タイガー&ドラゴン 1
あかり編スタート 4話くらい予定
「私、主人公だよね!?おかしくない!?」
放課後のマガ部部室であかりが突然両腕と共に気炎を上げた。
「まー、一応ドラマではそういうことになってるよね」
『なんか面倒くさいこと言い出したぞ』とそそくさと荷物をまとめだしたみつきや、ため息をついて読みかけの本に視線を戻した真白とは違い、里穂が特等席のパイプ椅子ベッドから身を起こしてそう応じた。
「そう!そうなのよ。里穂がいま良いこといった。私はドラマパートの主人公じゃん、レッドじゃん!なのに、なんで私の私生活にはドラマが起こらないの!?」
「起こっているじゃない。ストーカーがついてみたり、後輩女子からモテモテだったり」
「そういうんじゃないの!っていうか、そういう真白ちゃんのほうがドラマ盛りだくさんじゃない!」
「いや、どれもあんまりうれしくないんだけどね」
想い人に魔王のような恋人がいたり、告白されて断りきれず付き合った相手には、他の人との恋を応援されたりとドラマと言えばドラマだが、真白からしてみれば普通が1番と思わされるようなことばかりだ。
「それにみつきだって、生死不明だったお父さんを探すとか超ドラマチック!」
「いや。こっちからすれば普通に両親揃ってるあかりが羨ましいよ。可愛い妹達と頼れるお兄ちゃんもいるしさ」
「いや、頼りないでしょ。それに沙織はともかく千鶴は可愛くない!」
「えー…ちーちゃん可愛いと思うけどなあ」
「あいつ外面だけはいいから」
「いや、だってちーちゃんのあかりに対する態度って里穂とかベスとかそんな感じじゃん」
「そうね、千鶴のはそういう感じする。なついているっていうか…」
「は!?…はぁ?じゃあやっぱり可愛くないじゃん!」
そう言ってみつきと真白に食って掛かったのは里穂だった。
「私、パイセンのこと大嫌いだし。喧嘩売りまくりだし。なついてるとかありえないし」
そういって、顔を赤くして視線を泳がせる里穂は、この場に朱莉がいたら間違いなくなでくりまわすくらいにツンデレ少女だった。
「…まあ、ツンデレな里穂は置いておいて。あかりちゃん、前に告白された高山くんいたじゃない。あの子とはどうなの?」
「どうもこうも、普通に友達だよ。たまに一緒に帰ったり、図書室で勉強見てあげたり」
「いや、もうそれ付き合ってんじゃん」
「付き合ってない。確かに高山くんはいい子だと思うけど、友達からお願いしますって言われたからにはちゃんと友達しないと」
「変なところ真面目よね…まあ、だとしてもそういう葛藤とか、何気ない日常のやり取りが青春で、リア充で、ドラマなんだと思うよ。そういうのを大事にしていったほうが、きっと後々ドラマチックな人生だったなあって思えるんじゃないかな」
真白はそう畳み掛けるようにあかりを説得にかかるが、もちろんこれは『あかりちゃんに日常の大切さに気づいてほしい!』とかなんとか胡散臭い理由ではなく、面倒くさいので単純に早く切り上げて読書に戻りたいだけだ。
「そういう地味なんじゃなくてさー、こう、バーっと派手なドラマがほしいんだよー。ドラマドラマ、ドーラーマー」
あかりはそう言ってゴロゴロと部室の床を転がり回り、それを見た真白とみつきは小さくため息をついてから里穂を見た。
「里穂」
「煽ったんだからなんとかして」
「はーい…じゃあパイセン、一緒にドラマを探しに行きますか」
二人に言われてしぶしぶというような顔をしつつ、里穂がそう言ってあかりの手を引いて立たせる。
「マジで!?一緒に探してくれる?」
「探す探す。んで、終わったらどっかでアイスでも買って食べよう」
「よし、じゃあ手伝ってくれるお礼に先輩がおごっちゃう!」
里穂の言動から明らかにドラマとやらがみつかるとは思っていない様子が見て取れたが、テンションの上がったあかりは気づかない。
「やったーありがとうパイセン」
そう言って里穂はあかりに見えないところでガッツポーズする。ちなみにこれはもちろん『アイス代浮いたぜヒャッホー』というガッツポーズではない。
「…ま、そんなに簡単にドラマが見つかるなら、とっくにあかりちゃんにもドラマみたいな出来事が起こっているんだろうけど」
真白は部室を出て行く二人の背中を見送りながらそんなことをつぶやくが、しかし真白のそんな予測は見事に外れることになる。
意気揚々と部室を飛び出していったあかりと里穂だったが、途中でくるみに捕まった意外は特にドラマらしいドラマもロマンスらしいロマンスもないまま日が暮れ、あかりは里穂を寮に送り届けた後で帰路についた。
家に帰り着いたあかりはいつもの様に夕食を取り、入浴を済ませ翌日の予習などをしてからベッドに横になった。
(ああ…今日もドラマチックなことは起こらなかった。別に白馬の王子様に来てほしいとかじゃないんだけどなあ…普通にこう、男子と付き合ったり、一緒に勉強したり、休みの日にはどこか遊びに行ったりしたいだけなのになあ)
あかりがそんなことを考えながらうつ伏せに姿勢を変えたところで、スマートフォンに一通のメールが到着した。
「誰だろこれ」
表示されているアドレスは電話帳に登録のない番号で、メールアドレスの変更の連絡なのだろうか、サブジェクトに名前も書いてあるのだがその名前にもあかりはピンと来ない。
「……うーん…虎徹…誰だっけ…ひらがな多めだから年下かな」
最初メールアドレスの変更についてだろうと思ったメールは、開封してみるとあかりに会って話したいことがある旨がかかれていて、時間と場所の指定までしてある。
「まあ、私宛のメールだし、間違いないんだろうけど…なんの用だろう…あ!もしかして告白されるのかな…ど、どうしよう。とりあえずみつきか真白ちゃんに……」
相談しようかとスマートフォンを手にとったあかりは、ふと考えて手を止めた。
前回高山龍騎からの告白を受けた時に、なんだかんだと言ってはいたが結果を見ればみつきは結局はあかりの初彼氏ゲットの邪魔をした。真白は直接的な邪魔こそしなかったものの、やっぱり誰かと付き合うのは反対という姿勢を持っていた。つまり――
「あの二人に相談したら邪魔される!かといってえりじゃ言いふらされるし、静佳ちゃんは100倍位惚気られるし、里穂になんか相談したらついてくるに決まってる!」
被害妄想の誇大妄想もいいところだが、このときのあかりは、こと恋愛に関しては仲間に対して不信感を持っていた。
そしてあかりとしては家族も信用できない。千鶴は里穂同様なんだかんだと半ば馬鹿にして挑発してくるだろうし、沙織は悪気なく朱莉をはじめとする邑田家の男衆に話して話をややこしくしそうだ。実母である紫と、養母で祖母のむつみは邪魔こそしないだろうが根掘り葉掘り聞かれて面倒くさいことうけあいだ。
(これはちゃんとこの虎徹くんと付き合い始めるまではみんなに秘密にしなければ…)
あかりはそう考えて、返事のメールを書き始める。
(メールありがとうございます…いや、これだと固いか。メールありがとー☆とかかな。うん。えーっと……なんだ、どうすればいいんだこれ。本日はお日柄も良く…良いかどうかわかんないし……うーん…)
90分後、メールを返信し終えたあかりは、やり遂げたという思いから、両手を突き上げ声を上げて叫びたい衝動を必死に抑えて布団をかぶった。
翌日の昼休み。
「先輩、なんか今日は機嫌が良さそうですね」
週に1度の勉強会の最中、高山龍騎は上機嫌な明かりを見てそう言った。
「え?そう?そんなことないよ」
そんなこと無いよと言いながらもあかりはの顔に浮かんでいるのは満面の笑みである。しかも例の告白時の笑顔ではなく、少女特有の清々しさのようなものを感じさせる、もともとあかりに気がある龍騎でなくても見惚れてしまうくらいの笑顔だ。
「えー…あはは…じゃあ高山くんにだけ教えてあげるね」
そういってあかりは手を口の横に添えて机の上に身を乗り出し、龍騎はあかりのほうに耳を寄せた。
「実は、今週の日曜日ちょっと人と会うんだけど、何か私に大切な話があるんだって」
「へえ、クローニクの誰かですか?」
「ううん、多分男の子。告白とかされちゃうかも」
「………」
嬉しそうに言うあかりの言葉を聞いた龍騎は頭をブラックジャックで殴られたような衝撃に見舞われた。
(あれ?俺確かこの人に告白したよな?それで、今は誰かと付き合うのは早いと思うとかそういうことを言われて、フラレて、それでこうやって先輩が恋人つくってもいいかもって思うまで友達以上恋人未満みたいな関係をしているんであって…つまりこれって…本格的にフラレた!?)
「あの…先輩、その告白してくる人ってどんな人ですか?」
「え?よくわからないんだけど、多分年下の男の子だと思う」
「じゃあ…別に俺で良いじゃないですか」
「え……?」
龍騎は、椅子から立ち上がってさらに身を乗り出し、状況が飲み込めないでクエスチョンマークが頭の上に浮かびまくっているあかりの手を取る
「だから、俺は今でもあかり先輩のことが好きです。そんなどこの誰かわからない奴と付き合うくらいなら、俺と付き合ってください」
龍騎がそう言うと、図書室がにわかにザワつくが、すぐに静まり返り、今までとは違う空気が図書室を覆う。具体的に言えば、図書室にいた生徒たちががあるものは堂々と、あるものは本を読んでいる振りをしながらこの告白劇の行方を固唾を呑んで見守っていた。
「え…えーっと、だって高山くんは友達がいいって…」
「だから、それはあなたが恋人を作るのはまだ早いと思うって言うから、その気になるまで待つっていう意味で言ったんです。嫌いじゃないなら俺と付き合ってください」
再度の龍騎からのアタックを受け、あかりは動揺し、ギャラリーは高揚した。
「えーっと…じゃあ、はい。その…よろしくお願いします」
最後のほうは消え入るような声だったものの、あかりが龍騎の告白を受けたことで、図書室はワっと沸いた。
「じゃあ、日曜日のほうは断らないとだね」
「いえ、むしろ一緒に行きましょう。それで俺が彼氏だと宣言するんです」
「ぐ、グイグイくるね」
「だって彼氏ですから」
そう言って龍騎はあかりの手をしっかりと握ってから白い歯を見せて笑った。




