つきは東に陽は西に 10
10/29
朱莉が舌じゃなくて下を出すという変態行為などを修正
ひなたと桜が南アフリカへ出発する前日。
夜に開かれる送別会の前に、ひなたは朱莉とともに関西支部のカフェテリアにやってきていた。
「…俺の魔法っすか?別にいいですけど、ひなたさんって、別にそのカードの魔法使わなくても素で俺より強いですよね」
魔法のチャージを頼まれた朱莉は少し面倒くさそうにそう言って首をかしげる。
「うそこけ!お前が手を抜いているなんていうのは、都だけじゃなくて俺もチアキも狂華も気がついてんだよ!」
「はっはっはー、なんのことやら」
朱莉はわざとらしくそう言ってコーヒーを口に運ぶ。
「まあ、朱莉が強い弱いはともかくとして、向こうじゃ俺と桜だけだからな。一人でなんでもできるようにしておきたいんだよ」
そう言ってひなたが机の上に広げたカード達は、狂華を始め、正規の魔法少女からご当地、果てはJCまで網羅されていた。
「…いつの間に集めたんです?」
「準備期間として結構長い休暇をもらったからな。東北は一箇所で済んだし、JCもまとまっていたから楽だった。関東から西は一苦労だったけど、長い時間ドライブしたから桜もごきげんで結果オーライッて感じだ」
「ああ、それでちょっと前に二人を関東寮で見かけたのか…でもそれならその時俺にも声をかけてくれればその場で終わったのに」
「のらりくらりと逃げまわっていた奴の言うことか」
ひなたは少し睨みをきかせてそう言うが、朱莉の方は悪びれることもなく口を開く。
「だってひなたさん面倒事ばっかり押し付けるからできるだけ近寄りたくないかなって」
「オブラートに包めよ!…まあいいや。ブランクカード渡すから、送別会の時までにいっちょ強力な魔法を頼む」
「了解です。実はひなたさんがこの魔法を作った時に、いつか頼まれるんじゃないかと思って、考えていた魔法があるんですよ」
「お前、案外いいやつだな」
「何言っているんですか、俺ほどいい奴はいませんよ」
「そこについては言いたいことがないではないけど、まあいいや。ちなみに、なんていう魔法なんだ?技名とか叫ばなきゃいけない系か?あんまりこう…痛い感じになるやつは嫌だぞ」
「まあ、ちょっと痛いっちゃ痛いですけど、びっくりするような効果のある魔法っすから是非胸を張って叫んで欲しいですね」
「精華のもそうだけど、なんで技名を発動条件にするんだ?」
「そのほうが燃えるからじゃないっすか?」
「……まあいいや。で?その技はなんていうんだ?」
「氷結系の最強魔法と言っても過言じゃないです。その名は――」
「エターナルフォースブリザード!敵は死ぬ!」
朱莉の説明では一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させる、相手を瞬殺する技だという話だったが、そんな様子は微塵もなく、教祖は何事もなかったかのようにみつきと一美の戦いを見ている。
ひなたは、魔法が教祖に無効化されたのかと思ったが、その仮説はヒラヒラと舞い降りてきた紙によって打ち砕かれる。
『うっそぴょーん!そんな魔法ないよーん!ドッキリ大成功 自力で頑張ってね! 朱莉』
ヒラヒラと舞い降りてきた紙にはそんなメッセージと、可愛らしくデフォルメされた朱莉が舌をペロっと出しているイラストが描かれていて、イラストの横には『テヘペロ』などと書かれていた。
「……あんちくしょう」
怒りに任せて紙を握りつぶしたひなたは、肝心なところで役に立たない朱莉を思い切る殴るために何が何でも日本に生きて帰ることを改めて誓った後、紙を握った拳を振りかぶり、床を蹴って教祖との距離を詰める。
「無粋だね」
部屋の端から端へと跳んだひなたの動きに驚愕することもなく、教祖は背中からロボットアームのような物を出して攻撃を受け止める。
「代理はそこにいるだろう。何も我々が直接戦う必要はないさ」
そう言って笑う教祖の顔は、顔の作りこそ一美によく似てはいるが、表情が全く似ていない。
ひなたは、人が人を、例えば長い時間会わなかった友人を友人と認識したり、親戚の子供が再会した時に大人になっていた時などにその相手が本人だと認識できるのは、いわゆる面影と呼ばれるもののおかげだと思っている。
16年前の潜入捜査の時にひなたが遠巻きに見た教祖の顔は、作りこそ不細工で、隣に立っていた一美に似ていなかったものの、顔をほころばせた時の目元や口元はそっくりで、これは間違いなく親子だと思ったものだ。しかし目の前の事象教祖にはそれがない。
「……お前、深海じゃねえな?」
そう言ったひなたには一つの確信があった。目の前の人物には教祖の面影はないが、別の知人の面影があったからだ。
「何を言っているんだ、私は君が壊滅させた教団の―」
「深海亀太郎はそんな笑い方しねえよ。それと、当時ペーペーの俺がやったのは諜報活動だけだ。まあ、確かに話をでかくして俺が壊滅させてやったって自慢したこともあったけどな……なあ?元戦技研、研究主任の大江恵さんよ」
ひなたの心当たりは、第一世代である狂華からチアキまでを手がけた後、突然失踪した研究者、大江恵だった。
「……そうか、こんなにすぐにバレてしまうか」
「バレるに決まってんだろうが。魔法の無効化なんて、モロにお前が研究してたテーマだし、俺が教団潰した云々っていうのは、あの当時、お前に対してだけ俺が誇張して言った作り話だからな」
ひなたが世間話の中で武勇伝として事件の話をした時に恵の反応が『ふ~ん、で?』という反応だったために大見得をきった結果なのだが、今回はそれが功を奏した。
「そうか。それは私の下調べが足りなかったね」
恵は少し眉を動かしてそう言ったものの、たいした問題ではないとばかりに「まあ、それならそれで事もなしだが」と、つぶやいて声を殺して笑う。
「まあ、それなら魔法の無効化なんて荒唐無稽な能力…機械か?を作ったり使ったりできたとしても納得だ。お前って、確かナノマシンの適性が全く無かったもんな」
本人がどれだけ望んだところで、つまるところ魔法少女になれるかなれないかというのは生まれ持った適性によるところが大きい。
恵は研究者でありながら、いや研究者であるからこそ自分が魔法少女になるべきだと主張したが、体内最大ナノマシン比率1%という彼女の適性ではその主張が通ることはなかった。
「…んで?教祖の名を語ってまで、なんでこんなことをしたんだ?」
「別にたいしたことではないよ。5月の決戦をみて、今の私の作品がどの程度君たちに通じるかを試したかったんだけれど…まさかみつきにあんな隠し玉があって、さらにそのみつきに対して一美が手も足も出ないとは思いもしなかった。まだまだ研究の余地ありといったところだね」
「答えになってねえよ。なんで深海一美を使ってこんなことした?」
「日本国ナンバー2の君に対して、ナンバーワンの狂華用にチューニングした一美がどの程度通じるか見たかったんだが、みつきの登場で盤がひっくり返ってしまった。これ以上の実験は意味が無い」
「どうやって魔法少女化したかなんて聞いてもどうせ理解できねえから聞かねえけど、なんで俺達に対抗する必要がある」
「…不平等だと思わないか?」
「何が」
「持って生まれた天賦の才能だけで魔法を手にできるかできないか決まってしまう。そんなのは不公平で不平等だ。だから私はすべての人類を魔法少女化することに決めた」
「決めたって…誰彼構わず力を持ったら大量に死人が出るぞ」
「特定の人間に力が偏っても死人はでる。むしろそうなっている現在の状況のほうが空爆などで死人がでているだろう。だったらみんなで殴りあう力をもったほうが平等だ。皆が力を持てば、殺人なんていうものはグッと減るんじゃないか?誰がどんな能力を持っているかわからなくなれば、返り討ちを恐れて、くだらない小競り合いは減るだろうし、例えば指導者は魔法での暗殺を恐れて善政に励むかもしれない」
「それ以前に無理やりナノマシンを入れたら適性のない人間は死ぬだろ」
「君たちの技術ではそうだろうね。でも私には私の技術がある。例えばこの教団の三人。あの三人がたまたま適性があったとでも思うかい?そんなわけないよね。そんな天文学的な確率の偶然がたまたま転がっているわけがない、三人は私が…」
「どーでもいいんだわ、そういうの」
ひなたは自慢気に話し続ける恵の言葉を遮って、空いているほうの腕で彼女を殴りつける。
「大体わかったからもういいっつーの。テメエのくっだらねえ実験のために桜が大怪我させられたかと思うとな、お前が何をしたかったとか、どんなすごい技術を持っているかなんてことには興味なんか全然わかねえ…っていうか、殺意しかわかねえよ」
「…そうかい、ならもう講義の時間は終わり。私は帰るとするよ。ああそうそう、一美はもう用済みだから、必要なら持ち帰るといい。ボンクラな戦技研の研究者でも私の研究の片鱗くらいはつかめるかもしれないからね」
「…どういうつもりだ?」
「そちらの戦力に対抗できないとわかった以上、一美は用済みさ。彼女にはもう伸びしろはないからね」
「そんなことを聞いているんじゃない。俺達に技術をつかませる意味を聞いている」
「言っただろう?私は万人に同等の可能性を与えたいんだよ。もちろんそれには君たち日本の魔法少女も含まれる。だから私の技術でパワーアップできるのであれば、パワーアップしてもらったほうがいい」
「意味がわからん。お前は俺達を倒したいんじゃないのか?」
「違うな。あくまで君たちは指標だよ。君たちを倒すのが私の大命題というわけではない」
「グレーテル…深海一美はそう思ってないみたいだが?」
「使い捨ての道具が…例えば百円ライターが何か意見を持っていたとして、君はそれを聞くのか?」
使い捨て。と、まるで一美のことを物の様に言う恵に対して、ひなたは少し眉をしかめたが、恵がそういう人間であることを知っているひなたは、喉まで出かかった言葉をグッとこらえて飲み込んだ。
「…相変わらず人間味のないやつだな、お前は」
ひなたは目標に向かって努力する人間については、いい悪いは別として一定の評価をするタイプで、それは桜の仇の一人である一美についても当てはまる。
そんな気質を持っているひなたは、一美を人とも思わないような物言いをする恵を全力で殴りたいと思った。殴りたいと思ったのだが――
「殴りたくて仕方ないという顔をしているけれど、やめておきなよ。私の魔力の無効化というのはつまり、ナノマシンの強制的な活動停止だ。次、攻撃してくるのならこちらも君の右手の強制停止、さらには分解を考えなければいけなくなる」
「……」
日本の魔法少女で言えば寿と同じような凶悪な能力。いや、矢の生成というステップがない分恵のほうが凶悪だ。
「ま、言わなくてもわかるよね。じゃあ私はこれで」
ひなたが手を出さないつもりであることを見とり、満足そうに微笑むと、恵はひなたを開放して踵を返した。
「ちょっと待て!…どうすんだよ、あいつ」
ひなたがそう言って顎で一美を指すと、恵は面倒くさそうにやれやれと首を振る。
「好きにしていいってば」
「あんな女、俺たちだって持て余すって言ってんだよ」
「処分していけと?用済みだけど君たちにとっては貴重なサンプルだよ?分解しちゃっていいの?」
「んな物騒なこと言ってねえよ。お前の口からうまく言ってなだめてくれ。ああいう狂信者っていうのは面倒なんだからよ」
「はいはい。おーい、一美」
ひなたに促された恵は、みつきと戦闘を繰り広げている最中の一美にそんな小さな声で聞こえるわけがないだろうと、ひなたがツッコミを入れたくなるような声で呼びかけた、
だが、ひなたの予想に反して、一美はすぐにみつきと距離を取って恵のところへと駆けつける。
「お呼びでしょうか、お父様」
「教団、解散するから」
「は……い…?なんですって?」
あっけらかんと言い放った恵の言葉を聞いて、一美はまさに目が点といった表情で聞き返す。
「どういうことですか!?みつきは私が倒しますし、相馬ひなただって―」
「うるさいなあ…もうおしまい。今ここでおしまいなの。だいたい君、みつきに完全に遊ばれているじゃないか。それに、ひなたにも相当手を抜かれていたみたいだし」
「そんなことありません!私の魔法なら数で押すことも…」
「その気になれば、ひなたはその数もなんとでもできたんじゃないの?ねえ?」
恵の問いにひなたは黙ってうなずいて、懐から最後の最後にと取っておいた狂華のカードを取り出してみせた。
「手を…手を抜いていたと言うんですか!」
「手を抜いたんじゃねえよ。使うべき時が来てなかっただけだ。最悪、みつきが元に戻らなくて、どうしようもないって場合には狂華と朱莉のカードで一気に殲滅するつもりだったんだよ」
「ひっどいなあ、五年前のみつきはともかく、私がこの程度の薬物コントロールで戻らないなんてことあるわけないじゃん」
いつの間にかひなたの横に来ていたみつきがくくくっと声を噛み殺して笑う。
「わかったかな?自分は強い、すべてを圧倒している。君はそう思って、全ては自分の手のひらの上で踊っていると勘違いしていたみたいだけど、実のところ一人きりで一生懸命無様に踊っていただけなんだよ」
「そんなことありません!私はまだできます!まだまだ…」
「無理だね。君の上限はそこだから、みつきにもひなたにも…下手をすればしたの二人にも勝てないんじゃないのかな」
「お父様!」
「そのお父さまっていうのね。君自身が一番良くわかっていると思うんだけど、もう死んでるから」
「そんなことないっ!そんなことないっ!お父様は!」
一美は泣き叫びながら恵に掴みかかるが、恵はその手を振りほどこうともせずに少し哀れみのこもった目で一美を見つめる。
「まあ、私の実験に付き合ってもらう対価として、一応お父様役をしてはいたけど、そもそもその君の言うお父さまって、君自身じゃないか。君のもう一つの人格が花鳥と風月を使って独断専行でひなたを襲撃。しかも仕留め損なって援軍まで来る始末。まったく使えないにも程がある」
「違う!あれはお父様が憎き相馬ひなたを!」
一美はそこでガクンと一瞬気を失った後で、奇妙な笑い声を上げて立ち上がる。
「そうだ、俺は相馬ひなたが憎い!すべてを奪ったお前が憎い!」
ベースは整った彼女の顔でありながら、その上に怖気を感じるような表情を浮かべた一美がひなたを指差す。
「なるほど、朝陽パターンなわけか」
「いや、さすがに朝陽ちゃんも優陽ちゃんもこんなんじゃなかったでしょ」
ひなたの感想に、みつきがそうツッコミを入れる。
「でもまあ、これが元凶ならこれを消せば一件落着ってわけだ。まったく、いつもいつもみんな肝心なことを教えてくれないんだからさ」
みつきはそう言って右手に魔力を集め始める。
「消すって、ちょっと待てみつき。こいつはお前の――」
姉なのかもしれないぞ。と言いかけて、ひなたは口をつぐんだ。
「私の、何?」
「いや……なんでもない。なんでもないけど、深海一美を殺すのは違うだろ」
「おいおい、君がそれを言うのかい?」
恵はひなたに冷笑を向けてそう言うが、ひなたは恵をひと睨みしてみつきを見る。
「……言うさ。俺が過去何をしていても、それが許されないことだったとしても、それでも目の前で間違ったことをしようとしているみつきを黙ってみていられるわけねえだろ」
「まあ、娘だし、父親としちゃそりゃそうだよね」
「ちょ…どういうことだみつき、お前…」
「ま、詳しい話は追々っていうことで」
みつきはそう言って笑うと一美に向かって突っ込み、魔力のこもった右手を彼女の腹に押し当てた。ひなたは、みつきを一美から引き離そうと一歩踏み出すが、みつきの魔力を受けた一美の顔が先ほどの憎悪の表情から、安らかな元の美しい表情に変わっていることに気がついて、そこで足を止めた。
「みつ…き…」
「お疲れ様、ゆっくり休んでね……お姉ちゃん」
そう言ってみつきが一美を抱きとめると、一美はすっと目を閉じ、安らかな寝息を立て始める。
「…じゃあ、今度こそ一件落着ということで」
抱きとめた一美をみつきが床にゆっくりと寝かせたのを見届けると、恵はそういって微笑み、忽然と姿を消した。




