちゃん、ね。」


 会場を出た俺達は駅とは反対方向へと歩き出し、見つけた自動販売機でジュースを買い、人気のない公園のベンチに並んで座った。

「さて、どこからお話したものか」

「そうだな…彩夏ちゃん今回は随分チョロい感じで二人の姉の間をふらふらしてたけど、それについて」

「それについてって…うーん、それこそどこから話したらいいか」

「まず、どこから時計坂さんに本気になったの?最初の試合の後何かあった?」

「いや、全然徹頭徹尾本気になってませんよ。蒔菜さんと私は、寿さん…というか、業界の言葉を借りればビジネスレズですから」

「……はい?」

「朱莉さんを信じて裏っ側を全部話すと、寿さんがキレて私との姉妹解消をしようとしたところまでは本当だったんですよ。で、蒔菜さんはその書類を自分のところで止めた」

「はぁ!?どういうこと?」

「これがまたあの人の面倒くさいところでしてね」

「あの人っていうのは時計坂さんのことでいいんだよね?」

「そうです。寿さんも面倒くさいけど、あの人はそれ以上にこじらせてますから」

 君がそれを言うのか。

「書類を自分で止められる彼女は制度に関しては結構やりたい放題なんですよね。特にここのところニアさんも都さんも忙しかったからチェック機能も働いてなかったし」

「……おいおい。それ、聞いたらまずい話だったんじゃないのか」

「まずいですよ。だから言ったら朱莉さんも共犯だっていうことにしますんで」

俺はまた知らぬ間に泥沼に片足突っ込んでたってわけだ……

「で?止めてからどうしたの?」

「一回戦の後に私が寿さんとよりを戻したがっているっていうのを確認した蒔菜さんが取引を持ちかけてきたんですよ。より良い条件で寿さんの妹に戻らせるからしばらくビジネスライクな姉妹関係になろうって。そこで私は書類上まだ姉妹関係が解消されていないっていうことを教えてもらいました」

 なるほど、それでこまちちゃんとは協力せずに独自で動き出したっていうわけだ。むしろこまちちゃんと俺に相談を持ちかけておきながら一方的に破棄することで『彩夏ちゃんは時計坂さんに夢中になってしまった』という一種の緊張感が俺とこまちちゃんに生まれ、それがセナや精華さんを通じて寿ちゃんに伝わり、寿ちゃんの方も本気になったと、そういうことか。

「それからはひたすら笑顔の無抵抗主義ですよ。あまりに無抵抗な私の様子にだんだんと寿さんもじれてきて、色々策謀を巡らせて私を取り返そうとしてきて、寿さん必死だし、そろそろ良いかなということで、昨日の和解劇というわけです。まあ、私のやりたかったことは全部達成したんで私の一人勝ちですね」

 それだけ寿ちゃんに自分を印象付けられて必要だと思わせることができたなら、彩夏ちゃんの一人勝ちって言っていいだろう。

「でも昨日のって、彩夏ちゃんにとってより良い条件なんてついていたっけ?」

「ついてましたよ。寿さんの教導隊行きの阻止」

「え…?」

「いや、前々からちらっとその気配はあったんですけどね。どうも最近私やセナに東北を押し付けて自分だけ逃げようとしているふしがあったんで、そうはさせるかと先に牽制を」

 酷い話だなあ。妹なら姉の門出を祝ってあげればいいのに。

「でもそれって時計坂さんにとってなんの得があるの?」

「そこが蒔菜さんのこじらせているところなんですよ」

 そう言って彩夏ちゃんは空になったジュースの缶を地面に置くと足先でコロコロと転がし始める。

「あの人にとって、寿さんはライバルなんだそうです」

「いや、まったくライバル関係ではないと思うんだけど」

時計坂さんと寿ちゃんの関係って、無理やり会社組織に当てはめれば営業課の課長と総務部の係長みたいな感じなわけで、仕事上のやり取りはあるけど、仕事の分野が違うからライバル足りえるとは言えない。出世願望があるもの同士とかならライバル関係っていうのもわからなくはないけど、二人共別に出世したいとかそういう感じは受けないのでその関係とも違うと思う。

「蒔菜さんって友達少ないじゃないですか」

「はっきり言うなよ。可哀想だろ」

「いや自分で言ってたんですもん。で、その友達の少ない蒔菜さんにとって寿さんは書類仕事のミスやなんかで本気で言い合いのできる数少ないライバルということで、私とは違う視点で寿さんの教導隊入りを阻止したかったとそういうわけなんですね」

「……なんか時計坂さんが可哀想になってきた」

 一番かわいそうなのは何も知らず踊らされていた寿ちゃんなんだろうっていうのはわかるんだけど、でもなんか時計坂さんが可哀想で可哀想で。

「蒔菜さんいわく、ビジネスじゃないのは寿だけだそうですから」

「……それってビジネス抜きの本当のライバルっていう意味だよね?」

「ノーコメント」

 寿ちゃん逃げてぇ!

「っていうか、彩夏ちゃんはちゃんと警告して助けてあげなよ!条件改善を求めたとは言っても一度喧嘩別れしても戻りたいくらいには寿ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「私は別に寿さんが百合ケ丘在住になっても、ちゃんと姉として上司として敬いますよから問題ないっす」

「よし、まず君は百合ケ丘の住民に謝ろう」

 そんな、百合に目覚めた人が住む百合の国みたいな表現、名誉毀損もいいところだ。

「まあ、それは置いておいて」

 置いておくのかよ。

「蒔菜さんは寿さんが好きと。で、私としては私の方に百合の香りが香ってこなければ別にいいかなと」

「ああ、そうっすか」

 もうなんか全部どうでも良くなってきた。

 とは言っても虎徹のことを追求しないっていうわけにもいかないか。

「虎徹の件は?」

「ああ、こてっちゃんは最近よく一緒に遊ぶんですよ。なんか私の事好きらしいです。もちろん異性として」

「……あいつは一体彩夏ちゃんのどこが良いの」

 いや、別に彩夏ちゃんがブスだとかスタイルが悪いと言っているんじゃなくて。

「それ、あかりちゃんにも言われたらしいんですけどね」

 彩夏ちゃんはそう言って苦笑いを浮かべる…って、あかり!?

「あかりがどう絡んでるんだ?」

「まあ、あれですよ。きっかけは友だちの紹介で~みたいな」

「はぐらかさないでちゃんと答えてくれ」

「朱莉さんってあかりちゃんとか和希くんとか、JC絡みだとすごい過保護ですよね」

「いいからはやく説明するんだ」

「はいはい。実はもともとこてっちゃんは朱莉さんにメールして相談するはずだったんですよ。でも朱莉さんがメールアドレスを伝え間違えたせいでそのメールはあかりちゃんに届いちゃったらしいです。で、こてっちゃんから告白されると勘違いしたあかりちゃんは彼氏と一緒にお断りするためにこてっちゃんと会ったんだけど、実は私に告白する段取りを相談したかっただけだったとわかって俄然やる気になっちゃったと」

 あとはもうなんとなく想像がつく。

 おおかたやる気になったあかりは彩夏ちゃんを呼び出して虎徹をけしかけて告白させたとかそんなところだろう。

「…付き合ってるの?」

「付き合ってません。…っていうか、私だって魔法少女の端くれです。好きだって言われたからって流石にホイホイついていくほどバカじゃないです。今はお友達からっていうことで一緒に遊んだり、今日みたいにイベントの手伝いをしてもらったりしているくらいです」

 まあ、ちょいちょい攻撃を仕掛けてくるのは正宗が主だし、俺も大和が狂華さんに何かしてきた時にはあって苦情を言ったりするしで彼らと遊んでると言えないこともないし、連絡取り合えるルートが増えるなら何かあった時に情報を集めやすくなるからいいんだけど。

「一応聞いておくけど、嫁入りする気は?」

 彩夏ちゃんに探ってこいと言うつもりはないけど、もしそうなら里穂達の留学のように国交を結ぶカードになるかもしれない。

「まあ、こてっちゃんが婿入りしてくれるならありって感じですかね。うち自営で私しか跡取りいないんで」

 そういって彩夏ちゃんは少しはにかんだような顔で笑う。

 どうやら虎徹自身のことはまんざらでもないようだ。

「えっと…その、ちなみに彩夏ちゃん」

「なんです?」

「……やった?」

「は?なにを………って、あんたアホですか!セクハラですよそれ!」

 直接的に言わなくても察してくれたようで何より。この反応だとどうやらそれもまだっぽいな。

「だいたい朱莉さんに関係ないでしょそれ!」

「まあ、関係ないですけどね。ただ、友達はいいけど恋人っていうのはまだ待ってもらいたいっていうのがあるんだ。俺も大和とはちょいちょい連絡取っているから友達っちゃ友達だから、それはいいんだけどそれ以上はまだ彼らとはまずいんだ」

「大丈夫。そのくらいはちゃんとわかってますよ」

「ごめんね、出会いの少ない組織なのに変な制約ばっかりで」

「いや、別に戦技研じゃなくてもそんなのは結構あると思いますし、ハニートラップって言葉くらいは私の辞書にも載っていますから」

「まあ、虎徹に限ってそれはない気がするけどね」

「こてっちゃんって真っ直ぐですからね。今時いないですよ、あんな人」

「ヒューヒュー」

「あの……散々人にやってた私が言うのもあれですけど、やめてください。照れるんで」

 彩夏ちゃんはそう言って顔を赤くして俺から目をそらす。

「ごめんごめん。まあ、そういうことならわかった。一応君と虎徹との関係は覚えておくよ。上にもまだ報告しない」

「助かります。こてっちゃんはいい人だってわかってるけど、私としては彼との関係をカードみたいに利用されるのはゴメンですから」

 まあ、都さんに限ってそんなことするとは思えないけど。

「しかしあかりがキューピッドかあ…なんでそんな大事な話してくれなかったんだろ」

「朱莉さんが信頼されてないんじゃないですかね」」

「そういうこと言うのやめて。本気で凹むから…まあ、そのうち聞いてみるか」

 しばらく実家に行けないから後になりそうだが、まあ急ぐ話でもないし。

 その時の俺はそう思って完全に油断していた。


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