最強と最恐
「……丸くなったなあ、お前」
試合開始の合図とともに飛んできた銃弾を切り落としてから、楓はのんびりとそう言って笑った。
「女の子に言うセリフじゃないと思うけどね」
こまちは銃弾を切り落とされたことについては特に衝撃を受けた様子もなくあっけらかんと言った。
「そういう意味じゃねえよ、馬鹿」
銃弾に続いて跳びかかってきたこまちを、楓は一本の刀だけで押し返した。
「そう言う楓さんはますます絶好調っていう感じですね」
「前はもっとこう、ど汚い感じで、えげつない感じで不意打ちしてきただろうに……なんだ?寿と喧嘩でもしたか?汚いこまちは見たくないとかそんなこと言われたか?」
「なんでみんな私がちょっと変だとそうやって寿ちゃんに結びつけるんだろ」
「そりゃあおまえ、様子が変なら恋人と喧嘩したりしたのかなって思うだろ」
「恋人じゃないのにねえ」
「は?」
「まあ、楓さんにはお世話になっているし、練習がてら先に話しておこうかな……実は私、セナと付き合ってます!彼女彼女の関係です!」
「………えっと……え?なんだって?」
楓は呆けた顔でそう言って首を傾げた。
「だから、私セナと付き合っていて、寿ちゃんとは付き合ってないんです」
「いや、でもお前寿と寝たよな?しかもしょっちゅう」
一瞬の間を開けて、楓がまた首を傾げる。
「寝ましたよ」
「……今までは寿と付き合っていて、別れてセナと付き合うのか?」
「もともと付き合ってないですよ」
「わかんねえ…」
「わかんなくても別にいいですけどね。楓さんとイズモちゃんの関係も私からしたらいまいちわかんないし。まあ、とりあえずさっさと終わらせて彩夏ちゃんと会議しなきゃいけないんで」
「え?セナじゃなくて?」
「彩夏ちゃんです」
「お前が何を言っているのかさっぱりわからん…セナと付き合ってるのになんで彩夏と会議するんだ?」
「楓さんも協力してくれるなら詳しい話を聞かせてあげますけど」
「いや、激しく面倒くさい話な気がするからいいや」
そう言って楓は抜いていなかった方の刀を抜き放つ。
「早く決着つけたいっていうのはいいけど、一瞬で俺の勝ちなんていうのはやめてくれよな」
そう言って楓はこまちに切っ先を向ける。
「あはは…それ、そっくりそのままお返しします」
そう言いながらこまちは身体を低くして楓に肉薄し、そのまま楓の身体に沿うように銃剣で斬り上げる。
「あっぶっねっえっなっ!」
連続で斬りつけてくるこまちの斬撃をギリギリのところでかわし、かわしきれない攻撃を柄や鍔で受けながら楓が非難の声を上げる。
「つーか近えよ!そんなにくっつかれちゃ、戦いづらくてしょうがない、だろっ!」
そう言って楓は後ろに下がりながら刀を横薙ぎに払うが、こまちはそれを紙一重でかわして、再び楓の懐へと飛び込む。
「そう嫌わないでくださいよぉ」
「だから近えんだよお前は!」
言いながら楓は持っていた太刀を小刀へと変えてこまちの銃剣と切り結ぶ。
「へえ、刀はそんな風に変えられるんですか。なるほどなるほど。そんなフレキシブルに変わるんですね。…ってことは、それは楓さんのステッキじゃない」
「ぐっ…」
「ああ、やっぱり図星。おかしいと思っていたんですよね、折れず曲がらず砕けず。っていうか砕けても瞬時に再生するんだもん。それに…衣装も鎧もコロコロ変わる…ありえないですよね。そもそも元からそういう魔法をつかっているひなたさんならともかく、力押し一辺倒の楓さんが衣装とステッキの形状変化なんていうしち面倒臭い魔法を器用に使いこなせるとはとても思えない」
こまちはそう言いながらも攻撃の手を緩めようとはしない。
「となると、ステッキは姿が変わっても変わらない部分の何処か。例えばその長い髪を止めている髪飾りとか」
そう言って、こまちは楓の髪を切り取らんばかりの勢いで斬撃を繰り出すが、楓もそれをそのまま受けるような間抜けではない。キンっと鋭い金属音を響かせて小刀が銃剣を弾く。
「まあ、ごちゃごちゃ喋ってくれるなら防御しやすいことこのうえないから助かるけどな」
「やっぱり怪しいですね、その髪飾り
「そうかい…だったら壊してみろよ。俺から面をとったら大したもんだぜ」
楓はそう言ってスピード優先の「風」のモードに切り替えると、こまちに対して攻勢に出る。
「考えてみればお前のステッキもよくわかんねえな。銃剣は去年の武闘会が初出し、その前のそれらしい大砲は出したり消えたりで、ステッキとも思えない。じゃあこまちのステッキはどこにあるんだっつー話だけど…」
楓は何度も切りつけながらこまちを頭の先から足の先まで見回す。
「シンプルなんだよな…とてもどこかにステッキを隠せるような感じでもないし服の何処かがステッキって感じでもないし…ま、全部斬ればどっかが当たるか」
そう言って楓が腕を振る速度を上げると、こまちの衣装がところどころ切り裂かれ始める。
「流石にっ…朱莉ちゃんに近接無双なんて言われているだけのことはっ…ありますね…っとぉっ!」
楓の一振りで両手に持った銃剣を上に弾かれたこまちは勢いを利用してそのまま後ろに回転して距離を取るが、楓はすぐにその距離も詰めてくる。
「ちーかーいーっ…てばっ」
肉薄した楓の肩を蹴って後ろに飛びながら銃を撃って牽制を入れる。
「お前がさっきやったことだろうが」
楓がニヤニヤとしながらそう言って自分の肩をポンポンと刀のみねで叩くと小刀は元の太刀に戻る。
「あれ…?」
「なんだよ」
「別になんでもないですよー」
こまちはそう言って数歩後ろに飛ぶとパンパンと適当に銃弾を撃ち込む。
当然楓はそんな銃弾は刀で難なく弾くがこまちは何かを観察するように次々縦断を撃ちこんでいく。
「ふむ…ふむ…なるほど…なるほどねえ…」
こまちは気がついたことの確認のために連射のスピードを上げて様子を見ては何度も頷く。
「楓さんって公式だと確か無敗ですよね?訓練とか非公式では狂華さんとひなたさんに負けてるけど」
「ああ。前回の大会は無敗だったし、5月の時も涼花と有栖が意外に弱かったからな」
「じゃあ、公式では私が最初に楓さんに土をつけることになるわけだ」
「おうおう、すげえ自信だなおい」
そう言って楓は余裕の笑みを浮かべるが、こまちも同じくらい余裕のある笑顔で笑う。
「いや、そりゃあ自信も出ますよ。そんだけ弱点が丸出しなんですから」
こまちはそう言って複数の大砲を出現させると楓に狙いを定める。
「じゃあ、いきまーす」
こまちの合図と共にすべての大砲から真っ黒な砲弾が撃ち出される。
ガンナイトカーニバルほどではないものの、かなりの数の大砲から撃ちだされた砲弾はまっすぐに楓に向かっていくが、楓は発射時に砲弾の微妙な誤差を見取って、順に刀で切り裂いていく。
「で、本命はこっちってか」
「あうっ!」
砲弾の煙にまぎれて楓のそばに近寄っていたこまちは刀の柄で頭を小突かれて小さな悲鳴を上げる。
「バレバレだ。アホ」
「果たしてそいつはどうかな!?」
こまちがにぃっと笑って飛び退くと、その直後楓の後頭部を強い衝撃が襲いパリンと小さな音がして、それまで一つにまとめられていた楓の髪が風に乗ってサラサラと揺れた。
「なっ……」
楓は慌てて頭に手をやるが、そこにはもう髪留めは無かった。
「勝った!」
「なっ…なっ……なーんちゃって!」
楓はそう言うと、こまちを指差してゲラゲラと笑い出す。
「ばーかばーか、引っかかった引っかかった!あたしがこんな隙だらけのところに大事なもの出しっぱなしにするわけねえだろ!自信があるのとアホなのは別だってーの!勝った!とか言っちゃって恥ずかしー!」
楓はそう言いながら腹を抱えながらこまちを指差して笑う。
「くっ………」
こまちは楓に馬鹿にされて、悔しそうに舌打ちすると自分を抱きしめるような姿勢でうつむいている。
「まあ、あたしの変身解除っていう狙いは良かったと思うよ。次、頑張れよな」
そう言って勝ち誇った楓は魔法で髪留めを作り、髪を縛りなおすとスピード優先の「風」から攻撃力優先の「火」に変身しなおした。
「くっ……くっくっくっく…あーっはっはっは!ばーか、ばーか!大切なもの丸出しで戦ってるくせに私に勝てるつもりだったのかよ!」
そう言って、こまちは胸に抱えていた楓の刀の鞘を取り出してみせる。
「さあさあ、こいつで私が戦うと言ったらいったいどうする?」
こまちはニタニタという笑いを浮かべながら楓と同じような構えをとってみせる。
「く……卑怯だぞこまち…」
「えー?ついさっき狙いは良いってほめてくれたじゃないですかー」
こまちはそう言って笑いながら楓を小馬鹿にするようにくるくると回って挑発する。
「返せ!このっ…返せっての!」
楓はそういってこまちを追いかけるが、勢い余ってステッキを破壊してしまわないように腰が引けている
「ほらほら、そんなに強引に奪おうとすると勢い余って壊れちゃいますよー」
「返せ!正々堂々戦えって!」
「正々堂々戦った結果こうなったんですよーだ」
こまちはそう言って後ろに下がって距離を取って挑発を続ける。
「仕切り直し!仕切り直ししよう!な?」
「ああ、そうそう。去年の武闘会なんですけどね」
「あ?なんだよいきなり」
「うちのかわいいセナが、楓さんの大好きな愛純ちゃんに酷いこと言われたんだよね。仕返しに、私も酷いこと言っちゃおうかなー」
「は?愛純?なんでいまさらそんな…」
「仕切りなおしなんてある理由ないじゃないですかぁ、っていうか、実戦だったら死んでますよねー」
「くっ…つーか、愛純が何言ってもあたしは関係ねえだろ!そういう苦情は朱莉に言え!」
「それはまた後日っていうことで。…じゃあ、彩夏ちゃんとの約束もあるんで、これで決着って言うことで」
そう言ってこまちは鞘を頭上に投げ上げると銃剣で鞘を破壊した。
「くっそー!覚えてろよ!つーか、絶対ファイナルステージで逆襲すっからな!」
楓は地団駄を踏みながらそう叫ぶが、それで何が変わるわけでもなく、楓の変身解除と同時にスピーカーから「勝者、能代こまち」という放送が鳴り響いた。




