All is fair in love and war 2
四人が退室した後、セナは無言で座っている寿の前で固まったままでいた。
変身して普通にやりあえばセナは寿に負けることはないだろう。だからセナがこの場を切り抜けることだけを考えれば、変身して寿を攻撃、しかるのち離脱という手段もないではないが、そんなことをしたところで同じ場所に帰るのだし、そもそも、魔法少女同士の私闘は基本的に禁止。ということでセナは初手から打つ手がなく投了するしかなかった。
「ま、色々言いたいことはあるんだけど」
たっぷりと間をとった後で寿はそう言いながら手でセナに椅子をすすめる。
「こまちゃ…こまちさんのことでしょうかっ!」
ガチガチに緊張したセナは手を膝の上に置いて背筋をまっすぐに伸ばしながら緊張した声でそう言った。
「こまちからも聞いていると思うんだけど、私とこまちは友人ではあるけど、恋人とかそういうんじゃないから」
「……」
寿が言ったのは紛れも無い本音ではあるが、セナはそうは受け取らなかったようで表情が『そうは言っても色々してたじゃん』と語っている。
「ま、そりゃあ色々したりされたりしたけど、それはそれ。これはこれ。過去は消せないんだからそれが気になるならこまちと別れるしか無いわね」
「それは嫌です!」
食い気味にそう言って身を乗り出すセナを見て寿は内心『よしよし、調子が戻ってきたな』とほくそ笑む。
「なら過去は水に流してちょうだい」
「……わかりました」
しぶしぶという感じではあるものの、セナは一応そう言って頷いた。
「あと、こまちのことは別として、私は彩夏と同じで普通に男性が好きだからね」
「そうなんですか!?東北チームなのに!?」
「だからどうしてみんなウチのチームをそういう風に見てんのよ…」
「まあ、こまちゃんのせいでしょうね」
「そんなのが恋人なんて、あんたも大変ね…というかわざわざそんなのを選ぶんだから物好きよね」
「でも、私と付き合い始めてからこまちゃんは誠実になってくれていますから」
「えっ!?」
「『えっ』ってどういうことですか?」
今度は失言をした寿が表情を凍らせて目をそらす番だった。
「ど、う、い、う、こ、と、で、す、か?」
「……この間精華さんと外泊してた」
セナの迫力に負けた寿は、しかたなく自分の持っている情報の一部を漏らす。
「ああ、それは私もいたので大丈夫です。というか、あれは寿さんと彩夏の問題をなんとかしようっていう集まりですから」
「また余計なことを……私達のほうは別にいいのよ。問題はセナとこまちのほう」
「私とこまちゃんですか?」
「そう。順調?」
「ええ、まあ」
「例えばセナが甘えた声で言えばいろんなことを寝物語に聞かせてくれたり?」
「そうですね。最近はひなたさんと組んで色んな事件を解決した話なんかをしてくれます。それでわかったんですけど、ひなたさん派の人って結構多いんですね」
セナの言葉を聞いて寿は大きく頷く。
「わりとね。かく言う私もひなたさん派とは言わないまでもひなたさんに助けられた人間だから」
「そういえばそうでしたね」
「まあ、こまちにそこまで聞かせてもらっているなら信頼度は十分かな」
「信頼度?」
「そう、こまちが自分から私に言ってこないことでもわかるように、あの子は私がセナとのことを怒っていると思っている」
「そう言えば精華さんには話したって言っていましたけど…寿さんはこまちゃんから聞いてないんですか?」
セナの問に寿は大きく頷く。
「聞いてないわ。でもこの場合は、それがいいのよ」
「意味がわかりません。どういうことですか?」
「セナはこまちに今度の試合のダブルスは彩夏では撃破不能だっていう情報を流しなさい」
「そんな、こまちゃんに嘘をつけっていうんですか?」
「この時点では嘘はついていないわよ。実際彩夏の魔法では魔法喰いの魔法を得意とする静佳と橙子を相手取って押し切るには火力が足りない。そうなると、多分こまちはその情報をひなたさんのところに持っていく。そうなると…」
「蒔菜さんは他の火力のあるメンバーと組むことになって、結果彩夏はシングルスになる」
「そういうことね。そこで今度はこちらの詳細なオーダーを流してもらう」
「やっぱり嘘を付くことになるじゃないですか」
「ここにも嘘はないわよ。今の時点の構想を前日に変えてはいけないっていうルールはないからね。まあ、多分オーダーはダブルス以外変えずに普通にシングルスが1から順にひなたさん、彩夏、里穂、桃花、ダブルスがこまちと蒔菜って感じでしょうね。そういう風になるようにオーダを教えるし」
「でも、そんな小細工しなくても――」
「しなくても勝てるような相手じゃないのよ、ひなたさんところは」
セナの言葉を遮るように寿が言うと、セナは少し考えた後で首を振りながら口を開く。
「でもやっぱりこまちゃんに…恋人でお姉さまの彼女に嘘はつけません」
「真面目ね、セナは」
セナの答えを聞いた寿はやれやれと笑うが、特に落胆した様子はない。
「それだけが取り柄だと思っていますから」
「セナは優勝した時になにを願うつもりだった?」
「え…えっと、私とこまちゃんの仲を精華さんと寿さんにちゃんと認めてもらおうかなって」
「私も精華さんももうそれは認めているわね。じゃあ今のあなたには何も願うことはないの?」
「えっと…ありません」
「本当に?あなたがしたいことは全く無い?こまちに対して望むことはない?」
「え?」
「例えば立場が逆転して、こまちがあなたの言うことに従順に従うようになるとしたら?」
ニィっと口元を釣り上げて笑う寿にそう言われ、セナの背中がゾクゾクと震える。
それは寿の視線の鋭さ、笑顔の怖さのせいか、彼女の言った言葉の魅力のせいかはわからなかったが、セナは自分が知らない内に薄っすらと、寿と同じような表情で笑っていたことに気がついて慌てて口元を引き締める。
「いい顔するじゃないの」
「……そんなこと…」
「私ね、東北チームの次のリーダーはセナがいいと思っているのよ」
「わ、私なんか!というか、お姉さまや彩夏もいるし、ユウさんだって橙子さんだって」
「普通に考えてみなさい。こまちの本性を知っている人間がこまちをリーダーにすることをよしとすると思う?知らないところに赴任するならともかく、東北でリーダーは無理でしょう」
「まあ…確かに」
「彩夏は補佐向き。というか、そもそも私もリーダーというよりは補佐向きなんだけどね。あと、ユウは絶対面倒臭がってやらないだろうし、橙子は怠け者過ぎて無理」
「そう考えると、東北ってちょっと面倒なメンバーが集まっているんですね」
「まあ、全国見回しても癖のないチームなんて無いけどね。ぶっちゃけてしまうと私は優勝してこのチームのリーダーを降りたい。で、セナにリーダーの権限を譲りたい」
寿に言われてセナはゴクリと唾を飲む。
「リーダー権限っていうのは結構強力でね、こまちの行動を制限することもできるわ。例えば『絶対にとある人間とふたりきりになってはいけない』なんてことも何かしらの理由をつければ可能よ。その理由はこじつけでも大丈夫」
「こじつけって、そんなのどうやって」
「そうね、『東北チームリーダーの秘書である能代こまちは、謀略の疑いのある相馬ひなたとふたりきりになってはいけない』とかね。セナが嫌なのってひなたさんでしょ?こまちってひなたさんのことを口では嫌がっていても心の底では信奉しているから」
「……」
寿の言うことにセナは心当たりがあった。
南アフリカでの一件の後付き合い始めてまだそれほど時間が経っていないにもかかわらず、こまちはセナよりもひなたからの呼び出しを優先することが何度かあった。
もちろん仕事のことであればセナも我慢するのだが、その何度かはすべてそれほど重要ではないような案件。はっきり言ってしまえばこまちでなくてもいいような用件だった。
「心当たりあるっていう顔ね」
「……まあ、確かに」
「じゃあ、優勝してリーダーになって、こまちを力づくでひなたさんから引き剥がしちゃいなさいな」
「でもそんなの卑怯な気がします」
「All is fair in love and warってね。手段なんか選ばず勝ったものが正義なのよ、戦争も恋愛もね」
寿はそう言ってセナの肩に手をおいて笑った。
「はい。到着」
寿はそう言ってJC寮の前に車を止めて振り返り、後部座席の静佳とタマを見る。
「って、やっぱり寝ちゃったか」
「…寝てない」
隣で寝ている静佳の頭を肩に載せたままタマが目を開いてそう言った。
「起きていたなら話し相手になってくれればよかったのに」
「静佳先輩が寝てからのほうが良いかと思っていたんだけど、そうでもなかった?」
いつもどおりの少し眠そうな目ではあるが、どことなくタマの眼光は鋭い。
「あはは、なんでそう思うの?」
「静佳先輩のトラウマが深くなるかなって」
「……」
「セナと話して戻ってきた後、悪いこと考えている時の顔になってたよ」
「タマはそういうところ、ほんと可愛くないわよね」
「私はセナやこまちと違ってそういう趣味ないし、女性から別に可愛く思われなくていい」
寿の様子がいつものとおりに戻っているのを確認したタマは少しだけ緩んだ口調でそう言った。
「それで、寿は何を考えているの?」
「まあ、いろんな荷物をおろしてそろそろ自分の好きなことやろうかなとか。そんな感じ」
「好きなこと?」
「もともと魔法少女に…というか、事件に巻き込まれて手足が不自由になるまでは先生になりたかったんだよね、私。だから、チアキさんと一緒に研修の先生をやろうかなって思ってる。それを最短で叶えるなら優勝して都さんにお願いするのが一番手っ取り早いでしょ」
「それでえこまちのことはセナに押し付けるってわけだ」
「ほんと可愛くないわねあんた。押し付けるんじゃなくて任せるの。あの子はもうひとりでも大丈夫だと思う…というか何かあったとしても、セナなら任せて大丈夫だと思うからお願いするのよ。まあ、言い方とかやり方とかはちょっと悪そうな感じも出してみたりしたけど、悪意はないつもりよ。で、東北チームもセナと彩夏がいればうまく回るでしょ。彩夏にはリーダーシップはないけど、裏方仕事は誰よりも得意。セナは裏方について理解しているし、あの子が本気になったらリーダーシップも十分発揮できる。戦闘で実力不足の部分はこまちが傍にくっついていれば補える。だから私は前線を退こうかなと思ってるのよ。もともとそれほど前線向きでもなかったし」
前線向きじゃないという寿の言葉を聞いて、静佳から決戦の時の寿の様子を聞いていたタマとしては(寿は誰よりも前線指揮官向きだと思うけど)と思ったが、本人が否定しているのにそれを言っても水掛け論にしかならないので言葉にせずに飲み込んだ。
「なるほど、そういう理由で今日突然やる気を出したわけだ」
「まあね。ここまでチームは一勝一敗一分けで来ていて、順位もそこそこのところにいるし、3戦3敗、すべて棄権で来ている私相手になら、この先敵チームも油断して勝ち星を計算しつつ弱い子を当ててくるだろうから私で勝ち星が拾える可能性が高くなる。ということはつまりこの先チームが勝てる可能性が高まる。イコール、優勝の可能性も見えてくる。だったら優勝してやりたいことやりたいじゃない」
「でも、東北は寿がいなくても大丈夫なのかな」
「誰かがいないと回らない組織なら、その誰かがいても遅かれ早かれ瓦解するわよ。というか、個人で戦う関西や朱莉が引っ張る関東と違って、東北はもともとチームワークで戦うチームよ。一応リーダーは必要だけど、いざとなればちゃんと助け合えるそういうチームを精華さんの時代から作ってきたつもり」
そう言って寿は前を向いて、ヘッドレストに頭をあずけて一つため息を付いた。
「まあ、それもこれも彩夏が帰ってきてくれればっていう条件付きだけどね。セナには期待してるけど、一人でまとめられるとまでは言えないと思う」
「でも寿のことだからそこもちゃんと考えているんでしょう?」
「ふふ、それはもちろん…………ノープランよ」
寿はそう言ってハンドルに突っ伏す。
「なんで今タメたの!?っていうか、この間精華さんに、安心してくださいとか言ってなかった!?」
タマがそう言って身を乗り出すと、静佳の頭はタマの肩から落ちて膝の上に乗った。
「それは…みんなに色々言われるから適当に返してるけど、あの子私と同じで何考えてるのかよくわからないのよ!」
(ああ、一応自分が何考えているか周りからわかりづらいって思われている自覚はあったんだ)
「っていうか、いじわるしたらちょっとは反省するかと思って廊下で仕事しろって言ったら喜々として廊下で仕事するのよ!?意味分かんないわよ!」
寿はそう言って両手で顔を覆って大きな溜息をつく。
「…戻ってくるとは信じてるけど、相手があの蒔菜だからなあ…ああ…彩夏が戻ってこなかったら流石に抜けるって言えないわよね…」
「というか、蒔菜ってあの蒔菜でしょ。そんなに厄介なの?私は彼女がいた頃は大体寝てたからよく知らないんだけど」
「ああ、そうか。タマは蒔菜とこまちがなんで揉めたかよく知らないのか。実はね…」




