シマイノカタチ 2
前日は試合に勝って勝負に負けて。当日は試合に勝ったのに噛ませ犬になって。
そんな大武闘会決勝次鋒戦の後。控室に引きこもっていた私のところに寿さんがやってきた。
「…なんです?私の事を笑いに来たんですか?」
「いや、そういうんじゃないけど」
そう言いつつ、寿さんはニヤニヤと笑っている。
「言いたいことがあるなら言ってくださいよ!昨日だってその気になれば私なんて楽勝だったとか思ってるんでしょ!」
「よくて辛勝でしょ。私の魔法はあんまり試合に向いていないからね。おかげでジャンヌからはボロクソに言われちゃったし」
言われてみれば彼女の魔法は、相手を消滅させる魔法。簡単にいえば某漫画の右手から炎系魔法、左手から氷結系魔法みたいな反則技だ。そんなものを使ってしまえば、それはもはや試合ではなく殺し合いだ。
「やっぱり勝てるつもりでいるんじゃないですか」
「流石にまったく勝てないと思ってはいないわよ。楓さんだろうが、狂華さんだろうが、勝てる可能性はあると思っていないとこの先やっていけないわよ」
「自信家ですね…で?なんの用なんですか?」
「昨日の夜、愛純からメールを受け取ったわよね?」
「え?あの師弟制度っていうか、チューター制度のことですか?」
「そう。あなた、私の弟子になりなさい」
「い……いやいや。ちょっと待って下さいよ!あんなの、私達が優勝してからの話じゃないですか」
「この後は楓さんの試合。その後は愛純と柚那でしょ?もう優勝はほぼ決まりじゃない」
「楓さんはともかく、愛純と柚那さんはわからないと思いますよ。柚那さんが勝ったら次は朱莉さんと小花さん。こうなると分が悪いと思います」
正直なところ、愛純が柚那さんに負けるとは思っていないが、私は寿さんに反抗したくてそんな可能性を口にするが、それは自分で言っていてアホかと思うくらいありえない可能性だ。
「あんたね、決勝戦の組合せ見た時点で優勝を確信した顔していたくせに、なに白々しいこと言ってるのよ」
「……」
「ま、先約があるなら別にいいけど、そうじゃないならそういう事も考えておいて頂戴っていう話。邪魔して悪かったわね」
「……なんで私なんですか?私程度の人間なら他にもいるし、セナや喜乃のほうが成績だっていい」
「成績なんていうのは、あくまで規定の範囲で能力を数値化しただけのものでしょ。目安にはなっても、所詮目安にしかならないわよ。それとね、私はあなた程度の成績の人間がほしいんじゃないの。大引彩夏がほしいのよ」
寿さんは振り返ってそう言うと、ニッと、普段の彼女のイメージとは少し違う顔で笑ってから部屋を出て行った。
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昼近くなって起きだした私は、ホテルから直接本部へと向かい、本部地下二階にある総務部へと向かった。
「ああ、大引さん」
私が総務課の窓口を訪れると、真っ黒なロングヘアを後ろで束ね、眉の上で前髪を揃えた肌の白い女性が迎えてくれた。
「こんにちは、時計坂さん」
「はい、こんにちは。今日はどういったご用件ですか?東北チームの事務関係で何か?」
彼女は、前職はOLで経理・総務をしながら地下アイドルをしていたらしく、戦技研の事務関係における一切を一人で引き受ける凄腕だ。
彼女の処理能力の高さは私や寿さんなど比ではなく、都さんや事務方トップのニアさんも太鼓判を押すほどである。
「いえ、そういうわけではなくて、姉妹関係解消の書類を頂きたくて」
私の言葉を聞いて、キーボードを叩く時計坂さんの手が止まった。
「…また剣呑な話ですね。喧嘩でもしましたか?」
「別に喧嘩とかそんな物騒なことはないですよ。ただ、もう半年以上も経つんでそろそろ関係を精算するのもいいかなと思って」
「そうですか」
最初こそ驚いた顔をしていたものの、時計坂さんはすぐに元の表情に戻ってカタカタとキーボードを叩いて書類を出力してくれる。
「…残念ですね。姉妹制度第一号の二人が関係解消とは」
出された書類に私が名前を書き込んでいるのを見て、時計坂さんはため息混じりにそう呟いた。
「まあ、まだ解消できるかどうかはわかりませんけどね」
一応、離婚届と同じで、どちらかから一方的に関係解消というわけにはいかないことになっているので、私が書類をもらって行っても寿さんが拒否すれば解消はできないということになる。
「時計坂さんはどう思います?姉妹制度」
「前例がそんなにあるわけではないのでなんとも言えないですけど、朱莉さんと愛純ちゃんはうまくやってますし、楓さんと喜乃ちゃんもなんだかんだでいいコンビですよね。それとイズモちゃんと鈴奈ちゃんも…」
「え?鈴奈ちゃん、イズモさんと姉妹関係なんですか?」
「なんだか、同じような恋人を持っているもの同士シンパシーを感じたとかなんとか」
ああ……なるほど。
「それと、実は私も妹がほしいんですよね…ああ、そうだ大引さん、もし寿と姉妹関係を解消するなら私と姉妹になりません?」
「え?」
「だから―」
「蒔菜、今月の東北の―」
「この紙で寿を捨てるなら私の妹になってくださいって言っているんです」
「で…この刃傷沙汰というわけね」
「はい…」
寿さんが入ってきたことに気づかなかった時計坂さんは私に妹になってくれと言い、タイミング悪くそれを聞いてしまった寿さんは時計坂さんを殴った。
もともと寿さんは事務作業のリテイクなどのやり取りで時計坂さんに対してストレスが溜まっていて、近頃は時計坂さんと顔を合わせたくないという寿さんの代理で私が本部に赴くことが多かったくらいなので、私のことはあくまできっかけにすぎないとは思うが、とにかく寿さんに殴られた時計坂さんは軽く口の中を切ってしまった。
幸いにもすぐそばの廊下にいたチアキさんが騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれたためにそれ以上のことは起こらなかったが寿さんは念のため拘束。時計坂さんは治療ということで別々に連れて行かれ、私はこうして事情聴取を受けているというわけだ。
「うーん…蒔菜らしくないというか、寿らしくないというか」
「え?」
寿さんはああ見えて自分のものをとられるのが大嫌いな人なので、あの場でああいう行動をとったことに関して、私としてはまったく違和感がなかったのだがどうやらチアキさんはそうではないらしい。
「ま、いいわ。で?寿とあなたの喧嘩の原因は?」
「昨日、ラジオでちょっと…」
「それくらいで姉妹関係の解消っていうのはちょっと早計だったんじゃない?」
「別にそんな、本気じゃないですよ。ただ、私のほうから謝るのが癪だったんで、ちょっと冗談半分でちらつかせてみようかなって思っただけで」
「はあ…あのね、彩夏。あなたは寿にとって自分が大切であることを確認しようと思っただけなのかもしれないけど、それ洒落にならないことになるかもしれないわよ。実は、もう一人事務方を各地方ごとに配置しようかっていう話が出てるの。常に前線には出られないけど、事務能力が高い子とか、研究分野に強い子とか、メカに強い子とか色々な子が揃ってきたから予備戦力を兼ねてって言う感じなんだけどね」
「私がいなくても東北の書類仕事は問題なくなるってことですか?」
「それだけで寿があなたを選んだんじゃないとは思うけど、それでも慢心していると取り返しがつかないことになるかもしれないって言うことは覚悟しておきなさい。もちろん、寿と姉妹関係が解消されても、あなたの実力はかなり上位のほうだから、いきなり二軍落ち地方落ちってことはないけど、東北には居づらくなるかもしれない。本気で寿が嫌なら止めないけど、さっき言ったように試すつもりとかならやめたほうがいいわ」
「はい…」
「この後、都の面談もあるけど大丈夫?」
「…その前に、寿さんと時計坂さんに会ってきていいですか?」
「蒔菜にも会うの?」
チアキさんはそう言いながら少し眉をしかめた。
「あ、言いたいことはわかります。でも、私のせいで寿さんに殴られたんだし、私は寿さんの妹だし…その…」
「あー、はいはい。わかったわかった。行ってらっしゃい」
チアキさんはそう言ってしっしっと手を振って私を部屋から追い出した。
本部には今回のようなことがあったり、捕虜をとったりした時のために簡単な独房のようなものが用意されているフロアがあるので、寿さんはおそらくそこにいる。
私達魔法少女がそのフロアに入るのに特別な許可はいらないので、会うのは簡単なのだが……まあ、行きづらい。非常に行きづらい。というか行きたくないとか釈然としないとか色々な感情が自分の中で混ざり合っている。
大人として今回の件をちゃんと説明して頭を下げなければいけないということはわかっているのだが…大元の原因は寿さんじゃんという気持ちもあるわけで。
エレベーターの前でしばらく一人でああでもないこうでもないと考えてみたが、最終的にそれはそれこれはこれということで、踏ん切りをつけてエレベーターに乗る。
エレベーターは私が悩んでいた時間1/10にも満たないような時間で到着するとチンというベルの音で背中を押して私を独房フロアへと放り出した。
そこには寿さんと時計坂さんがいて「ああ、大引さん」と、私に気づいた寿さんがそう話しかけてきた。
「……え……?」
「ごめんなさいね、あなたがそんなに思い詰めているなんて思いもしなくて。短い間だったけれど、仕事を手伝ってもらったりして、凄く助かったわ。今までありがとう」
そう言って寿さんは私の肩をポンと軽く叩くと、私と寿さんの署名が入った姉妹関係解消の書類を押し付けてきた
「お…お姉様?」
「あら、あなたのお姉様はあっちにいるわよ」
そう言って寿さんが振り向いた視線の先には時計坂さんが立っていた。
「じゃあね、大引さん。また東北寮で」
「ち…違うんです、寿さん。話を聞いてくださ―」
言い切る前に、エレベーターのドアは閉まり、寿さんを乗せたエレベーターはどんどん上がっていく。
「お、追いかけなきゃ」
非常階段に向かって走りだそうとした私の腕を、いつの間にか横にやってきていた時計坂さんがつかむ。
「あら、誰を?」
「お姉様をです!」
「あなたのお姉様は私よ」
時計坂さんはそう言ってニッコリと、本当に自分は当たり前のことを当たり前に言っているだけだという笑顔で笑う。
「違います。私は…」
「違わないの。あなたと私の名前の入った書類もあるし、間違いなく私はあなたのお姉様なのよ」
そう言って時計坂さんが見せた書類には確かに私の字で「大引彩夏」と書かれていた。
で、彩夏は一旦置いておいてと。




