シマイノカタチ 1
(八つ当たりに私を使うの、やめてほしいなあ…)
よくわからない用事でセナと共に南アフリカへ飛んでいったこまちさんの代打としてラジオにひっぱりだされた私はお姉さまと向い合って座っていた。
それはいい。私も一応東北チームの一員で魔法少女の一員だ。
ここ最近、異星人との会合に引っ張りだされたり、後輩魔法少女の特訓に付き合わされたりと大忙しだった挙句、東北寮に帰ろうと思った瞬間セナに『お姉さまに会いたいから、朱莉さんたちと一緒に東京に帰ろう !ね?いいでしょ?(・ω<) 』とか言われて思わずうなずいて運転させられたのもまあいいし、到着したものの、その晩こまちさんとお姉さまがどこかに行っていてホテルにいなかったせいでセナがやけ酒してそれに付き合ったのもいい思い出だ。
そしてその後、こまちさんがセナと一緒に南アフリカに行っちゃったものの、当然このラジオもやらなきゃいけないということで朱莉さんから頭を下げられ、普段こまちさんのマシンガントークに相槌をする&聞き役に徹しているうちお姉さま一人じゃちょっと厳しいだろうなと思いつつ、どうしようか悩んでいたところ『無理なら俺がいくか、橙子ちゃん呼ぼうか?』と言われ、橙子さんはともかく、こんな狭いところでお姉さまと朱莉さんを一緒にしたらお姉さまが妊娠させられると思い『私がやります!』って言ったのは他でもない私だから、別にここにいるのはまあ、いい。
でもそれはどちらかと言えば会話をリードするための志願であって、自分がお姉さまのネガティブマシンガントークに蜂の巣にされるためじゃない。
……ああ、申し遅れました。どうも皆さんこんばんは。喋るサンドバッグ、大引彩夏です。
「えー…っと、そろそろ次のコーナー…というかオープニング締めません?テーマ曲もCMもいかずに、もうかれこれ45分くらい喋ってますよ。しかもずっとこまちさんの愚痴ばっかり」
これはこれである意味新鮮なので、愚痴りたいお姉さまと、新鮮な番組を聞けるリスナー的には別にいいのかもしれないけれど、CMにいかないとスポンサー契約の関係上非常にまずい制作陣と、その制作陣からのプレッシャーに晒されて胃が痛みだしている私的にはよろしくない。
「私がこまちのことばっかり言ってるみたいに言わないでよ!」
「いや、言ってますやん……完全にセナにこまちさんを取られた浮気され夫みたいになってますよ」
「浮気……はは…ほんと、あの二人一体どこに行ってるのかしらねぇ…」
いや、何の仕事かわからないけど、南アフリカだって都さんから言われただろって。…とは言え、今ここでそんなことも言えないし、言っても仕方ないので私は大きく息を吸った。
「というかね、もともとこまちは私―」
「はい!続きは、CMのあとーーーーー!」
ディレクターが半ばキレだしていたので、私は合図を出してミキサーさんにマイクを切ってもらい、強引にCMに持っていく。
ぶっつけ本番、適当なハンドサインに見事に対応してくれたミキサーさんには感謝だが、私の本当の戦いはこれからだ。
「あの、お姉さま…いや、寿さん」
私は真面目な話をするときにあえて使っている『寿さん』という呼び名で、お姉さまに話しかけるが、彼女はどうやら私が真面目な話をしようとしているとは思っていないらしく、頬をふくらませながら、軽く睨んできた。
「ちょっと彩夏、なんでいきなり私の話を打ち切るのよ」
「はあ…とりあえず一度落ち着いてください。いいですか、寿さん。あのまま続けていたらヘタすれば損害賠償ものですよ。むしろ話を打ち切って番組を進行させた私に感謝して欲しいくらいなんですからね」
「は?賠償くらい別に私が払うし」
普段は絶対にこういうことを言わない人なんだけど…こまちさんが突然いなくなったせいでかなり情緒不安定になってるな。
「…賠償だけの話じゃないです。みんなに迷惑掛かりますし、始末書だっていっぱいですよ?仕事増えますよ?そんな惨状をこまちさんに見られていいんですか?っていうか、仕事増えたら時間がなくなって、ますますこまちさんをセナに独占されますよ!?」
「うーん……それは…嫌だなあ…」
お、ちょっとだけクールダウンしたぞ。ここは一気にたたみかけよう。
「だったら、いつもどおりのクールなお姉さまでいてください。わかりましたか、寿さん」
「わ、わかったわよ…そんなに怒らなくたって、ちゃんとするわよ」
不満タラタラといった様子ではあるが、一応納得してくれたようでよかった。
私がそう思って胸をなでおろしたところで、ディレクターから上機嫌で『CM明けまーす』という連絡が飛んで来た。
「じゃあ改めてオープニングいきますよ」
「はいはい」
お姉さまがそう言ってうなずいたところで、番組のテーマ曲、続いてタイトルコールが流れる
「改めましてこんばんは、魔法少女クローニク、東北イエローこと大引彩夏でっす」
「え?なにそれ、え、えーっと…東北ブラック、笑内寿です…って、何この自己紹介」
「いや、台本に書いてありますよ、ほらここ、名前+イメージカラーって」
私の影が普段から薄いからそういうのをつけないとリスナーから認識されないだろうとかそんな感じで放送作家さんが気を使ってくれたのかもしれないけど、別に普段通りでいいんだけどなあ。
「あ、ほんとだ」
「しっかりしてくださいよ、お姉さま。と、いうことでのっけからずーっとしゃべりっぱなしのお姉さまのせいで自己紹介もできませんでしたが、今週夏休みのこまちさんに代わってピンチヒッターとしてやってきました。代理パーソナリティの大引彩夏ですよー、みなさん名前だけでも覚えて帰ってくださいねー」
「いや、なんで芸人風なのよ」
「ほら、私って美人とかそういう感じじゃないからこんな感じがお似合いかなって」
「朱莉みたいなの?」
よしよし、お姉さまのエンジンがかかってきたぞ。
「あの人は同じ芸人枠でも美人芸人枠じゃないですか!…というか、あの人と私を並べないでくださいよ。去年一緒にやったグラビアとかマジでトラウマなんですから」
「そんなことないわよ。私にとっては妹のあなたが一番かわいいわ、彩夏」
「嬉しい、お姉さま……と、いうことで、この番組はいつも心に百合の花を合言葉に、クローニクでも一番百合度が高いと評判の東北チームが百合百合な時間をあなたにお届けする番組です」
正直、台本を読んでいて色々突っ込みたいところはある。百合っつーか、みんなガチレズじゃねえかとか、台本が『なんかアドリブで適当に百合っぽい流れにして番組説明』とかっていう適当なところとか。
「百合と一番縁遠い彩夏が言うとなんかシュールね」
「そうっすね、私って普通に男性が好きですから、どっちかっていうと薔薇のほうが好きです」
「…………」
「…………いや、なんか言ってくれないと放送事故になっちゃうじゃないですか」
「なんであんたが東北チームなんだろう」
いや、そんな真剣な顔で腕組みまでして首を捻らなくても…流石に私でも傷つくぞ。
「あなたが東北チームに誘ったからですよ。むしろ、なんで私を東北チームに誘ったんですか?」
「…なんでだろう?」
おいおい、マジかこの人。
それから喧嘩とまではいかなかったものの、ギスギスしたり、お互いの間になんとなく白々しい空気が流れたまま私のラジオ生放送デビューは終わった。
スタッフは何も言わなかったけど、なんとなく私と寿さんの空気を察してくれたのか、同じホテルに帰るのにわざわざ別のタクシーを用意してくれた。
「あの人、マジねえっすわ」
タクシーに乗るなり朱莉さんホットラインに電話をかけた私は今日のあらましをダーッと話した後、そう言ったところで一息ついた。
『…いや、俺がもう寝てるってわかっていて電話かけてくる彩夏ちゃんもかなりアレだからね。というか、もう一個の携帯の方に寿ちゃんからかかってきているんだけど、多分この件だよな』
ちょうどいいタイミングで赤信号になり、私のタクシーの横に寿さんのタクシーが並んだので覗いてみると、確かにイライラしながらどこかに電話している様子の寿さんが見えた。
私の視線に気がついたのか、寿さんもこっちに顔を向け、私が電話をしているのを見ると、自分の電話機を指差して口パクで何事か怒っている。おそらく私に電話を切れと言いたいのだろう。
「はっはっは。あの人、友達いないんすかねー」
未だに何か言っている寿さんの表情やらジェスチャーやらが面白いので、私は空いているほうの耳に指を突っ込みながら舌を出して挑発してみせる。すると、彼女は更に激昂し、彼女が載っているタクシーの車体がバインバインと揺れた。
とても痛快だ。
『…いや、こんな馬鹿話、セナもこまちちゃんもいない時は俺くらいにしか話せないってことだろ。君も寿ちゃんも』
「なんすか、その私と寿さんが同類みたいな言い方」
『同類だよ。じゃあ切るぞ』
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!いつ何時、誰の電話でもうけるっていうのが、朱莉さんホットラインのいいとこじゃないんですか!?」
『俺はそんなどっかのプロレスラーみたいなこと言ってねえよ。出られるときだけ出てるだけ。それに誰の電話でもっていうんなら、寿ちゃんも同じように受けないと不公平だろ。それともスピーカーモードにして三人で話す?』
「……屁理屈だ」
『みんなに言ってるけど、屁理屈も理屈。じゃあな』
「ちょっと待って!最後に一つ!朱莉さんは私と寿さんどっち派ですか?」
『…え?なにそれ。告白の前フリ?』
「違いますよ!今回の件、悪いのは寿さんでしょ?私は悪く無いですよね?」
『そういうこと聞いてくる時点で彩夏ちゃんの中に大なり小なり罪悪感があるんだろ』
「う…」
『まあ、しいて言えば、俺は夜中に電話かけてこない子派かな』
「うう……」
『じゃあね』
朱莉さんは最後に短くそう言って私の電話を切ってしまった。
私は気を取り直して、電話帳から他に電話できそうな相手を探す。
セナ…はこまちさんと南アフリカ。
喜乃…は通話履歴が鈴奈ちゃんにみつかると生命が危ないってこの間メールきてた。
愛純…は、確か柿崎さんと旅行中。
朝陽…は、こんな時間に起きているわけがない。
私は寿さんと違って別に友達がいないわけじゃないけど、こういう時愚痴れる友達って確かに少ないなあ…
「ま、いっか…」
朱莉さんに愚痴って少しだけすっきりした私は、そう呟いて目を閉じた。




