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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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All is fair in love and war 1

「降参」

 試合開始早々、そう言い出した寿は、変身を解除して控室に戻るために歩き出した。

「って、おい!戦えよ!」

 楓はそう言って寿の服の裾を掴むが、寿は一つため息を付いてその手を払った。

「いや、私そういうキャラじゃないですから。上位36人に入るだけの実力があるってことは示したし、本戦出場者は報酬据え置きでしょう?だったらそれ以上は別に望んでないですから」

「キャラとかギャラで仕事すんなよ!」

「あなたと朱莉にだけは言われくないです!っていうか、オヤジギャクやめてください。朱莉やひなたさんじゃあるまいし」

「ってあの二人はマジでオヤジ……ああ、でもあたしも最近…」

 寿の一言に心あたりがあるのか楓はそう言って頭を抱えてうずくまる。

「気をつけないとイズモに愛想つかされますよ」

「いや、それは大丈夫。あいつオヤジギャグ好きだし」

 ショックから立ち直ったらしい楓はそう言って顔を上げて白い歯を見せて笑った。

「ちょっと意外かも。あの子そういうの嫌いなんだと思ってた」

「意外に好きなんだよ。あいつ父親早くに亡くしたから父性ってやつに憧れみたいなのを持ってるからさ」

「オヤジギャグは父性って言いません」

 そう言って一つ溜息をつくと、寿は楓を置いて歩き出す。

「まあ、待ってって。どうせ控室は隣なんだし一緒に戻ろうぜ」

「嫌ですよ。楓さんと二人きりで一緒にいるのなんか見られたらイズモに何されるやら」

「それも大丈夫。むしろ最近すこし距離を置こうかって言われているから」

「全然だいじょうぶじゃないじゃないですか!」

「え!?」

「え!?じゃなくて!はぁ…イズモは本当にこの人の何がいいのやらって、良くないから距離を置こうとか言ってるのか…」

「いや、好きだけどあんまり一緒にいすぎるのはよくないとか言われたんだぞ」

「そういう恋人同士のやり取りを細かく言わなくてもいいですから」

「そういや、恋人同士といえばさ、寿は――」

「回りくどい事しなくていいですよ。こまちとセナのことでしょう?」

「あ、知ってたんだ」

「まあ、あれだけあからさまに仲良くなっていれば薄々は」

「え?そんなにわかりやすいのか?」

「セナが着々と調教されてますからね」

「……東北チームってマジで怖いな」

「東北で一括りにするのやめて欲しいんですけどね。私や彩夏、それに瑞希は割とまともですし。それに橙子も性欲よりは食欲ですよ」

「それってつまり桃花とか他の人間はほとんど…」

「いや、ユウも夏緒もまともですよ。というか、楓さんはほとんどの子を知らないでしょう」

 実際、寿の言うとおり東北のご当地で楓が知っているのは北海道の瑞希と福島の桃花くらいで他のご当地魔法少女のことはよく知らなかったりする。

 これは楓の『強くない奴にあんまり興味が無い』という性格から来ているのだが、本人はあまり自覚がない。

「まあ、桃花は確かに変態ですけど、あの子はかなり特殊ですからね」

「まあ、元男なのに元女子グループのアイドルっていうかなり特殊な人間ではあるよな」

「しかもどっちも隠してないっていうかなりおかしな子ですから」

 寿はそう言って肩をすくめてから、一度止まって後ろからついてきていた楓にスピードを合わせて横を歩く。

「で、楓さんも私がセナに嫉妬してこまちとの仲を邪魔すると思っていたわけだ」

「…そう思ってる奴もいたな。朱莉とか」

「『あたしはそう思ってたぜ、がはははは』とか言って怒らせれば、私と戦えるかもしれませんよ?」

「楽しいバトルは大歓迎だけど、後々まで尾を引くようなのはごめんだからな。あと、あたしはそんな笑い方しないっての」

「そうですか」

 寿は楓の返事を聞いて少し楽しそうに笑うと、少し間を置いてから再び口を開いた。

「セナとのことは、こまちにとっては良い事なんじゃないかなって思ってますよ。私とこまちの関係って親友っていうところは間違いないですけど、あっちのほうは寂しいもの同士で慰めあってただけって感じですし、好きな子ができたならそれはそれで祝福しますよ」

「大人だなぁ」

「そりゃあ…何度も言っていますけど、私もこまちも楓さんより年上ですからね」

「そうでした。じゃあ彩夏のことはどうなんだ?」

「は?彩夏とはそういう事してませんよ?」

「いや、そうじゃなくて彩夏と蒔菜と寿の事。なんかみかん箱を廊下に出して作業させているらしいじゃないか」

「あれは、あの子がチラチラこっちを見て仕事に集中できないみたいだから外でやれって言っただけですよ。それに彩夏が蒔菜を選ぶなら、こまちと同じでそれはそれでいいかなって思っていますし、あの子が総務に行ったら書類仕事はかなりスムーズに行くだろうから、イズモや朱莉の仕事も減るだろうしいいことづくめじゃないですか」

「ドライだな」

「そうかもしれないですけど、別に今生の別れっていう訳じゃないですし、恋人でも夫婦でもないんですからちょっと離れるくらいどうってことないですよ。そもそも私は、魔法少女になる前は見送る側になるつもりだったんですし」

 寿の言葉を聞いて楓は彼女が立てこもり事件に巻き込まれる前、何を目指していたかを思い出した。

「そういえば教職を目指していたって言ってたな」

「そうですよ。高校の社会科教師になるつもりだったんですけどね」

「…だったら社会科じゃないけど、教導隊に入るのはどうだ?人を育てるっていう意味だと、ある意味教師と言えなくもないぞ」

 楓の言葉を聞いた寿は思わず苦笑いを浮かべた。

「で、自分は関西のチームリーダーに戻ると」

「まあ、そういうことだ」

 悪びれることなく笑う楓を見て、寿は溜息をつくことすら忘れて笑い出した。

「すこしは申し訳無さそうにしてくださいって」

「そうは言うけど、やりたいことをはっきりやりたいって言わなきゃ誰もわかってくれないだろ」

「そう…そうですね、確かに言わなきゃ誰もわかってくれないですよね」




 楓と別れた後、控室に戻った寿が珈琲を飲んでいると、精華が喜び勇んで戻ってきた。

「勝った!ついに勝ったわよ!」

 部屋に入ってきた時の精華のテンションで予測はできていたが、それでもはっきりと彼女の口からそれを聞いた寿の顔には笑顔が浮かんでいた。

 この日のために寿は精華と特訓してきたし、チームメイトである静佳にも(寿に対してトラウマがあるため)いい顔はされない中で協力してもらっていたし、橙子やタマにも一枚噛んでもらっていた。

 その努力が実を結んだというのに笑うなというほうが無理があるだろう。

「やりましたね。チームの勝敗次第ですけど、これで三位通過が見えてくるし、優勝も狙えます」

 寿は、つい先程楓に『上に行くことに興味はない』と言っていた人間と同一人物とは思えない事を言ってのける。

「寿の方は?」

「まだ未完成なんでぶっつけ本番ですけど、なんとかします」

「がんばってね」

 寿と精華がそんな話をしていると、今度は静佳とタマのペア、それに橙子が戻ってくる。


「どうだった?」

「もちろん勝った」

「というか、静佳先輩一人で完勝だった」

「いや、タマがいなかったら喜乃の必殺技は危なかった」

 静佳とタマがそう称えあっている後ろで、橙子は一人居心地悪そうに頭を掻いている。

「ごめん、負けちゃった」

「橙子は松葉みたいな手数が多くてすばしっこいタイプは苦手だもんね。しょうがないわよ。というか私も負けたし気にしない気にしない」

 寿はそう言って橙子の肩をポンポンと叩く。

「さて、あとはセナだけど……」

 寿がそう言ってドアの方に目を向けると、他のチームメイトもなんとなくドアのほうを見る。と、そのタイミングでドアが開きセナが控室に入ってきた。

「え、な、なんですか?みなさんでこっち見て」

「勝った?」

「勝ったよね?」

「勝ちましたよね?」

「勝ったわよね、当然」

 寿以外の四人から異口同音に聞かれて、一瞬怯んだもののセナはすぐに「もちろんです」とにっこり笑って言った。

「よし!これで勝点3!まだ目はある!」

 最低でも同率四位。良くすれば単独3位もあり得る結果なだけに寿はいつもよりも高いテンションで立ち上がり、控室に備え付けてあるホワイトボードに向かう。

「次の試合はひなたさんチーム。余裕のある相手じゃないけど、精華さんが戦えるようになって、私の技が完成すれば勝てない相手じゃない!」

 そう言って寿はホワイトボードに両チームのメンバーを書き出す。

「まず、ひなたさん。ここは捨てるわ。当たった人はすぐに降参してOKよ。ということで残り4つで3勝するわよ。橙子と静佳」

「はい」

「あいよっ」

「あなた達をダブルスにするわ。理由はあなた達ならいくら時間を止められても彩夏じゃ撃破できないから」

「了解」

「わかったよ。耐えて相手の魔力切れを待つんだね?」

「まあ、それに近いけど詳しいことは当日ね。次、精華さん。誰とあたっても絶対に勝ってください」

「厳しい条件ね」

「でも精華さんは里穂にも桃花にも負けないでしょう?」

「あら、まるで相手が誰になるかわかっているみたいな言い方ね」

「そこはそれ、ある程度コントロールしますよ。セナも相手は桃花か里穂になると思うから対策考えておいてね。必要ならバックアップしておいたデータとか放送を録画したものを貸し出すから」

「は、はいっ」

 セナは寿に気圧されるような形で頷いた。寿はセナがうなずいたのを確認してからタマに視線を移す。

「タマ」

「わかった、ひなたさんだね」

「話が早くて助かるわ。査定下がっちゃうかもしれないけどゴメン」

「私があの人に手も足も出なかったとしても、そんなの査定には響かないでしょ。ただ―」

 タマはそこで一度言葉を切ると、その場で正拳突きを繰り出した。

「ただ、もちろん勝つつもりで行くから」

「その気持は大事だけど怪我しないようにね。医療班に治してもらえるとは言っても、怪我しないに越したことはないからね」

「了解」

 タマがそう言って頷いてから寿は一つ息を吸って呼吸を整え、口を開く。

「もちろん私も勝算ありよ。タマもやる気だし、どうせなら全勝で次の試合を終わらせましょう」

 寿がそう言って全員を見回すと、五人は口々に気合の入った言葉を口にした。

「OK、じゃあ今日は解散。タマと静佳は私がJC寮まで送るから車で待っていて。……それとセナ」

「は、はいっ!」

「話があるから残って」

 寿の言葉を聞いたセナは、この世の終わりを見たかのような顔色で固まった。


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