朱莉チームVS狂華チーム 1
深谷さんに確認をしてみたものの、結局九条真希についての情報らしい情報を得ることはできなかった。
そもそも公安組も九条真希の素性がつかめず鋭意調査中ということで(とは言っても調査しているのはひなたさんと深谷さんの二人だけなのだが)彼女については何もわかっていないらしい。
「結局、九条ちゃんについては何もわからず終いか…」
俺はチームのみんなを引き連れて板張りの廊下を歩きながらため息をついた。
ちなみに今日から始まる大武闘大会2のバトルステージは試合によって異なり、今日の試合の戦闘場所は廃校になった中学校で、映像に迫力を出すために壊したい放題でやっていいだそうだ。
一応外に被害が出ないようにM-フィールドは張るらしいが、いまや俺や狂華さんはもちろん、和希あたりのレベルなら楽々フィールドを破ることができてしまうのであくまで気休めにしかならない。
「とは言ってもですよ。たとえ真希さんが何かしら隠し玉を持っていたとしても、トップ6というわけではありませんし、私や愛純。それに柚那さんでもなんとでもなりますわよ。そうすれば狂華さんとユウさんに負けたとしても3勝2敗。チームとしては勝ちですわ」
朝陽はそう言って笑うが、俺は狂華さんのチームがそういうギリギリの勝ちを狙っていっていい相手だとはとても思えない。勝つなら全勝する気で挑まないと3勝2敗はあっという間に2勝3敗になり、0勝5敗にもなりかねない。
もちろん朝陽が本気で3勝2敗を狙っているわけではなくて、俺を元気づけようとしてくれているのは判るし、それがわかっているからこそ深谷さんも恋も何も言わないのだが、俺としてもどうしても九条真希の存在が引っかかってしまい、『そうだな!』と気楽には返せない。
「恋はなにかつかめなかったのか?」
「はあ…3日前に言いましたよね、一週間前のドラフトの日から個人ファイルののぞき見ができなくなっているって」
「…でしたな。でも教導隊補佐の恋でも見られないとなると、今現在は都さんとかニアさんくらいしか見られないんだろうな」
まあ都さんもニアさんも狂華さんの一味(狂華さんが都さんの一味とも言う)だからそんなことしなくても九条ちゃんの正体くらいわかっているのだろうけど。
ともあれ、俺達が今彼女について知っているのは、彼女は俺達の1期下、年齢は不詳でやや小柄な体格に真っ黒なおかっぱ頭。ややツリ目気味の純和風の美少女で、一人称は私だが、全体的にややババ臭いというか、すこし横柄とも取れるしゃべり方をする。いわゆるロリババアといった感じの子だという表面的な特徴と、彼女が決戦の日どこにいたかということだけ。あとはチーム決めがあった日に柚那と話したとおり、クローニクに未登場ということもあってどんな魔法を使うのかもよくわからない。要するに都さんや狂華さんの秘蔵っ子というやつだ。
「まあ、うだうだ考えていても彼女の正体がわかるわけでもないしやるだけやるしかない、んだし…解散する前にいっちょ円陣でも組むか」
今回のバトルは前回のように一人が戦っている間みんなが応援をしているというスタイルではない。今回で言えばこの中学校の敷地内でそれぞれシングルス1~4とダブルスに対して個別の場所が割り当てられる。例えばシングルス1が体育館、シングルス2が校庭、シングルス3がプールといった感じで、シングルス1の俺はここでみんなとはお別れだ。
「いいですねそれ!やりましょ!」
「やろうやろう」
ノリノリの愛純と深谷さんを見て柚那と恋が笑う。
「愛純って意外とこういうの好きだよね」
「夏樹は見るからにっていう感じですけど」
「いいじゃないですか、やりましょうよ。ほら朱莉さんもお早く。柚那さんと恋さんも」
朝陽はそう言って、やる気満々で手を重ねている愛純と深谷さんの手の上に自分の手をのせる。
「はいはい」
朝陽に促され、柚那と恋が苦笑交じりで手をおいた上に、俺は手を重ねる。
「どうせやるからには優勝狙っていくぞ!」
「「「「「オーっ!」」」」」
チームメイトと円陣を組んで気合を入れた後、体育館に移動した俺を待ち構えていたのは、この一週間、最愛の柚那のことよりも考えている時間の長かった九条真希だった。
「ふむ、なるほど。私の相手は今回1番の難敵であるお前か」
「よう、九条ちゃん。お手柔らかに頼むぜ」
俺はそう言って余裕ぶって見せるが、正直そんなに余裕があるわけじゃない。
少し前に真白ちゃんと和希も使っていた魔力のコントロール。そのコントロールができるのは何も二人と、二人に教えたこまちちゃんだけではない。
そのくらいのことは十中八九、九条ちゃんもできるだろうと俺は踏んでいる。
そうでなければ。隠すほどの実力がなければ彼女が決戦時に日本にとっての重要拠点の1つである京都の守りのために残されるなどということはないだろうし、狂華さんが一巡目で指名するとも思えないからだ。
そしてその重要拠点守備の任務に残ったという点では、北海道の瑞季ちゃんと、離島…というか、沖縄本島に残っていた佳純ちゃんにも同じことが言える。
北海道沖縄のことは昨日たまたまユーリアとジャンヌの二人と話したことで発覚した事実だが、手薄になる重要な拠点に一人残され守備を任される。その重圧に耐えられるタフさと、それを任せてもらえる上官からの信頼。この二つを兼ね備えている魔法少女が弱いわけがない。
ちなみに露助さんはあの非常時にも元気に戦闘機やら魔法少女を飛ばしていたらしく、そのたびに瑞季ちゃんがスクランブルして追い返したりしていたらしい。
その話を聞いて、俺はどちらかと言えばユーリアとしては嫌がる案件なんじゃないかと思ったが、どうも結果的にそれが嫌いな同僚のマイナスになったとかでユーリアの瑞季ちゃんへ心象はかなりいいらしい。
話を戻してそこから考えると九条ちゃんは、そのユーリアからの評価が高い瑞季ちゃんと同等かそれ以上の実力があると考えられるし、同じことが起こっていたかもしれない場所に残されていた、しかも海兵隊を通して訓練時の良い噂がわざわざジャンヌにまで届く佳純ちゃんにしても同じことが考えられる。
つまり、今日の相手である狂華チームには、強いことがわかっている狂華さんとユウはもちろん、未だに俺が本気を見たことがない佐須ちゃん含め、隙はないということだ。
「ちなみに九条ちゃん。そっちのチームって他のメンバーは誰がシングルスで誰がダブルスなの?」
「シングルス2が狂華、シングルス3が霧香、シングルス4が瑞季でダブルスがユウと佳純だ」
こちらのチームで該当するのは、それぞれ順に朝陽、深谷さん、愛純、それに柚那&恋だ。
普通に考えて朝陽と柚那&恋の負けはほぼ確定。チームの勝利は俺と愛純と深谷さんにかかってきそうだ。
「どうしたのだ?真剣な顔で考えこんだりして」
「いや、俺と愛純と深谷さんの責任重大だなと思ってさ」
「…なるほど、勝ち星の計算か。舐められたものだな、私も佳純も瑞季も」
「違う違う。佳純ちゃんはユウと一緒だろ?流石にユウ相手に勝てるとは思ってないよ」
そもそも、ダブルスの二人はあんまり戦闘向きではない二人なので勝ち星の計算をするつもりはないし。
「……だとすると、まさか霧香のことを言っているのか?」
「そうだけど」
「なるほど、お前は人を誑す才能はあっても人を見る目はないらしい」
「そりゃあ確かに俺には人を見る目はないかもしれないけど、別に誑しじゃないぞ」
この一年誑し誑し言われているが、名誉毀損、風評被害も甚だしい話だと思う。
「…まあ、いい」
九条ちゃんはそう言って人差し指を立てて俺の方に向けた。
「一分だ」
「は?」
「一分で終わらせよう」
もちろん、彼女がわざわざ自分が一分以内に負けると言うとは思えないので、これはつまり俺に対してのKO宣言と見ていいだろう。
流石に―
流石にカチンと来た。別に俺は6位様だなんて威張るつもりはないが、それでも腐っても六位。ベスト5じゃないけど一応入賞くらいの位置にはいるのだ。にも関わらず33位の彼女が一分でKOすると宣言した。
「悪いけど、俺も負けるつもりはないから。あと、今のは少しムカついたから」
「ムカついたからなんだ?お仕置きでもするのか?それとも誑すか?私は貴様が誑してきた魔法少女達ほどチョロくはないぞ」
「俺は誑しじゃねえって言ってんだろうが!」
俺はそう言いながら変身してステッキを構えた。
試合開始まで残り一分を切り、体育館に設置されたデジタル時計のカウントダウンが始まる。
「誑し誑され持ちつ持たれつ。良くも悪くもチームの中心であるお前が負けたときチームが崩壊しないと良いがな」
九条ちゃんはそう言って巫女装束姿に変身する。
変身後の彼女の左手には大幣、右手にはバラ鞭…というか、九条ねぎが握られていて、深谷さんを髣髴とさせるそのネギに脱力して、俺の怒りは少しだけ収まった。
「えーっと…どっちがステッキ?」
今回の武闘大会は判定勝ち、場外勝ちがないため、決着は相手を降参させるか、気絶するなど試合が続行できないようにするか、もしくはステッキ破壊などによる変身解除となっているため、教えてもらえないだろうなと思いつつも一応確認する。
「常識で考えろ」
まあ、そりゃそうだ。その衣装だったら大幣に決まってるわな。
「大幣か」
「はあ?ネギに決まってるだろうが」
「なんでだよ!」
シュールすぎるにも程が有るわ。
なんとなく九条ちゃんのペースに巻き込まれている気がした俺は少し間を取るために、視線を切ってデジタル時計に目を移す。
デジタル時計の数字は残り10秒。9、8、7、6、5、4、3、2、1…
ゼロ。と同時に視線を九条ちゃんに向けると、彼女の持つネギの葉の部分が異常なまでに伸び、床を這って俺の足元にまで迫っていた。
「九条ちゃん卑怯!」
「開始前だからといって気を抜いていたお前が悪い」
そう言って九条ちゃんの口が釣り上がるのと同時にネギの葉が足に巻きつき、俺は動きを封じられた。




