魔白 3
あかりと朝陽が真白を追っているころ、治療中の朱莉達のところにチアキが合流した。
「随分派手にやられたもんね」
「まあ、これだけやられても痛覚切っちゃえばなんともないし、二人がかりで回復魔法かけてもらえりゃなんとでも動けるんですから、我ながら便利な身体っすよ」
目を覚ました朱莉はチアキの軽口に軽口を返してみせる。
「ま、それはそれとして。詳しい話を聞きましょうか」
「チアキさんには話したと思うんですけど、真白ちゃんがパワーアップできるっていうドリンクがみつかったんです。それを過剰摂取した真白ちゃんは暴走。和希を求めてさまよっているっていうわけです。ちなみに現在和希はあかりとみつきちゃんが保護している…はずですけど、正直荷が重いと思うんで、えりと深谷さんを連れて助けにいってもらえると助かります」
「うーん…私達が行ったところで、どうせ追いつけないから真白を止めるのはかなりきついと思うんだけどね」
「それでも、数合わせでも行ってもらったほうが勝率は上がると思います。俺ももう少し治療を受けたらすぐに行きますんで」
「じゃあ先に行ってるから、なるべく早くね、それと…最悪の結果になることも覚悟しておきなさいよ」
「…はい」
朱莉がそう言って神妙な顔でうなずいた時だった。
「そのひつようはないよー」
この場にそぐわない緊張感のない声が響き、一同が振り返ると、そこには白衣姿の翠が立っていた
「翠!?随分早いな」
「こんなこともあろうかっていうやつでね、実は電話する前に近くまで来ていたんだ。で、これが真白ちゃんの解毒剤で、こっちが朱莉のパワーアップ用のドリンク。ささ、ごくっと」
翠はそう言って柚那と恋を押しのけるようにして、右手に持っていたペットボトルを朱莉に押し付けるように渡す。
「これ飲むとパワーアップすんの?本当に?」
「それどころか、体力も魔力も全回復するよ」
「そっか…ありがとよ」
朱莉はそういって渡されたペットボトルを握りつぶした。
「何しているんですか、朱莉さん!」
「そうよ朱莉、せっかくこれでみんな一緒にあかりちゃん達の救援に向かえるところだったのに!」
柚那と恋はそう言って非難するが、チアキは黙ったまま少し離れたところで翠と朱莉を観察するように見ていた。
「そ、そうだよー、柚那ちゃんと恋ちゃんの言うとおりだよー」
「ああ、そうかそうか。なるほど。あの時俺が感じていた違和感ってこれか。うん、なんかすっきりしたわ」
柚那と恋、それに翠の非難などどこ吹く風といったような表情で朱莉が笑いながらつぶやく。
「そりゃあなんか気持ち悪いわけだよな」
「き、気持ち悪いってなんのことなのー?早くしないと手遅れになっちゃうのよー」
「口調は似せてるけど、お前、翠じゃねえな?」
「もう!何を言ってるのー?今はふざけている場合じゃないのー!」
「そうですよ、朱莉さん!」
「ああ、ふざけてる場合じゃねえんだよな、確かに。だからこそ今翠がキャラ作りしてるのはおかしいんだ。翠ってやつは、こういう局面でまでキャラ作りに固執するほどアホじゃねえし、全回復してパワーアップなんて、合わせた時にどんな副作用が出るかわからねえような危ねえ物をこの局面で出してくるほど脳天気でもねえんだよ。お前が本来どういう立場でどういう人間かわからないしどうやって入ってきたか知らないけど……お前、坂口さんだろ?」
「なにを言っているの朱莉ちゃん。翠ちゃんと坂口さんじゃ身長だって全然違うし、だいたい坂口さんがどうしてそんな回りくどいことをしなきゃいけないの?」
「そうだよー、深谷さんの言うとおりー」
「ほらまたミスった。あんたあんまり親しい人居ないだろ?いたとしてもニックネームとか変なアダ名つけたりとかそういうことしたことないだろ?って言っても深谷さんの呼び方は、そういう経験があっても多分わかんねえだろうけどさ」
朱莉の指摘に、一瞬だけ翠の顔に焦りの色が浮かんだ。
「そんなこと、それこそ朱莉が言うようにキャラ作りをしている場合じゃないと思ったからちょっと崩れちゃっただけで…」
「崩れたならそこで諦めて全部崩すし、崩さないと決めている時はかけらもキャラを崩さない。そういう人間だと思うぜ、川上翠ってやつは」
朱莉はそう言って笑ってから「昨日のも多分わざとだと思うしな」と付け足す。
「それと、身長は一時的に何とかするくらい魔法少女なら誰でもなんとでもできるだろ。それこそ幻を見せる魔法とかでさ。まあいいや、もしお前が翠だって言うなら、普段深谷さんの事をなんて呼んでいるか答えてみろよ」
朱莉がそう言って翠を見ると、それに倣ってその場にいた全員が固唾を呑んで翠を見た。
「えと……な、なっきー…?」
「アホ、翠は深谷さんのことは深谷さんって呼ぶんだよ」
「くっ……私としたことがこんなことで」
「おかしいなとは思ったんだよ。教師をやっている時の深谷さんは魔法少女やっているときよりも若干顔を老けさせているだけだから深谷夏樹の面影はあるけど、教師として行動する時に『深谷夏樹』って名乗るわけがないんだ。それなのにあんたは俺と二人で会った時、最後の別れ際に深谷さんのことを深谷さんって呼んだんだ。そこは本来、浅川さん、もしくは浅川先生って呼ばなきゃいけないのにな…さあ正体を現せ!お前は一体誰だ?」
そう言って朱莉がどこかの名探偵よろしく翠を指差すと、翠の顔からヘラヘラとした笑いが消え、自分以外のすべてを見下しているんじゃないかとすら思える視線で朱莉を見る。
「誰だお前は。か……はははははっ!君たちの危機管理体制は一体どうなっているんだろうな。少し前に丁寧に名乗りを上げてやったというのに、さっぱり情報共有ができていないようだ。そんなことでは他国はおろか、国内の組織にすら足をすくわれかねないぞ」
翠がそう言って笑うと、彼女の身長はあっという間に30センチ近く伸び、顔も体型も全くの別人へと変化をする。
「恵…?」
その場にいたメンバーの中で唯一彼女と面識のあるチアキが名前を呼ぶ。
「ああ。久しぶりだねチアキ」
「そうね、二年…三年ぶりくらい?」
「正確には、2年と6ヶ月15日ぶり」
間髪入れずにそう答える恵に対してチアキは辟易したように溜息をつく。
「相変わらず細かいこと」
「そういう性分なんでね。まあ、会っていなかった期間のつもる話はまたいつかどこかですればいい。今は甲斐田真白のことだ」
「あら、まさかあなたが助けてくれるとでも言うの?」
「ああ。私が彼女を引き取ろう」
恵は当たり前のことの様にそんなことを口にするが、その場にいる中で彼女の性格を知っているチアキ以外の人間は殺気立つ。
「ちょっとまて。恵ってことは、お前が南アフリカで桜ちゃんに大怪我させて、いろいろ悪さをしたっていう、大江恵って奴か」
朱莉の言葉に、恵はやれやれと首を振る。
「悪さとは心外だな。私のしたのは実験さ。人類が幸せに暮らすために必要なね」
「その実験で不幸になっている人間の友人の前で言うこっちゃねえな」
「些細な事を気にしてはいけないよ。大事の前の小事。70億分のいくつという程度の些細な不幸、誤差にもならんだろう」
「…その、誤差にもならない数の中に真白ちゃんも含めようってか?」
「やっぱり君は話が早いね。この間の喫茶店での時間。あの時間は実に楽しく、有意義な時間だったよ。まあその代償として私がこの騒ぎを収めようという話だよ」
「恵、ふざけるのは―」
チアキがそう言って恵をたしなめようとした時だった。
「ふざけんじゃねえぞテメエ!テメエで火つけといて消してやるから礼をよこせだぁ!?」
朱莉はそう言うと同時に恵を殴り飛ばした。
「テメエだけが悪いとは言わねえよ、俺も不注意だった。どんな影響が出るかわからないようなもん、仲間の誰にも渡すべきじゃなかった。でもな、それでも、俺に落ち度があったとしても、俺は俺の仲間を不幸にしてやるって笑ってる奴と握手して、後はよろしくなんて言えるほど、大人じゃねえんだよ!」
朱莉がそう叫んで更に追撃に移ろうとしたところを、チアキが抑えこむ。
「はいストップストップ」
「とめないでくださいチアキさん!なんでこんな奴をかばうんですか!」
「落ち着きなさい!さっきのはこのバカなりの場を和ますジョークなんだから」
「バカ…?おいおい、バカって言ったのか、私のことを。たかが料理人風情が」
恵は先程朱莉に向けたようなすべてを見下したような視線をチアキに向けたがチアキはそれを位にも介さない様子で一つため息をつく。
「はあ…そのたかが料理がてんで駄目だったのはどこのどなた?あんた適正検査以前にそもそも研究と実験以外のことが全くできないじゃないのよ。料理だけじゃなくて家事全滅運動壊滅コミュニケーション能力最悪って…正直言って、万能包丁で指飛ばしかけたり、トラックで転んで複雑骨折したり周りにいる人間全員と喧嘩する奴なんて、長い人生で初めてみたわよ私は」
「……そんな過去は忘れたな」
先程までの尊大な態度は鳴りを潜め、恵は少し気まずそうに視線をそらす。
「ちなみに精華は料理できるようになったからね」
「嘘っ!?」
「ほんとよ。っていうか、その反応じゃあ、あんた料理は未だにできないみたいね」
「か、金で解決できることは金で解決すればいいだけだ」
「あんた、本当に行き遅れるわよ」
「行き遅れている人間に言われたくはないな」
チアキは無言で余計な事を言い出した恵の頬を叩く。
「残念ながらもう貰い手はみつかったの」
「じゃあなんで叩くんだ」
「ムカついたから」
「…じゃあしょうがないな」
「しょうがないわよね」
(((((いや、しょうがなくはないだろう)))))
五人は五人とも異口同音に同じようなことを心の中で突っこんだ。
「で、手伝ってくれるってことで良いのよね?」
「ああ、もちろん。今の甲斐田真白はいわば自信の魔力の限界を超えた状態…早い話がレッドゾーンに入ったままの状態でアクセルを踏み続けているようなものだ。ああ、ちなみに最近の車は滅多なことではレッドゾーンに入らない様になっているし、いよいよまずいとなれば安全装置が働いて――」
「手短に」
長くなりそうな気配を察してチアキがそう釘を刺すと、恵は一つ咳払いをしてから話を続けた。
「まあ無茶な魔力の使い方をしているから魔力切れもそう遠くない未来に起こるだろう。だから放っておいてもそのうち止まることは止まるんだが、多分そうなった時には彼女の息の根も止まる。車とちがって彼女には安全装置がないからな。本来その役目は脳が果たすんだが―」
「手短に。つまりなんで手伝うの?理由は?」
「死なれると活きたサンプルが取れないから、サンプルを取るまでは彼女を死なせるわけにはいかない」
「だってさ。胸糞の悪い話だけど一応筋は通ってるわ」
チアキはそう言って朱莉を見る。
「あんたが一番上なんだから、今回の作戦にこいつを使うかどうかはあんたが決めなさい」
「俺!?いや、チアキさんのほうが…」
「私は二尉。あんたは今や一尉。というか、JCの統括はもともとあんたでしょうが」
チアキにそう言われ、朱莉は数秒間腕組みをして考えた後で口を開く。
「……使いましょう。今はわらにも縋りたい状況だし、いないよりはいたほうが良い。おいあんた。この薬は本物なんだろうな?」
「もちろん。彼女の変身を解除した後に飲ませれば、魔力を抑えて暴走を抑制することができる」
「……わかった、信じよう。柚那と恋はすぐに駆けつけられる程度に距離を取って、こいつと地上で待機。俺とチアキさんと深谷さんとえりはあかり達と合流だ」
そう言って全員が頷くのを見た後で朱莉は再び口を開く。
「絶対全員無事に帰るぞ」
朱莉がそう言うと、再び全員が頷いた。




