朱莉チームVS狂華チーム 2
デジタル時計のカウントが0になると同時に、どこからかドーンという音が聞こえた。
おそらく誰かが先制攻撃とばかりに仕掛けたんだろう。
霧香があのフィールドでこういう音を立てるとは思えないので、佳純か朱梨か愛純か。
「まあ、そりゃあ皆本気をだすよね」
なんだかんだでスポンサーとの契約をしっかりと取り付けてきてくれたみやちゃんのおかげで、今回は前回のようなお願いごとを聞くという商品の他に優勝賞金やら副賞の車なんかが設定されているので、結構本気になっている子も多いようだ。
特に、JCのほうのあかりが賞金に大層ご執心らしく、それを見たチアキが『あの子、今からあんなにお金のことばっかり考えていて大丈夫なのかしら』とこぼしていた。
まあ、こんな話は完全に余談なんだけど。
「さてと。朝陽」
ボクが改めて対戦相手である朝陽に視線を戻すと、朝陽が二人に増えていた。
「「なんですか、狂華さん」」
「…と、優陽?」
「「いえ、二人共朝陽です」」
「ああ、そう」
朝陽は果敢にもというか、いや、無謀にもというべきか、去年ボクが教えたスレンダーマンの応用魔法でボクに挑むつもりらしい。
「ねえ朝陽。ボク、その魔法の弱点教えたよね?」
「もちろん覚えていますわよ。この魔法の弱点は私の魔力が半分になってしまうこと。さらに増やせば魔力は更に半分になるので、二体以上は出すのをやめたほうが良い。でしたわね」
朝陽Aがそう言って何故か自信満々に胸を叩く。
「そうだね。だから格上の相手には絶対やっちゃいけないっても言ったよね?特に数で押してくる相手とか、範囲攻撃を持っている相手にはダメだって念を押したよね?」
去年ボクが対愛純戦で朝陽にこの魔法を使わせたのは、愛純が格上とか格下とかではなく、不意打ちならば決まると思ったからで、手の内が読まれた状態で愛純に対してこの魔法で挑めばほぼ範囲攻撃のない愛純相手でも朝陽に勝ち目はないだろう。
そしてそれはボクのスレンダーマンに対しても同じだ。一体一体が分身の朝陽よりも強いとは言わないが、それでもボクのスレンダーマンなら数で押し切ることもできる。
「ふっふっふ…そう考えるのは浅はかですわ狂華さん!」
なんと、関東一浅はかな朝陽に言われてしまった。
「足りなくなるのなら、補えばいい。つまり、パンがないのならケーキを食べれば良いのですわ!」
いや、それは比喩として違うと思う。違うと思うけど、ツッコむと長くなるのでスルーすることにする。
「刮目しなさい、己己己己狂華!」
そう言って、朝陽は腰につけた巾着袋から飴を取り出すと、のろのろと指の間に挟んで、マジシャンがボールマジックをするときのようにこちらに見せつける。
「説明しましょう!これは我がチームにだけ与えられた特権、柚那さん印の回復飴!しかもこの飴は柚那さんだけではなく、柚那さんにとって回復魔法の師匠であらせられる恋さんも加わり、丹精に丹精を重ねて完成した、どこぞの紛い品とは一味も二味も違う、本物!その名も回復マめっ…」
あ、噛んだ。
っていうか、紛い物って寿が研究しているっていうやつなんだろうけど、そんなことをカメラの前で言うなんて度胸あるなあ朝陽。
「…もとい!回復飴スペシャルデリシャスEXスーパーリッチはちみつレモン味!」
セリフを噛んだことにもめげずにしっかりと商品名を言い切り、自分の口で「シャキーン!」と、効果音までつけた朝陽の表情は輝いていた。
「この飴を舐めて魔力を回復すれば、半永久的に私の半分の魔力を持った分身を生み出せるという寸法ですわ!」
「理論というか、理屈はわかったけど、その分身を十分な数生み出す前にボクが攻撃したらどうするの?」
「うぇっ!?…えーっと…正義の魔法少女が変身したり準備をしている間は、怪人や敵戦闘員は攻撃しないというのがお約束なのでは?」
「いや、普通にするよ。っていうか、ボク別に怪人じゃないし」
「そんな……卑怯ですわよ狂華さん!それでも正義の魔法少女ですか!」
もはや理屈も理論も破綻してるよ。というか半泣きになるほどのことでもない気がするんだけど。
「そんな涙目にならなくても…わかったよ。ボクはその辺りを散歩しているから終わったら準備ができたら試合を再開しよう」
ボクはそう言って試合の中断を宣言してから、ステッキを背中に背負い、朝陽を観察するために少し間を取って彼女を中心にして円を描くように歩き始める。
(ま、一応ね)
彼女がわざわざ自分の新技を見せてくれるというのだから、見ない手はないし、観察と準備をしない手もない。
もちろんこのまま普通にやりあったとしてもボクが朝陽に負けることは無いと思うが、敵を知り己を知れば百戦危うからずというやつで準備をしておくに越したことはない。
ぱっと見たところ、これといって去年の分身と何かが違うということはないように見える。
ただ気になるのは…
「ねえ、朝陽。なんで飴を噛まないの?」
柚那は確か飴は噛み砕いたほうがいいと言っていたはずだ。
「え?飴を噛んだりしたら口の中を切ってしまうではないですか」
朝陽はきっと、揚げたての唐揚げは口の中がベロベロになるから食べないとか言っちゃう子なんだろうな。
結局、朝陽の準備が終わったのはボクが彼女の周りを三周ほどして、さらにスタッフにお願いして買ってきてもらった缶コーヒーを飲み終わり、缶をゴミ箱に捨てて帰ってきた後だった。
「さあ、行きますわよ狂華さん!私の新魔法、スノーホワイトを味あわせて差し上げますわ!」
「…ちょっとまって、朝陽どこがスノーホワイトなの?」
ツッコまないツッコまないと思っていたけど、流石にこれは見過ごせない。一体今の朝陽たちのどこに白雪姫の要素があるというのか。
「ふっふっふ、狂華さんの目は節穴ですか?私たちは七人、七人といえば七人の小人、つまり白雪姫!」
いや、そんなドーンとかいうオノマトペが付きそうな感じに七人揃って胸を張られても。
「…白雪姫不在なら、もうそのまま七人の小人とか、あとは七人の侍とか、なんか他のネーミングがあるんじゃない?」
ドラゴンボールとか、それこそ一人七罪とかいろいろあると思う。
「ぐ……」
優しく言ったつもりだったのだけど、ボクのツッコミを聞いた朝陽Aはさっきよりもさらに涙目になって、他の六人に慰められたイリしている。
「ええっと…ごめん、名前は後で一緒に考えてあげるから、とりあえず試合しようか」
「はい…」
ようやく、一時間の中断を経て、ボクの今大会第一試合が始まった。
朝陽の暫定ランクは7位。決して油断できる相手ではないが、一時間の中断の間にしっかりと準備ができているため、それほど恐ろしいという程の相手でもない。
そんなボクの心中を知ってか知らずか、朝陽Aは腕を振ってBCDEFGをボクの方にけしかける。
一気に距離を詰めてきたBのパンチを横に飛んでかわすと、かわして逃げた先にCの電撃が突き刺さり、それを間一髪で避けると、待っていたとばかりにDの蹴りが飛んで来る。
間一髪、Dの蹴りはなんとか受け止めたものの、背後からE、Fの電撃がボクの身体に突き刺さり、よろめいたボクをGが羽交い締めにした。
「どこが正義の魔法少女だよ…って」
ボクを羽交い締めにしたGはそのままボクの身体をAの方に向け、他の5人はAの横に並んでそれぞれ手に電撃を集中させ始める。
「うっわあああ!」
それを見たボクは全力で足を踏ん張り、腰に朝陽Gを乗せるようにして反転。電撃をGで受け止めることに成功した。
「は…初日…初日ぃぃぃ!」
六人分…飴で完全回復している朝陽A以外を半分の出力だとしても3.5人分の電撃をもろに食らった朝陽Gが倒れると、残りの朝陽が全員駆け寄ってきてボクを突き飛ばして初日と呼ばれた朝陽Gに駆け寄った。
「初日、初日。しっかりなさい初日」
「私は…もうダメです、朝陽お姉様」
「何を弱気なことを言っているの。いま病院に連れて行ってあげますから、気をしっかり持ちなさい」
いや、むしろ朝陽は何を言っているの?
「私、朝陽お姉様の妹に生まれて…よか…っ…」
「は、初日ぃぃぃぃっ!」
……お、おお…今までのドラマパートのどのシーンよりも朝陽が輝いている。
「許しません…許しませんわよ、己己己己狂華!」
うーん…ここでボクが悪役に回って、朝陽の妹(で良いのだろうか)を一人ずつやっつけて、最後に朝陽と直接対決とかっていう風な流れになると、ストーリー的には盛り上がるんだろうけど、こんなことろで悪役になってもボクにとっていいことなんて1つもないしなあ。
「お待ち下さいお姉様!」
「ここは私達が!」
そう言って、もはやBだかCだかDだかFだかわからない二人の朝陽がボクにむかってステッキを構える。
「待ちなさい、晨光、春光」
「私達」
「お姉様の妹で幸せでした」
そう言って、朝日に向かってニッコリと微笑んだ後で、晨光、春光と呼ばれた二人の朝陽は魔法を使おうとする素振りは見せたものの、結局ボクにステッキで殴りかかってきた。しかし、一応自衛官だったボクと、ちょっと前まで極々普通の女子高生だった朝陽の間には格闘能力においてそれこそ雲泥の差があるわけで。
「そぉい」
「ああっ!」
「おねえさまあぁぁっ!」
「晨光―!春光―!」
……おかしい。明らかにこの子たのち魔力量が少ない。これではまるでさっきの一撃で全部魔力を使ってしまったかのようだ。もしそうだとすると――
一つの仮説を確かめるために、ボクは初日の死体(魔法で作ったものなのでこの言い方が正しいかは怪しい)を抱きかかえている朝陽に向かって歩き始める。
「き……」
「貴様ぁっ」
残った二人の朝陽がそう言いながらステッキを振りかぶるが、ボクは自分のステッキを一振りして彼女たちのステッキを弾き飛ばすと、朝陽の横にしゃがんで彼女の顔に触れた。
「やっぱり…朝陽、この魔法失敗してるよ」
「え?」
「柚那が言ったとおりに飴を使わなかったからかな。全員合わせて元の朝陽の魔力にちょっと足したくらいしか無いと思う」
僕の指摘を聞いて、朝陽は魔法を使おうと試みるが、晨光春光の二人と同じように、まともに魔力が練れないらしく、魔法は発動しなかった。
「……」
「……ギブアップしてくれる?」
「はい…」
朝陽は殺伐とした世界の中の一服の清涼剤




