邑田朱莉殺人事件
突然、俺の背中に鋭い痛みと焼けるような熱さが走った。
「なん……で…」
振り返った先にあった顔を見た俺はそういうのが精一杯で『何か言わなければ、叫んで犯人を知らせなければ』頭ではそう思うものの言葉を口にすることはできず、俺の意識は急激に闇に飲まれていった。
嵐の山荘。
朱莉の遺体を安置した後、ダイニングに集合した柚那、愛純、朝陽、それに狂華は押し黙ったまま、めいめい一時間ほどの時を過ごしていた。
「どうしてこんなことになったんですかね…」
沈黙を破ってポツリと呟いたのは愛純だった。
「ボクは女性関係のもつれかなと思っているけれど」
狂華はそう言って読みかけのハードカバーを閉じて立ち上がる。
「ちょ、ちょっとお待ち下さいな狂華さん。それって……」
「そう。ボクは君たちの中に犯人がいると思っている」
狂華が自分たちを疑っているとわかった愛純は机を両手で叩いて立ち上がる。
「いくらなんでもあんまりです!私達が朱莉さんを殺すわけがないじゃないですか!というか、私達じゃあの人にはかなわない!そういう意味じゃ狂華さんのほうこそ怪しいじゃないですか!」
「どうだろうね、朱莉は昨日の昼間地元の女の子と仲良くでかけていたし、それを見て妬む子もいるんじゃないの?」
狂華はそう言ってずっと黙っている柚那に視線を向けた。
「ひどすぎる!柚那さんはついさっき恋人を失ったばかりなのに!」
「恋人を失ったにしては随分と落ち着いているじゃないか。普段の柚那ならもっと取り乱してそれこそボクらを無差別に殺しにかかってきそうなものなのに…愛純だってわかっているだろ?柚那がそうやって同情心を引こうとしているって。それとも愛純もグルなのかな?」
狂華が挑発するようにそう言うと愛純は飛びかからんばかりの表情で「ふざけるな!」と叫んだ。
「あんたが犯人の一人だ!間違いない!」
「まあまあ、愛純。狂華さんもあまり愛純を挑発しないでください。ただ…私も柚那さんの態度は少し気になりますわ。一応、釈明をお聞きしましょうか」
朝陽はそう言って柚那に話を振るが柚那の反応は相変わらずいつもの彼女のイメージてゃ違うものだった。
「そんなことをしても朱莉さんは喜ばないからだよ…今、私が朱莉さんにしてあげることができるのは犯人を捕まえること。それ以外にないもん」
「犯人が何を言っているのだか」
「テメェ…」
「狂華さん!愛純もおやめなさいな」
朝陽はそう言いながら殴りかかろうとする愛純と挑発を続ける狂華の間に割って入る。
「朝陽も怪しいよね。普段だったらそんな風に冷静じゃないでしょう、一番取り乱しそうなのに」
「そ、そんな、狂華さん!私は貴女の…」
「弟子だったとしてもそんなことは、なんの足しにもならない。なにせボクらの手元にある魔力をおさえる手錠はひとつだけなんだから確実に犯人を捕まえないと」
別室で四人の様子を見ていた俺は四者四様の演技とゲームの進め方に感心していた。
そう、これはゲーム。要するにワンナイト人狼なのだ。四人のうち二人が人狼、二人が村人。吊るす代わりに一人でも人狼を拘束できれば数的有利になる村人の勝ち。逆に間違った人間を拘束すれば人狼の勝ちとなる。
ちなみに俺は「減らず口を叩くのが得意でこういうゲームだけ無駄に強そうだ」というとても理不尽な理由で、シナリオ上必要な最初の犠牲者に選ばれゲームに参加することなく死んだ。
まあ、一応死ぬ前の刺されるシーンで出番があるので出番がないわけでもギャラがないわけでもないし、最終的に夢オチではないが、これはゲームの回想だというシーンが入るので劇中で死ぬわけでもないので別にいい。
なぜ俺たちが突然こんなことをしているかと言えばはっきり言って尺稼ぎだ。
いろいろ問題があって関東vsJCがダイジェスト版になった関係上、本来JC戦を放送するはずだった回の尺を埋めなければいけない。そんな理由で急遽企画されたのがこのお手軽企画というわけだ。
何がお手軽って、この企画には戦闘シーンの編集もいらなければ、シナリオすらもいらないのだ。なぜなら、基本的に全編同じ場所で同じ画。カメラの寄り引きはあってもこの場所で展開される演劇のようなドキュメンタリーなので、編集は不要。本人たちが自分以外の役割を知らないが故に必要な状況説明以外はすべてアドリブなのでシナリオもいらないというわけだ。
さらには一応山荘までロケには来ているが、同行しているのはチーフディレクターとカメラ兼ディレクターの二名。運転手は俺といった具合にもはやどこぞのローカル局の旅番組のような布陣なので金などほとんどかかってない。
最終的に勝った陣営に賞金が出るので、金は少しかかるが、それでも通常の番組を一本作るよりはかなり割安だ。
「ちなみに、役割って教えてもらえないんですよね?」
俺が隣で一緒に画面を覗いていたチーフディレクターに尋ねると、チーフは首を横に振った。
「いやぁ、それ聞いちゃっちゃ面白くないでしょう。どうです?ちょっとした賭けをしてみませんか?」
「賭け?」
「四人で行う審判までの間に邑田さんも誰が人狼かを予想して当てる。で、当たったら帰りに何か我々が奢るというのは?」
「それ、外れたら俺が奢らされるんですよね?」
「賭けですからな」
まあ、のんびり見ているだけっていうのもつまらないからそれもいいか。
「乗りましょう」
「いやあ、さすがさすが。では彼女たちのゲームに戻りましょうか」
「アリバイは関係ないんですよね。私達は誰でも朱莉さんを呼び出せたし、最後に会ったのが誰かっていうのも、複数犯で偽証ができる以上、あんまり意味が無い」
少しクールダウンした愛純がそう言って三人の顔を見回す。
「一応、言っておきますけど私は犯人じゃないです」
「それはボクも宣言しておこうかな。ボクは犯人じゃない」
「わ、私も違いましてよ」
「私でもない…まあ、これにも意味はないですよね」
「そうかな?ボクは今の宣言で犯人がわかったけど」
狂華はそう言って朝陽を見る。
「わ、私は違います!私は犯人じゃないです」
「そうだね。朝陽は犯人じゃない。流石にそこまであからさまに言葉をつまらせたり話しないだろうからね」
「私もそう思います」
狂華につづいて柚那もそう言って頷く。
「ははは、そうなると犯人は柚那と愛純っていうことになるけど」
「そうですか?愛純と狂華さんっていう線もありますよ」
「え…ちょっと柚那さん?」
柚那のセリフを聞いて愛純は狼狽する。
「酷いなあ、愛純は柚那をかばっていたじゃないか」
「そうですね、それで狂華さんと揉めた。でもそれもお芝居なんじゃないですか?私に愛純は味方だと誤認させて誰を拘束するか決める段階になって狂華さんなり朝陽なりを指ささせる。で、狂華さんと愛純は私を指差す。それで二票。私は愛純を味方だと思っているから、狂華さんか朝陽を指差す。朝陽に対して狂華さんが疑いを持たないふりをすることで朝陽の票は愛純か私に向くので二対一対一で私が狂華さんを指さしても私が拘束されると」
「私が柚那さんを騙してるっていうんですか!?」
「ごめん、朝陽が違うってなると、愛純と狂華さんを疑うしか無いんだ」
「じゃ、じゃあほら、狂華さんで良いじゃないですか。というか、狂華さんと朝陽ですよ、きっと」
「あ、愛純!?」
「その線もなくはないけど…朝陽、あなたさっきから自分の意見を全然言っていないけど、誰が犯人だと思っているの?」
「わ、私はその…柚那さんが…」
朝陽はそう言って申し訳無さそうに柚那に視線を向け、朝陽から疑われた柚那は面白なくなさそうに口を開く。
「ふうん、根拠は?」
「そ、そうやって変に強気なところです。狂華さんも最初に言ってましたけど、なんだか柚那さんらしくないです」
「それなんだよね」
朝陽の言葉に狂華が大きく頷く。
「そ、それを言ったら狂華さんだってなんで最初から戦闘モードなんですか!」
そう言って柚那を援護したのはついさっき柚那に疑われた愛純だった。
「やる気まんまんなのがすごく怪しいです」
「そ、それを言ったら愛純だって、柚那に肩入れしすぎでしょ」
「そうですか?狂華さんと朝陽ほどじゃないですよ」
「ぐ……」
「ど、どうしますの?そろそろ時間がですわよ」
画面の中では投票前の最後のシンキングタイムということで5分ほど休憩が取られている。その間も説得や工作は可能なのだが、4人はまったく言葉をかわさずに考えこんだり、飲み物を飲んだりノートに時系列をまとめたりしている。
「わかりました?」
四人がこれ以上会話をする気がない。イコール、ヒントは出尽くしたと踏んだチーフが俺に話しかけてくる。
「まあ、一応」
二人共、意外に役者なんだなあという感じだけれども。
「どっちかでいいんですよね?」
「二人当ててもいいですけど、奢るのは一人分ですよ」
「んじゃ、朝陽と愛純」
俺がそう言うのとほぼ同時に投票が行われ、柚那は狂華さんを、狂華さんは柚那を、そして愛純と朝陽は狂華さんを指差した。結果は狂華さんが3票、柚那が1票。
と、同時に画面の中で部屋の照明が暗転する。
「正解」
「ですよね」
主に発言をしているのは狂華さんと柚那のみ。朝陽と愛純は煽っているだけで、そんなに深く入り込まないようにしていた。それは多分狂華さんと柚那を対立させると同時に二人から敵視されないためだったのだろう。
それぞれどちらかから敵視されている分には入っても一票ずつ。愛純と朝陽が同じ人物を指差した時点で勝ちが確定する。
だから、途中柚那と狂華さんからヘイトを集めた愛純は狼狽えたが、それでも柚那に味方をしつづけることで柚那のヘイトを消した。逆に朝陽は柚那からのヘイトは怖くないので柚那を攻め続けた。というわけだ。
まあ、結果的には最後まで柚那と狂華さんがいがみ合ってくれたおかげでふたりは無傷で勝利できたのだが、途中のヘイトコントロールは見事だったといえるだろう。
というか、あの二人実は凄く腹黒いんじゃないだろうか。愛純はなんとなく知ってたけど、朝陽は食欲という欲望に忠実な裏表のない子というイメージだっただけにギャップがあってちょっと怖い。
まあ、もともと勉強はできるし、本気をだすとデキる子なのかもしれない。いずれにしてもこれからは朝陽に対する態度をちょっと改めようかな。
俺がそんなことを思ったのもつかの間。帰りの車内で朝陽が何も考えてなかったことが判明してしまった。
判明してしまったのだが、少し経つとそれすら朝陽の戦略のような気がしてしまい、俺の中にはモヤモヤが残った。
人狼ゲーム。恐ろしい子。
尺稼ぎなのでオチはないです。
いや、いつもオチてないけど。




