魔法少女狩り 6
魔法少女狩りの調査協力という名目でやってきたジェーンだったが、会議でちょっといい事を言って以降、全く捜査の役に立っていなかった。
一度調査に同行させたひなたさんからは「役に立たないから連れていかない!」と言われるし、最初に激突したものの趣味が似ていることがわかって仲良くなれるかと思った精華さんからは一度一緒に出掛けた後に「やっぱりあの人苦手…」と避けられる始末。
結局、今では一番下っ端の俺が貧乏くじをひかされる形でジェーンの世話係をしている。
世話係と言っても要するにジェーンが行きたいところに行くための運転手なのだが、その行先が問題だ。
「今日は秋葉原行きマース!」
「今日はっていうのは、昨日別のところに行ったやつの言う言葉だ」
ジェーンは『お前は秋葉原で仕事でもしているのか!?』と聞きたくなるくらいに秋葉原に行きたがる。
「マアマア、いいじゃないデスカ。かわいいメイドさんを見られて私もハッピー、自由に好きな街を歩けてあなたもハッピー。みんな幸せネ!メイド・イン・ヘヴンね!」
「なんだよ、メイド・イン・ヘヴンって…」
お気に入りのメイドさんのいる店ができたというジェーンは秋葉原まで送ると別行動を取る。
そんなことを言いつつも実は独自に調査をしているんだろうと思い後をつけたが、本当にメイドリフレ店に入っていった。スタンプカードが溜まって一緒にチェキ撮ったとか言ってたし多分本当だろう。
「もう店も秋葉も一人で行けるだろ。なんだったらタクシー使ってもいいんだし」
「朱莉と一緒に行くからいいんデス。面白い話聞かせてくだサイ」」
「俺はそんなに面白い話はできないだろ。大体俺の話はもうネタ切れだよ」
実はアニメやゲームに目がないというジェーンにせがまれて話を毎日往復2時間。そんなことをかれこれ2週間もしていると、いわゆるネタ切れを起こす。
昨日なんかネタがなさ過ぎて、苦し紛れに俺が知っている仲間たちの過去の話や、俺が邑田芳樹だったころの日常の話にまで話が拡がってしまった。
「朱莉と行きたいんデスよー」
「いや、うーん…でもなあ…」
「お願いデスヨォー」
ジェーンの実年齢も、魔法少女になる前に男だったのか女だったのかもわからないが、それでもこうしてしがみつかれて腕に柔らかい感触があると嫌な気持ちはしない。
おっぱいは偉大だ。
「あざとい…」
小さなボソッとした声に振り返ると、リビングの入り口に柚那が立っていた。
いや、入り口の向こう側で壁に隠れ、顔だけ出してこちらを見ていた。纏っているオーラがどす黒いのと廊下が薄暗いせいでちょっとしたホラー映画のようだ。
「ゆ、柚那?今日は柚那も一緒に行くか?」
「……わたしたまにはほかのところにいきたいです」
最初の一週間は柚那も一緒についてきたのだが一週間もするとギブアップしてしまい、ここ一週間はジェーンと二人での外出となっていた。そのせいで柚那のご機嫌はナナメだわ、精華さんからは柚那がいると買えないようなものを頼まれるわで散々だ。
「じゃ、じゃあジェーンを降ろした後、二人で上野のあんみつ屋でも行くか?もしくは動物園とか、動物園が子供っぽくて嫌なら美術館とかでもいいしさ」
「え!二人で!?…ま、まあ朱莉さんがどうしても私と出かけたいっていうのであれば行きますけど」
そう言って柚那は少しはにかんだような表情で顔を背けながら髪の毛をくるくるといじる。
うん、俺の彼女超かわいい。
「是非柚那と一緒に出掛けたいのでよろしくお願いします」
「まったくもう。いつもそうやってちゃんと気にかけてもらえれば私だって不機嫌にならずに済むんですよ?」
「面目ない」
柚那の表情が緩むのを見て、俺はココロの中でホッと息を吐いた。別に柚那の事を気にかけていないつもりはないが、それでもこの一週間はジェーンにかまけてしまってばかりいたので、柚那の言っていることについて自覚はある。
「いいですよ。許してあげます。じゃあさっそく出発しましょう。すぐ行きましょう、早くいきましょう。ジェーンをさっさと降ろして二人でデートしましょう」
今度は素直すぎるだろ!
「あ、ワタシもあんみつ食べたいデス!」
ジェーンの一言でその場の空気が凍った。
「…アメリカの人ってどうしてこう空気を読むとか相手に気遣いするとかそういうことができないんでしょうね。私と朱莉さんはデートするんです。そのついでにあなたを送っていくって言ってるんですよ」
待て、空気がよめないのはジェーンだけだ。ジャンヌは結構空気を読むぞ。
「HAHAHA、柚那はおかしなコトをいいますネ。朱莉はワタシのお世話係ですヨ」
「わかりました…だったら、今日はお世話も外出も必要ないようにしてあげます」
柚那はそう言って風紀委員の腕章を取り出し腕に通す。
そんな柚那の本気の空気を感じて、リビングの隅でおとなしく本を読んでいた精華さんが状況を察して部屋からそそくさと出て行った。
ていうか、あんたは同じ風紀委員として止めろよ。職権乱用だぞ、これ。
「ソレ、外交特権の前にはムイミですケド」
「意味も効力も関係ないです。これは私の本気を現しているだけですから」
ああ、これはそろそろ本気で止めないとダメだな。
「柚那」
「なんですか、朱莉さんは引っ込んでてくださ―」
柚那が言い終わる前に俺は柚那を抱きしめて頭をなでる。
「そんなにピリピリしなくてもジェーンは途中でちゃんと降ろすよ。それにこんなことで時間を食っていたらデートの時間が短くなっちゃうぞ」
男だったころにはついぞ言う機会のなかった歯の浮くセリフというやつも、朱莉になってからはしばしば口にしているので、ひなたさんほどではないがそれなりに経験を積んで慣れてきた。もちろん柚那がこういうのが好きだということも把握済みだ。
「…あの…その……朱莉さん?」
柚那がご機嫌ななめな時に何度か使っている手だが、それでも柚那は顔を赤くしてくれる。ふふふ、うい奴め。
「俺とデートする時間より、ジェーンと喧嘩する時間のほうが大事か?」
「い、いいえ!そんなことありえません!じゃ、じゃあすぐに出かける準備をしてくるんでちょっと待っててください」
柚那はそう言って大慌てでリビングを出ていった。
「プレイボーイデスね」
「柚那限定でな」
「そうデスカー?…そんなこと言って、みつきあたりも誑してるんじゃない?」
「いきなり真面目になるのやめろって」
こういうことにツッコミをいれる時のジェーンは、オバ…お姉さんモードのチアキさんみたいで苦手だ。
「大体、何人も誑しこめるほどの経験は俺には無いよ」
「経験は積むものよ。それに経験則だけで何人も誑せるかっていうと、そういうものでもないしね」
「そう見えているんだったら気を付けないとな」
「あかりも見ているしね」
「っ…なんでそこであかりが出てくるんだよ」
「特に意味はないわよ。あのくらいの年ごろの子は潔癖症だったりするから気を付けないとって話」
「……」
「まあ、朱莉にキンシンソーカンする度胸があるとも思えないデスケドネー!HAHAHA!」
ジェーンはそう言って大笑いしながら俺の背中をバンバン叩く。
なんなんだろう。短い間しか真面目になれない病気か何かか、こいつは。
「そうそう、ワタシ実は2分しか真面目でいられないヤマイに冒されてマース」
「自分で言うな!」
『えー?動物園ですかー?子供っぽくないですかー?』と言っていた柚那は入り口から出口まで一通りキャーキャー言いながら歩いた後、池側の出口から出るのかと思いきや、『モノレール乗りたいです!』とか言い出すくらいに大いに楽しんでくれ、その足で俺達は約束のあんみつ屋へとやってきていた。
「結局、ジェーンは何をしに来たんでしょうね。ずっとあんな感じだし、この先役に立つとも思えないんですけど」
黒蜜のたっぷりかかった寒天をフォークの先で弄びながら、柚那がそう言って首を傾げた。
「聞いている情報だと、彼女は捜査官と言うよりは狙撃班って感じだからな。まあ、魔法少女狩りと直接対決ってことになったら活躍してくれるんじゃないか?」
一応そんなことを言ってみるが俺自身そんなにジェーンの活躍に期待できるとは思っていない。
調べたところ、アメリカでジェーンが魔法少女狩りを捕まえたと言っても、彼女は遠くから狙撃しただけ。
他に何か彼女に実績があるというわけでもない。
「へもへふよ」
「行儀悪いぞ。飲み込んでからしゃべりなさい」
「…でもですよ。ジェーンは捕まえた魔法少女狩りに何度も面会して、その全容の解明をしようといていたんですよね?だったらもう少し情報をくれてもよさそうなものだと思うんですよね」
「その面会も魔法少女狩りのほうが一枚上手で結局なんの情報も得られなかったらしいんだよな。何を質問してもだんまりで、しまいにゃジェーンそっくりに化けた魔法少女狩りに質問をオウム返しされてバカにされていたらしい」
「それで真面目にやるのがバカらしくなったとかなんですかね」
「詳しくはわからないけど、そういうことなのかもしれないな」
まあ、最初からやたらと秋葉に行きたがっていたので、もともとただのギークな人で、日本に来る名目として都合のよさそうな事案があったからジャンヌと交代しただけなのかもしれないけれど。
「ま、とにかくジェーンに関しては今まで通りお世話をしないわけにはいかないから、もう少しだけ我慢してくれ。そろそろジャンヌが帰ってくるからさ」
「が、我慢ってなんですか?私別に我慢なんてしてませんけど。むしろ朱莉さんのほうが私と一緒にいる時間が減ってムラムラして大変なんじゃないですか?」
「そういうことじゃなくて、ジェーンに変な敵愾心を持つのをやめてくれって話だよ。ていうか、俺がさもいつも柚那で性欲を発散させているかのような言い回しするのやめろ」
「してるじゃないですか」
「してないだろ」
「/adroid/DCIM/YUNA……って、なーんだ」
「う…」
俺は柚那の言ったディレクトリに心当たりがあった。
「別にいいんですよ。…/mitsukiとか/sakuraとか作らなければ」
そう言って柚那はにっこりと笑う。
なるほど、柚那的アウトのラインはそのへんか。いや、そうじゃなくて。
「…ていうか怖いんだけど。いつ見たの?」
「え?何言ってるんですか?いつも見てますよ」
あ、失礼しました。プロストーカーの方でしたか。
「ま、まあいいや。とりあえずジェーンのことは…」
目の敵にしないでくれよ。と言いかけた俺の言葉をテーブルに置いたスマホのバイブ音が遮った。
「誰です?」
「ひなたさんだ。ちょっと外で話してくるな」
静かな店内で通話するのはマナー違反なので俺は店の外に出る。
「もしもし?」
『ああ、朱莉か?』
「ええ。なんです?何か進展ありました?」
『敵の絞り込みが終わった』
絞り込みが終わった。ひなたさんはそう言った。
つまりそれは
「…いたんですか、本当に」
『ああ、いた。ただ、盗聴の可能性があるから詳しい話は合流してからだ。今からヘリで帰るからジェーンと柚那と三人で寮の駐車場で待っていてくれ。そこからみんなで移動する』
「…了解」
電話を切って店内に戻った俺は手早く会計を済ませ、何も言わずに柚那を連れて店を出て大通りの機械式地下駐車場に下りた。
ひなたさんから電話が来たということで、黒か白かはともかく何の話だったかは察しがついているのだろう。柚那はさっきからずっとそわそわした様子でこっちを見ている。
駐車場から出てきた愛車に乗り、通りに出たところで、俺は口を開いた。
「裏切り者の居場所がわかったってさ」
「…そう、ですか」
手短に伝えると柚那はがっくりと肩を落とした。
「嫌な仕事になるだろうから、柚那は待っててもいいんだぞ」
イズモちゃんが裏切り者でなかったことは、前回ひなたさんが関西に飛んだ時にはっきりしていた。
つまり裏切り者がいるということであれば、それは自動的に笑内寿と能代こまちを指す。
二人は友だちが少ない柚那とも仲がよく、特にこまちちゃんは学園パートでは柚那の同級生で、最近は桜ちゃんも含めて4人で一緒にいることも多い。
「覚悟はしてたつもりだけどきついです…」
ミラー越しに見た柚那はそう言って俯いたまま右手で前髪をグシャッとにぎった。
ポツリと漏れた言葉はおそらく彼女の本音だろう。
「…あの二人相手なら俺とひなたさんだけでなんとかなるから柚那は桜ちゃんと一緒に待ってろ」
寿ちゃんもこまちちゃんも、戦闘力は俺やひなたさんよりも下。
それにジェーンや精華さんだっているのだ。こちらの戦力は潤沢すぎると言っていい。
「…いえ、行きます。二人が間違っていることをしてるなら、私が止めなきゃ行けないと思うんです」
そう言って顔を上げた柚那の顔にはもう迷いはなかった。




