とにかく勝てない朱莉ちゃん 2
俺の依頼で問題のメーカーについて早速調べてくれた深谷さんは、放課後を待って彼女の現在の職場でもある学校へ赴き、カモフラージュのために学生かつ生徒会役員である真白ちゃんをピックアップした。
実を言うと俺はあかりの友人である来宮さんのことが苦手だったりするので、彼女ではなく真白ちゃんが来てくれたのは非常に心強いやらありがたいやらなのだが、真白ちゃんの方はそうでもないらしく、憂鬱そうな表情でずっと外を見ている。
「えっと…真白ちゃん、和希と何かあった?」
「…え?…いえ、特には。もう何もないです」
真白ちゃんはそう言って微笑むが、完全に目が死んでいて、その様子は如実に和希となにかあったと語っているのだが、とは言えこれ以上そこを突くのも無粋というか、大人げないので俺は深谷さんに話を振ることにした。
「これから行くメーカーってどういうところなんですか?」
「もともとはいろんな企業の下請けをやっていた小さなメーカーなんだけどね、少し前に経営陣が変わったんだかなんだかで自社開発を始めたんだって。それで、その試作品が回ってきて、それを飲んだ私と霧香、それに真白ちゃんが飲んでパワーアップしちゃったと。そういうわけ」
深谷さんは運転しながらそう説明をしてくれる。おそらくいろんな企業の下請けをやっていたということはそのいろんな企業のイイトコどりを(コンプライアンス的にどうかは知らないけど)したドリンクを作った結果、たまたまナノマシンの活性化を促すドリンクができたということなのだろう。偶然って恐ろしい。
「まあ、でもある意味大成功ですよね。たまたま開発したドリンクで世間に打って出ようと思った矢先にそんなスペシャルドリンクを作り出しちゃうなんて。これ、多分うちとかジャンヌのところも顧客になるだろうし、そうなったら結構大口ですよね」
「うーん…朱莉ちゃんはかなり楽観的に見ているみたいだけど、私はこのドリンクが世界中に出回るっていうのは、国防上あまり良くないことだろうなと思うし、私ですらそう思うってことは上の人も思うだろうし、そうなったらまあ言いづらいようなことをしてでもメーカーを握りつぶして、うちだけで独占ってことになるんじゃないかな。まあ、圧力でアメリカさんには提供って話になるかもしれないけど」
ああ、そうか。聖達の種族と一応和解をして、まだまだ問題があるとは言っても一応世界は平和になった。なったけど、平和になった分今度は魔法少女が地球人対地球人の戦争で使われる可能性が出てくるわけだ。そして、その戦争が起きた時にわざわざ敵になるかもしれない相手に情報提供するバカはいないと。そういうことか。
まあ、そういう意味で言うとアメリカが絶対的な味方とは言えないけど、深谷さんの言うとおり、なんらかの圧力が加わって提供せざるを得ない状況っていうのはあるのかもしれない。
「嫌だねえ、大人の世界は」
「そうだねえ」
俺と深谷さんはそう言ってあっはっはと笑うが、後部座席に座っている真白ちゃんは憂鬱そうに外を見たままだった。
件のメーカーに到着した俺達は、予めアポを取ってくれていた深谷さんのおかげでスムーズに応接室に通され、今日のアポの相手である広報部長兼研究主任の登場を待たずして早速例のジュースでもてなされていた。
「うん!なかなかうまい…ような、そうでもないような」
問題のジュースは甘からず辛からず、すっぱからず。だが決して不味からず。良くも悪くも普通の炭酸飲料でこれがナノマシンの活性化を促すという感じではない。味だけで言ったらそのへんのエナジードリンクのほうがよっぽどナノマシンを活性化しそうな味をしていると思う。
「朱莉ちゃんどんな感じ?」
「うーん…普通。別に体調良くもならないし、悪くもならない感じかな」
実際、目の前の飲み物は普通の炭酸飲料過ぎて体調の変化は全く感じられない。
「真白ちゃんは?なんか変化感じる?」
「え?変化って、どういうことですか?」
「いや、どうもこの飲料に俺たちのナノマシンを活性化する効果があるんじゃないかっていうことで、それを調べるために今日ここを訪ねたんだけど、真白ちゃん的にはなにか変化はない?こう、メキメキ力が湧いてくるとか」
「いえ、特には…」
やっぱりなんか元気ないなあ。もしかして和希の独占欲が強すぎて疲れちゃったりしているんだろうか。まあ、俺も最初は柚那の独占欲の強さに疲れきって明日が来るのが苦痛になっていた時期もあるので、その気持ちはよくわかるんだけども。
「深谷さんは?」
「前の時ほどではないけど、ちょっと元気が出たかも…ただ、真白ちゃんがなんともないなら、今感じているのはプラセボかもしれないけど」
「もしかして、製法変えちゃったのかな、だとしたら残念だけど」
「味は変わってないと思うんだけどなあ」
そんな話をしていると、部屋のドアを軽くノックする音がした後、アポを取った相手である広報部長兼研究主任と思われる人物が顔をのぞかせた。
「…お待たせいたしました。私、坂口と申します」
俺たちを見て一瞬驚いたような表情を浮かべた後、そう言って名刺を差し出した人物は、なんと女性だった。広報部長&研究主任という大層な肩書を持っている人物なので俺はてっきり男性だと思い込んでいたのだが、坂口祥子と名乗った女性はまだ20台中盤くらい、下手をすればもっと若く見えてしまうほど、極端に言えば幼さを残した女性だった。
「頂戴いたします。私、先ほどお電話させていただきました、浅川と申します。こちらは当校の生徒会書記、甲斐田真白と彼女の友人の邑田朱莉さんです」
深谷さんはつつがなく名刺交換を済ませると、そう言って俺と真白ちゃんを紹介し、名刺の持ち合わせのない俺と真白ちゃんは軽く会釈をし、坂口さんも「よろしくお願いします」と言って会釈を返してくれた後、俺達にも名刺をくれた。
「さて、先日モニターをお願いした飲料についてということでしたが…もしかして、何か問題がございましたか?」
「いえ、そういうわけではなくて。先に一点お詫びしなければいけないのですが、あの飲料、生徒会の生徒でモニターテストをということだったのですが、実は私ともう一人の教諭、それに邑田さんも試飲してしまいました」
「いえいえ、モニターは多いほうがいいので、アンケートにご協力いただければいろいろな方に試飲していただくのは大歓迎です」
「ありがとうございます、それでですね、試飲した結果、邑田さんのほうがこの飲料を気に入ってしまいまして…ご存知かとはおもうのですが、彼女が出演している魔法少女クローニクの撮影現場に差し入れとして持って行きたいということで、甲斐田の方から私に相談があったんです」
「なるほど、それは弊社としても大変うれしいお話です…ただ、モニター・アンケートの結果があまりふるわなかったものですから、あの飲料の製品化は見送り、先ほどお出ししたもので最後なんです」
「…そうですか、増産ですとか、再生産のご予定は」
深谷さんがそう尋ねると坂口さんはゆっくりと首を振った。
「ありません。もしプロジェクトを再動させるにしても、手を加えて社内テスト、モニターテストをしてということになるので、同じものはもう…」
坂口さんはそう言って申し訳無さそうな視線を俺に向ける。
「あ、いえいえ。私の方こそわがまま言ってしまってすみません、発売されていないものを欲しがった私が悪いので、お気になさらないでください」
正直、意気消沈では足りないくらいに残念な話だったが、ここで強硬に『何がなんでも作ってくれ』というのはどう考えてもおかしいので、俺はそう言って笑った。
「しかしなぜあの飲料を?」
「あ…ええと、あれを飲んでから少し体調が良かったもので、できれば撮影で疲れている皆にも飲んでほしいなと思いまして」
「邑田さんは最近あまり体調がすぐれないんですか?」
「……そうですね、ちょっと疲れやすいというか、そのせいで本来の実力が発揮できないというか。まあ、完全に自分の体調管理ができていないせいなんですけどね」
もちろん体調管理なんていうことはもうすでにやった。ここのところ夜間相談の受付も停止している(夜間は携帯の電源を切っている)し、早寝早起き、三食バランスよく食べるようにも心がけている。しかし、魔力は戻るどころかむしろ失われていく一方のように感じられる。
「もしよろしければ私が診察してみましょうか?」
「え?」
「いえ。私、これでも医師免許を持っているので、もしかしたら何かわかるかもしれません。ただ、工場の医務室になってしまうので、診察、検査と言っても簡易的なものになってしまいますが」
一応、ナノマシンは普通の検査をしただけでは通常の細胞と変わらないように見えるという話なので診察を受けるのは全く問題はないし、彼女の見解からうちの研究所の連中が解決の糸口を見つけ出してくれる可能性もある。
もちろん研究所の連中を変に凹ませないために伝え方は考える必要があるだろうけど。
「…じゃあ、お願いしてもいいですか?誰に聞いても疲労だろうとか、そういう話しかなかったので、できればそれ以外の観点で診ていただけるとうれしいです」
「わかりました、では早速診てみましょう」
坂口さんはそう言ってニッコリと微笑んだ。
診察と、検査を受けて数日後、坂口さんから連絡を受けた俺は工場の最寄り駅前にある喫茶店で彼女と待ち合わせの約束をした。
現在時刻は待ち合わせの30分前。俺はすでに席を確保し、本を読みながら彼女を待っていた。これは別に検査結果が待ちきれず。というわけではなく、この一年間『男性は早く来て待っているもんです』と俺を口酸っぱく教育し続けた柚那の努力の賜物だ。
「お待たせしました」
そう言って彼女が現れたのは待ち合わせの10分前。待ち合わせ時刻の前出あるにもかかわらず、彼女はまるで俺がすでに来ているのを見越していたかのように、キョロキョロと店内を見回して俺を見つけるとまっすぐにこちらに歩いてきた。
「いえ、私も今来たところですので」
俺がそう言って席を進めると彼女はすぐに対面に座り、注文を取りに来た店員にアイスコーヒーを注文すると、彼女が持つには少しイメージの合わない大きなカバンの中からA4サイズの封筒を取り出して机の上に置いた。
「結論から申し上げますと、あなたは全くの健康体だと思います」
資料を取り出して説明するまでもないと考えたのだろう、坂口さんはそれだけ言って封筒をこちらに押し出した。
「そうですか…」
まあ、研究所の連中にそれとなく検査をお願いした時もその結果は散々聞いてきたし、簡易検査でわかるような何かがあるとも思ってはいなかったので別にいいんだけど、やっぱり原因不明っていうのはあまり気持ちよくないんだよなあ。
「おそらく、例のドリンクで体調が良くなったというのも、プラセボではないかと思うのですが―」
彼女はそこで一旦言葉を切ると、かばんの中から二本のペットボトルを取り出した。
「たとえプラセボの効果だとしても、精魂込めて創りだした商品を気に入っていただけるというのは非常に嬉しいものです、なので作ってきてしまいました」
「え?でも再生産はないって話でしたよね?」
「工場単位での生産はできないですけど、レシピと設備さえあればビーカー単位くらいなら適当にちょちょいっと作れるんですよ」
「マジですか?」
「マジです。ただ、邑田さんは健康体で、諸々の数値も本当に問題ない範囲なのですが、厳しく見た時にちょっと気になるところがあったので、そこに効きそうなものを適当に加えてつくりました。あ、もちろん薬事法に触れるようなものは入ってませんので安心してください。あくまでプラセボの効果を高められたら良いなくらいのものですから」
そう言って坂口さんは笑うが、絶対なんか入ってると思う。まあ、なんとなくこの人はプロ意識がチアキさん的というか、ひなたさん的というか…違うな。都さん的なんだな。自分の仕事にプライドを持っているからそのプライドにかけて悪い結果を及ぼすようなことはしないけど、ルールをちょっとはみ出るくらいのことは平気でする。そういう感じを受けるので毒になるようなことはないだろうけど。
「ありがとうございます。大切に飲みます」
まあ、レシピというか処方が変わってしまったら、深谷さん達の時のような効果は期待できないかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。
俺の言葉に気を良くして作ってきてくれたものをわざわざ突っ返す必要もない。ありがたくいただこう。
「そう言っていただくと、こちらも作った甲斐があります。あ、あとこれ、真白ちゃんになんですけど」
「真白ちゃんにですか?」
「はい、この間あった時に少し元気がなかったようなので、少し元気になるお薬……元気になるって昔から伝承のある成分を入れておきましたので」
お薬って言った!絶対今、この人お薬って言った!
「……その成分ってヤバイやつじゃないですよね?彼女現役中学生ですからね?何か起こったら本当に大問題ですよ?」
ドラッグとかハーブとかいろいろ問題になりそうなものだと本当にヤバイ。いや、解毒はできるから体調に異常をきたすような事はあんまりないと思うけど、そんなものが入ったドリンクを俺が真白ちゃんに渡したってなったら俺の立場が本当にヤバイ。
「あ、そういうヤバイやつじゃないです。本当に、マジで」
砕けた口調が非常に怪しい。
「…信じますよ?」
「信じてください、本当に悪いものは入っていませんから」
人を見る目がないと言われること多数な俺だが、今の彼女からは悪意は感じ取れないと思った。一人の医師としてなのか、研究者としてなのかは分からないが、誇りを持って作ってくれたのだろうと思えた。
「わかりました。一応真白ちゃんには渡しておきます。ただ、飲むかどうかは彼女の判断に任せますからね」
「はいっ!」
坂口さんはそう短く返事をすると今までの笑顔以上に、心底嬉しそうな顔でニッコリと笑った。
せっかく砕けた感じになってきたのにそのまま解散というのもなんだか寂しかったので、俺は坂口さんと一時間ほど他愛のない話をしてから喫茶店を出た。
一年前…いや二年前の俺だったら女性とこんな風に雑談して楽しい時間を過ごすことなんて考えられなかったものだが…まあ、良いか悪いかは置いておいて俺も成長しているということだろう。
「では、私はこれから工場に戻りますので」
「はい、今日はありがとうございました」
俺が頭を下げると、彼女もペコリと頭を下げる。
こういうところ、彼女の容姿の幼さも手伝ってものすごく可愛く感じる。
また会いたいな。いや、別にやましい気持ちがあるとかじゃなくて、普通に話も合って楽しかったし。
「はい、また会いましょう」
「あれ?もしかして俺…じゃなかった。私、口に出してました?」
「ええ、わりとはっきり出てました。あと、一人称は俺でいいですよ、私これでもクローニクも見ているし、ラジオも聞いていますから」
「あ、そうなんですね」
イベント以外(あかりによってクラスメイトの生け贄にされた時などは除く)で面と向かってそういってくれる人に会うのは実は初めての経験だったりするのでちょっと照れる。
「ええと、じゃあ、また」
「はい、真白ちゃんと深谷さんにもよろしくお伝え下さい」
「はい」
そう挨拶を交わして別れた後、俺は何か引っかかったが、確認しようと後ろを振り返った時には坂口さんの姿は人の流れに消えたあとだった
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。




