反省会の後
真白ちゃんを救出した後に現着した翠が徹底的に検査をした結果、命に別状はなさそうだということではあるものの、その日目を覚まさなかった真白ちゃんは一応経過を観察することになった。
……何故か関東寮で。
「なあ、医療研に運んだ方が良いんじゃないのか?万が一何かあった時に向こうの方がすぐに処置できるだろ」
寝ている真白ちゃんにずっとついている必要もないからと翠に引っ張ってこられたラウンジで、俺は翠があえてここに真白ちゃんを泊めると言い出した意図を確認することにした。
ちなみに今真白ちゃんには和希がついている。
「そう?あかりんの弱体化の原因を見つけることができなかったあの人達が真白ちゃんに何かあった時にすぐ対処できるとは思えない……のよー」
「いや、俺と二人のときはキャラ作りしなくていいから」
「油断して素で話してるとー、いざというときに素が出ちゃうものなのー。愛純ちゃんも油断して大変なことになったでしょう~?」
「なんでや!愛純関係ないやろ!」
たしかに大変なことになったけど。
「キャラ作りも体型維持も緊張感が大事なのー」
「…ああ、そっすか」
どうやら彼女は、どうしてもキャラ作りを辞めるつもりがないらしい。まあ、俺としては別に不都合があるわけじゃないから良いんだけど。
「でもなんで基礎研じゃなくて寮なんだ?」
「ここならあかりんもいるから万が一真白ちゃんがまた暴走しても止められるでしょ」
「いや、実際のところ、今回俺は全く役に立ってなかったんだけどな」
試合の後の反省会という名のお説教部屋でも都さんに『あかりちゃんは優秀ね~、どこかの朱莉と違って~』とかチクチクやられたくらいだ。
「そうかなー、でもあかりんがリーダーシップを取ったからああいう結末になったんだと思うよー」
「…ごめん、やっぱりキャラ作りやめてくれ。なんか素のお前を知ってからだと話しづらい」
「しょうがないなあ。はい、やめたっと」
「すまんな。それで翠、医療研に任せなかったことについてなんだけどさ、暴走に対処できないって話だけなのか?何か理由があるんじゃないのか?」
「うーん…基礎研よりも危ない人が多いんだよね、医療研」
「そうか?みんな優しいと思うけど」
「そりゃあ貴重なサンプル様のご機嫌損ねるようなことは言わないでしょ。まあお仕事はきっちりやるみたいだけど、ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「医療研はもともと大江恵が仕切っていた部署の人間が多い。逆にうちはコウちゃんが仕切ってた部署が源流」
そう言いながら翠は両手の人差し指を立てて、人差し指同士をぶつけ合わせる。
つまり俺達の見えないところで何らかの諍いごとが起こっているということなんだろう。
「なるほど、そんな派閥闘争があったのか」
「闘争ってほどではないけどね。まあ一応都さんが手は打っているみたいだけど、奴らが万が一真白ちゃんのデータを大江恵に流したりしたらって考えるとムカつくでしょ?」
「それは確かにムカつくな」
この間喫茶店で会った時の彼女が素の彼女なら、俺としては彼女自身のことは嫌いではないが、彼女が今回やったことを考えると確かにムカつく。
「だから、彼女はうち預かりってわけ」
「お前すごいよな、あかりのいっこ上なのに色々考えてて」
「あかりちゃんだって色々考えてるんじゃないの?だから今回あんな離れ業をやってのけたわけだし」
確かにあの発想はなかった。というか、あかりの事をまったく戦力と見ていなかった俺からすると本当に驚きの結末だった。
確かにあかりは去年アーニャの腕をライフル化した辺りからナノマシンの形状変化に定評があるが、まさかあそこでああいうふうに使うとは思わなかった。というか、あそこにいた大江恵がナノマシンで作られた分身とは言え、あそこでああいう決断ができるのはすごいと思うのと同時に、我が妹ながらちょっと怖かったりもする。
「考えているっていうのは同意だな…それが良いかどうかは別として」
「良いって言って良いとおもうよ。チームリーダーとしてはチームの仲間を最優先にするのは悪いことじゃないっしょ」
「ただ、あいつはまだ中学生だし、あんな方法…」
「そんなん、私だってまだ16だし、普通に人生送ってたら女子高生。ところがなんの因果かこんなところで働いているし、じきに一児の母だよ」
「いや、お前は特殊だろ」
「私よりあかりちゃんとかみつきちゃんとか真白ちゃんのが特殊でしょ」
「……」
駄目だ、こいつには都さん同様口で勝てる気がしない。
「あんまり子供扱いしないほうがいいよ。あの子たちも着実に大人になっていっているんだからさ」
本当に、そのとおりなんだけどな。そのとおりなんだけど…
「寂しいんだよ、それが。さっさと大人になんかなったっていいことなんてない。だったらゆっくり大人になって欲しいってのが―」
「大人のエゴだね。まあ、気持ちはわからなくもないけどね」
そう言って、翠はコップを揺すってコップの中で揺れる珈琲を楽しそうに眺める。
「ただ結局ね、誰しも自分のことは自分でするしかないんだよ。大人も、子供もね。もちろん、手を取り合って助けあうっていうのは大切だと思う…でもね、だからこそ私は彼女を許せない。手助けをするんじゃなくて力や役割を押し付ける彼女のスタイルは許容できないんだ」
「押し付けるか…」
たしかに翠の言うとおり、真白ちゃんのことはもちろん、ひなたさん達を襲った一美ちゃんに花鳥ちゃん、それに風月の三人のことも押し付けだといえるだろう。
もともとあの三人はよくも悪くも自立していた。そこに大江恵が現れてそそのかし、三人を魔法少女に改造してああいう事件に至った。
「だから、これをどうするかも朱莉に選んでもらおうと思う」
そう言って翠はもっていたバックの中からアンプルを取り出した。
「……できたのか」
多分これは例のジュースを元にして俺に合わせた薬だろう。
「うん。これで朱莉は今までよりもパワーアップできる。朱莉が弱っていたのは、魔力の経路になっている部分の細胞がうまく機能してなかったせい。まあ、リンパが詰まってたみたいなことなんだけど、その詰まっている部分を直さずに今までと同じようなパワーを使おうとして細胞が働いていたから、詰まっていた部分以外の細胞が強くなっちゃって、それに詰まっている細胞が追いつけずに詰まってまたパワーダウンするっていう悪循環に陥ってたみたい。だから、その細胞を強化して魔力の流れを良くしてやるのがこの薬。あいつの技術を応用してるっていうのが癪だけどね」
「置き換えるって…だったら外科手術じゃないのか?もともと魔法少女化するときは外科手術だったろ」
「彼女は内科的な見地で人を魔法少女化する研究をしているみたい。今回の真白ちゃんの暴走なんかは、彼女の魔法少女化が進んだ…というか、魔法少女としての機能が自分の知らないうちに強化されたことが原因なんだよね。自分の使える魔力の認識と実際に使える魔力の量に誤差が生じて頭と身体がパニックを起こして暴走しちゃったっていうのが真相」
翠はそう言ってアンプルを机の上に置く。
「内科的な見地でって…飲み薬で人を魔法少女化するってことか?できるのかそんなこと」
「食物として取り込んだもので細胞が変異するっていうのはないことじゃないよね。魔法少女化するっていう、ある種進化を促す今回の薬とは真逆の話だけど、例えば狂牛病。あれは食べたものによって脳の細胞が変質する。あのメカニズムをつかえば、例えば飲むだけでがん細胞を健康な細胞に戻すなんてこともできるだろうし、今回みたいにナノマシン細胞に置き換えて魔法少女化を促すなんていうこともできる」
「おいおい…」
何考えているんだ、あいつは。
「あの人、ひなたさんに言ってたんでしょ?全人類を魔法少女化するって。まあ、不可能じゃないかもね。食べ物だの飲み物に本当に微量を混ぜて徐々に置き換えていけば外科手術の拒否反応を抑えることができて適性のない人の魔法少女化。なんてのも夢じゃないかも」
「恐ろしい話だな」
俺は、机の上に置かれたアンプルを手にとって蓋を折った。
「なあ翠、俺は適性ってのは身体が受け入れられるかどうかじゃなくて、心が受け入れる準備ができているかどうかだと思うんだよな」
「同感。正直持て余してるし」
「は?」
「一本だけとは言っても、流石にうちの国の貴重な主力にヒト試験なしのものは飲ませられないよ」
そう言って翠が指を振ると俺の前髪がすこしだけそよいだ。
「お前なあ…無茶すんなよな。コウさんもいるし、子供もいるんだから」
「まあ、職業柄知的好奇心は旺盛なんでね。飲んだのはほんのちょっとだけだし。変身もできないくらいで、今やったみたいにそよ風を起こすのが精一杯だから大丈夫だよ」
翠はそう言って笑うが、正直笑い事ではないと思う。
「そういう実験が必要なら俺がやるから、無茶すんな」
「……そうやってよその女に優しくしてると、ゆなっちが出てきちゃうよ」
翠はそう言ってケラケラ笑うが、それならそれで別に構わない。
「今こうしてお前に話していることはやましくないから別にいい。っていうか、今の話を柚那が聞いても同じことを言うだろうよ。朝陽だろうが愛純だろうがそれは同じだ。仲間が危ないことしようとしてたら誰でも止めるだろ」
「……ありがとね、コウちゃんに出会う前に朱莉に出会ってて、朱莉が男でイケメンで金持ちで高身長だったら惚れてたかも」
「コウさんっていうハードルがなくても他のハードルが高すぎだっつーの」
まあ、翠の表情から照れ隠しなのはわかるけど。
「とにかく、なんでも相談してくれ。医療研の裏を聞いちゃった以上、これからはこっちから基礎研に相談することも増えるだろうし、持ちつ持たれつ仲良くしていこうぜ」
「そうだね」
「それじゃあ、これはありがたくいただくぞ」
俺はそう言って翠が頷くのを見てから、アンプルの中身を一気に煽った。




