表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/809

男の戦い

 訓練生だった頃、俺はなんだかんだ同期の中で最弱だった。

 深谷さんはもちろん、魔力が安定しない俺は、柚那や恋、それに松葉にも負けることがほとんどだった。

 それでもまだ体力勝負のテストや組手のような訓練は普通の女の子だった柚那にはかろうじて勝てることもあったが、当時は知らなかったが、かつて義賊という名の盗賊だった恋や、逆に公安警察だった深谷さんには全く歯が立たず。その中でも特に歯が立たなかったのが松葉だった。

「お前のその変な格闘ってなんなの?」

 かつて俺は昼食時に松葉にそう訪ねたことがあった。

 しばらく考えてから松葉は俺のデザートであるプリンを黙って奪って蓋を開き、スプーンをつけてから「食べていいなら教えてあげる」と言ってきた。

 食べていいならもなにも、もうすでに食べてんじゃんとか、いろいろ言いたいことはあったが俺は松葉にプリンを献上する旨を口にし、松葉はご満悦な表情でプリンを平らげた後、一言こういった。

「忍者」

 彼女の正体を聞いて、あまりのインパクトに言葉を失った俺の皿からすきを見てその日の昼食のメインディッシュである焼き鯖を奪った松葉は身をほぐすこともなく骨も気にせず端からバクバクと食べていき、焼き鯖を飲み込んだ後で指を立てて再び口を開いた。

「短期間で上達するカリキュラムもあるけど、やってみる?」

 松葉はそう言いながら今度はメインその2である肉じゃがを狙ったが、俺はなんとかそれは阻止し、カリキュラムの押し売りもお断りした。

 ……などということがあったし、前の試合の後、和希が楓さんに弟子入りして楓さんが教導隊権限で松葉を特訓に動員していることもイズモちゃんから聞いていた。

 だが、正直二週間でこんなにも和希がパワーアップするとは…松葉流忍術・短期カリキュラム、恐るべし。

 あと『これは男の戦いだ』なんて言って、せっかくのダブルスなのにわざわざ和希とサシの勝負にした俺のバカ。


 抜けるような秋晴れの高い空。ポッカリと浮かんでいる白い雲。

 和希のラッシュで50メートルくらいふっとばされた俺は林の中で落ち葉の中に埋もれながら『ああもう秋なんだなあ』なんてことを思った。

 もちろん『こんな攻撃くらい屁でもないぜ、余裕しゃくしゃくで秋の景色を楽しんじゃうぜ』なんていう余裕があるわけじゃない。はっきり言ってしまえばただの現実逃避だ。

「俺はあんたを殴らないとならない」

 落ち葉を踏んで現れた、松葉と同じような忍者風の衣装に身を包んだ和希がそう言って俺の傍に立って顔を覗き込んだ。

 もちろん俺はここで『もう殴ってんじゃん』とは言わない。言いたいけど言わない。だってそんなこと言ったら、もっと殴られちゃうだろうし。

「一応、その殴らなきゃいけない理由ってやつを聞かせえてもらえると嬉しいんだけどな」

「あんたは真白を侮辱した」

 ついこの間まで先輩先輩と慕ってくれていたと思うんだけど『あんた』と来たか。なんかさみしいなあ。

「昨日チアキさんからも探り入れられたけど、そんな心当たりはないんだけどな」

「ふざけんな!」

 衣装で口元が隠れているので和希の目しか見えないが目だけでも和希が相当怒っているのが伝わってくる。

「真白は…真白はあんたのことが好きだったんだよ!」

「…知ってるよ。でも俺には柚那がいるし、真白ちゃんの気持ちに答えられないってことくらい、和希だってわかってるだろ?」

「だとしても、あんなことをいう権利は無いはずだ」

「あんなこと?」

 チアキさんの言っていた俺が真白ちゃんの気持ちを面白がってるとかそんなことか?でも俺には本当に全く心あたりがないんだが。

「そうかよ…あくまでとぼけるってわけだな。だったらもう話すことはない」

 和希はそう言って俺の襟を掴んで引き起こすと、そのまま傍にあった大木に叩きつけた。

 完全に油断していたこともあり、思い切り背中から叩きつけられた俺は激痛と窒息感に咳き込む。

「お…まっ……洒落にならねえぞ」

「こっちは洒落や冗談でやってるんじゃねえんだよ!」

 和希はそう言って倒れている俺を見下ろすが、追撃をしてくる気配はない。

「…おうおう、怖い怖い。なんだ?反抗期か?」

 俺は息が整って来たところで起き上がって和希を挑発する。

「テメエ…」

 俺のダメージはまだ抜け切っていないと踏んだのだろう、和希はおおぶりのフックを繰り出してくる。

「ハズレだ、馬鹿野郎」

 実際、最初のラッシュと今さっきのダメージはまだ抜けきったとは言えないが、俺だってそれなりに訓練して実戦も経験してきている。さすがにおおぶりもおおぶり、力いっぱい振り回しただけのフックになんか当たらない。

 それに右フックを空振りした和希は顔こそ俺の方を向いているが振りぬいた右腕が邪魔になって次の攻撃なり防御なりの動作がワンテンポ遅れる。

「せえのっ!」

 俺は和希のがら空きの背中に向かって自分の背中をぶつけて吹っ飛ばし、追撃に移る。

 しかし敵もさるもの。強引に空中で体勢を整えたかと思うと、こっちに向かって大量のくないを投げつけてきた。

「うぉっ、危ねっ」

 不安定な体勢での投擲だったせいか、まっすぐ俺に飛んで来るというよりは、ばらまかれたくないに俺が突っ込んだような形になったが、それでもやっぱりぶつかれば痛いものは痛いし、刃物が山程ある場所に突っ込むというのが怖いのも変わらない。

 一瞬怯んだ俺がスピードを緩めたところに、樹の幹を蹴って跳び、太い枝で勢いをつけた、ドロップキックと言うにはあまりに速い矢のような和希のキックが襲いかかる。

 なんとか紙一重でかわしたものの、和希はすぐに地面を蹴って跳び上がり、あっという間に森のなかに消えてしまった。

「くっそ…松葉のやつ、余計なこと教えやがって」

 訓練生時代、松葉を相手にするのに何が一番大変だったかといえばこのスピードだ。

 松葉は主に肉体強化、特に足を重点的に強化する戦い方が得意で、一旦ノリと勢いがつくと、そうそう止めることができない。というか、当時俺達の教官だったチアキさんですら最高に調子に乗った時の松葉を止めることはできなかったくらいだ。

 もちろんそんな強化した足で蹴ったりしたら樹の幹やら枝やらは簡単に折れてしまいそうなものだが、松葉いわく『足裏の魔法がバネの様になっているので安心安全』だそうだ。ちなみにキックが当たる瞬間魔法を硬質化させるので、蹴られても安心安全というわけではないし、両足揃えて突っ込んでくるキックは相当重いし痛い。というか、的確に頭を狙ってくるので魔法で防御しても防御の上から脳震盪を起こしかねないという危険極まりない技である。

「まあ、何にしても…面倒な相手と面倒な場所で戦うことになっちまったなあ」

 俺は一つため息をついて、今の和希にとっては絶好の狩場とも言える森を見渡した。




(勝てる。勝てる、勝てる、勝てる、勝てるぞぉっ!)

 和希は、心の中でガッツポーズをしながら森の中を駆けていく。

 前の試合から二週間、寝る間も惜しんで。というか、そもそも寝ている間も楓と松葉の襲撃に備えながらなので学校に行っている時間以外はすべて修行に費やした。

 すべてというのは誇張でも何でもない。和希はこの二週間、夜間の襲撃に備えて授業中は全部寝ていたし、宿題だって全部ぶっちぎった。もちろん普通にそんなことをすれば今度の中間試験や期末試験修行は絶望的、宿題忘れも含めれば二学期の成績は惨憺たる結果になる。そんなことは覚悟の上だったが、そんな覚悟を決めた和希にとって救世主が現れた。修行を初めた次の日に和希の様子がおかしいことに気づいたあかりにやむなく事情を話したところ朱莉に対する怒りに燃えたあかりから『宿題なんかぶっちぎれ!私がノートをまとめておいて、あとで補習してやる!』というありがたくも頼もしい言葉を頂戴し、さらにはあかりから事情を聞いて和希の炊事洗濯をやってくれたみつきなど、真白以外のJCチームのサポートもあって和希は心置きなく修行に打ち込むことができた。

 そして今日、この試合での朱莉に対する圧倒的なまでのポゼッション。

(俺は強い!)

 もちろん、真白に対する朱莉の態度が許せないという大前提は崩れていないが、調子よく試合運びができていることで和希のテンションは最高潮に達していた。

(勝つぞ、勝つ、勝って真白に全部話してもう一回付き合うんだ)

 真白からしてみれば身勝手極まりない話だが、和希にとってはこれで正々堂々胸を張って真白と向き合えるようになると信じている。

「おーい、和希どこだー?試合やらないと引き分けにされちまうぞー」

 和希が一休みしていた太い枝の上から下を覗き込むと、キョロキョロとあたりを警戒しながら朱莉が歩いてきたところだった。

(チャーンス…)

 心の中でそうほくそ笑むと、和希はよく狙いをつけ、勝利への願いと真白への思いを込めて跳ぶ。

(真白…もうちょっとだからな、もうちょっと待っててくれ…)

 和希の繰り出した必殺の蹴りはキョロキョロと周りを見回している朱莉の頭部めがけてまっすぐに飛んで行く。

 あと10m、9、8、7、6、5…

 あと一秒もかからず朱莉に直撃するというところで朱莉が和希の方に顔を向けた。

「悪いな、和希。その技は対策済みだ」

 朱莉はそう言って態勢を変えると和希の方に向かって両手を突き出し、ニッと笑う。

「名づけて松葉くずし」

 朱莉はそう言うと同時に、揃えてあった和希の両足を強引に押し開いた。

 裏掲示板事件の時に松葉が柚那の書き込みに対してレスをつけた『朱莉にされたこと』それがこの松葉くずしだ。

 松葉が『朱莉に松葉くずしで辱められた』という誤解を招きかねない、というよりも誤解を招く以外の効果がなさそうな書き込みをしたせいで柚那が怒り、結果朱莉は柚那に48通り試されるという、ある意味ひどい目にあわされたりもした。

 とはいえ、完全に誤解で辱められるようなことが全く無いかといえばそんなことはなく、突っ込んでくる相手の足を開いただけのこの技は勢いまでは殺しきらない。そのため、相手の股が思い切り開脚した状態で朱莉の顔面に突っ込んでくるという、ある種のプニングが起こる。あくまで試合中のことなのでやましいことはない、と朱莉は主張しているが、実際のところは本人以外にはわからない話である。

 とは言え、松葉くずしが決まった時の朱莉の対松葉戦の戦績は10戦10勝。ほぼ勝ちパターンと言っていい。

(さて、あとは捕まえて関節技で――)

 おしまい。と思いかけたところで、開いていた和希の足が勢い良く閉じ、朱莉の頭部をガッチリとホールドした。

(あ…やべ…)

 朱莉が危機を察知した時にはすでに遅し。両足で朱莉の首をガッチリホールドした和希はそのまま身体を捻って回転運動で横向きに朱莉を投げる。

(変形フランケンシュタイナー!?)

 次の瞬間、回転しながら地面に叩きつけられた朱莉の身体が勢い良く跳ね、その衝撃で朱莉はステッキである箒を手放した。

「これで終わりだ!」

 朱莉を投げた後すぐに体制を整えていた和希は振り向きざまに、跳ねた朱莉と手放された箒が一直線になるのタイミングを待って朱莉の腹部に強烈な正拳突きをお見舞いし、箒ごとふっ飛ばした。







勝てないなあ、朱莉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ