JCvs精華チーム
自分よりも上位の魔法少女に勝てるとは思っていなかったけれど、こうも圧倒的な力の差があるとまでは思っていなかった。
たった一撃。いや、たとえちょっとした攻撃であっても正面からぶつかれば、私の場合はなまじ速度があるだけに致命傷になるということはわかっていたけれど、まさか後ろから弾丸に追いつかれて、この大会のためにパワーアップして出せるようになった羽を撃ちぬかれるとは思っても見なかった。
「ギブアップしてくれる?」
片方の羽を撃ちぬかれ、飛んでいた時の勢いのまま地面を抉り取って不時着した私に銃を突き付けたセナさんはそう尋ねながら、あいている方の手にもった銃で私のもう片方の羽を撃ちぬいた。
羽は魔法で作り出したもので別に私の身体につながっているわけではないので痛くはないがそれでもやはり撃ちぬかれて気持ちのいいものではないし、こちらの戦意を削ぐという意味では有効な手段だと思う…どちらかと言うとこういう手段を使うのはセナさんよりもこまちさんのイメージだけど。
「…セナさんの銃ってこんなに強かったでしたっけ?」
5月の決戦前、私はセナさんたちの特訓に混ぜてもらったことがあるが、あの時のセナさんの弾丸はこんなに強く速くはなかったはずだ。
とは言っても、別にセナさんに勝つ自信はなく、このフィールドに来て顔を合わせた時点でおそらく負けるだろうなという気はしていたのでそれ自体はいい。だが、あの弾速や速度は今彼女が手に持っているような拳銃では出せないと思う。
「真白ちゃんに追いついた弾丸のことを言っているのであれば。こうしたのだけど」
そう言ってセナさんは両手の拳銃を合わせ、まるでライフルのように銃身の長い、アホみたいな拳銃を出してみせた。
「……それ、なんで拳銃にしてあるんですか?私は撃ったことないですけど、ライフルのほうが両手で持てるし撃ちやすいんじゃないですか?」
というか、重心がおかしいのだと思うけど、構えているセナさんの手は小刻みに震えてしまっていて、とてもきっちり狙いを定められるようには見えない。
「だって、それだと彩夏と被ってしまうから」
前の特訓の時も思っていたけどセナさんは気の使いどころが間違っていると思う。…というか―
「えっと…確かマスケットとライフルって違うものですよ」
「え?そうなの!?」
「前に私、霧香さんに同じことを聞いたんですけど、ライフルとマスケットは違うもの…えーっと、確かマスケットは前から弾丸を込める、いわゆる火縄銃みたいなもので、ライフルはいわゆる後ろから弾込めをする方式だって聞きましたよ」
ちょっと違っているかもしれないけどとにかく違うということは聞いた。
「なるほど。ライフル…えーっと、こういうのだっけ?」
「それ、多分違うものです」
セナさんが新しくだした銃は、昔一緒に遊んでいた男子が持っていた水鉄砲の形っていうくらいしかわからないけど、多分機関銃とかマシンガンとか呼ばれるものだと思う。
「違うの?」
「多分」
あんなめちゃくちゃな銃で私の羽を撃ちぬいたくらいだし、魔法出だした銃だからセナさんがそう信じていれば大丈夫なのかもしれないけど、それでもうるさい視聴者からはツッコミをもらってしまいそうだし。
「えっとですね…多分…こんな感じで…」
私はお手本とまではいかなくてもイメージを伝えるつもりで自分で銃をイメージして作りだしてみせた。
「こんなんじゃないですかね」
私の作った銃は銃身は長くてそれっぽいものの、ちょっとイメージしていたライフルとは違う感じになってしまった。
はっきり言ってしまえばちょっとファンシーでいかにも魔法少女のステッキと言った風貌のものだ。
「そんなに可愛いのでいいの!?」
セナさんは意外とこのデザインがお気に召したらしく、目をキラキラさせて私のステッキを見ている。
「あ、いえ。装飾とかこういうのはちょっと私の趣味というか、なんというか」
自分で似合わないとは思っているけど、ファンシーなのも、JCに来て私に割り当てられたカラーであるピンクも実は嫌いではない。あくまで似合わないから着たくない、表に出したくないというだけだ。
「というか、これ銃なのかな…」
銃といえば銃だけど、これはなんというか…完全におもちゃだと思う。
一応引き金はついているものの、銃身の先と思われるところには銃口すら開いていない。
「なるほど、私もちょっとやってみるね」
そう言ってセナさんはもう一度ステッキを元の銃剣に戻してから目を閉じ、再びライフルのイメージを練り始める。
はっきり言ってしまえばその姿は隙だらけなのだが……いや、隙だらけだけど駄目だ真白。それはダメだ私。ジワジワと羽も治り始まっているし、もう少しすれば飛べるけど、それはダメだ。そんなことをしたらまたタマにゲスだのクズだの言われてしまう。
三分ほどしてイメージを練り終わったらしいセナさんが創りだしたのはこれまた随分とファンシーなライフルで、これもまた私のライフルもどきを参考にしたせいか、銃口に穴が開いていなかった。
「セナさんって意外とこういうの好きなんですか?」
「え?」
「いや、装飾も結構凝っているし、銃剣持っている時より楽しそうなので」
「…実はその…お姉様…こまちゃんが、こういうのを持っている女の子が好きなの」
……あれ?今、何か違和感が…
「あ、もちろん私も子供の頃こういうの大好きで。実は中学校に上がるちょっと前まで低学年の女子向けのアニメとかも見ていたから、ちょっとオタクっ気もあったりするの。一応中学に上がってからはそういうの卒業していたんだけど、彩夏と昔の話をしていたらちょっと思い出して見たくなっちゃって。それでこの間ブルーレイのボックスを衝動買いしちゃったんだけど、それをみてこまちゃんが、そのアニメのキャラクターのコスプレをしているセナがみたいなって―――」
「あの、話を遮ってごめんなさいセナさん。こまちさんのこと、こまちゃんって呼んでいるんですか?こまちさんって言おうとして噛んだとかじゃなくて」
私の指摘を受けてセナさんは少しぎくっとしたような表情を浮かべた後、私のそばに来て耳打ちをしてきた。
「実はこの間、南アフリカに行った時に告白して付き合っているの」
え……ええと……これはなんだ、これはどういうことだ。私は別にこまちさんのことをなんとも思っていないから良いけど、よくこの数週間バレずに済んだな。というか、よく命があったなこの人。こまちさんはなんだかんだ言って東北寮では朱莉さんみたいな位置にいる人なので、セナさんが独占したなんていうことになれば、一般的に正妻と見られている寿さんも、自分が寿さんとこまちさんの姉的な存在だと言い張っている精華さんも黙っていないと思うのだけど。
「あの、セナさん。それ、寿さんとか精華さんには…」
どちらにしても本編で流れてはまずい情報のような気がするので、このことはここではっきり発言するのは避けようと思う。
「こまちゃんから時期を見て話すからセナは黙っていてくれって。すっごい頼りになるの!」
こまちさんを疑いたくないけど、それって頼りになるんじゃなくてのらりくらりとごまかし続けるための方便…いや、やめよう。
「でも、優勝したらお願いごとの代わりに皆に認めてもらうために宣言するつもりだけどね!」
去年の武闘会の放送を見た時も思ったけど、この人って本当に欲がないよなあ…。
というか、優勝した時に宣言するって寿さんと精華さんの目の前で宣言するってことだと思うんだけど、この人はそこで死ぬ気なのだろうか。
「真白ちゃんも和希くんと秘密のお付き合いしてるんだよね?」
「……なぜそれを?」
「ちょっと前に柚那さんが言ってたの」
おのれ伊東柚那。外堀から埋めるようとするとは姑息な。
「だからお互いオープンにできるようになったらダブルデートとかしましょう」
「いや、中学生とダブルデートなんてしても楽しくないと思いますよ。だったら、それこそ…」
『柚那さんと朱莉さんとか』そう言いかけた自分に気がついて、私は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「大丈夫?」
「…大丈夫です。これ以上長引かせてここでうっかりセナさんの秘密を漏らしちゃっても嫌ですしさっさと決着つけましょうか」
そういうつもりはなかったが、一連のやり取りの間に私の羽はすっかり治ってしまったので、このままセナさんに勝ちを譲るというのも癪だ。
「ごめん、真白ちゃん。その前に一回練習させてもらっていい?」
「ライフルですか?」
「うん」
「でもそれ銃口開いてないですよ」
「だからあくまで構え方とか撃ち方の練習。終わったら、ステッキを元に戻して試合再開っていうことで」
「わかりました。待ってます」
私が少し離れたところで見ていると、セナさんはああでもないこうでもないと構えているが、どうもしっくり来ないらしく、何度も構えをやり直している。
(あ、今のちょっとかっこいいかも)
セナさんがやっていた構えの中で片手でライフルを持って手を伸ばすというのがかっこよく思えた私はちょっと真似をしてやってみることにした。
利き手の右手で銃を持ち、ふざけ半分にセナさんに向けて狙いを定める。
(どうせ弾は出ないしね)
実際、セナさんは何度も引き金を引いているが銃口がないので弾は打ち出されない。
「ばーん」
私がふざけて口でそう言って引き金を引くと、銃の先端から空気を切り裂く、雷のような大きな音が響き、目で見てはっきりとわかるくらいの空気の渦がセナさんに向かって発射され、そしてその空気の渦が直撃したセナさんは白目をむいて気絶した。
『勝者、甲斐田真白』
「あ…ちょ…違…大丈夫ですかセナさん!」
慌てて駆け寄ってみると、セナさんは完全に気絶しているものの、呼吸は安定しているので多分大丈夫だと思う。思うが流石に今のは自分でも酷いと思う。
「ゲスい、さすが真白先輩、ゲスい」
声がした方を見ると、そばの林の中からタマが顔だけ覗かせてこちらを見ていた。
「……なんでタマがこんなところにいるのよ」
しかもこんなに近くの木の陰に。
「こっちの試合が早く片付いたから見学に来ていたんだけど…流石にあれは無いなと思う。というかあとすこし角度がずれていたら私も危なかった」
「私だってあんなのが出ると思ってなかったんだから仕方ないでしょ。それよりタマの試合って誰とだったの?」
「私は静佳先輩と組んでダブルスだったんだけど」
「ああ、じゃああかりちゃんとみつきちゃんか。どうだったの?」
「あかり先輩とみつき先輩が仲間割れをして私達の勝利」
「仲間割れ?あの二人が?」
「どうも試合開始直前にあかり先輩が和希先輩のことでなにか言ったらしくて、最初からギクシャクしていたんだけど、結局試合中に喧嘩になってしまって、そこを空気が読めない静佳先輩が横からドーンと…今の真白先輩みたいな感じで」
うまく話題を変えたつもりだったのに戻ってきてしまった。
「ほ、他の試合の結果は知っている?」
「和希先輩と寿の試合は寿が勝ったってさっき自慢気なメールが飛んできた。逆にチアキさんと橙子さんの試合はチアキさんの勝ちだってしょんぼりとした感じのメールが飛んできた」
「ってことは2勝2敗、チームの勝敗はえりちゃんと精華さんの対戦にかかっているっていうことね」
「腐ってもナンバー3だから、さすがに勝ってくれるとは思うけど」
「いや、でも和希もみつきちゃんも順位的には下の魔法少女に負けているし、わからないわよ」
「そうだね、真白先輩もセナさんに勝ったしね」
タマはそう言ってニヤニヤした視線を私に向けながらわざと声を殺して笑った。




